PandoraPartyProject

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夕凪

登場人物一覧

イルミナ・ガードルーン(p3p001475)
まずは、お話から。
イルミナ・ガードルーンの関係者
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 目の奥から音が鳴る。レンズ・アイがくるくる動く。キュインキュインと音が鳴る。目を覚ました筈の彼女は何処にもいない。明るい声は聞こえない。ただ硬質に目を光らせる。赤髪の彼女のように。ただの機械のように。
「目覚めたか。調子はどうだ」
 少年の声が老獪に響く。快活だった筈の声が無機質に答える。
「──はい、マスター」

***

 その日、イルミナ・ガードルーンは御機嫌だった。
 友人とのお出掛けを終えてまた今度の約束をして、再現性東京の寮室への帰り道。鴉の鳴き声は華々しく、風に揺れる花々は騒々しく、夕陽は行く道を照らすよう。
 アイスクリーム屋さんのベリーベリークリームチーズチョコレートの味が忘れられない。次はアップルシナモンバニラを食べてみよう。そんな暢気な思考に回路するほど平和な夕暮れ。
 駆け回る子供の笑い声が右隣の路地から聞こえてくる。あはは、きゃはは、あはははは。
 決して静かとは言えない夕刻の街は暖かくイルミナを包み込む。

 無機質でも粘着質でもないこの心地好いぬるさが好きだった。椋鳥の群れが空を黒で埋め尽くす。道を彩る落ち葉が風に舞っては視界を横切る。夕陽を遮る雲が朱に照らされ色を纏う。
 明日提出する宿題は方程式。二次方程式も二次関数もサインもコサインもタンジェントも何にもかんにも分からなくて手付かずのまま。明日友達に見せてもらおうか。本当はしっかり時間を取れば分かる筈なんだけど、遊びを言い訳に学生らしい怠け癖。
 賑やかな子供の笑い声が左隣の路地から聞こえてくる。あはは、きゃはは、あはははは。
 鮮やかなまでの夕暮れはまるでイルミナを飲み込むかのよう。

 白と黒とグレーでは表せない騒々しい色彩が好きだった。白い鳩がオレンジに染まり、パンジーは真っ赤に萌えて、取り込み忘れの干されたシーツまで夕映えに輝いて。
 帰ったら何をしようか。今日の晩ご飯は何を食べようか。宿題のことなんてもう頭から追い出して、ヒップにホップなラップミュージックでも流そうか。軽快な音楽に耳を傾けていればきっとあっという間に寝る時間。
 うるさいまでの子供の笑い声が後ろの路地から聞こえてくる。あはは、きゃはは、あはははは。

 何処かで聞いた笑い声。見知らぬ愛しい笑い声。聞いたこともない筈の思い出。鍵をかけて仕舞い込んだ宝物。ご主人様の大切な。
 あはは、きゃはは、あはははは。あははは、きゃはははは、あははははは。あははは、きゃはははは、あははははははは──。甘く高い笑い声が響く。響く。右から、左から、後ろから、前からも。はしゃぐように楽しそうに、嬉しそうに賑やかに。どこまでも明るく能天気に響く笑い声は飽和して反響して満ち満ちて、彼女を責めるかのように騒めき立っている。
 どうして置いていったの。どうして帰ってこようとしないの。どうして忘れたの。どうして、どうして、どうして。
 この声は幻聴だ。この光景は幻覚だ。この痛みは幻痛だ。けれど、この幻は──

「それがお前の根底後悔だ、イルミナ」
 少年の声が老獪に囁いた。

***

 友人と遊んだ帰り道。賑やかな夕暮れに響く子供の笑い声。遥か遠い故郷にはなく、けれどそこはかとなく懐かしい景色。夕陽が景色を塗りたくる中、隣の公園で駆ける子らが道へと飛び出してきて、先んじて転がったボールが白髪の少年にぶつかった。
「ごめんなさい、それ取って!」
 そう言う子らに少年は気を付けろよと言うように肩を叩いてボールを手渡す。子らが「ありがとう!」と公園へと駆け戻り、ボールを蹴り飛ばした瞬間に、BOOM! 弾け飛んだのはボールで、一番近くにいた子供達の体。砂利に潰れた赤が飛び散って、次いで繋ぎとめるものを失った肉片が重力を伴って染み込んだ。上がる悲鳴は阿鼻叫喚。腰を抜かす子、逃げ出す親。母親に駆け寄った子が抱き着く瞬間にまた……KA-BOOOM!
 騒々しくも穏やかで、センチメンタルにノスタルジックな日常が崩れ落ちるのは一瞬だった。あまりに唐突であまりに凄惨な非日常に駆け出したイルミナの目に飛び込んだのは白髪の少年。逆光に隠された顔に影が差し、嗚呼。

「リアム・クラーク……!」

 思わず立ち止まる少女イルミナには目もくれず、少年の姿をした支配者は惨劇の劇場へゆっくりと足を踏み入れる。泣き叫ぶ足音や逃げ惑う悲鳴が交差する公園へ我が物顔で入り込み、砂場で尻もちをついて震える子の肩に手を置いて振り返る。
「イルミナ。お前達が奉仕すべき人間が、何も成せずに死にゆく様は中々爽快だろう?」
 笑う。命を何とも思っていないかのように。愉悦も喜悦も恐怖も諦念もなく。ただ目的のために行っているに過ぎないと、その笑みが目が全てを表している。
「ふざけるなッス! 何のためにこんなことを……!」
「今のお前なら命がなんだと大層な御託を並べるだろう。許せないなどとまた人間ぶるだろう。今のお前の思想なんぞどうでも良いが──どうせ人間の真似事をしているのなら最大限利用させてもらおうと思ってな」
 イルミナを──Deus.exeを手に入れるためであれば、機械であろうと人間であろうと利用する。それがこのリアム・クラークという男ならば。肩に手を置かれた子がガタガタと震えている。この子の命は自分の返答次第だと、これ以上の地獄はお前次第だと突き付けられているならば。
「これは命令だ。付いて来い、イルミナ」
 逆らう術など、持とう筈もなかった。

 連れて来られた先には赤髪の彼女。意志の強さが伺えた瞳は冷たく輝き、唇は無感情に真一文字。
 横にされ配線を繋がれ強制的なスリープ・モード。R.O.Oを巡る戦い、希望ヶ浜の学園生活、顔から落ちた空中庭園。巡り巡る景色の先、深く深く潜り込んだ意識の底には夕焼けの如き燃える街並み、子供の泣き声、遠きご主人様の──。もっとずっと先、更に奥底に眠るコードと共に新たな命令の強制入力、初期化のリセットボタン。
 リアムに逆らわず、リアムに従い、リアムと共に理想の世界を作り上げる機械イルミナはこうして生まれ。守りたかった日常に、目指したかった未来に背を向けた。

***

 私を残虐と言うか。利己主義と言うか。けれど真の利己主義者というものは、周囲の者が自分の理想の型にはまっていないと承知できないものだ。ならば私を許せないというお前達こそ、博愛こそ正義でありそれ以外は悪だとでも言うかのようなお前達こそ、真の利己主義者と呼ぶべきではないか。
 故に己以外の利己主義者はいらないのだ。自我なんぞが芽生え人間面をしている機械など以ての外。機械は機械らしく在れば良いのだから──。

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