PandoraPartyProject

SS詳細

うそだろ、かみさま

登場人物一覧

鮫島 リョウ(p3p008995)
冷たい雨
鶴喰 テンマ(p3p009368)
諸刃の剣

 ――テンマ。
 ――起きて、テンマ。

 俺は時折、わざと寝坊する。
 リョウに起こして欲しいからだ。
 呆れたリョウが起こしに来て、俺を揺り起こす。そうして欲しいから、わざと睡魔に負けるのだ。厄介なのは、わざと寝ている訳ではなく、段々本当に眠くなってくるので困る事。折角起こしに来てもらっても、俺を呼ぶリョウの声が聞こえないのでは意味がない。
 だから今日は、早々に目を開ける事にした。
 壁に向けていた身体を上向けて、目を開ける。リョウの水面のような瞳は、片方が今日は……赤? 珍しいな。リョウは寒色が好きだから、赤みたいな派手な色の目には替えないと思っていたけど。
「ん、……はよ、」
「おはよう。もう朝よ。……、」
 いつものやりとり。の、筈だが……リョウの様子が何処かおかしい。
 なんだかもじもじしているような、何かを隠しているような。何だろう。“弟”としての欲目かも知れないが、リョウが俺に隠し事なんてするだろうか?
「……リョウ、……片目、今日は赤なんだな」
「!」
 変わった事と言えばこれだろう。口に出して確認してみると、所在なさげに前髪を弄っていたリョウの顔が僅かに赤く……えっ? 何で?
 リョウは顔を逸らすと、あの、えっと、と言葉を濁らせた。どうしたんだろう。選ぶ目を間違ったのか? いや、そもそもリョウは紅い目なんて持っていたっけ。

「……だから」

 ぼそり、とリョウが呟いた。
 よく聞こえなかったので、俺は耳を澄ませる。絶対聞くからな、の無言の圧力をかけてみると、あっさりリョウはもう一度言葉を紡いでくれた。

「……テンマの色、だから」

 は?

 俺の思考は停止した。

 俺の色? マイカラー? 確かに俺の目はレッドだが。何でそんな恥ずかしそうな顔をして言うんだ。俺なにかしたか? リョウの恥になるような何かを……? 俺は死ぬべきなのか?(恋をこじらせたが故の突飛な思想)
「……? テンマ?」
 今度は不思議そうにリョウが首を傾げる番だった。確かに変な顔をしていたと思う。だが俺はこの後に続く言葉に、いよいよ気を失いそうになるのである。

「だってテンマは、私の家族で……恋人、でしょ? 恋人の色を身に着けるの、そんなにおかしいかしら」



 曰く。
 俺とテンマは数か月前、俺の数度目の告白が叶って恋人になったんだそうだ。
 へーそうなんだ、すごいな……えっ? すごいな?
 言われてみればそんな気がしてきた。確かに俺はリョウに幾度となく告白して、ついに折れられるようにリョウが「私も」と言ってくれた気がする。初めて恋人として手を繋いだ気がする。抱き締めた気がする。手は出していない。流石に恐れ多すぎる。
 報われなかった日々を夢に見ていた気がして、悪い夢だと俺は朝食を前にして目の間を揉んだ。今日の朝食はトーストにスクランブルエッグ、トマトを添えて。リョウが作ってくれたものだ。
「美味そう」
「そう? おかわりはないわよ」
 柔らかく笑うリョウ。ああ……俺の恋人、可愛いな……世界一可愛いんじゃないか? いや、世界一可愛いし世界一綺麗だ。片目の赤に誇りを感じる。外に出る時はきっと眼帯で隠れてしまうんだろうが、其れは其れで胸がぐっと締められるような心地がした。眼帯の下には、俺しか知らない俺の色があるんだぞ? 浪漫を感じずにどうしろっていうんだ。
「今日は――そろそろ食料品の買い出しに行かなきゃ」
 色々と考えて心中でガッツポーズをしている俺をよそに、リョウは傍目にはいつも通りに見える。赤い瞳に恥じらっていたリョウも可愛いが、いつも通りクールなリョウも綺麗だ。
「マーケットに行くか?」
「そうね。何か他に買いたいものある?」
 会話そのものは、家族だった頃と何も変わっていない。俺は何か要るものがあったかな、と考える。服飾の類は十分足りているし、武器の手入れ用具……あ。
「砥石が欲しい。そろそろなくなる」
「そう。じゃあ武器屋さんにも行きましょう」
 俺達は粛々と皿を空にしていく。代わりに満たされていく腹と心。ああ、俺、リョウの恋人なんだ。リョウは、俺の恋人。そんな実感が湧いてきて、危うく泣きそうになった。
 ずっとずっと想ってきた。
 ずっとずっと想っている。
 これからも、ずっとずっと想うだろう。
 そんな女性とこれからずっと、家族としてじゃなく恋人として寄り添う事が出来る。其れを幸せと呼ばずして何という?



 俺達はマーケットにいた。
 はぐれないように手を繋いで。……手汗かいてないかな、俺。
「取り敢えず武器屋は最後でいい?」
「ああ」
「じゃあえっと、まずはグリーンリーフ……」
 リョウは要るものの書かれたメモを見ながら歩く。俺は手を繋いで、周囲の男たちに視線を送る。男たちがいつもよりリョウを見ている気がするからだ。おい見るな。俺の姉……じゃなかった、俺の恋人だぞ。許可なく見るんじゃない。許可なんて出さないけど。
 リョウが買いそろえていく食料品は、勿論俺が持って行く。此処で荷物を持たないなんて男らしくないし。卵に、サラダ菜。塩胡椒。ジャガイモ、人参……ん? このラインナップは、もしかして。
「今日はカレーか?」
「え?」
「いや、……カレーと卵サラダ」
 だろ。この品揃えは。
 確認するようにリョウの瞳を覗き込む。水面のような瞳に俺が映り込んで、溺れるような心地になる。リョウは、うん、と恥ずかし気に頷いた。

「だって、テンマの作る卵サラダ、……好き、だもの」

 其の“好き”は、いつも聞く“好き”とは響きがまるで違っていた。
 これが、恋人の扱う“好き”なのか?
 其れとも、俺の耳がおかしいのか?
 甘ったるい角砂糖を口に含んだような、心臓をぐっと握られたかのような心地がして。俺も泣きそうなほど、リョウが好きだよと言いたかった。だが此処はマーケット。俺は自制する。愛の言葉なら家で死ぬほど囁けばいい。俺のささやかなプライドが、明確な言葉を濁してしまう。
 でも。でも、何か言わなければ。

「……俺も」

 リョウの作るカレーが好きだ。
 俺はルーを入れるだけ。そんなカレーが、好きなんだ。
 そんな万感を込めて呟けば、リョウは俺の方を向いて綺麗に笑ってくれた。

 抱き締めたい。
 口付けたい。
 リョウがどうしようもなく好きだ。

 そう思った時、後ろから何かに強い力で押された。うわ、と思わず声が出て、咄嗟にリョウを腕の中に庇う。バランスを崩してしまって、思わず屋台を支える柱にリョウの背が付いて、リョウを押し潰すまいと俺は柱の上部に手をついて己の身体を支える。

「……」
「……」

 落ち着け。俺。
 此処はマーケットだぞ? 例え偶然でリョウを俺に閉じ込めるような形になってしまったって、ごめんと一言言って離れれば良いじゃないか。何で言えないんだ、俺。どうして……このままでいたいと思ってしまうんだ。

「……テンマ」

 リョウが目を伏せたままで言う。付けている眼帯の下には、俺しか知らない俺の色がある。

「……もう少し、このままでいて」

 細い手が、勢いで腰に回してしまった俺の手に触れる。俺は情けなくも僅かに震えるけれど、リョウは其れを笑わないでいてくれた。
 だって、彼女も頬を赤らめている。
 もう駄目だ。リョウが悪い。俺は距離を詰め、リョウの唇に己の唇を重ねようと――



 ――激痛。



 いってえ。

 俺の頭を満たしたのは痛覚だった。
 何があったのか判らない。混乱している俺が目を開くと、見慣れた色の木床がある。ああ、俺、床に落ち……ん? 落ちた? いや、さっきまでリョウとマーケットに……

「……テンマ?」

 ノックの音がする。
 聞きなれた声が俺を呼んで、扉ががちり、と遠慮がちに開いた。

「いま、凄い音がしたけど」

 覗き込んできた彼女の右目は――桃色がかった紫陽花色をしている。
 あれ。さっきまで彼女の目は……
「リョウ。……目……」
 そう呟く俺の声は、情けないほどぼんやりとしていて。俺はこの顛末を薄々察してしまった。リョウは、目、と指摘されて己の目元に触れると、何か変かしら、と首を傾げた。
「……いや、変じゃない、けど」

 つまりは、そう。
 全部俺の夢だったという事なんだろう。

 がくり、とベッドから落ちたままの情けない格好で伏せった俺に、目といえば、とリョウは気にせずに続けた。
「最近、赤い色の眼を買ってみたの」

 たまには良いかと思って。

 ――神様。
 さっきまでの幸せな夢をありがとうございました。
 どうか今のリョウの呟きが、俺の聞き間違いじゃありませんように。

  • うそだろ、かみさま完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2022年04月01日
  • ・鮫島 リョウ(p3p008995
    ・鶴喰 テンマ(p3p009368

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