SS詳細
Yours.
登場人物一覧
●Profile
慶織寿大学インタビュー企画協力者、並びにその同居人。
学年:4年
所属:文学部 民俗学部 民族歴史文化探求科
名前:本名は実は誰も知らない。そのため後述の愛称で呼ばれることが多い。
愛称:武器商人、ぶっきー、しーちゃん
入学動機は不明。そもそも彼(或いは彼女。今回は彼で一貫する)には謎が多すぎる。
民族の使用していた武器に詳しいとのことから武器商人との愛称がついたようだ。
記載するには少々書けることが無いので、同居人にも協力を依頼したところ許諾を得た為特例として記載させて頂くことに。
なぜ彼がインタビューを受けてくれたのかは疑問しか無いのだが、まぁそれはいつかわかることだろう。ほっておこう。
ちなみに同居人の彼との関係としては遠縁の親戚らしい。兄弟のように親しい為、仲がいいのだと思われる。
学年:3年(今噸音楽大学)
所属:器楽専攻 弦楽器
名前:ヨタカ・アストラルノヴァ
ヨタカ・アストラルノヴァは今東音楽大学に所属する学生である。
彼は将来有望なヴァイオリニストとして名高い学生の一人であり、留学なども視野に入れることの出来る将来有望な生徒だ。
無口というより話すことが少々苦手ではあったようだが、少しずつ交流にも意欲を見せるように。音楽はひとりで作るものではないということを様々な活動を通して体感しているようである。
最近はチャリティのコンサートなどにも意欲的に協力、参加しているようだ。
背中には大きなタトゥーを入れているという噂があるが、真意は誰も知らない。
●
え? 俺と紫月? ……ふふ。逆にどう見える?
●
4月。桜の香りが風に乗ってカーテンを揺らす。陽光が薄ら睫をくすぐって、もぞもぞと布団の中で身体をよじるひとり。
眠る前にほんの少しだけ窓を開いておくのがこのストーリーの主人公たる二人のルーティーン。
朝は芳しいコーヒーの香りで目を覚まし、とはいかないのがこの二人である。
すうすうと穏やかに寝息を立てる番の姿を眺めて、起こさぬようにそうっとベッドから抜け出して朝食の用意の競争を。
勿論その前に起きられてはいけないから、安心しきって幸せそうな寝顔を堪能するのも彼らの日課である。
今日はヨタカに軍配が上がったようで、寝付きが悪い武器商人の長く美しい銀糸を掬い上げキスを落としながら、その穏やかな寝息に耳を立てる。
(……寝てる)
そう、ただ寝ているだけである。けれど、ヨタカにとってこれ以上の喜びなどは存在しない。
捨てられていた猫のように警戒心が強く、また一歩線を引いて干渉しようとしない、ただ美しく在るだけの姿は周りを傷付ける薔薇の棘のようでもあった。
けれど、短くはないときを共に過ごしてきた。そうしていつからか、こうして番い、恋をして、愛を知った。人など愛することはないだろうと思っていたけれど、彼はちゃんとヨタカを愛してくれた。
それがどれだけ嬉しくて、幸せか。
警戒して、不用心に近付くことはせず、眠る姿も休む姿も見せようとはしなかった。眠ったとしても不意に寝落ちてしまったり、短期間の睡眠であったりと、どうして生きていられるのか不思議なほどに、武器商人は弱った姿も、弱点となる姿も見せなかったのだ。
一度、眠っている姿があまりにも寒そうだからと毛布をかけたことがある。その頃は同棲に至ってすぐで、関係は家のない友人が可哀想だからと空いた部屋を貸していただけだった。なるべく音を立てぬようにと気をつけたのにも関わらず、少しの衝撃で武器商人は目を覚ましてしまったのだ。いつもは綺麗に浮かんだままの笑顔も、寝起きということもあり怪訝そうな顔をしたけれどすぐに取り繕われて。
「ああ、ありがとうねぇ」
なんて言われたけれど。その後はずっと起きていたのを知っている。
それが今では髪に触れようとも、頬に口づけようとも起きようとはしない。元来眠りは浅い方だと言ってはいたけれどこんなにも安心して寝られてしまっては、これまでの経験が嘘のように思えてしまって、たまらない。
(……かわいい)
もう朝食の用意は済ませてしまった。大学に行くまでは時間があるからゆっくりと愛し合ったって構わないのだけれど。さて、どうしたものか。
「紫月……朝、だよ……」
「……?」
ちゅ、ちゅ、とその柔い唇に小鳥が啄むようにキスの雨を降らせる。淡い色をした唇がどんどん赤くなっていけばいいと、眠った姫君を起こす王子のように愛を込めて。
けれど。
(起き、ない……?)
今日は武器商人だって負けてはいない。
「我(アタシ)の小鳥は随分と悪戯っ子になったようだね?」
傷付けぬように。けれど、強引に。相反する二つの行為を同時に行えてしまうのは、武器商人の存在そのものが儚いからかもしれない、なんて。逞しくもしなやかなその腕の中に力づくで引き込まれて、先程よりも激しく長い、たった一度のキスをする。
「……っ」
「ふふ、可愛いねぇ……おはよ、我(アタシ)の小鳥」
「……うん、おはよう、紫月」
窓から差し込む陽光も、今ばかりはつんと目を背けて。朝の光ですらも、二人のキスの邪魔をすることは出来ない。
熱々のコーヒーも二人の前には敵わない。
温くなったコーヒーを口に含みながら、今日の朝食を味わう。ヨタカが丹精込めて作った今日の朝ごはんはスモークサーモンや目玉焼きなどいくつかの種類に分けたガレット。
睡眠のみならず食事すらも疎かにしていた武器商人のために、ヴァイオリニストの命たる手を傷付けることも顧みず料理を研究していたらいつのまにか料理がうまくなってしまった。武器商人だって料理は上手だけれど、やはり大好きな人には自ら手料理を振る舞いたいものなのである。
「ん、美味しい」
「良かった……」
武器商人の好きなところその1。
一生懸命練習したことを知っていながらも知らないフリをしてくれるところ。
それから、美味しいと伝えてくれるところ。
当たり前のようにしてくれるけれど、どれだけ嬉しくて幸せか。
「また上手くなったんじゃあないかい? これじゃあ我(アタシ)はヒモだねえ」
「そ、そんなことない……。俺だって……バイトとか、頼ってるところもある、し……」
「ヒヒ、そういうのはおあいこって言うんだよ、小鳥」
「……ん」
朝食の後は二人でミルクティーを分け合う。
武器商人を鏡台の前に座らせて、その長い銀の髪に櫛を通す。その間武器商人は紅茶を飲みながらスマホで今日のスケジュールを確認する。
「小鳥は本当に我(アタシ)の髪が好きだねえ?」
「うん……だって、とっても綺麗だし……星みたいで、愛しい」
「嬉しいねえ。小鳥の瞳には叶わないけれど」
「……そう?」
ヨタカの好きなところその1。
可愛いに慣れてきた。
最初は自尊心も低く、己のことを傷付けるためにピアスを開けていた。
痛みを感じることでしか。ヴァイオリンを弾くことでしか、己を肯定できなかった。
けれど、愛し合い、可愛いと伝える内に、自分が可愛いのだと。大切なのだと。感じ取り、それを受け入れるようになった。
それは大きな変化だと、武器商人は思う。
(まったく、罪深いコだねえ……)
他人に対して執着を見せることのなかった武器商人に、初めて執着を覚えさせた相手。それがヨタカなのだ。故に。
「小鳥、今日は買い物に行こうと思うけど一緒に行くかい?」
「うん……行く……」
「そうかい。じゃあ大学まで迎えに行こうか?」
「うん。今日は配信の日だから、早めに終わらせたいし……」
「わかったよ」
「……あ。時間、大丈夫……?」
「………………」
「紫月! ……急いで?」
「我(アタシ)、小鳥に勝てる日は来ないと思うんだよね」
「いいから……!!」
退学させられようが停学になろうが留年させられようが正直どうでもいいのだが、愛しい小鳥(ヨタカ)が悲しむのならばそれは避けなくてはならない。
悲しむ顔はさせたくはないし、涙の一粒でも溢れようものならどんな手を使ってでもそれを排除する。その原因が自分であったなら、どれほど不甲斐なくなることか。
その為最近は頑張って講義に出席するようにしているし、フィールドワークでなくともレポートもしっかり出すようにしている。偉いので。
何より、やり遂げるとヨタカが頭を撫でてキスをしてくれる。一番のご褒美だ。なので、頑張らない理由もない。
そんなこんなで武器商人は今日はヨタカより早く登校することに。
「それじゃあ、行ってくるね」
「うん……行ってらっしゃい」
行ってらっしゃいのキスをして、武器商人は駅へと足を進めた。
(……さて、と)
ヨタカはヨタカで、学校に行かなければならない。
テキパキと皿洗いや身支度を整えて、ヴァイオリンの入ったケースを背負って学校に向かった。
●
――ねぇ、小鳥。おまえは一等美しいんだ。それこそ、遠くにある星よりも、我(アタシ)にとっちゃあね。だからどうか、背筋をお伸ばしよ。
●
「うん、いい感じね。2ページの第4小節のところで少しもたついたのも直ってるし、上達が早いわねえ。そうそうスタッカートはもう少し優しくしてもいいかもしれないわ」
「はい……ええと、3ページのところのメゾフォルテ、なんですけど……」
「ヨタカくんは小さい音にするのは上手なんだけれど、大きくするときは思ってる3倍くらい大きめでもいいと思うわよ。大胆にいくべきところでいけないのはヨタカくんの良さを活かしきれていないから」
「成程……わかりました、ありがとうございます」
「ううん、どういたしまして。前の時よりもめきめき上手くなってるのは本当だから、期待してるわ!」
楽譜に少しずつ書き込みが増えていく度に、だんだん上手くなれているんじゃないかと自信がついてくる。それが嬉しくて、やりがいを感じるところだ。
こうやって楽譜に書き込みをしていると、武器商人と出会ったときのことを思い出す。彼と出会うまでは、ヴァイオリンの実力が伸び悩んでいる頃だった。うまくなりたいし、うまくなれるだろうと期待されているし、それに応えたい。けれどできない。それがわからない。そんな堂々廻り。
キャンパス内を散策している内に見つけた、人の寄り付かない大樹の裏。そこで一人練習するのが最早日課となりつつあった頃。
「おや、悩み事かい」
木の上からひょっこり降ってきた声。
初対面。声すら出さず、ただヴァイオリンを弾いていただけ。それなのに、心まで見透かすように、言ってしまった。
話を聞けばフィールドワークの一環で近くの大学までやってきたそうだが、それにしたって木の上なんて、どうして。
ぐるぐると思考を駆け巡る混乱と動揺。そんなヨタカの頭を撫でて、笑ってくれた。それが武器商人だった。
(……そういえば。そんなことも、あったな)
ふ、と笑みが溢れる。
今ではもうひとりだけが知る場所じゃないけれど、そうだとしても構わない。此処は今や武器商人とヨタカだけの憩いの場所なのだから。
ここで練習をしていれば、休憩をしていたり、ご飯を食べていたりと、なぜか演奏をしていないタイミングにピッタリ武器商人がやってくる。だから待っていればいい。
(よし……頑張ろう……)
今日指摘された箇所は次には直っているように。そしてもっともっと洗練された演奏にしたい。そのための努力は惜しみたくないから。
「小鳥」
「ん……紫月……?」
「頑張ってるね。頑張るのは結構なことだけど、それで身体を壊しちゃあ意味ないってこと、わかってるね?」
「あ……ごめんなさい……」
「いいや、むしろ汗をかくくらい頑張ってたってことがよぉくわかるけど……春はまだまだ冷えるからね」
「ん、」
手のひらが頬に触れて撫でて。冷えた身体に体温を分かち合うように、今度はキスをくれる。外でのキスは刺激的だ。誰かに見つかってしまうかもしれない、なんて背徳を感じながら、愛した人の熱に、声に、香りに溺れる。
「し、づき、ここ、」
「……ん、そうだね。林檎のように真っ赤になったから、しばらく冷めることもなさそうだ。帰る支度は出来るかい?」
「うん……うん……」
ぎゅうっと指を絡めて手を繋げば。一緒に帰る準備は完了だ。
二人だけがいいと、人通りの少ない桜並木を通って、スーパーへと向かった。
●
紫月。どうかずっと、俺のそばにいて。
●
「今日は……ええと……」
「キャベツが特売だねぇ。春キャベツと言うんだっけ?」
「うん……ロールキャベツとか……サラダもいいな……」
「あとはブロッコリーも安いねえ。小鳥、買っていかないのかい?」
「ブロッコローはまだ家にあるから……でも買っておいて、まとめて料理してもいいかも……?」
「じゃあ買っちゃおうかねえ。次は魚を一緒に見に行こうか」
「うん」
二人にはいくら混雑時間であろうと分担して取りに行くなんていう思考は持ち合わせていないのである。混雑した時間のおばさま方は恐ろしいし、何よりふたりとも華奢なので骨が折れてしまうのではないかと互いに心配した。もっともらしい理由を除くならば、離れがたい。それだけなのだけれど。
「紫月、ワインはあったっけ……?」
「うん? どうして」
「このお肉……安いし、美味しそう……」
「なるほどねぇ……。確か上物を貰っていたから、まだ数本ボトルがあるね。白も赤もあるさ。この肉なら赤がいいだろうね」
「ん……じゃあ、そうしよう……」
「ねぇ小鳥、魚を見ても構わないかい?」
「俺も見たいから……一緒に」
「ああ、一緒に」
カートを押すヨタカと先導する(とはいっても横に居るが)武器商人。二人で魚を見てこれがいいそっちもいいなんて話しては、たくさん買ってしまう。
勿論ちゃんと食べきるので心配はないけれどやっぱり二人で持って帰るには限界があって。
「買いすぎた……」
「いつもだねぇ……」
なんて話しながら、ゆっくりと家に帰るのが日常だ。
「ただいま」
「ただいまぁ」
二人暮らしをしているから家に誰かが待っているわけではないけれどそれでも言ってしまうただいま。
「おかえりなさい……紫月」
「ウン、おかえり、我(アタシ)の小鳥」
靴を脱いだらおかえりなさいのキスをして。ああ、一回じゃ足りないから、二回、三回、何度でも。
うんしょと重いビニール袋をなんとか持ち直して、冷蔵庫まで運んでしまう。これがまた大変で、疲れた腕で重いものを運ぶのがどれほど大変かを決して男性らしいたくましい腕ではないヨタカは実感する。華奢な腕で一生懸命運ぶヨタカが可愛いから、武器商人は思わず笑ってしまうのだけれど。
「今日は配信日だったよね? じゃあ我(アタシ)がご飯を作っておこうかね」
「……でも、俺も手伝いたい……」
「今日はおまえが朝ごはんを作ってくれただろう?」
「でも……」
「……たまには甘えてもいいんだよ、小鳥」
「…………わかった」
でも、次は一緒に。ああ、勿論。
些細だけれど大切な約束。武器商人はそのまま夕飯作りにとりかかることにした。
「さて、今晩は何を作ろうかねぇ……」
料理も作れるようになった。というか、作れるようにした。ヨタカは基本食生活には奔放で、作れるのに面倒だからと作らないし、なんなら武器商人が居なければ食べようとする素振りすら見せなかったのだ。栄養バランスも悪く、野菜と肉しか食べない。炭水化物が足りていないのである。細身なのに長身なので随分と儚さがあるのはたぶんきっとそのせい。実家に帰ると親戚のおばあさんがアップルパイをくれるから、そのときには食べているという弁明もあったけれど通用するものか。
「生姜焼きかね……折角キャベツも買ってきたことだし」
豚肉はやはり火を通すべきだ。キャベツも大きいのを一玉買ってきたし、美味しく出来るだろうと踏んで、生姜焼きを作ることにした。
まずはキャベツを千切りにするところから。半玉も使えば十分だ。
玉ねぎを刻み、飴色になるまで炒める。それから、醤油や砂糖、料理酒とすりおろした生姜を一緒に入れて混ぜる。こうすることで甘みのあるたれが完成する。
次に豚ロースに薄力粉をかけてフライパンで焼き、焼き色がついたらたれも一緒に入れる。ここからは弱火で、じっくりと味がしみるように時間をかける。
それから味噌汁も。豆腐とわかめの味噌汁だ。これはいつものように作るだけだから、ヨタカの配信を聞きながらでも出来る。
ご飯は早炊きで準備をしておいたから、あとは炊けるのを待つだけである、が。
(これは……始めてそうだねぇ)
仕方ないとため息をついて、武器商人はヨタカが部屋から出てくるのを待った。
「それじゃあ配信……始めようか……」
>きた!
>団長!!!!!
>待ってました
>今日は何弾くの~~
「希望があれば……コメントへ……」
>やったぜ!
>それじゃあ団長の得意なのがいいな
>最近好きな曲とかある?
>なんでもいいな
>たのしみ
「おっと……挨拶忘れてた。団長のヴァイオリン配信を……始める……。一座の仲間よ、集ったか……?」
>はい!!
>団長~!!!
>きました!!!!
「宜しい……それじゃあ始めよう……あ、スパチャありがとう……」
生放送配信者としての一面を持つヨタカは、人気の配信者『団長』として生で演奏を行っている。手を使ったアルバイトが出来ないためはじめた活動ではあったが、これがなかなかに上手く行った。一度親フラで死にかけたがなんとかなっているのが今である。
そのため『配信中』の看板を扉の前にかけているのだが、しかし。配信は楽しいので時間をついうち費やしてしまう。それに比例して、下で待つ武器商人のそわそわもとまらない。
一生懸命作った生姜焼きが冷めないように何とか工夫をしてみるのだが、二時間もたってしまえば無意味というもので。流石にもう一度火にかけるわけにはいかないので、電子レンジで寝かせておく他無い。
「……紫月、お待たせ……」
少し申し訳無さそうな顔をして降りてきたヨタカ。拗ねている(ようには見えないけれど、実際は拗ねているし、ヨタカにはそれがわかる)武器商人は、ぎゅうっとヨタカに抱きついて離れない。
「……我(アタシ)よりもヴァイオリンが大切かい?」
「いじわるな、質問だ……」
「……」
「ヴァイオリンは……大切だけど、替えが効く。モノはいつか壊れてしまうから。だけど、紫月はたったひとりだから……」
「ん……」
「ごめんね……」
ぎゅっと、子供のように抱きついて、しかもくっついて離れない武器商人をあやすように撫でて、ちゅ、ちゅ、とキスを落とす。最初こそ拗ねてキスを返そうとはしなかったものの、ヨタカが「好きだ」「愛してる」と囁やけばそれに絆されるように、武器商人もキスを返して。
「……ご飯、貰ってもいい?」
「ああ、いいよ。チンしてくるから、ご飯を頼めるかい」
「わかった……」
ご飯をよそって、味噌汁を入れて。それから、丹精込めて作った豚の生姜焼きもレンジでチンして。
「ん……いい匂い……」
「自信作だよ。さ、食べておくれ」
「うん……配信の時も、いい匂いしてた……いただきます」
「いただきます」
「……!! おいしい……!」
「ああ、ああ、そうだろう。美味しいだろう?」
「うん……!!」
「ヒヒ、それは何よりさ。たんとお食べ」
瞳を輝かせて食べるヨタカ。頬に米粒がついているのも構わずがつがつと食べる。よほどお腹が空いていたのだろう。
そんな様子を微笑ましく眺める武器商人だった。
●
昨日だって。今日だって。きっと明日も。そうだろう、小鳥。
●
夜は緩やかに深まる。
水面に二つの影が反射し、湯気が二人を暖める。
「ふぅ……」
「湯加減はどうだい、小鳥」
「ん……ちょうどいいよ……」
「ふふ、それは結構なことだね。さ、小鳥。髪を洗うよ、出ておいで」
「うん……」
髪は二人で交代であらう取り決めだ。勿論、体調不良のときなんかは違うけれど、どうせなら出来ることはなんでも一緒にやりたいし、そうがいい。
「かゆいところはない?」
「うん……きもちいいよ……」
「ヒヒ、なら結構。そのまま楽にしておいておくれ」
黒混じりの白髪。愛しの柔糸。大切な一部を丁寧に泡立てた泡でこれまた丁寧に洗う。ヨタカが洗う時も同様で、武器商人の長い銀糸に丁寧に泡立てた泡をつけて洗ってくれる。武器商人の場合は長いので時間もかかるのだが、ヨタカは嫌な顔ひとつせずに手伝ってくれるのだ。それがどれだけ幸せか。
「よし……お疲れ様、紫月」
「我(アタシ)よかおまえのほうが疲れてそうだけどね……ありがとうね、小鳥」
「ううん……ん、」
武器商人が軽く口づければ、のぼせたのか熱かっただけなのか、はたまた照れくさかったのかは本人のみぞ知るところだが、頬が赤く熟れていく。
「…………」
「ふふ、可愛いねえ」
「……もう」
「嫌なら拒んでも構わないからね」
「わかってる、くせに……」
「ああ、解っているとも。おまえのことなら、なんでもね」
風呂上がりには水を一杯飲んでから保湿をしてドライヤーを。
正直ヨタカはどうでもよかったのだけれど、配信者なら見目にも気を使うべきだという武器商人のアピールに折れて化粧水やボディークリームを使うようにしている。とはいっても塗り込みが浅いので、後で武器商人に塗り直されるのだが。
「よし……ドライヤーをしよう……」
「……どうしても?」
「どうしても!」
「……」
「そんな顔しても……俺は負けない……」
タオルでわしわしと武器商人の長い髪から水分をできるだけとり、ヘアオイルやミストをふりかけてからドライヤーを始める。
別になくったって構わないのだけれど、あったほうが髪がしっとりしたり、まとまりが良くなったり、傷みにくくなったりと様々なメリットが有るので、ヨタカは使うようにしている。武器商人はドライヤーの時間を嫌っていて、このときばかりは逃げようとするのだけれど、ヨタカのおねだりには敵わず、いつもこうしてしぶしぶ椅子で大人しくしているのだ。
櫛で髪をといて、ヘアオイルをつけて、ドライヤーをして。その繰り返し。長い髪が乾く頃には時計の針はすっかり0の字を過ぎていて、明日に備えて寝なくてはと歯を磨いて急いでベッドに潜り込むのだ。
「小鳥、もう寝るよ。おいで」
「ん……」
ヴァイオリンの手入れや配信機材の手入れをしてから寝るようにしているヨタカは、基本武器商人よりベッドに入るのが遅い。枕元に置かれたホットミルクがじんわりとだけ熱を持った頃に、ようやくベッドに潜り込む。
ゆっくり、少しだけ窓を開ければ、風にのって桜の香りが部屋を満たす。外に溶けていくミルクの香りは柔らかく、月の光がカーテンを揺らして。
「今日は何があったか聞かせておくれ、我(アタシ)の小鳥」
「うん……今日はね――」
薄暗がりが広がる夜の寝室。
誰かが寝ているわけでもないけれど、ひそひそとささやき声で呟いて。頷いたり、笑ったり。そんな細やかな幸せが、ぼんやりと灯ったランプに照らされる。
明日は何をしようか。一緒に桜を見に行くのもいいな。流行りの喫茶店が気になってるんだけど。なんて、他愛もない話をして、恨んでいたはずの明日を楽しみに待つようになっていく。
ランプの下に置いたカップから熱が溶けていく頃になっても二人のひそひそ話は終わらない。今日あったことから、またひとつあなたを好きになった愛おしいその仕草まで、どこが素敵に感じたかをいっとう愛を込めて伝えなくては、この心は眠りを許さないから。
「ねえ、紫月?」
「ん?」
「愛してる」
「……ん。我(アタシ)も愛してるよ、我(アタシ)の小鳥」
ちゅ、ちゅ、と甘く口づけをかわして。眠って、起きてを繰り返す中で出会えたこの幸いを確かめるように、その儚くて不確かな身体を抱きしめて。
「おやすみ、我(アタシ)の小鳥」
「うん……おやすみ、俺の紫月」
抱きしめたあなたの温もりに包まれながら、どうか明日も幸あれかしと願った。
おまけSS『ふたりのひみつ』
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ふたりのスマホ待ち受けと壁紙
ヨタカ:紫月が寝ているときの写真と、遊園地に行ったときの写真
武器商人:ヨタカが窓際で居眠りしているときの写真と、お揃いで買ったマグカップを並べた写真
かばんには、新婚旅行先で買ったお揃いのストラップ。