SS詳細
IFルート 行尸食肉のグラトニア
登場人物一覧
――嗚呼、腹が空く。
亜竜の死骸を貪ったのはいつだったか。つい数時間前のような気もするし数日前だったかもしれない。そんなことはどうでもいい。問題なのは今こうして腹が減っているということ。
「……行こ」
絶えぬ飢餓感に苛まれながら一人の少女が空を駆ける。次の食事を探すために。
いつからこうだったかは覚えていない。
記憶にある最も古い光景は両親だと思われる男女が血を流し横たわる姿。そして忘れられないハジメテ口にした食事の味。自身の出自などに興味はなく、あるのはただ常に何かを欲する食欲のみ。
ある時は木をまたある時は石を、視界に入るモノはなんでも食べて飢えを凌いで生きてきた。しかし何をどれだけ食べても満足感を味わったのはハジメテの食事をした時だけ。亜竜を食らえばそれなりには感じるのだがあの時には程遠い。一番美味しいのは同胞なのだが軽々しく食べられるものではない。たまに誰かのおこぼれをもらえればラッキー程度。
そんな物言わぬ同胞を食す少女はいつからか
空を飛んでいると漂ってくる血の匂い。距離もそう遠くなく数は多い。大抵こういう場合は何かの群れが狩りをしているのからおこぼれに与りやすい。できるだけ美味しいのがいいな……などと考えながら少女は匂いの元へ進路を向けた。
「……さいあく」
近づくにつれて聞こえる音で何となくわかってはいたのだが匂いの元にいたのは少しばかり知った顔。よくほかの亜竜種を連れて歩いている赤毛の女。その女が襲い掛かってくるワイバーンたち相手に斧槍を振って大立ち回り。後ろには数人の亜竜種の姿もある。彼らを守るために逃げずに戦っているのだろう。
とはいえ一度斧槍を振えばワイバーンが数匹吹き飛ばされる圧倒的ば暴力にワイバーンたちは成す術がない。なんとかして女を超えようと試みても吹き飛ばされる繰り返し。女としても後ろに守るべき人たちがいる以上無茶はできない。この程度の数のワイバーンに後れを取ることはないがジリ貧ではある。どうした物かと頭を悩ませながら斧槍を振り続けていると知った顔が目に入る。
「尸! 手伝っておくれ」
「や」
少女としてみればどっちが生き残っても関係ない。既に転がっているワイバーンの肉を戴ければそれでいい。できれば女に頑張ってもらえばお肉がもっと増えるなー程度にしか思っていない。
「この前やった菓子をやるさね!」
「……っ!」
菓子、お菓子。それは一人でふらふらしている少女からしてみれば夢の食べ物。あんなに甘い物は他にはない。少女の心がゆらゆら揺れる。
「今回は別のもあるよ!」
その言葉を聞いてから少女の動きは早かった。ひとっ飛びでワイバーンの群れの前へと降り立つと、大きく息を吸い込み
「壱式――竜爪ッ!」
一呼吸の間に放たれた無数の連撃がワイバーンたちの命を刈り取る。追い払うだけで済めばそれが一番ではあったがここまでくれば仕方ない。傍らを飛ぶ少女はお肉の山に内心目を輝かせていたが。
ワイバーンの亡骸を処理している間、少女は一人岩に座って暇をしていた。肉のおこぼれと報酬の菓子をもらえる約束なのだが片付けが優先とのことでこうして待たされている。何人かの亜竜種たちが和気藹々と作業をしているところを眺めているとなんだか胸がぎゅっとした。いつもの空腹とは違う感覚。これまで感じたことのない味。
「ほれ、約束の菓子さね」
「……ん」
女から渡されたお菓子をもそもそと食べるが前よりも美味しくない。
「今日は助かったよ。怪我人が出なかったのはあんたのおかげさ」
ふいに女の手が少女の頭の上に乗る。なんだかよくわからないが撫でられているようだ。
「すまんね、つい。あんたの真っ白な髪があんまりにも綺麗だったからさ」
「……いい」
よくわからないが不快ではない。それどころかお菓子がさっきより美味しい気がする。ぎゅっとしていた胸もなんだかぽかぽか暖かい。
「……まほーつかい?」
「ん?」
お菓子の味を変えたり、胸をぽかぽかさせたり、もしかしてこの女は魔法使いというやつなんじゃ? という疑問を投げつけてみたら女は急に大声で笑いだした。
「あっはっはっは! 皆バケモノだなんだっていうけどやっぱりあんたもただの子どもさね」
「むー……」
「ねぇ、尸。あんた行くところがないなら私と来るかい? 多分今よりおいしいものは食べられるよ」
ほんの少しだけ悩んだフリをして少女はコクリと頷くとあれだけ感じていた飢餓感がいつの間にか消えていた。
いつもよりちょっぴりしか食べてないのになんだかお腹はいっぱいだ。
おまけSS『tips 行尸食肉のグラトニア』
来るはずの助けがほんの少しだけ遅れたルート。少女が義母に引き取られることはなくユウェル・ベルクという少女は存在しない。付随してこのルートでは仙月は怪我もせず、理由もないためアンペロスの里長代理にならず用心棒を続けている。
少女の宝食はある切欠で変質し、その対象を石から肉へと変化させている。純粋な身体能力では尸>ユウェルだが技量差もあり総合的なスペックはほぼ同一。
たとえルートが変わっても2人が出会う未来は変わらない。