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SS詳細

上場廃止

登場人物一覧

新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ

●野望の終わり
 混沌における旅人は異分子である。
 特別な知識や技術は言うに及ばず。『特異運命座標』なる特別な立場を得たならば、商機等幾らでも転がっているものだ。
「だと、言うのにね――」
 セフィロトに聳える巨大なビル、その最上階。
 ワンフロアが会長室という特別な設えに佇んでいる。
 全面ガラス張りのその部屋から眼窩の光景を見下ろして、新田寛治はやや自嘲気味に呟いた。
「――一体、私は何処で間違えてしまったのだか」
 ファンド――
 それこそが寛治が平和な混沌に持ち込んだ異物であり、武器であった。
 主に魅力的な女子の肌色を供給し、生産物を売りさばくというやくざな商売は純正ファンタジーである混沌には余りにも衝撃的なビジネスであった。
 姫騎士を釣り、スリスリエルフの弱味を見つけ、塩エルフを脅し、PTA推奨の猫すら毒牙にかけた。
 会長室の壁に一面に飾られたモデルの軌跡――達成した実績は数百にも及び、寛治に巨万の富と満足をもたらしたものだった。
「……結果が、コンプライアンス違反で上場廃止とは。まったくもって人生は分からないものですよ」
 悪辣極まりない生き方を反省した事は無い。
 否、悪辣には悪辣なのだが『笑える程度』で済ませてきた自負もある。
 それ相応に可愛い女の子を困らせて、それ相応に世間に笑顔を届けてきたビジネスが。
 まさかいきなり全年齢ゲームなんでそれ位にしてもらっていいですか?^^;とか梯子を外してくるとは思わなかった。
(てめえヤミーこの野郎)
 当局の発表があるや否や、ファンドの株価は壊滅的打撃を被っていた。
 多角的なビジネスで負債を増やした結果、時価総額の急激な低下は会社の信用担保を超えている。
 つまり寛治が築き上げた帝国はまさに今、砂上の楼閣のように崩れ去らんとしているのだった。
「……人生は分からないもの、ですか」
「……………ええ。人生の黄昏に、此の世の地獄に女神を見るなんて事もね。
 禍福は糾える縄の如し、とでも言っておきましょうか?」
「相変わらず良く回る舌だこと」
 振り返った寛治の視界に『焦がれた』少女の姿がある。
 幾らか老けた寛治に比べて余りにも可憐なままのお嬢様リーゼロッテに会ったのは数年振りの事だった。
「誰もお通しするな、との事でしたが――」
「――いや、ありがとう」
 困り顔、ハの字眉が似合うリースリットが頷いた。
 出来る秘書は常に抜かりがない。完璧な能吏はまさに最後の時間を過ごさんとする主人に対しても忠実であった。
 ついでに言うなら「撃ち殺さなくていいですか?」みたいな顔で寛治を眺めている辺り、アフターケアもバッチリであった。
「元気そうですわね」
「ええ、御覧の有様で」
「相変わらず可愛くなくて安心しました」
 皮肉な会話は彼と彼女における『通常』だった。
 どんな時でも繰り返した、何度だって繰り返した甘やかな時間。
 それは寛治にとっては少しくすぐったく、得難い――得難く、結局は得られなかった『特別』でもあったのだ。
「今日は、どうして?」
「分かっていて聞くのですわね」
「――ええ。生憎と目に見えるものしか信用できない性質でして」
「歳を取ると、と言いたげね」
「……それだけではありませんよ。最期の時間に貴女との逢瀬を望めたのだから。
 私の死神の言葉なら――一つでも多く頂きたいのも人情でしょう?」
 寛治は確信を持っている。
 この上場廃止をもって新田帝国は崩壊し、新田寛治の命脈は尽きる。
 その上で『彼女』が自身を訪れたなら、それはきっと――

 ――本当にいい性格をしていますわね!

 ――はは。良く褒められます。

 ――貴方だけは私が必ず殺して差し上げますから。勝手に野垂れ死ぬんじゃありませんわよ。

 ――極楽の蓮の葉を予約した心持ちですね。

 ――何で喜ぶのかしら……

 ――だって、それは今わの際に貴女に会えるという事なのでしょう?

 ……『青春時代』の約束が脳裏に過ぎり、寛治の口元が綻んだ。
(いや、実際。随分と遠回りをしたものだ――)
 時が過ぎ、疎遠になって。関わり合う機会が失せて尚、彼女はこんなにも色褪せない。
 リーゼロッテ・アーベントロートは今この瞬間にも一分も違う事の無い至高の薔薇のそのままで。
 少なからぬ喪失感に満ちていた寛治の後悔は冗談のように蒼穹の如く晴れていた。
「……言い残したい事はあるかしら」
「では、僭越ながら。お耳を拝借」
 手招きをした寛治に頷いたリーゼロッテが歩み寄る。
 彼は彼女の耳に唇を寄せ、
「―――ました」
「――――――」
 リーゼロッテは大きな瞳を見開いて。
 それからばねのようにその膝で寛治の顎を撃ち抜いた。
「――ファンド!」
 吹き飛ばされた寛治の身体が宙を舞う。ガラスを破り、奈落の底へ堕ちて逝く。
「……遅いのよ」
 リーゼロッテは一人呟き、リースリットは所在無さげな銃口をしげしげと眺めていた。
 ちょっと撃ってみたかったらしい。

  • 上場廃止完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2022年04月01日
  • ・新田 寛治(p3p005073

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