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優しかった嘘
登場人物一覧
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気がつけば、冬の寒さも陰りを見せて、薄手の上着を引っ張り出そうか悩みだすような、そんな日の昼だ。
メイメイは、冬の間に知り合った、その人のもとを訪れていた。
質素な椅子に腰掛けて、庭を眺めるふたり。その先には、まだ幼い子どもたちが、春の訪れを喜び、駆け回っている。
茶や、菓子のような嗜好品はない。メイメイの向かいに座るその人は、自分の贅沢よりも、子供らの幸せを願う、そのような人だった。
その人は、この孤児院をひとりで切り盛りしているのである。
「すいません、ろくなおもてなしもできなくて」
ふわりと笑み、しかし意思の強い瞳を伏せて頭を下げられると、メイメイはなんだか恐縮してしまう。
「い、いえ。だ、だいじょうぶ、です」
はたはたと両手を振って、問題ないのだと懸命にアピールしてしまう。
孤児院というものが、けして裕福ではないことを知っている。しかし貧しさすら美徳とし、子供らを強く生きていけるよう、その人が育てていることもまた、メイメイは理解していた。
と。
遊んでいた子どもたちの様子がおかしい。どうやら、彼らのひとりが泣き始めてしまったようだ。
「あらあら、大変」
そう言って、メイメイが反応するよりもずっと早く、その人は子供のもとへと駆けていく。メイメイもまた、その後に続いた。
どうやら、泣いているのはまだここに来て日の浅い子供のようだった。
不慮の事故で両親を失い、物心がついてからここに来ることになった子供。
悲劇だが、嘆いているだけで停滞してはいけない。子供は、これからを生きていく義務があるのだ。悲しみを忘れぬまま、それでも前を向いて生きてほしいと、その人が話していたのを、メイメイは覚えていた。
「お父さんは? お母さんは? どこにいったの? いつあえるの?」
答えづらい疑問。まだ、死という概念を理解させるには早い。そして、納得させるにはもっと早い。そういう、年頃だ。
「そうね、お父さんもお母さんも、少し遠いところにいるの。良い子にしていたら、いつか迎えに来てくれるわ」
それを聞いて安心したのか。子供は泣くのを止めると、また遊びの輪の中に戻っていった。
「い、いいん、ですか?」
その人の言ったことは嘘だ。それも、いずれバレるに決まっている、そんな嘘だ。
「良いんです。本当のことを知ったら、いつかあの子は私は恨むかもしれない。蔑むかもしれない。それでも今、嘘を信じてでも生きていけるなら、どうってこと、ないんですよ」
あの子供は、はじめ、ああやって遊んでいるのが幻だと思えるほど、ひどく塞ぎ込んでいたそうだ。
ああやって輪に入っている姿を見ると、巻き戻したくないのだと言う。
それに、と。その人は付け加える。
「今日はエイプリルフールですから。許してくれるかも、しれません」
視線を戻すと、遊びに戻ったはずの子供がまた目の前に居た。
不安げに、こちらを見上げてくる。
「いつかって、いつ? おねえちゃんは、しってる?」
「そ、そうね、良い子にしてたら、遠くないうちに、でしょうか?」
その言葉でぱあっと顔を輝かせる子供。
戻っていく姿を見送って、少しだけ俯く。嘘をついた。そのことで少し、胸が傷んだ。
「いいんですか?」
その人が尋ねてくる。だから、強がることにした。
「え、エイプリルフール、ですし」
すぐにバレるような、冗談で許されるかはわからない、それでも優しいその人の嘘を、今は守ってあげたかった。
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「ひでえな。押し入り強盗だって? 孤児院だろ。金目のものもなかったろうに」
「不用心だな。鍵はかかってなかったのか?」
「まさか、あの院長さんだろ? そういうのはしっかりしていらっしゃるよ」
孤児院。孤児院だった、その場所で。
メイメイはお土産の果物を取り落とし、力が抜けて膝をついていた。
「…………え?」
ひどい血臭。ひどい静寂。生きていない。この中では、なにもなにひとつなにひとつぶ生きていない。
昨日の、今日なのだ。またあの孤児院に顔を出そうと。そうして到着した、ばかりなのだ。
だのに、自分が居ないたった半日の間に。誰も彼もが奪われていた。誰も彼もが喪われていた。
「なんでも、中から鍵を開けた痕跡があるって、捜査兵がよ」
「おい、そういうの、聞いていいのか?」
中から、鍵を開けた。誰かが、強盗を迎え入れた。
誰かが、強盗を、誰かと(おとうさんと)(おかあさんと)、間違えて、迎え入れた。
嫌な予測だけが加速する。誰もそんなことは、言っていないのに。
遠くないうちに、迎えに来ると聞いたから。
「ちがう」
院長の友達のおねえちゃんが、そうだって、言ってたから
「ちがう……!」
うずくまる。自分の体を強く抱きしめる。
確証はない。確証などないのだ。何が真実かなど、知る由もないのだ。
でもそれでも、掻き毟りたいほど頭にこびりついて、離れない。
あの日、嘘を吐いた。