SS詳細
嘘憑きの少女
登場人物一覧
ある所にひとりの少女がいました。才能あふれる、活発な亜竜種の少女でした。
少女の才能は、並大抵のものではありませんでした。なんと少女は、一族に伝わる技を幼くして全て得てしまったのです。それ故に彼女は、一族の皆から神童と呼ばれていました。
しかし、そつなくこなせるということは、やりがいのないということでもあります。皆が一生懸命やっていることに達成感が得られず、熱中もできず、ひどく退屈でした。
いくら神童といえど、退屈しのぎの手段は欲しいものです。何か面白いことはないかと考えた末、少女はある「たのしいこと」を思いつきました。
大人たちがのんびりと過ごしている中に、少女は慌てた様子で駆け寄っていきます。
「亜竜の群れが出たぞー!」
少女の言葉に、大人たちは慌てて武器をとります。そして少女が指さした先に、必死で走り出していくのでした。
「おい、何もいないじゃないか」
大人たちが見たのは、いつもの自分たちの住処でした。亜竜の群れは嘘だったのです。
彼らは、自分たちの行動が無駄になったことに気が付きました。勘違いでよかったと笑う者、騙されたと怒り出す者、別の場所に亜竜が動いたのかもしれないと焦る者など、色々な大人がいました。
大人たちの様子を、少女は影から眺めていました。ひどく滑稽で、笑いが止まりませんでした。
退屈しのぎに丁度いい。少女はそう思いました。
少女は嘘を繰り返しました。
何の危険もないときに、亜竜が出たと叫ぶ。ただそれだけで、大人たちは青くなって少女が指し示す方へ向かうのです。そうして、また騙されたと地団駄を踏むのです。
少女にとって、これほど面白いことはありませんでした。大人たちに何度怒られても、少女はただ舌を出すだけでした。
「ねえ。それ以上嘘をついたら、本当のことも信じてもらえなくなっちゃうよ」
そんな少女を、姉は優しく諭してきました。もうすぐ結婚する彼女は、嘘をついて遊んでいる少女のことを、心配しているようでした。
そうかな、と少女は首を傾げました。いつもみんな騙されてくれるのに。
姉の言った言葉は本当でした。数日も経たないうちに、少女の遊びに誰も付き合ってくれなくなってしまったのです。
少女は再び退屈に戻りました。しかし、もう嘘はつかないようにという大人や姉の言葉には、頷きませんでした。
その日は、姉の結婚式でした。皆が浮かれた様子で、せっせと支度をしています。少女もまた、姉の晴れ姿を楽しみに、準備を手伝っていました。
少女が必要なものをとりに、集落の外に出た時です。人ではない生き物の声がしました。
少女は恐る恐る遠くを見つめました。そこにいたのは、少女が何度も遊びのために使った亜竜の群れでした。
少女は慌てて集落に戻りました。例え戦えるひとがいるとして、何も準備をしなければ殺されてしまうでしょう。しかも今は結婚式の準備中。いいえ、もう始まる頃かもしれません。どちらにせよ、武器を手元に置いているひとはいないのです。はやく伝えなければ、集落が大変なことになってしまいます。
「皆、亜竜が」
息を切らして、少女は本当のことを伝えます。しかし、大人たちは少女に白い目を向けるだけでした。
「姉の結婚式に、なんてことをするんだ」
「罰あたりなやつだ」
少女は恐る恐る姉のほうを見ました。
姉は今まで見たことないほど美しい装束を纏っていました。本来ならそこには、素敵な笑顔が浮かんでいるのでしょう。しかしその目には、涙が浮かんでいました。
「私の大切な日なのよ」
いつも少女を大切にしてくれている姉すら、信じてくれませんでした。
少女は本当のことなのだと伝えようとしました。しかし、それは許されず、結婚式の場から引きずりだされてしまいました。
「お前は本当に懲りないな」
何とかして信じてもらわないと。そう口を開いた少女は、言葉を発することもできませんでした。大人に殴られたからです。
「今まで何度も騙しやがって」
固く握られた拳と、止むことのない罵声。それは、今まで大人が我慢していた怒りでした。
目の前の大人に、大好きで大切な姉に、本当に亜竜がいるのだと伝えようとしました。手遅れになる前にと、何度も叫ぼうとしました。しかし、少女の声は届くことはありませんでした。
大人たちに散々痛めつけられた後、反省のためにと少女は地下に閉じ込められました。身体中が痛く、とても動くことができません。
早く伝えないと。そう霞む視界の中で思っている間に、その時はやってきました。
突然、大きな音がしました。何か大きな生き物が大地に降りた音です。そして咆哮が轟きました。
それから、地獄がはじまりました。
人々の話し声が、悲鳴に変わりました。慌てたように叫ぶ誰かの声、闘おうとする声、それらが集まって、断末魔になりました。
助けて。やめて。助けて。
たすけて。
そんな悲鳴ばかりが響いて、意味を成さない音に変わっていきます。
悲鳴が終わったあとは、何かが食べられる音が響きます。
耳を塞ぎたいのに、少女の身体は動きません。投げ出されたままの自分の手は、ぴくりとも動かないのです。
しかし、身体が動かなくても分かることはありました。「死の匂い」が地下まで漂っていたからです。
皆の命が粉々になっていくのを、ひとりで感じました。
どれほど時間が経ったでしょう。悲鳴はなくなり、亜竜の足音も呼吸の音も聞こえなくなりました。
死の匂いは、濃くなり続ける一方でした。
身体が動くようになってから、少女は地上に上がりました。
少女が感じた通り、そこに生き残っている者は誰もいませんでした。大好きだった姉の姿も見つかりません。
残されたのは、少女ひとりでした。罰を与えられたがために、地下に放り込まれた少女だけでした。
がくり。少女の身体から力が抜けました。目の前に広がる光景はあまりにも凄惨で、少女の心を深く深く突き刺しました。
かくして少女は、退屈しのぎのためについた嘘の為に、全てを失ってしまいました。そうして「嘘憑き」になってしまいましたとさ。
――おしまい。
***
黒蓮が話し終えると、観客のひとりがほうと息を吐いた。緊張から解き放たれたような様子が、こちらの胸にある種の緊迫感を与えてくる。
「何だか体験談みたいだね」
観客は迷った後、素直な様子で伝えてきた。それを聞いて、黒蓮はいやいやと首を振る。大げさにやってみせた仕草に、観客は首を傾げていた。
「これはエイプリルフールのお話。つまりは嘘のお話っスよ」
なんだと観客は力を抜く。その様子に、黒蓮はにっと笑った。怪しくないよと言い添えたくなる笑みだ。
「まあ、教訓として聞いていただければとご用意した話っス。楽しんでいただけたっスか?」
観客の反応は悪くなかった。作り話として聞かせてあの反応をしてくれるのなら、満足というべきだろう。
「なるほどね。面白かったよ」
やがて観客は席を立ち、黒蓮はひとり残される。
そうして静寂の訪れた場所で、ちろりと舌を出した。
「まあ、嘘っスけど」
おまけSS『やさしい嘘が』
嘘は、一度つくとやめられなくなる。
誰かが自分の言葉に踊らされているという感覚。「正しい」ことを言ってないことに対する、奇妙な気持ち。それらは麻薬のように身体を溶かして、舌に張り付いてとれなくなる。
ひとつ嘘をつく度に、小さな針が胸を刺して、同時に甘い欲で満たされる。だから嘘は、やめられないのだ。
しかし、嘘をついて、楽しいことばかり起こるわけじゃない。黒蓮が退屈しのぎについた嘘のせいで、白蓮――姉を、皆を失ってしまった。その記憶は未だに脳にこびりついていて、嘘をつく度に舌がぴりぴりと痛む。
自分は、嘘をつかないといけないようにできている。昔から、そうできているのだ。そうは思えども、時折過去が飛び出してきて、自分がばらばらになるような気がしてしまうのだった。
「あいたっ」
街をふらふらとさまよっていたからか。子どもが近くにいたのに気が付かなかった。
「どうしたっスか」
ぶつかってはいない。子どもは、どうやら何もないところで転んだらしかった。大事には至っていないが、膝を擦りむいているようだ。ぐすぐすと泣き出しそうになっている。
「痛いの、自分が貰ってあげるっス」
子どもの膝に手をあてて、それを自分の膝にあてる。
こんなことで、痛みがなくなるわけがない。そんなこと分かり切っているのに、もう痛くなくなるなんて子どもに伝えてしまう。
これも、嘘だ。ぜんぶ、嘘。
「お姉さん、ありがとう。よくなったよ」
それでも子どもは笑う。痛いはずの膝で立ち上がって、何事もなかったように走り出していく。
黒蓮はしばらく子どもの後ろ姿を見守っていた。なんだか、まぶしかった。