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もしもどこかのユニバース
登場人物一覧
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けたたましい騒音を頭上に、ランドウェラ=ロード=ロウスの朝は始まった。
被った布団からしかめた顔を抜け出させ、ダルそうに頭を上げれば、06:30と表記されたデジタル時計が薄青色に光っている。
「ぅ」
伸ばした腕をその上へ、力尽きたように叩き付けてアラームに終わりを与え、暫くの硬直の後に身体を起こす。
「……朝だぁ」
カーテンの隙間から差し込んだ陽光に、ようやく顔を綻ばせたランドウェラは、そのまま寝具から抜け出していく。ふらついた足取りの最中に寝巻きを脱ぎ捨て、用意していたシャツを着た後、ズボンを履いて、白衣の袖へと腕を通す。
着替えを完了させる頃には覚醒も完了し、身支度も手早く終わらせた彼は、刀を腰に、鞄を手にして扉を開けて外へ。
「んー、今日は居るかなー」
そこは、大学寮の廊下だ。
まだ静かな直線は、もう一時間もすれば起きてきた生徒達が顔を出して賑わってくるだろう。
ランドウェラは足音を殺しながら歩き、突き当たった角を曲がって階段を下り、渡り廊下を通って併設された食堂へ。
微かに香る調理で発生した匂いに、ぐぅ、と腹の虫を鳴らしながら、疎らにいる先客の中から目当ての人物を探し当てた。
「おはよーシズク」
自分と同じ髪色を持ち、自分と同じく帯刀を許された、気心の知れた、
「はぁ」
と、思っている女性だ。チラリと寄越された視線が歪んでいるのは朝だからだろう。もしくは飲んでいるコーヒーが苦すぎたのかもしれない。そう思うことにする。
「朝から会うなんてね……」
……そう思うことにする!
「ねえ、なんで向かいに座るのかしら」
「え?」
対面する様に机を挟んで座ったランドウェラに、シズクは首を傾げながら問う。
むしろなんでそんなことをわざわざ疑問に思うのかわからない彼は、鏡写しの様に首を傾げ返すと、ああ、と頷きを一つ。
「こんぺいとう食べる?」
「おかしい、言葉が通じてないわ」
鞄から取り出した、密閉チャックの袋を差し出す。色鮮やかな着色がされた粒のお菓子は、ランドウェラが愛し、常備で持ち歩くお菓子だ。
「大丈夫、ちゃんとわかってるから、シズクの事」
「ランドウェラ……。……なにが?」
心なしか視線が殊更冷たくなったような気がするがそれは恐らく気のせいだろう。と言うことにして、ランドウェラはこんぺいとうの贈呈を完遂。
渋々とはいえ受け取ったと言うことは、嫌ではないという証明なのでやはりこの行動は間違っていないのだ。
「でさ、今日はどうする?」
「どうって?」
「やだなぁ、今日は1限の後、お務めだろう? 一緒に行くよね」
「え、嫌なのだけれど」
「なんでぇ!?」
二人は、帯刀を許された存在だ。それは現代において脅威とされる、とある事柄に対処するためであるのだが。
「二人一組でいる必要は、無いのよ?」
基本的に現地集合、現地解散が許されているし、単独で行動はしないが、組む相手はその時々で別だ。
ただ、ランドウェラとシズクが良く組まされているのは事実で、主にその理由は、彼の彼女に対する距離感が近すぎるというやんごとなき理由のせいだった。
「でも帰りにアイスを奢るよ?」
「……馬鹿ね」
物で容易く釣れる、というのもあるだろうが、ともかく。
呆れた顔で貶す言葉を吐いたシズクに、ランドウェラはにこりと笑った。
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「お疲れ様」
騒々しさから始まった1日の終わりは、静寂を思わせる帰路だった。
現場担当からの労いを背にして、帯刀者の二人は寮へと歩いていく、その最中だ。
「その恥ずかしい服で隣歩くの、やめてもらえる?」
そしてここでも、シズクの対応は塩い。
「え、なんで? おしゃれだろう?」
「……馬鹿ね」
何故か憐れみを含んだ罵倒をもらう。おしゃれ、という文字の描かれたシャツを、恥ずかしげもなく着こなす神経をしたセンスを理解するものは、残念ながらここには居なかったのだ。
あれぇ? と首を傾げながら、瞬間、目の端に移った小さな影を追ってぐるんと顔が回る。
「ねこだー!」
見掛けたそれは、気ままに歩く野良猫の姿だった。考えるより先に足を向けたランドウェラは、なんの遠慮もなく接近をしようとして、
「止めなさい」
「ぐえ」
シズクに襟をひっ捕まれて未遂に終わる。狙われた当の猫は、知らんぷりで路地へと消えていく。
「あぁ、ねこが……」
未練がましく眺める身体を引き摺られ、項垂れていたのも一息に、彼は立ち直って一人立ちを果たす。
「はーぁ、仕方ない……こんぺいとう食べる……こんぺいとう食べる?」
「中毒性ないわよね、それ?」
ボリボリと噛み砕く音を快活に鳴らす姿を、胡乱げに見ながらシズクは溜め息を吐き出した。
小動物を好む彼の奇行は最早見慣れているが、それで寄り道して帰りが遅くなるのは、シズクとして望ましいことではない。
じゃあ先に帰ればいいのに、とはならない程度に、二人の付き合いは良くもないが悪くもないのだ。
「あ! そうそう新作のもちあまアイスが出たんだって! 知ってた?」
「貴方の奢りでしょ、早く行くわよ」
「ふふー、仕方ないなぁシズクは!」
物に釣られている訳ではなく、これは信頼とか、信用とか、そういった類いの物だ。
「……たぶん!」
そう言うことにしておく。
「シズクは僕にとって、妹みたいなものだからね」
「は? それなら姉が私、でしょう?」
「またまたぁ」
「はぁ……ばか、ね」
諦めたような謗りは、なんとなく、今までより暖かみがあったと、上った月の下でそう思った。