PandoraPartyProject

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いつか菜の花色の服で、貴方に会いに行く

登場人物一覧

ネーヴェ(p3p007199)
星に想いを
ネーヴェの関係者
→ イラスト


「ルド様、次はこっちです! 春物の、可愛いワンピースが、ありますっ」
 しろうさぎ、そう言って嬉しそうにぴょんと跳ねた。
 此処は幻想、服屋が並ぶストリート。少しお高めのお洋服が並んでいるけれど、ネーヴェは余りお値段を気にしない性質で。
 既に両手に2、3個ずつ紙袋を持っている茶髪の男――ルドラスは、やれやれと肩を竦める。

 ルドラスは時折、ネーヴェの屋敷に世話になっている冒険者だ。
 病弱だったネーヴェに冒険の話を聞かせては、外の事を教えていた。時には其の為に敢えて未開の地へと脚を踏み入れた事があると言っても良い。
 其れがどうだろう。ある時彼女が“特異運命座標”であると判って。先日までの不調が嘘のように元気になったから、ルドラスは真っ先にネーヴェの両親を案じたものだ。だって昨日まで熱を出して寝ていた娘が突然姿を消したと思ったら、元気に庭を跳ねまわるようになっただなんて!
 ――けれど、こうして一緒に出掛けられる事が増えたのは、ルドラスにとっては嬉しい誤算。冒険はわくわくばかりではないし、時に命の危険を伴う。でも、ネーヴェは其れでも夢に見た冒険に出られるようになったのだ。心配もあるけれど、まずは其れを喜びたい。其れがルドラスの結論だった。

 ルドラスは特異運命座標ではない。
 だから二人は、別々の場所に冒険に行く。ルドラスは未知を探しに。ネーヴェは世界を救いに行く。其れは寂しい事ではなくて、今日は互いに成果と情報を交換し合う日なのだが、運悪くというか何というか、春物の大売出しにかちあってしまった。
 ネーヴェだって女の子。外に出る時、ことに尊敬するルド様の前ではお洒落をしていたいし、出来るなら冒険にだってお洒落をしていきたいお年頃。あちらこちらと跳ねまわり、ワンピースにアンサンブル、冒険に向いてなさそうな先の丸い厚底パンプスなど様々に買い求めているのだった。
 これもまた、元気になったが故か。ルドラスが苦笑しながらネーヴェに追い付くと、しろうさぎはうんうんと声をあげて、2着の服を姿見の前で交互に己の胸元に当てていた。
「どうしたんだい、ネーヴェ」
「ルド様。……この緑色のお洋服と、黄色いお洋服。……どちらが、似合うでしょう? どちらも可愛くて、でも此れ以上お洋服を増やしてしまっては、……うぅん。とても、とても、迷っているのです!」

 ――買いすぎたという自覚はあったんだね。
 ルドラスは思わず出掛かった言葉を寸前で噛み殺し、笑顔を浮かべた。

「こっちに向いて、両方を当ててごらん」
 しかし幼いころから可愛がってきたネーヴェが迷っているなら、決めてあげるが宜しかろう。きっとどちらを選んでも喜んでくれるだろうけれど、其処はルドラス、誠意ある男。ちゃんと似合う服を似合うよと言ってあげたい。
 言われた通りにするネーヴェの白い髪と耳に、若草の翠と菜の花の黄色はどちらも似合う。

 ――どちらも買ってしまえば良いんじゃないかな。
 ルドラスはネーヴェ可愛さに出掛かった言葉を寸前で噛み殺した。

 ちゃんと考えよう。翠は確かに可愛いけれど、どちらかというと茎の色。対して黄色が想起させるのは春の菜の花で、花の色。雪のような色彩を纏う彼女には、花のような色彩が似合うのではないか。
「そうだな。どうせなら、この菜の花みたいに黄色い方が似合うと俺は思うな」
 ちゃんと示してあげれば、花のように咲くネーヴェの笑顔の愛らしい事。
 緑色の服を元の所に戻して、「では、これを、買ってまいりますっ」といそいそ店の奥へ。

 なんだかんだ言って、買うなとは言えない。
 そんな自分をルドラスは、心の中で笑うのだった。



 服を買ってきたネーヴェから紙袋をそっと受け取り、ルドラスは一休みしよう、と提案した。ストリートは決して長くはないが、買い物客で混んでいる。ネーヴェが人酔いをしてやいないか、無理をしてやいないかと心配しての言葉だった。
 すると、あらら。ネーヴェは白い頬を膨らませて、拗ねてしまった。
「もう! ルド様ったら、わたくしをいつまでも、子ども扱い。わたくし、そんなに簡単に倒れませんよ?」
 だって、特異運命座標なんですもの!
 ――と、言いたげな彼女である。ルドラスは苦笑を浮かべ、其れでも、と身を案ず。
「喉は乾いてないかい? 今日は少し暑いから、水分補給をした方が良い。其れとも……この時期だと苺が美味しいんだが、今日のネーヴェには要らなかったかな?」
「要ります」

 いる。
 いります!
 いちご、大好きですっ!

 詰め寄るしろうさぎ。ほうらね、可愛い。ルドラスは笑みを隠しきれずに、両手もふさがってるから隠しもせずに、肩を揺らす。
 何で笑うのですか、と怒るネーヴェに、此処で流石に「君が可愛いからだよ」とは言えない。そうしたらきっと、もっと怒らせてしまうから。
 丁度よくカフェが傍にある。そちらにいこうとルドラスは恭しく姫君に提案して、人混みをかきわけていくのだ。



「ん~……」
 何にしようかしら。

 今が旬の苺フラッペ。頭がきーん、と、してしまいそう。
 無難にストレートティー。家に帰っても、飲めますね?
 タピオカって何かしら。冒険しても良いけれど、食の冒険は、あまり…

 うんうんと悩んでいるネーヴェ。おやおや、ケーキのページも見始めたぞ?
 ルドラスはティラミスとアイスコーヒーにしよう、と考えつつ、ネーヴェのメニューが決まるのを待つ。視線をドリンクに沿わせていると、一つ面白いメニューを見付けた。
「そういえばネーヴェ、ロシアンティーって知っているかい」
「え? ……ろしあん、……?」
「ロシアンティー。簡単なものだけどね。紅茶にジャムを入れて楽しむものなんだそうだよ」
 ほら、此処にある。
 自分のメニューを指差して示すと、ネーヴェの視線が降りて行く。
 旅人から伝来したものなんだそうだ。ルドラスも最初は耳慣れぬ言葉だった。けれど濃く煮出した紅茶にジャムは案外相性が良くて、珈琲派の自分も楽しんで飲めた記憶がある。

 そうだ、其の時の冒険をネーヴェに話していなかったな。
 ルドラスはネーヴェが「これにします! いちごジャムで!」と笑顔で顔を上げるまで、柔らかな顔で見守っていた。
 其れは兄が妹に向けるもの。
 大切な人へ向けるもの。
 例え世界を救える特異運命座標であろうとも、ルドラスにとってのネーヴェは曇りやすい宝石のままなのだ。
 丁寧に世話をして、磨いてやらねばならない。
 身体は強くなっても、きっと彼女の心は優しく脆いままだから。だから、誰よりも大切に扱うべきなのだ。

「そういえば、ルド様。もしかして、ロシアンティーと、いうのは」
「ああ。この前、とある集落に行った時にね、……」

 そうして二人は話し始める。
 其れは誰かが夢見た光景。こうであればよかったと、幾度となく思いめぐらせた光景。

 ネーヴェ。
 其のロシアンティーは、夢のように甘いかい。


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