PandoraPartyProject

SS詳細

すれ違……わなかった

登場人物一覧

イリス・アトラクトス(p3p000883)
光鱗の姫

●親子はやっぱり複雑で
「これで終わり!」
「ぐっ、ぐあああああああ!?」
「バルナバスが倒されたか。しかし奴は残った七罪の中では小物!
 次はこのルスト・シファーが……」
「いくよ! アイドルブレード!」
「ぐわあああああ――!」
「イレギュラーズの勇気が混沌を救ったと信じて! そろそろ実家に帰る時間なの!」
 まぁ、紆余曲折あって。世界はきっと平和になった。
 ネメシス辺りでは謎のカルト教団が事件を起こしたり、チャペルで幸せのベルが鳴ったとか鳴らないとか。
 そんな話は聞いたような気もするし、聞いていない気もするが――
 混沌が救われたなら、イリスにはやや気の重いイベントが残されていた。
 彼女は特異運命座標に選ばれたのをいい事に郷里を飛び出したお嬢様である。
 実に苦手な実家の、実に苦手な父はきっとこの時を待っていたのだろうと思っていた。
 何だかんだで関わり合い続けてしまった父だけれど、この後どう身を振るにしても彼との対決が不可避なのは確かだったからだ。
 まぁ、そんなこんなで実家に戻り。
「今後、お前にはアクエリアでの仕事に就いてもらう心算だ」
 ローレットでの特異運命座標としての活動が一段落を迎えた今、帰郷するなりに聞いた台詞である。
 早速と言っていい程に手早く居丈高にも、高圧的にも聞こえる調子でそう告げた父エルネストの言葉にイリスは反感を覚えずにはいられなかった。
 第二十二回海洋王国大号令でアトラクトスが特別な役割を果たして以後、実家がアクエリア地域の事実上の総督として機能しているのはイリスも知っている話だった。
 それが国家的にも家業的にも重大な任務であり、当主のエルネストにとって非常な重大事項である事は十分に承知している。
 してはいる。いるのだが……
「いきなりご挨拶ですね」
「おかえり、とは言っただろう。親子だ。それ以上に『挨拶』を挟むような間柄ではない」
(……そういう所よ)
 恐らくは錯覚だろう。されどイリスは腹の底にずん、と重みが増した気がした。
 普段の砕けた調子とは異なり、父に向かう時、イリスの口調はやや堅い。
 イレギュラーズとして大いなる冒険を積み重ねた今となっても、父やり難さと緊張を帯びた彼女の表情は強張っている。
 少女時代から父とまともに向き合った――向き合えた事はない。
 父は常に寡黙で必要最低限しか口にしなかったし、彼に苦手意識の強いイリスは殊更に『いい子』であろうとしたからだ。
 あの運命の日にアトラクトスを飛び出したその時まで――イリスは彼に対して我儘な子供では無かった。
「繰り返すが、アトラクトス商会は近年かなり手広くやっている。
 規模が大きくなるにつれ、求心力というものがより必要になっている。
 そこに『英雄』のお前が帰参したのだから、これ以上の適任はあるまい」
「……あくまで一時帰郷の心算だったのですが」
「お前の都合は理解するが、お前がアトラクトスの一員である事も事実だ。
 これだけ長い時間、外での活動を続けていたのだ。責務を果たす必要がある事は理解出来るだろう。
 まぁ、『世界が滅ぶなら』話は別なのだが」
 イリスは苦笑いを浮かべた。
『世界が滅ぶ案件』はついこの間片付けてしまったばかりである。
 実際の所を言えば、ローレットでイレギュラーズとして取り組まなければいけない危急の任務はない。
 直系であり望む望まぬに関わらず英雄となった自分が重要な役割を仰せつかるのは想定の範囲内だが、変わらぬ父の調子に辟易せざるを得ないのは確かだった。
『父がこうでさえなければ』ある程度家を手伝うのも吝かではない時勢なのだが、自分が家を飛び出した原因を目の当たりにしてしまえば素直に頷くのは難しい。
(この人は何時も何を考えているのか分からない)
 幼い頃から特異運命座標に選ばれるまで――父はあくまで自分を箱入りのように育てていたものだ。
(危ない事はさせないし、あれやこれやと命令をするし。仕事に忙しくて遊んでもくれなかったし――甘い訳でもなかったし)
 その癖、家出をしたイリスを無理に連れ戻す事もしなかったし、あの――大号令の時なんて。
 海に落ちた自分を迷わず助けに、あの廃滅の海に飛び込んだりして。
(本当に訳が分からない!)
 久し振りに帰郷したのに仕事の話を始めるのだからもうたまらない。
 何もかも分からないがハッキリしているのは『何が何でも父の思う通りにしてたまるか』という事だけである!
「……どうしたそんな顔をして。俺の顔に何かついているか?」
「目と鼻と口がついています」
「何だそれは。下手な冗談か?」
「貴方にだけは言われたくない!」と言いかけたイリスはそれをぐっと飲み込んだ。
 デスクの書類に時折視線を落とし、羽根ペンを動かすエルネストは彼女が見た幼い頃のままだった。
 でも、少し。少しだけ違う――あんなに大きく見えた父が少し小さくなっていた。
 友達に「素敵」と言われる度に少し鼻が高かった彼の見事な美貌に見慣れない皺が寄っていた。
(嗚呼、やっぱり――随分時間が経ったんだ)
 些細な事実に万感が篭った。
 少しだけ毒気が抜けて、肩の力を抜いたイリスに面を上げたエルネストが微笑んだ。
「……私の顔に、何か?」
「目と鼻と口がついている……言っておくが冗談だぞ」
「分かっています!」
 思わず反射的に声を上げたイリスにエルネストがまた、珍しい笑い声を上げていた。
「本当にお父様は訳が分かりません。今日は随分とご機嫌なようですけど」
「分からないか? 俺は非常に単純な男だと思うが」
「……お父様程複雑な人物を私は余り知らないのですが」
「そうか? 俺は単にお前が帰ってきて嬉しいだけなんだが」
「――――はい?」
 恐ろしくすとれぇとな言葉を聞いてしまった。
「世界一愛している、自慢の娘が帰ってきたのだ。こんなに嬉しい事はない。
 元よりずっと手元に置いておきたかったのだが……神託に選ばれた以上は止むを得まいと、まさにこの何年も身を斬られる想いだった。
 無理をしていないか、危ない目にあっていないか……あっていない訳が無いのだ。
 俺は毎日神に祈っていた。もしお前に危機があったなら商会を投げ捨ててでも駆けつける気持ちだったぞ」
「――――――はいい?」
「しかし、お前は自身の戦いを望んでいた。この家を出る事を望んでいた。
 故に俺はお前の意志を尊重するしかなかったのだ。お前に嫌われる事より怖い事等無かったのだからな」
 次から次へと飛び出すエルネストのド直球にイリスの目がぐるぐるした。
(じゃあ何、あの過保護も、分からず屋も。あれもそれもこれも全部――)

 ――娘が大好きで仕方なかったから!

「……こ、言葉が余りにも足りません!」
「そういえば。ちゃんと話したのは初めてだったかも知れんな」
 手元の書類に目を落としたエルネストは何事もないかのようにペンを再び動かしている。
「そういう所です……」
 イリスに所在はない。潜在ファザコンは彼の顔を直視出来ない!

  • すれ違……わなかった完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2022年04月01日
  • ・イリス・アトラクトス(p3p000883

PAGETOPPAGEBOTTOM