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放浪の終着点

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バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)
終わらない途
バクルド・アルティア・ホルスウィングの関係者
→ イラスト
バクルド・アルティア・ホルスウィングの関係者
→ イラスト


 旅をしていた。
 移ろう空模様。その地域特有の空気、自然。人々の営みを見るのが好きだった。
 あてもなく彷徨い続ける旅路。中継地点にローレットを置いて。行って。旅して。見て。感じて。

 俺は次にどんな縁と出会うのだろう。

 けれど、ある日。
 突然、その旅路は終わりを告げる。

「――バクルド、良ければ娘の執事になっては頂けないだろうか?」
「え……?」


 今から十数年前のこと。幻想の片田舎、オランジェダルベール男爵領の領主たるパトリックが襲われたのは、穏やかな田舎町を賑わわせるちょっとした大事件になった。
「おっと……大丈夫かい、お前さん」
「あ、貴方は……」
「通りすがりの放浪者か、特異運命座標イレギュラーズってとこだな。立てるか?」
 山賊に襲われていた荷馬車。金の刺繍の施された素朴ながらも品のある扉は斧で壊されて。生まれたばかりの一人娘を残して死ぬかも知れないところを通りすがりのバクルドが救ったのだ。

 それからまた、数年の時が流れようとしていたとき。
「……どっかで見たことのある髪色だな、嬢ちゃん」
 三年半の放浪の旅路。伸び切った髭と、長い銀髪。
(さ、山賊……?!)
 父から聞かされていた。山の奥にはモンスターも山賊もそれはそれは沢山いるのだと。勿論、不用意に近付かないようにという警告も込めて少々オーバーに告げたのだろうが、パトリックの娘――レアは、山に入った。後で父に知られれば怒られるだろうが知ったことではない。
 少し時間を遡ろう。
(緑色の……花弁は青い花……!!)
 彼女が山で探していたのは野草。医者に薬草にしてもらうのだとわざわざ動きやすい服に着替えてまで来た。
「お医者様、お父様の熱はどうしたら下がりますか……?」
「正直、今手持ちの薬だけじゃ厳しい状態だ。日頃の過労が祟っているのだろう……薬草を集めればなんとかなるかもしれないが」
「じゃ、じゃあわたしがとってきます! 山ですよね?」
「お、お嬢様、お待ち下さい! 流石にお一人では!」
「でも今動かないと、お父様は死んでしまうわ!」
 医者の静止も執事の静止もメイドの悲鳴も振り切って、図鑑を持って飛び出した。諦め九割の医者に特徴を聞いて、山奥へ駆け出して。
(田舎町だとしても、出来る努力はしなくちゃいけないわ)
 知っていた。王都に近ければいい薬があることも。けれど父がそれを良しとしなかったのだ。領民の税金を無駄に使ってはいけないと。
 田舎町と言われるだけあって、良くも悪くものんびりとした土地だ。朝は鳥の声が聞こえるし馬車の音よりも人の賑わいの音のほうが大きい。昼に成って聞こえてくるのは騎士団の練習の音ではなく学校に通えない子どもたちの賑やかな声だ。夜になれば街の灯りは最小限まで消えて、虫の鳴く声が聞こえる。そんな穏やかな領地だ。王都メフ・メフィートからはおおよそ五時間程。良い馬がいるわけでもなく、父を運べたとしてもそのころまでに父の熱が更に悪化するかもしれないのだ。
 レアはこの領地が好きだ。
 だから王都じゃなくとも生きていけると示してやりたい。流行りの靴も香水もドレスもないけれど。
 けど。
(……ああ、)
 やっぱり、無謀だったのかも知れない。
 動物たちや山賊たちは夜には眠っているだろう。けれどモンスターはむしろ夜になると凶暴さを増している。薬草を集めることが出来る時間なんてないに等しい。だからみんな止めたのだ。
「あった……けど」
 泣き言が溢れた。まさか父を残して死んでしまうなんて。これじゃあ薬草なんてなんの役にも立ちやしない。
「グオオオオオオオ!!!!」
「ひっ、」
 モンスターの雄叫びが響き渡る。その時。
「うおおおおおっ!!!」
 ズトン、と鈍い音がする。ぎゅうと目を瞑って衝撃に備えていたのに、恐れていた痛みは何処にもありはしなかった。
「……え?」
「……どっかで見たことのある髪色だな、嬢ちゃん」
 バクルドは現れた。モンスターのうめき声に目を覚まして。けれどその整ってはいない装いにレアはまた顔を青くする。
(さ、山賊……?!)
 折角助かったと思ったのに、今度は傷物にされてしまうのだろうか。腰は抜けてしまって動けない。ずるずると後ずさりしたレア。
「……やれやれ」
 そんなレアを抱き上げて、バクルドは走り出した。
「きゃあ!? 何するの、無礼者!!」
「おいおい、腰が抜けてんだろ? 屋敷まで届けるから大人しくしてな、お嬢ちゃん!」


「……済まない」
「いいや、こちらこそ色々と世話になっちまったな」
「まさか……あの時のひとだとはな……」
「おいおい、熱が上がるぜ。大人しく寝てな、嬢ちゃんも寝たんだ」
 屋敷まで運ばれたレア。バクルドは装い故に不審者かと槍を向けられたものの、過去の経緯もあり名を告げると屋敷の中へ。けれど流石に伸び切った髭や不衛生な身体はお咎めなしとは行かず、お風呂に放り込まれたのである。
 かくして不本意ながらもかつての格好を取り戻したバクルドは、パトリックとの再会を果たしたのである。
「私はしばらくは君を案内できそうにはないが……どうかゆっくりしていってくれ」
「ああ、そうさせて貰おう。傭兵が必要になったらいつでも声をかけてくれ」
「ああ」
 屋敷も王都に比べれば小さいが、使用人たちに慕われているのだろう。寝込みを遅い殺しに来るようなものの姿はなく、むしろ安心して眠れるように音を立てないようにと配慮までされていた。
(のんびりしてるけど……良いところだな)
 放浪の旅路で見てきたいくつもの領地を思い返す。夜まで賑やかな酒場があるところもあったし、花を売らなければ生きていけない少女達の声が漏れている街もあった。戦火がちらついたところもあったし、どこも穏やかだったとか、のんびりしているとか、そういった感想を素直に抱くことができなかったのは事実だ。
(…………休むか)
 硬い土のベッドで眠り続けていた。ときには枯れ葉が枕になって。良いか悪いかで言えば最悪の寝床だったけれど、ようやく暖かなベッドで眠ることが出来る。
(若くはねえってわかっちゃいるが……身に染みるな)
 用意してくれたらしい寝台は、客人をもてなすためだろう、とても柔らかな肌触りで、大して眠気はなかったはずなのに、横になると意識がぷつりと途切れた。

 パトリックが回復するまでは、レアが不安なのも合って滞在することにしていたのだけれど。
 あたたかな人々に触れる度に。天真爛漫で、手はかかるがそれ以上に愛らしいレアと交流をする度に。息子にも友人にも思えるパトリックとくだらない話をする度に。どんどんオランジェダルベールに長居をしてしまう。
(いけねえなあ……)
 ずるずる。一週間後には。明後日には。明日には。そう思っていた筈なのに、絆されて。旅立ちの準備をしていた筈なのに、荷をほどいてもうすこしだけ、なんて考えてしまう自分がいるのだ。
 そんな葛藤を知ってか知らずか。それは突然の出来事だった。
「バクルド、良ければ娘の執事になっては頂けないだろうか?」
「え……?」
 パトリックが交渉を持ちかけてきたのは。
「何もタダでなんて言わないさ。ちゃんと給与は支払うし、君が嫌になったらやめてくれて構わない」
「……」
「ただ……そうだな。まだ、此処に居る理由はあったって構わないだろう?」
「……そうだな。ただ飯食いじゃあ恥ずかしいと思ってたところだ」
 どうしてだろうか。
 すんなりと快諾してしまうのは。
 ああ、いけない。そう思っているのに。
 頷いて、しまったのだ。


 それから数ヶ月がたったころ。
 最初は窮屈で仕方なかったけれど今は自分で着ることが出来るようになった執事服。
 長くしていた髪はポニーテールにして、邪魔にならないように纏めて。護身用の剣やらなんやらを身にまとい、それから義手を隠すための手袋をする。
(……今日はなんだったっけなあ)
 旅に使っていたものはあるだけ邪魔で売り払ってしまった。今は新しい手袋が欲しいので。次の給与を待っているところだ。
「ねぇ、ねぇ、バクルド?」
「おっと、いけねえなあ嬢ちゃん。こんなところまで来ちまって」
「もうっ、レアお嬢様でしょ! 今はお客様もいないからいいけど、怒られるのは貴方なんだから!」
「パトリックだって構いやしねえよ。おっと、旦那様か。まだ慣れねえなあ」
「ふふ、そうね。バクルドはまだ放浪の旅をしているところだものね?」
「言葉遣いだけ、旅の途中ってやつでしょうさ。ま、少しずつ慣れていけばいいんだ、こういうのは!」
「そうね、私だってバクルドにお嬢様って呼ばれるの、まだ慣れないんだもの」
 くすくすと笑ったレアは、瞳の色によく似た若葉色のワンピースに袖を通して、大広間へと駆けていった。
「ほら、バクルド。何をもたもたしてるの、はやくはやくっ!」
「……ちょっと待ってな、お嬢ちゃん」
 最早旅をするなんてことは考えられない。
 お転婆なレアは目を離すとどこへ駆け出していくかわからないし、無理をしがちなパトリックを叱る役目も必要だ。
 他の執事たちは咎めることが出来ずにいたようだが、年長者であり恩人のバクルドが来てからは大人しく休憩を取るようになったらしく、そういった面でもまだここから離れるわけにはいかない。
(……さて、と)
 見慣れたオランジェダルベールの朝。今日も穏やかで代わり映えのない日常が、始まろうとしていた。


 旅をしていた。
 移ろう空模様。その地域特有の空気、自然。人々の営みを見るのが好きだった。
 あてもなく彷徨い続ける旅路。中継地点にローレットを置いて。行って。旅して。見て。感じて。

 けれど、俺の旅路は此処で終わりだ。
 此処を捨て置いていくなんて、俺にはできない。

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