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僕は狐、名前は妖樹
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私は狐だ。名前はまだ無い。
無名の頃から、なんだか私は他とは違うのを、よく知っていた。
その時は、他の狐とどう違うのかって言われたら確定的な事は言えないが、なんだかそんな感じがあったんだ。
漠然とした、違和感というものが。
まるで自分と世界が繋がっていないような違和感が。
最初は、そうだな……私の一番最初に残っている記憶から話していこう。
私は、森の中で兄弟たちと一緒に生まれ、母の尻尾を追いかけながら生きてきたんだ。
ある日、他と自分が違う事を想い知らされたのは――他の兄弟から毛色の違いでいじめられてしまったことだろうか。
あのときはそれが悲しくて悲しくて、先立つ兄たちの背中を追いかけながらも、引きはがされ。それで輪の中にも入れずに悲しい狐生を送っていた。
それでも母は優しかった覚えがある。
どんなときでも私を大事にしてくれていたし、兄弟たちが悪さをしようものなら怒ってくれていた。それが私にとって愛を感じる最初の出来事であった。
ただ、そうやって母親に守られているからこそ、他の兄弟のいじめが激化しちゃったのかもしれない。
今となっては、くだらない話であったと思う。でも当時は死活問題だったのさ。
ある程度大人になってから、僕は群れを離れた。
いや、違うな。
僕が群れを離れたのではなくて、他の兄弟たちはいつの間にかに死に絶えていたんだ。
親の死に目にはあえたからいいけれど、まさか自分の兄弟が次々に老衰で亡くなっていくとはね。
その時まだ、僕の毛並みは艶やかで。若い甥や姪に負けないくらいに速く走れたんだ。
他の兄弟とはやっぱり僕は違っていたんだ。普通の狐はこんなにも生きないからね。
やがて僕は、甥や姪の死を見届け、そしてその孫の孫の孫の―――――――孫までの死さえ見届けた。
正直見慣れてしまった営みに退屈してた頃だから、その時当たりでようやく年月を数えるようになったよ。
ざっと計算して、たぶん数百年くらいは狐としてきちんと生きていたね。
やがて私は、神様と呼ばれるようになっていた。
いや時には魔物だの物の怪だの妖怪だの言われたけれど、私にとって名前なんてどうでもよかった。
こちらは人畜無害で、別に人間を助けたいとも思ったことはそこまでは無かったし、こちらから接触する事も無い。故に、神様らしく人助けなんてしていなかったし、どこぞの村を襲って祟る――なあんて面倒な事を私がするはずもない。
結局、人間が勝手に仕立て上げた事だったんだ。
まあ神様と呼ばれることに悪い気はしなかったし、神聖な祠を作ってくれたのはちょっぴり嬉しかったけれどね。
でもやっぱり面倒ごとは御免だったよ。
だからあまり人前に、実体として姿を顕したことは無かったかな。
やりたい事ができるみたいに、私は人と会いたくないから存在を気づかれないように己を隠していたのさ。
丁度人間たちの戦が終わってきたころ、少女が私のところによく来ていたね。
その少女は私に、お母さんの病気を治してくださいとお願いしてきたけれど、残念ながら私にはまだそういった力は無かったんだ。そのお願いを聞いてあげるくらいしかなかった。
仕方ないから少し遊んであげたのさ。姿を彼女の前に現してね。少女もまんざらでもないように遊んでくれていた。
どうやらその時、私は既に白銀の狐の毛を持っていたようで、本当に神様だ! なんて騒がれたよ。
でもあまり存在を他の人間に知られるのは、嫌だったからね。
そういった私の話を他でしたら、お母さん治してあげない! なんて胡麻化していたんだ。
やがて私はその少女と何度も遊ぶようになった。
昼になればどこからか少女はやってきて、私の毛並みを撫でていったよ。
追いかけっこや、かくれんぼもよくやったね。人間も悪いもんではないのかもしれない。そんな事をちょっぴり思った。夜になる前に彼女を家に帰し、こっそり後をつけて彼女が変な者に襲われないように見守っていた。
彼女の家を特定して入り込んだときもあった。お母さん辛そうに咳をしていた、あれは栄養不足だ。
そして、早くも、その少女とはすぐにお別れになってしまったんだ。
どうしたことか、少女の村はとある賊に襲われてしまったと配下の狐が言っていた。
配下の狐が向かったときには、もう酷い有様で、ものすごい火の勢いで木の家は燃えていて、生きている人も言葉にするのは憚れるような事になっていたらしい。
よく遊びに来ていた少女の姿を見かけたらしいんだけど、連れ去られていってしまったとか。
そこで私はちょっと怒ったんだ。
やっぱり日々の楽しみを奪われるのは、気持ちが良くなかったのかもしれない。
その時初めて、私は神通力なるものを会得していることに気づいたよ。
すぐさま風、いや、雷のように賊たちを見つけて八つ当たりしたさ。彼等の荷物車を踏んで壊して、反抗してくる彼等をこの口で砕いては投げ、ちぎっては投げ。気づいたら賊ひとつくらいなら、簡単に壊していた。
そうしてあの少女を探したんだ。でも、見つけた時にはもう――。
だから、争いごとはあまり好きじゃないと思ったのさ。それに楽しみがなくなった世界は、なんだかあじっけもなくて、もういいやって思って私は、母と少女のいた世界を去ることにした。
僕は、異世界への旅へ出た。最初はどう世界を渡ればいいのか悩んだから、へんてこな場所に出てしまったんだ。
今度は、剣や神通力(魔法)のある世界だった。今の混沌の世界にいくらか似せている世界だったね。
そこで僕は――特に何もしていないんだけど、僕の神通力はどうやら彼等の神通力(魔法)を超越しているようで、神様だと奉られたんだ。二回目だね、神様になるの。
その世界は、僕が居た範囲はとっても幸せな世界だったんだ。
元の世界みたいに、いつどこで賊に襲われるかなんて気にしなくていい花の都。
みんな幸せそうにしていて、あの少女のように苦しんだり、お母さんが病気で、それがずっと治らないなんてことが無いように思えた。
だから今度はちゃんと人前に出るようになったんだ。
与えられた教会? という場所の屋上に座って、人々を見ているのが仕事。それが見守られていると彼等人間は思っていたらしい。
とっても楽しかった。観察していた人間で特に面白かったのが、都で一番美人の女性はとってもドジっこだったんだ。
少しでも表を歩くとすぐにコケたり、重たいものを運んでいるとバランスを崩していたり。
たまに見るに見かねて助けてあげたよ。だってやっぱり毎日そんなところ魅せられたらソワソワしちゃうからね。
するとある日、その都一番美しい女性が私のところへ来たんだ。
何やら神様に捧げるために来たんだって。私は人間を食べるような趣味は無かったから、いらないって言ったんだけど、聞かないし。追い返してみたんだけれど、すぐに女性は私のところへ戻ってくるんだ。
仕方ないから、じゃあこの教会を掃除したりとか身の周りの世話をさせることにしたんだ。見た目は美人だったけれど、彼女はしっかりもので、結構テキパキ動いていたんだ。
でもやっぱりドジな癖は抜けていなかったね。やっぱり私がたまに助けてあげないと、滑って転んで頭を打って死にそうだったよ。
その女性はとっても子供が好きだったんだ。だから、よく教会に子供が来たら相手していた。
私も子供によく相手されたんだけど、毛を抜くわ、尻尾は引っ張るわでたまったものじゃない。元の世界の、母の為に祈っていた少女を見習ってほしいくらいだ!
そんな子供たちに襲われて、慌てている私を見て彼女は美しいままに微笑んでいたよ。
だから本当は子供は苦手だったけれど、少しずつ時間が経つにつれて子供もいいものだと思うようになってきていた。
でも、やっぱり私は置いてかれてしまう。私より先に死んでいった兄弟や家族のように。
美しい女性は歳をとっても美しいままであったけれど、やがてその命も尽きていった。この教会に来ていた子供たちの声援も、いつしか軍人のてきぱきとした声に代わっていく。またあの戦いなのだろうか。
いくら神通力を持っていても、高い性能を持っていても、時間だけは私は止められない。それは自然の摂理なのだから抗うこともできないし、抗うなんて想像も無かった。
でもただ、ただ、寂しかった。
やがて花の都も戦火に飲まれることになった。なんでも隣国が攻めてくるのだとか。
沢山の人々が私に助けて―――と祈った。でもその時には私の心は枯れていた。少しずつ衰えていく都を見ていたからだろうか。都の人々が食べるものがなくなっていくのにつれて、私の心の興味も薄れていた。
嗚呼、あのときの時間が好きだったんだろうなあ――身勝手だけど、私はこうしてこの世界を見捨てました。
見捨てた行為が、本物の神様の機嫌を損ねてしまったのだろうか。
僕が次に来た世界は、もうそれは酷いものだった。
降り注ぐ爆発、雨のように走る弾丸、残る硝煙の香り。今までいた世界のどれよりも酷いものだった。
焼かれて死に絶える人々、泣きわめく子供たち。
嗚呼なんて酷い世界だ。やがてその世界に平和が訪れたのは、その土地が焼け野原として使えなくなった頃であった。僕はそこで再度認識した、争いごとは絶対にいけないことだってね。あの少女も、あの美しい女性も、皆笑顔じゃなくなってしまうからね。
―――僅かに残った命は、皆風前の灯のようだった。
あまりに可哀想だったから、僕は、生き残った者で一番屈強な男に聞いたんだ。
国と、民が欲しいか――? ってね。
男は、恋人の遺骸を抱きしめながら強く頷いた。だから僕は力を貸すことにしたんだ。
その国の人々は、余った力を限界まで使って国を立て直していったよ。僕の力を貸したこともあるからだろうか、驚異的なスピードで元のかたちを取り戻していった。
僕はそこでも神様としてあがめられた。これで3回目だね。でもそこでは神様と呼ばれることは忌避したんだ。もう神様なんて懲り懲りだよ。こんな力を持っていても、何処かの世界ではいつでも戦争が起きていて、何時でもそれを止める術が無いのだから。
屈強な男はやがて新しい出会いに花を咲かせ、また新しい命が芽生えた。
不思議と、男の結婚相手はあのときの美しい女性に似ていたし、生まれた子供はあの不運な少女にとってもよく似ていた。
もしかしたら命は連鎖していつつ、一方で魂は廻っているのかもしれない。
僕は長い時を生きた。またどこかで潰えた命が、またどこかの世界で芽生える――そんな夢物語があると信じたい。
やがて屈強な男の家族も、孫へ、そのまた孫へと受け継がれていった。
僕の存在を知っているのは一握りの人間で、その都は花の溢れる素敵な国家へと成長していた。もうあと暫くは戦争が起きるなんてことは無いだろう――。
最後は、幸せな世界を見つめ、それがいつまでもなくならないように祈りながら、僕はこの世界を去った。
その時、不思議な事がおきた。
私の知っている感覚とは別の感覚が身に起きたのだ。
気が付けば、私の力とは関係なく、別の世界へと召喚されていた。
ここは混沌。
空中庭園。
庭園にいる聖女にこの世界のシステムとやらの説明を聞いた。正直何を言っているのかさっぱりだったけれど、兎角、私はこの世界からもう出られないらしい。
「僕がローレットとやらに入ればいいのかな? 言っておくけど、僕はそんなに強くもないよ?」
正直、また戦いは懲り懲りだ。
この混沌という世界は滅びる運命にあって、この世界が滅びてしまうと下位の世界である私の元の世界たちも壊れてしまうらしい。それはなんとしてでも食い止めなければいけない事であると、認識は出来たのだけど。
やっぱり私は、あまり戦いというものを好まない狐だ。
「どうしても困っているのなら、ちょっとぐらいは手伝ってもいいけどね」
積極的に戦いに関わりたいとは思わないけれど、いつかまた、私が目にしていた命と同じ色や、似た顔をした人々と出会ったらそれはわからない。
それまで、此の世界が退屈にならないように、人間たちと接触を続けていきたいと思う。
僕は狐。呆れるほどに長くを生きた狐。
名前は妖樹。それが、平和を愛する僕の名前である。