PandoraPartyProject

SS詳細

黄水晶、別たれたその後に

登場人物一覧

ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
ニルの関係者
→ イラスト


 私に良心は無い。
 物心ついたときから、私は自身の願いに忠実に行動してきた。例えそれが法や倫理に触れるものであったとしても。
 子供の頃、友達と一緒に遊ぶこともせず、虫や魚や蛙の解剖に夢中になり、
 若かりし頃、周囲に迎合することもなく、死体を漁ってはその構造を明かす日々を送り、
 そして現在。私は志を同じくする同士と共に、少なくとも真っ当ではない施設で生きた人間に非人道的な実験……通称『プロセス』を施す毎日を過ごしている。
 対象となる人間は様々だ。借金で身を持ち崩した商人、或いは政争に負けて落ちぶれた元貴族。単純に環境に恵まれなかっただけの孤児など。
 自らの行く末を予想できる者も、そうでない者も。私は彼らにみな『プロセス』を施し、その命を尊い学識のための犠牲となって貰っていた。
 ――「人殺し」「悪魔」「我欲に目がくらんだ畜生」等々。
 犠牲となった者たちが向けた言葉は様々だ。そしてそれらが私の胸中に対して衝撃を与えたことはただの一度も無い。
 少なくとも、私は現在に至るまで『真っ当に』『生きている』人間に対して不道徳な行いをしたことは無いと誓って言えるし、これからもそれは無いと断言できる。
 故にこそ、私はそのように罵詈雑言を放つ彼らにこう返す。「お前が悪いのだ」と。

「……ミニミス」

 だから。
 私はその時瞠目していた。
 血に塗れ、床に倒れ伏した男を優しく揺らす幼子の姿を見た時、私の動きは凍り付いたのだ。

「起きてください、ミニミス。
 いつものように、ご飯をたべましょう。お絵描きをしましょう。一緒に話しましょう。ねえ――」

 全ては唐突に始まった。
 別室で私とは異なる『プロセス』を行っていた同僚たちから、緊急警報が届けられたのだ。
 研究中の事故。被検体の暴走。錯綜する情報からどうにかその程度のワードを拾った私は、直ぐに警備員で構成された臨時の対策班を引き連れ、その部屋へと向かっていった。
 前者であれば私が、後者であれば対策班が主導で対応するように役割を分担して向かった先で、見えたのは先ほどの光景。
「……常駐の警備員は全員死亡しております」
「そうか。……被検体の方は?」
「襲撃してきたモノも瀕死です。恐らくは相打ちでしょう。
 ……状況を見るに、被検体は現在傍に居る『アレ』を施設の外に出すために襲ってきたのではないかと思います」
「道具同士が情にほだされたか」
 唾棄するように言った対策班の班長の会話は、私の耳には届いていなかった。
 罪ある者ではなくとも、真っ当ではない者を相手に、凡そ常人からすれば非道とされる行いを繰り返してきた私は、だからこそ動けない。言葉を発することが出来ない。
 最早死を迎えるばかりの男に呼びかける眼前の子供の姿は、私にとって『そうした者』には映らなかったためだ。
「――生。先生!」
 気づけば、傍には私の助手が居た。
 一体どれほどの間忘我していたのか。心配そうにこちらを見つめる彼女は、焦燥を隠さぬ表情で私の腕をぐいと引っ張る。
「行きましょう。あの失敗作はもう動かないでしょうが、残っている被検体が暴走する可能性が在ります。対策班に任せて私たちは外に」
「……。ああ、分かった」
 生返事を返しながら、自身の手を引く助手に連れられる形でその場を後にする。
 去り際、私は先ほどの子供の方へと視線を向けた。

 ――ミニミス、ミニミス、ミニミス……。

 熱に浮かされた譫言のように、最早動かぬ被検体を呼び続ける子供の姿は、私の脳裏から離れなかった。


「……被検体×××」
 翌日。
 先日処分された『失敗作』が連れ去ろうとしていた被検体の元へと、私は訪れていた。当然、昨日の件もあって複数名の護衛に囲まれながらではあるが。
 昨日の襲撃に因って前任者であった同僚が死亡したため、次の担当員が決まるまでの臨時として私が寄越された形である。再三渋ったものの、結局は上役に負けた私の機嫌は当然良くはない。
「………………」
 呼びかけた被検体に、反応は無かった。
 呆然と自身が座っている卓を見つつ、何をするでもないソレを見て、私は気でも狂ったのかと眉を顰める。
「被検体×××?」
「……、あ、え?」
 二度目の呼びかけで、漸く被検体は此方に視線を向ける。
「本日から貴様の担当となった。今後は私の指示に従うように」
「わあ。初めまして、担当者さん。
 ニルはニルと言います。出来たら被検体じゃなくて、ニルと呼んでください」
 ぺこりと頭を下げる子供に対して、私は先ほどまでの無反応に漸く得心がいく。
 此の子供にとって、先ほどの呼び名は慣れていないのだろう。恐らく先ほどまで本人が言っていた名前こそが、他者によく呼ばれていた名称に違いないのだ。
 其処までを、理解して。
「断る」
 私は、この被検体の『お願い』を拒絶する。
「貴様らに自我は要らん。個々を識別する最低限の『ラベル』と、それに応じた役割だけが有れば良い。
 それが出来ないのであれば、昨日の同類同様、貴様も処分される。そのことをよく理解しておけ」
「……はい」
 少しだけ、寂しそうに頭を垂れる被検体は、しかしその後僅かに首を傾げながら私に問うたのだ。
「あの、担当者さん」
「何だ」
「昨日の同類、って誰のことですか?」
「……何?」
 此方の予想の埒外の問いかけに、私自身微かな驚きを隠せない。
「先生、此方の被検体は特殊なギフトを授かっておりまして……」
 小さく私に耳打ちする護衛の一人。私はつい先ほど、辞令と共に受け取った被検体に関する資料を何頁も捲った後――目当ての情報を確認して舌を打った。
「……こちらの手違いだ。気にする必要は無い。
 今日はあと一時間後に『プロセス』を行う。それまではこの部屋で待機しておくように」
「はい、わかりました」
 最低限の家具を除いて何もない殺風景な部屋。眼前の被検体が暮らすこの場所から護衛と共に離れた私は、改めて資料に尻目を向ける。

 ――被検体×××のギフトは、当人が受けた心的衝撃に応じ、その元となった対象に関する記憶を忘却する能力であり――

 その気が無くとも思い出す。あの日、涙ながらに自身の同類に呼びかけていた被検体の姿を。
 珍しくも覚えた、吐き気にも似た嫌悪感を努めて無視して、私は自身の研究室へと歩を進めていった。


「秘宝種は、使う側としちゃあ非常に便利なんだよ」
 ――先日死んだ同僚が得意げに語る内容が、なぜか思い起こされた。
「物理面、或いは神秘面。全ての資質が平均以上に高い。耐久力も悪くないし、実験体にするにはうってつけと言える。
 術技や異能を行使する『容量』が少ないのもメリットだな。余計な技を覚えてこっちに反抗してきても、その手段が限られているから対応しやすい」
「……そもそもその反抗とやらを許す時点で失格だと思うが?」
「違いない」
 私達が属する研究所。その食堂の一角で、嘗て同僚と話していた内容は、なぜかこの時ばかりは鮮明に思い起こされる。
「それでも、連中は『人間』なんだ。少なくともアイツらは自分のことをそう思っている」
「だから理不尽な扱いを受ければ人道的な面から反抗することを考えると?」
「普通なら無いさ。何故ならこの研究所内で奴らの『人権』を認めている奴は一人も居ない。……同類同士を除けばな」
 ……食事を進めていた私の手が、その時ぴたりと止まった。
 対面に座る同僚の表情は物憂げだった。普段見ないその表情に私の方も訝しげな視線を隠し切れない。
「上の連中がな。今後『プロセス』の行使を被検体同士で行わせるよう提案してきた。
 所詮奴らは消耗品だ。境遇に反抗して暴れるならお仲間同士で勝手にやってくれって話なんだろうが……連中、そうして組ませた奴らが結託するとは微塵も考えちゃいねえ」
「抗議は?」
「したさ。だが通じると思うか?」
 結果の分かりきってる問いだった。私は小さく頭を振って、それを見た同僚も諦め半分の苦笑を顔に浮かべる。
「こういう時、事が起こった際に犠牲になるのは大抵俺達みたいな木っ端の研究員だ。
 ま、死なないよう努力はするが……万が一のことがあれば、お前さんに研究を引き継いでもらうかな」
「馬鹿なことを」
 付き合ってられないと言わんばかりに、強引に食事を終わらせた私はいち早く席を立つ。
「不満か?」
「当たり前だ。私には私の研究が有る。
 第一、お前が『プロセス』を行う研究のテーマ自体私は知らんのだぞ」
「そりゃあ薄情だな。ちょっとでも調べればすぐわかるのに」
 にやりと笑った同僚は、最初の時と同じ得意げな表情で私に告げた。
「良いか? 俺が彼奴らを介して行っている研究は――――――」

「――――――あ。痛、た」
 過去の回想から、その言葉が私の意識を覚醒させる。
「いたい。いたいです。やめて、やめてくださ――ああああああああああ」
 ……四肢の皮膚と筋肉を展開し、覗く骨と神経に試験術式を施してはその効果のほどを確かめる実験は順調に続いている。
 今回試験する魔術が拷問を目的としたものであるならば尚更だ。響く叫声の中に時折籠められる哀願を私は無視して、手早く傷口の縫合を行ったのちに睡眠の魔術を被検体に施す。
 数秒と経たずに意識を失い、寝息を立て始めた被検体を、助手や警備員たちが専用の台車に乗せて部屋に戻す。
 手術室……否、前任である同僚の研究室に残った私は、血に濡れた術衣を捨てて最低限の消毒を施したのち、彼が残した研究記録に片端から目を通していく。
「……『ミニミス』」
 先日この部屋の元々の主である同僚を殺し、また自らも死を迎えた被検体の名を、私は小さく口にする。
 被検体『ニル』と『ミニミス』。以前同僚が話していた、被検体同士で進行させる『プロセス』の為に組まれた二人の行く末は――嘗て同僚が危惧していた通りの結果を招くこととなった。
 痛苦を忘れる性質を持ったニル、そして自らに関する印象を……特定対象を除いて薄れさせる能力を持ったミニミスとの関係は、そう時間も経たぬうちに強固なものとなった。ミニミスがニルを救出して逃げようと考える程度には。
 無論、私も知っての通り、その目論見は失敗し、更にそれを目の当たりにしたニルはその光景をトラウマにしないため、ミニミスに関する記憶の一切を忘却してしまっていた。
 結局、些少の研究員と警備員の犠牲の元、今回のような被検体同士を組ませるアプローチは行うべきではないと言う結論に至ったわけだ。
 そうして全てが無事にとは言えずとも落着し、今回の件は過去に葬られていく。
 ――――――わけでも、無かった。

「担当者さん。ニルは以前、だれかとご飯を食べていませんでしたか?」
「ニルはいつも、一人で遊んでいたでしょうか? 何か忘れている気がするのです」
「担当者さん、もう少しだけ待ってくれませんか。
 一緒に『プロセス』を受けてくれる方が、居る筈です。居ると思うのです」

 被検体ニル自身が行使した忘却の祝福は、その効果をそのままに、虚ろとなった記憶の虫食いそのものには何の処置も施されていなかった。
 結果としてニルの意識に空いた穴は徐々に拡大していく。『元』が小さければそれは日常生活の中で自然と溶けて消えていったのであろうが、この被検体にとってミニミスと言う存在はそれが効かない程度に大きな存在だったのだろう。
「……担当者、さん」
 ――ニルの精神は、限界を迎え始めていた。
「ニルは、ずっと一人でしたよね?
 おかしいんです。誰かが傍に居た気がするんです。こころがぽかぽかしていた気がするんです」
「………………」
『忘却の祝福』に因って生じた喪失が精神を削っていく。それが一定の深度に達したら、再び『忘却の異能』が喪失による摩耗を更に失わせる。
 自身のギフトに因って無限の喪失感を一定周期で繰り返している。ただでさえ肉体にかかる負荷が大きい『プロセス』を行うニルは、その精神の異常も併せて最早使い物にならないレヴェルに達しつつある。
「どうして? 誰も居ないのに、それが普通なのに。
 寂しい。寂しいんです。担当者さん……」
「……明日の朝八時」
 終ぞ口を開いた私に、焦点の合わないニルの視線が向けられる。
「最後の『プロセス』を行う。その後、貴様は自由を得られることだろう」
 返答を待つこともせず、私は言うだけを言って被検体の部屋から退室した。
 足早に向かうのは、研究所の上役が居る上階の一室。
「……君か。先ほどは随分と勝手な提案をしていたようだが」
「ええ。こちらに伺ったのはその件についての上申です」
 そこに座す上役へと発言していく過程で、思い出されたのはあの時の光景。
(……下らん話だ)
『いずれ失われる記憶だから』。そう考えて、自らの犠牲も問わず同胞を救おうとした過日の被検体は、その行いが愚行であることを理解していなかった。
 あれらは幹を同じくする二本の枝だ。ただの離別であるならばともかく、一方が死ねば他方も正気ではいられまい。
 事実、残された彼の子供は最早『戻れない』。ならば、せめてと。そう思いながら私は眼前の上司に慈悲を乞う。
 ――それと同時に、漠然と確信してもいた。彼らにそうした情を絡めた説得は意味を為さないのであろうと。
「下らん」「潰れるまで使え」「道具に情でも?」
 此方の言葉一つ、彼に、彼らには届かないと知った。理解できた。
 ……下手な嘘で自分を納得させようとしてこない分、よほど良かった。
「……分かりました。不躾な訪問をお許しください」
 表面上は変わらない表情のまま。退室すると共に、私は覚悟を決めたのだ。
 ――「救えないのなら、いっそ」と。


 何度も言ってきた。私に良心は無いと。
 ――しかし、それは一体、誰に対して?
「……『プロセス』第117回が終了した。
 おめでとう、これで貴様は被検体の責務から解き放たれた」
「………………」
 此方の言葉に対しても、最早ニルが言葉を返すことは無い。
 意識が有るのかどうかすら怪しい虚ろな瞳で、手術台から降りて床に座り込んだ幼子に、私は懐から小さな紙片を取り出す。
「時に、貴様は……否、お前は再三私に問うていたな。自分には傍らに誰かが居なかったか、と」
「……?」
 差し出した紙片を、のろのろと受け取る『元』被検体。
 その子供は、紙面に書かれた内容を見て、徐々に表情を青ざめさせていく。
「……これ。だって、ニルは」
「事実だ」
 端的な、しかし確固たる一言に、ニルは紙面を放り出して頭を抱え込む。
『祝福』が発動する。それを確認して、しかし私は「逃がさん」と。
 室内に備え付けれた端末を操作すれば、壁面に映るのは『あの日』の光景。
 青年の秘宝種が、自身と境遇を同じくするものを救い出すため、単身で研究所内を駆ける映像だった。

「貴様、何を……!?」
「申し訳ありません。私はあの子を救いたいのです」

 ――武器も防具も無いまま、全身を固めた警備員を倒していく姿が再生される。

「向こうは丸腰だ! 焦るな、確実に削っていけばいずれは死ぬ!」
「死にませんとも。私にはやるべきことが有るのです」

 ――時と共に、その身を朱に染めながら、それでも前へ踏み出す姿が再生される。

「……ミニミス? どうしたんです?
 どうして血だらけなんですか? 駄目です、一緒に治してもらいに行きましょう?」
「ニル。いいえ、私のことは良いのです。
 今なら逃げられます。ニル、あの道を通って行ってください。この場所から離れて、貴方だけの自由を手に入れてください」

 ――四肢の殆どを失って、同胞に看取られながら、最期に微笑みを浮かべながら眠りにつく姿が再生される。

 忘却する。再度映像を見る。また忘却する。
 痛みを伴う記憶。それに『慣れる』よりも前にギフトは発露して、だからこそこの子供は再び新鮮な痛苦を味わい続ける。
「あ、あああああ。やめて。止めて。
 くるしいです。いたいんです。なんで、なんで、なんで――――――」
「お前は犠牲を忘れた。託された思いを忘れた。命を賭けた同類の願いを『存在しなかったもの』にした。
 その結果が現在だ。お前は最早、自由になったところで何を為すことも出来ない木偶そのものに過ぎん」
 涙を零す。顔を覆う。蹲ってただただ震える。
 眼前の子供は、しばらくそれだけを続けていたが……何分か、或いは何十分かが過ぎた後、その震えがぴたりと止まった。
「……さて」
 軈て立ち上がった姿に、表情は無かった。
 瞳には意思も無く、ふらつく四肢に活力も無い。それでも危うい足取りのままこちらに近づく姿に、私は、自分の首を指差しながら問うた。
「『どうする?』」

 ……「救えないのなら、せめて終わらせてやればいい」と。
 それは、相手の答えを聞こうともせず、傲慢にも自らの慈悲を押し付ける行為。
 彼に見せた報告書が、映像が、紛うことなく自らの身勝手であることなど、疾うに理解している。だが、それでも。
 ――「ミニミス、今日のご飯は何ですか? ニルも、ミニミスと一緒にご飯を作ってみたいです」
 同僚が残していた映像記録の向こう側で、屈託なく笑う子供が居た。釣られて笑う青年が居た。
 有り触れた、自然な、何処にでもいるような兄弟にも見える彼らはもう戻らない。
 そして、その原因の一端を担ったのが私であるというのなら。
「……私に、良心はない」
 伸ばされる幼子の手。其処から励起する異能の奔流。
「それでも、私がこれまでそうしてきたように。
 自らが行ってきたことへの報いを受ける道理ぐらいは、理解しているさ」
 返答は、明確に殺意を伴う衝撃となって、私の命脈を断ち切った。


「短い間に被検体の暴走が二回もかよ。いよいよこの研究所も危ういんじゃないか?」
 ――『二度目の被検体の暴走』事故の翌日。
 研究所の廊下にて、手のひら大の小包を大事そうに持つ研究員が、傍らの部下へと話しかけていた。
「まあ、今回を機に、上の人たちも反省したらしいッスよ。
 少なくとも今後、被検体同士で同じ共同体となり得る環境を作ることは禁止。肉体、精神面のいずれにも専門医が適宜チェックして、少しでも基準となるラインを超えたら即殺処分らしいッス」
「素早い対応自体はご立派だけどな……」
 歎息する研究員は、しかしその表情を暗くしたままだ。
「しかし、二度目の暴走の際に居た研究員って、噂だとわざわざ自分が殺されるように被検体に仕向けたって言うけど、本当かね?」
「あ、それも知り合いに話聞いてるッス。どうやら本当みたいですよ。
 その研究員さん、曰くつきの来歴持ってる被検体しか『プロセス』を取らないことで有名だったらしんスけど、その暴走したって言う被検体がそうした範疇から外れていた為に、罪滅ぼしのつもりで殺されたんじゃないか、とか」
「何だそりゃ?」
 部下の言葉に対して、対する研究員はいっそ鼻で笑いながら返答する。
「そもそもこんな所で働く自体お天道様に背いてるだろうに。勝手に自分の中で常識人ライン作って、自分の中でそれを越えたから贖罪しますってか? 馬鹿なこと考えるやつもいるもんだ」
「ま、そうッスね。後はまあ、殺された同僚の恨みを直接返すべき被検体が殺されてたから、ソイツと仲が良かった二度目の暴走被検体を苦しませ続けた所為で反撃されたって説もあるッスけど」
「そっちの方が余程真っ当だよ」
 ……会話を交わしつつ、二人の研究員は目的としていた部屋に辿り着く。
 一つの機械を除き、大して物も置かれていない殺風景な部屋だった。研究員はその機械の内部へと持っていた小包の中身をセットして、慣れた手つきで機械を操作していく。
「破砕機、準備オッケーッス」
「よし、モノを砕いたら五か所に分けて廃棄場に捨てるよう担当者に伝えておいてくれ」
「了解ッス」

 ――二つのシトリンを入れた機械が、それらを砕くべく稼働し始めた。

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