悪い子だったのに！

登場人物一覧

●Another End
　白亜の都の中心で燃え盛る城はまるで盛大に『その時』を祝う大きなケーキに刺さった一本の蠟燭のようであった。
　追い詰められた聖教国の――悪、侵さざるべき玉座を前に楊枝茄子子の美貌は隠しきれない喜悦に歪んでいた。
「やっと――やっとだよ、シェアキム！」
　語りかけるその言葉は親しげであり、状況に相反する深い愛情さえ含んでいた。
「うむ……」と低く唸り声を上げたシェアキム・ロッド・フォン・フェネスト六世は言わずと知れたネメシスの国主であった。
　遥かな時間の前に少女は彼に『恋』をした。
　それは許されざる、そして全てが釣り合わぬ恋だった筈なのに――
「ずっと――ずっと！　この時を夢見てたんだよ。何時か、こうしようって！　こうしてやろうって！」
　熱っぽく言葉を紡ぐ茄子子の大きな瞳には満天の星が散っていた。
　身分が釣り合わぬのならば『普通』は諦めただろう。
　歳の差があったならば、そんな『はしか』は自然に消え失せるのが『通常』だ。
　しかしながら――茄子子は何れにも当てはまらなかった。
　身分が釣り合わぬのならば、身分を形作る国を壊してしまえばいい。
『愛があれば』歳の差なんて関係ない！
「誰にも言わなかったよ。気付かれなかったよ。
　こうして――こうなるまで。シェアキムは言ったもん。教えてくれたもの！」

　――信仰と共にあれ。善行を続ければ、いつか凶事に出会おうとも、数多の救いが君を助く。

「『人は一人で生きるに非ず、誰かと共に行くのであらば君は良き隣人たるべきである』。
　毎朝早く起きたんだ！　色んな皆のお手伝いもしたよ！　困ってる人が居たら見捨てたりしなかった！
　良い子で居たから、神様だって味方をしてくれたんだよ。
　シェアキム、ねぇ。ナチュカ良い子？　良い子だよね！？
　褒めてくれる？　また、頭なでなでしてくれる？　これなら、何をしたって皆許してくれるよね。
　私、良い子だから。ネメシスを壊しちゃった今でも――シェアキムも許してくれるよね！」
　早口でまくし立てる茄子子の様子は熱に浮かされたようであった。
　その佇まいは歳不相応に幼くも見え、姿不相応に邪悪であった。
　結論から言えば全ての災厄はこの少女の恋より始まったのだ。
　冥刻のイクリプスと同等か、それ以上に――今、この国を破壊せんとする彼女はまさに『七罪』であった。
　魔種なる原罪共に頼るまでもなく、人の身でありながら罪ばかりにその細やかな肢体を浸している。
　数え切れない可能性の中から、最も破滅的なそれだけを選び取り続けた彼女は、想いの結実の時にうっとりと夢見心地ですらあった。
「……な」
「なあに、シェアキム！　大きな声で言って！」
　貴方の声が聞きたいから。
　貴方に沢山触れたいから。
　ゆっくりと、ゆっくりと――貴方の全てを犯したいから。奪いたいから！
「……かな」
「もっと！」
「馬鹿な事を言うでない！」
「――――」
　落雷の如く轟いたシェアキムの一閃に茄子子の背筋がびっと伸びた。
「叱っても駄目だよ。もうネメシスはおしまいなんだから！」
　この恋を永遠に阻み続ける国という枷は今日をもって消滅するのだ。
　それは何年もの長きに渡り茄子子が仕掛けた罠であり、準備であり、願いであった。
（――でも、叱られちゃった……）
　紅潮した茄子子の頬は僅かに緩み、厳めしい視線を自身に向ける『カッコいいシェアキム』を真っ直ぐに見つめていた。
「シェアキムのお願いでも聞かないよ。私の計画は完璧なんだ」
「誰が頼むものか、茄子子よ」
「なあに？」
　シェアキムの声が自身の名前を呼んだ事に茄子子は少しドキリとした。
　最悪の意地悪をしながら、一番悪い事をしながら、ときめきにも満ちている辺り、彼女は貪欲で身勝手である。
「知らぬか？」
「……？」
「テロリストとは交渉せぬものだ」
「で、でもシェアキムでもこの状況は止められな――」
「――教皇パンチ！！！」
「ふえええええええええええええええ――――！？」
　茄子子の言葉を遮るかのように間合いを撃ち抜いたシェアキムの空拳が衝撃波を帯び、茄子子の身体を天高く舞い上げた。
「……ちょ、これはシリアス系のバッドエンドの筈じゃないの！？」
「否！　これはエイプリル系の与太エンドである！」
　天井に叩き付けられ、床に這う茄子子目掛けてシェアキムがのしのしと近付いてきた。
「……う、うううう！　こんなのって、こんなのって無いよ！！！」
「あるのだ、茄子子」
　涙目で見上げる茄子子にシェアキムは悠然と微笑んだ。
「分かるな、茄子子。この後が」
「分かりたくない！！！！！」
「茄子子に必要なのはなでなでではない。お尻ペンペンである」
「やっぱり！！！」

　滅びの黄昏を迎えた筈の白い宮殿に少女の悲鳴が響き渡る。
　嗚呼、混沌よ。天義よ、永遠なれ。
　茄子子の野望？　シェアキムが物理で全部何とかしちゃったよ！