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目覚めた其処に青色の花
登場人物一覧
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幻想には、多くの特異運命座標が存在していて、ギルドというものを構えている。
ギルドの種類は多種に渡り。カフェだったり場所だったり、はたまた突飛な場所だったり、裏路地だったりと。場所と形は様々で、その特異運命座標がギルドであると指定すれば何だってギルドになる……ようだ。
偶々『穢翼の死神』ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)が、通りすがりに発見した花の庭園があった。
人の手が行き届いておらず、自然そのままに伸び伸びと育っている花々は華やかさを持ち、そしてどこか強かであり、ティアの心を魅了した。
風に揺れ、そしてひとつひとつが凛と咲いている一帯は、そのまま彼女の羽を休める場所――ギルド――として収まったのである。
今では多少なりとも、ギルドらしさと来客用として。風景を損なわない程度のテーブルと、何脚かの椅子を置いて人の存在を感じさせるような形に代わっていた。
今日はそんな庭園に、お客様がいらっしゃるそうな。
時刻は既に夕方を過ぎ、満天の星が広がる夜。
ふわりと空中に浮かび、まるでそこに寝転んでいるかのような『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)が、本日のティアのお客様だ。
ティアは庭園のテーブルと椅子まで、手招きしながら客人を持成すワイングラスを磨いていた。
「いらっしゃい、レジーナ。こんな遠くまでありがと」
「良い庭園ね、あら、こんにちは」
レジーナは、ティアへ手をふって返事をしながら、肩に止まった瑠璃色の蝶へとあいさつをした。暫くしたら、その蝶は、またひらひら何処かへ飛んでいくのだろうが――それまではレジーナの肩が羽休めの枝である。蝶を驚かせないようにそっと移動を始めるレジーナへ、ティアはにっこりと笑ってみせた。
「ふふ、今日はあったかいから、蝶々も沢山飛んでるみたい」
「庭園に元から住んでいるものたち……という事かしら? 今日はお邪魔するわね」
応えるように、歓迎するように。
蝶は、またひらひらと飛んで、テーブルの上へ止まった。
同様にレジーナも、ティアの手招きに導かれるように、その席へと着いたのである。
テーブルには二つのワイングラスと、ちょっとした肴が置かれていた。
レジーナが席について少ししてから、ティアが丁寧にワインを灌ぐ。
ワイングラスは薄い硝子で、チューリップのような形をしていた。香りが一番立ちやすい位置までワインを灌ぐと、ティアの手前にあるワイングラスにも同じように入れていく。
色とりどりの庭園と、白いテーブルと椅子。
そして、そこに注がれたワインの赤色は、月光に反射してキラキラと光っていた。
「幻想的な場所なのね」
「うん。昼はとっても明るくて、でも夜はこうして落ち着いた雰囲気になるね」
「お気に入りの場所……というのがよくわかるわ」
「うん。今日は来てくれて、ありがとう。じゃあ乾杯」
「ええ、乾杯」
チン――と、鈴の鳴るような音が響き。二人は瞳をそっと閉じながら、ワイングラスを傾けた。ブドウの芳醇な香りと、濃いめの味付けが身体に染み渡るように入り込んでいく。
「パンチが効いてる割に、飲みやすいワインね」
「うん、オススメされたから、つい買ってみたのだけど……当たりだったみたいで、よかった」
暫くその香りと味を堪能しながら、風景を楽しんでいた二人だ。
先程は気づかなかったが、蝶たちは月光や星の光に照らされると、翅が淡く光輝いて見え、それが花弁に止まるとなんとも幻想的な――まるで、此の世のものでは無く、神が住まうという土地にでも踏み入れたかのような気にさえなるほどだ。
ティアはこの風景が好きなのだという。
辛いことも悲しいことも、この風景を手前にしてみれば。全て、綺麗に無くなってしまうというのは、確かであろう。
「汝(あなた)のギルド、素敵ね」
「ありがとう、そういって貰えてうれしいな……! 今日だけじゃなくてもいつでも来てね」
「ええ、理解ったわ」
にこりと笑ったティアは、少なくなっていたレジーナのワインを付け足すように注いでいく。
こうやって誰かを持成すのも楽しいものだ――ティアの心の中のどきどきが、高鳴っていた。
元の世界では誰かを招いたり、招かれたり、そういった経験が少ないティアだからこそ。こういった機会があるのは、ティアにとって希少な事で、嬉々たるものだ。
……ふと、その時。
レジーナがひとつの方向をじっと見つめていた。その瞳の先には、青色の薔薇がある。
嗚呼……、思わずティアの瞳が細くなった。
「お嬢様って、実の所。我(わたし)のこと、どう思っているのかしらね」
青薔薇といえば、この幻想で言えば一人の旅人の女性が思い浮かぶだろう。
何時でも凛としていて、少し怒りっぽくて我儘だが、強かに地位を築きあげたカリスマ的な女性が。
「リーゼロッテの事かな? リーゼロッテは人気だからね」
彼女が幻想の街角を散歩しようものなら、特異運命座標だって彼女の後ろ姿に声をかけてしまう。まるで、ある意味アイドル性を兼ね揃えた貴族なのである。
特に、レジーナは彼女の事を特別視している。
彼女の前では、強かな自分(レジーナ)というものが音をたてて崩れ、自分の知らない自分を引き出されるかのように慌てふためく。そういった面を強く引き出されるのは、なんとも頬が膨れるものだが。何故だか悪くないとさえ思えてしまうのだ。
でも――。
「いつもはぐらかされてるし」
獅子よ虎よと戦場を廻る天鍵の女王も、今日は、花よ蝶よと愛でる一少女のようだ。
お預けをされた子犬のように、いつも良いところで躱されてしまう――あの貴族の妖艶な笑顔に。
欲してしまえば、与えられず。
諦めてしまえば、その手を引かれ。
駆け引きのようなシーソーゲーム。
そういったものを含めて、レジーナは、この世界に来てから初めて舌で味わうものばかりだ。からかわれているのなら、それはそれで胸がちくりと痛むのだけど。
悩んでいるかのように、ワイングラスをずっと……くるくる回し続けているレジーナ。
ティアはそんな姿を見て、少しくすりと笑うのだけど。一緒の気持ちになって考えてみると、それは答えが遠い遠い先にある迷路のように螺旋を描くばかりなのである。
ひとつ答えがあるとすれば、現在をなるようになれと正しい道を信じ、この先の未来に期待する事――だろうか。
きっと小手先で勝負するならば、確実に令嬢のほうが何段階も上の話。
ならば真正面から衝突してみるのも一興か――とも思われるのだが。
「確かに今の私達じゃ本気のリーゼロッテと戦うのは無理かな。この前も足止めできたとはいえダンスで本気じゃなかったし」
「うー、我(わたし)がもっと強ければァ……」
そういえばティアは、あの青薔薇の貴族と一戦を交えた事がある。
あれはローレットの依頼であった。
一歩間違えれば首が吹き飛ばされ、二度と幻想の土を踏めないようなものであったが――死闘のダンスも無事、誰一人欠ける事はなく戻って来た。
それを考えると……。
「耐久、耐久力を高めればいいのかしら……そうしたら対等に付き合ってもらえる……?」
レジーナは両手を組みながら、頭から煙ふきそうなまでに考えた。
だが、ワインを何度もおかわりしている影響か、段々と思考がふわふわとしてくる。それを顕すように、椅子に座っているようにみえるレジーナだが、意外にも数センチ浮いていた、これは無意識だ。
対してティアは、同じペースーーーいや、レジーナよりも早いペースで飲んでいて、既に一ボトルワインが空になっていた。7割くらいはティアが飲んでいたのだ。
が、全くと言って良いほど顔色が変わらず。顔色を変えずに限界まで飲むタイプもいるが、ティアはそういうタイプではなく。本当に、シラフのままを突き通している。最強のざるであった。
「リーゼロッテを前にしても怖気付かず攻撃を耐えながらこっちからも攻撃を当てれるぐらいにはなりたいよね」
うんうんと顔を上下に頷きつつ、ティアが持っていたワインボトルを取ったレジーナ。
ワインボトルを日本酒の一升瓶でも傾けるかのようにグラスへ注いだレジーナであるが、その最後の一滴が落ち切ったのを見ると、ボトルを抱えて朱に彩られた頬を冷まし始めた。
「なんか違う気がするぅ……」
「まあ難しい所だよね。でも、リーゼロッテはレジーナの事、お気に入りだと思うよ?」
「わかんないも……んん」
言葉にされないと。
行為で示されないと。
相手の気持ちとはわからないものだ。
きっとその令嬢も、重要なところは鍵のついた箱に大事にしまってしまうタイプなのかもしれない。
秋の空のように移り変わりの激しい対応に、レジーナはあくせく奮闘しているのかもしれない。
なるほど、それはそれで面白い。
ティアは頷きつつ、しかし自分には彼女たちの縁はどうする事も出来ないなあと悩ませているのだが。
見守っているのが妥当なくらいだろうが、こうやって彼女の話を聞いてみるのも、まるで自分の気持ちが彼女の気持ちに溶け込むように、同じくらいの量の負の感情と楽しい感情が芽生えていた。
どうにかしてあげたらなあ……これでも元の世界では元の世界を救うべく奮闘した天使なのだ。やっぱり目の前で困っている――困っている方向性はどうであれ――人を見ると助けてあげたくなってしまう定めの存在か。
「レジーナはどうした―――い……い………あれ?」
そういえばさっきよりも、大分静かになったお隣さんだ。
ワイングラスの中身を一気に飲み干していた彼女(レジーナ)は、テーブルに上半身を預けるように落ちていた。
おやおやこれはどういう事だろうか。もしかして女王様は意外にもお酒が弱いのかもしれない。いや、疲れているからアルコールが回りやすかったという事もあるかもしれないが。
それはさておいて、レジーナのこんな姿を見られるティアは、とても幸運、いや、稀なのであろう。
言の葉に、大事な令嬢の名前をぽつぽつと呟きつつ、顔の赤い愛らしい姿の女王様にティアは小さく微笑んだ。
「疲れていたのかな」
『わからぬが、ここでは冷え切ってしまうぞ』
「そうだね、ちょっと名残惜しいけれどワインも無くなった所だし、場所を移動しようか」
ティアの胸元の”神様”がそう言った。
レジーナの抱えているワインボトルを取って、テーブルに置き。レジーナの肩を揺らしてみたが、少し目が開いてから、また微睡みの中へと旅立ってしまったように瞳を閉じた。
むむう、どうしようかなーー暫く考えたティアは、レジーナをお姫様抱っこのようにして抱えてから、黒色の翼を広げた。
秋色の風に乗り、その冷たさが丁度酔い覚ましにはいいくらいであろう。
満天の星空の下を滑るように飛んでいくティアの腕の中で、レジーナは少しばかり目を開けて自我を取り戻した。
「わあ」
普段から飛んでいるレジーナであるが、こうやって抱えられて飛んでいるのは珍しいことだ。
だがレジーナの視界と思考は淀んでいるようにぼやけている……ふと、レジーナはティアの顔を見た。霞みがかかっているかのようにぼんやりとしているが、ティアの白髪がなんとなく、あの令嬢の髪色に何故だか似ているようにも見えてしまったのだ。
「お嬢様……お……じょ……しゃま」
うっすらと述べた言葉は、ティアに向けられていたがティアは知っている。
それはきっと、自分に向けられていはいたが、それよりも、もっと遠くの貴族へとかけられた言葉なのだと。
それはそれでちょっと悔しいような気もするが――彼女の本心が垣間見えたような気もして、役得を甘んじて受け取る心優しいティアだ。
「しょうがない子ね」
なんて返してみたティアだが、レジーナは満足そうに再びその瞳を閉じたのである。
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―――
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やがて二人は、ティアの自宅へとやってきた。
暖かなベッドにレジーナを寝かせ、その隣に腰を座らせたティア。
女王の寝顔は、見つめているには勿体無いくらい尊いもので、その傍らにティアは花瓶を置いて――再び、窓から空へと飛びだった。
あの庭園へもう一度戻ろう――偶々咲いていたあの青薔薇を花を取りに。
朝、女王が目覚めたとき。一番最初に目にするのが、きっと、あの青薔薇だったら喜んでくれるだろうか――。