SS詳細
ヴァーミリオンの地にて
登場人物一覧
まるでオモチャのような電子音を囀ずりとして白いボードを高速で叩き続ける。
その打鍵音は規則性を持ったかと思えば、同じ音を連続で鳴らすこともあった。
短い鉄黒の髪、地味な作業着で片手キーボードを操る女性、佐藤 美咲。
彼女は故郷ジパングにて金融機関のシステムエンジニアだった。
大規模な金融ジャックの片棒を担ぐことなり、国外逃亡。今は良く知りもしない国を渡り歩く傭兵に過ぎない。
「コードネーム『ビート』よりチーム《ヨザクラ》へ、敵の武器庫と拠点特定。『チャンドラ』、『スルーズル』は武器庫へ。『ソーダ』は私と合流してから敵拠点の方向へ向かって欲しいッス」
片手キーボードの上部と横に展開するデータを読み取り、チームメンバーへ伝えていく。
あとは自分たちの通信と居場所を聞かれないよう、拠点まで素早く移動するだけだった。
「ヒヒ、了解したよぉ」
「使えそうなものは持って行って良いんだよねー?」
手早く通信を切り、奪い取った二輪戦車の後部座席に座るのはコードネーム『チャンドラ』こと、武器 商人が唇を三日月に歪めて笑う。
その商人と同じような笑みを浮かべたコードネーム『スルーズル』、茶屋ヶ坂 戦神 秋奈が叫ぶように問い掛ける。
否、問い掛けではない。持っていくという宣言だ。
このチームの兵站担当は商人だが、彼ないし彼女の独自ルートから手に入る武器や弾は品質はかなり良いがその分高めだった。
その為、いつの間にか『奪える時は奪う』が定番となりつつあった。
傭兵チーム『ヨザクラ』結成から早三ヶ月、メンバーのだいたいの人となりは分かり始めてきていた。
その中のひとり、商人はどこの国から来て、いつから傭兵なのか分からないと自ら言った変わり者だ。
長い銀髪を三つ編みでまとめ、切れ目長な目元を見た者は少ない。すらりと伸びた立ち姿と装備の独自性から性別を確定させない。
ただ随分と遠い昔から商人と呼ばれ、そのいう仕事をしていたと語る。そう生きる中で番も子どももいたと、優しく笑って語る時もあった。
大口径のリボルバーを振り回す少女、秋奈が敵の巣穴を散らして、漏れ出た敵を商人の冷徹なるショットが追い続ける。
あらかた片付いた頃だろうか、秋奈が静かにリボルバーを構えたまま周囲を警戒するも風が煙幕を連れ去るばかりだった。
この秋奈は生まれついての戦争屋だ。
ここよりも遥か遠い国で戦士として遺伝子からデザインされて生まれ育った、戦場以外の生き方を知らない少女だ。
砂塵に映える黒橡色の長い髪に柘榴の瞳は遠い先を見据えている。服は愛らしく、けれど装備は熟練のプロのそれ。
「さ、てと。使えるもの取ったら『ビート』ちゃん達に合流しよっか!」
だからどんなに明るく笑い、無邪気な少女に見えたとて、彼女には年相応のオシャレも青春も縁遠いのだ。
勉強や華やぐ友達よりも、爆炎をあげる快楽を選んだ少女なのだ。
音なき音から生まれる振動が狭い空間を満たし、ひとつに収束した時、彼女の斬擊は終わっている。
切り揃えた墨色の髪が肩に舞い戻り、紅水晶の瞳が開かれた時は敵たちが静かに事切れる。
何処か和服を思わすデザインの高機能な戦闘服に身を包み、得意とする得物以外にも暗器が仕込める装備。
コードネーム『ソーダ』こと、志屍 瑠璃の技である。刀の血を払い、刀を鞘へ納めると背後で様子を伺っていた美咲を振り返る。
「片付きました。そちらは?」
「大丈夫ッス、行けるッスよ!」
瑠璃は美咲と同じジパング出身の娘である。ヤクザ組員の娘として生まれ、幼少の頃から武道と教養を叩き込まれてきた。
全ては組長の娘、彼女の身代わりとなるためだった。けれどもそれは組の崩壊と彼女の死亡により、なくなった。
行き場を失くした瑠璃は表社会で生きることも叶わず、裏社会で用心棒や始末屋の真似事をして今日まで生きてきたのだった。
さて今回の主目的は地区奪還である。その為には将校クラスを狙う必要があった。
とはいえ、警備と装備の重厚さに乗り込んだ美咲と瑠璃も手出しがしにくいと息を潜めつつ、中を探る。
「妨害電波OK、と。これで孤立してくれると助かるッスよぉ……」
ひとまず美咲が地区周辺に簡易トラップと仲間向けの誘導路を作り、建物の地図を探す。
たった今、美咲が持つノートパソコンが活路であり、価千金の宝物であった。ゆえに瑠璃が守るべき重要人物は美咲である。
しかし瑠璃は本来、攻撃手で守備手には向かない。装備に関してもそれようには揃えてはいないのだ。
攻守ともに能力が高い商人の合流まで耐えねばいけなかった。
「……足音が近い、なるべく急いでください!」
瑠璃がサブマシンガンをやや高く構えたのと同時、倉庫の扉が蹴り開かれた。
長身の敵がコンマ早く二人へ撃ち込んできて、瑠璃の太ももと二の腕を抉る。
反射的に反撃するがたまらず瑠璃が姿勢を崩し遮蔽物の影に潜り込む。
遮蔽物の中、振り向いた美咲が近くにあった土嚢袋を敵へ投げ、それを持っていたオートマチックハンドガンで撃ち抜く。
たちまち視界は砂埃で埋まり、互いの姿を隠す。
その隙に美咲と瑠璃が姿勢を低く保ったまま敵の足元を抜け出ると、瑠璃が返し刃でその長身を切り裂く。
「すみませんっした、ギリギリで地図入れたッス!」
この一件で潜入はもうバレただろう。こうなったからには会敵した瞬間に撃って撃ちまくって抜けるしかない。
美咲もノートパソコンを防弾チョッキの下に隠し、瑠璃の死角を埋めて走る。
飛んでくる弾も跳ね返る弾も扉を盾にやり過ごすと、敵も見ずに撃ち返す。
頭に地図を叩き込んだ美咲を先頭に敵陣を突っ切って行く。
だがやはり、地の利は向こうにある。気付いた時には囲まれてしまった。
瑠璃がもう一度、刀を抜いてサブマシンガンと二刀流にして構える。背中にはハンドガンを構える美咲。
ドガン、ズダダン。ズゴゴ……。
突如として建物全体が揺れ、一部が崩れ落ちる音が響く。それまで二人を取り囲んでいた敵陣も音に驚いて陣形を崩した。
それに気付いた瑠璃が美咲の手を取って走り出す。
ちらりと見えた一階には戦車が頭から突っ込んで、階段前で行儀良く停まっていた。
あ、と遅れて気付いた敵が追いすがるものの、後頭部を何かに踏みつけられる。
「はいはぃ、通行の邪魔だよぉ」
商人だった。申し訳程度の手すりと壁を伝い敵たちの頭を踏み、撃ち抜いて進んでいく。
下からリボルバーと武器庫から奪ってきた手榴弾を思う様に投げれた秋奈も、跳ねるように駆けて上階まで合流する。
「パーティーだーーー!!!」
いつの間にか美咲と並び、死んだ敵が持っていたフルオートマシンガンを掴んで構えるとリズミカルに振り回して道を作る秋奈。
それはオーケストラの指揮でも振ってるかのようなメロディーで。
それは希望を胸に戦う民衆を旗を振って導く女神のように勇ましい。
道順を知る美咲を伴って司令室へ突き進む。
その後ろ、否、横を商人が固める。このちょっと変わった位置取りが映える場面はどこか。
下からと後ろに対応である。特に下からには有効であった。
なにせ商人は、数多の戦場にて不死身と呼び畏れられたその人なのだ。
その不死性は味方であれば頼もしいが、敵となれば脅威の一言に尽きる。その猛々しく恐ろしい姿に敵の足が震え始めた。
その震えた足を狙って斬擊を飛ばし、それでも残った敵の腹をサブマシンガンで抉り開くは瑠璃だ。
傷付いた身体に鞭を打ち、商人でも対応しきれない
瑠璃の持ち味はなんと言っても日本刀と銃器類を二刀流できる点である。
瑠璃は日本刀の中でも長脇差と呼ばれるものを使っているが、これを片手で振り回すには本来、小柄な彼女は向かない。
にも関わらず手足同様に扱えているのは長年の訓練の賜物である。
それに加えて銃器類の扱いも悪くないのだ。
こちらは後から習得したのだと彼女は言うが元々のセンスが良かったのか、かなり馴染みが良さそうだった。
ちら、と振り向いた先には美咲が秋奈を伴って走る姿がある。
この部隊において美咲の主な仕事は情報戦にあるが、かといって実戦が出来ないのだと言うことはなかった。
相棒のオートマチックハンドガンは彼女の手に深く合うように改良されており、狙いが的確だった。
なによりもリロードのスピードは随一で、いつでも片手でできるように四人の装備を改造したのは彼女だ。
その射撃はレーザーであてかのように狙いが分かっているかのような精緻さで。
その動きは相手が悟ることができないような静けさで。
ポーカーフェイスが崩れることは、なかった。
司令室が置かれた拠点だろうと、さして広くないものである。
確かにこの建物が二階建てである所に敵の方が軍資金は豊富だったと言わざる得ないだろう。
しかしそれが穴なのだ。
こういった戦場で一階より上に高い建物は目につきやすい為、狙われやすいのだ。
むろん二階建て故の利点として内部を複雑化できるし逃げ道を作りやすい。
その利点を持っているはずの敵は、その半数は落ちていた。
秋奈が奪ってきた戦車ごと突っ込んだせいで、建物全体が不安定になっているのだ。言うなれば激しい戦闘をするには不向きだった。
とはいえ戦闘をしない訳にはできないので、もはや建物の崩壊がするのが先か、自分たちが決着をつけるのが先かだった。
「あのちょっと、『チャンドラ』が走った後から崩れていってませんか…………?」
「……
後方で守りを固める瑠璃が言えば、のほほんと商人が冗談めかして答える。
それを聞いた美咲がつい振り返って思わず、げえっと声を出す。階段がはちゃめちゃに崩れていた。
手すりがなかったり、そもそも足場がなかったりと実に様々な壊れ方だ。
「だぁーいじょうぶ! 勝てば良かろう、だぜ!!」
「……ま、それもそうッスね」
秋奈だけは明るく笑い飛ばして、目前の敵を階段の外へと投げ飛ばす。
美咲も敵の足を撃ち抜いて、背中を蹴り飛ばして道を譲って貰う。
美咲が敵の背中で作った足場を瑠璃が踏みつけて、別の敵の脳天をぶちまけさせる。
仕上げとばかりに商人が壁にある僅かな凹みに爪を掛けると、両足蹴りで残った敵の首をへし折る。
複雑化された建物を辿りに辿って司令室へと四人は流れ込んだ。
司令室には司令官と副司令官と思われる男が二人。
司令官は机を前に立ち、先頭の秋奈と。
副司令官はその隣に立ち、左手は銃剣で美咲を。右手のハンドガンは商人を狙い定めていた。
殿に立っていた瑠璃も、片足を引き摺る敵に狙われていた。
この空間だけ時間が進むことを忘れてしまったようだった。
この場にある全ての銃口が有効範囲にあった。
これらを撃ち破るには隙を見出ださすことだが、彼らには隙がなかった。もちろん彼女たちにも。
蝶が羽ばたいて空気を揺らしただけでも、この均衡は崩れるだろう。
この場に立つ誰もが瞬き一回分の呼吸すら忘れた頃、一陣の風が吹き込んだ。
そして、彼女たちは…………
おまけSS『地平線はまだ見えなくて良い』
「ていう夢を見たんだ! 昨日!」
「ずいぶん殺風景な夢ッスね~……」
とある湿地帯、長期の依頼に飽いてきた秋奈が小声で叫んだ。応えた美咲はポイントから目を反らさないまま苦く笑う。
「ヒヒ、結構な夢じゃないか。それにちゃんとコードネームがあるのは、評価高いよぅ」
「でも私のソーダって何処からでしょう? ……名前?」
おそらくそうだろうね、と商人が朗らかに言って罠を量産していく。
美咲もその作業を手伝いながら、宝石の方に飛んだんじゃないスかと顔を向ける。
「瑠璃でラピスラズリ。んで、ラピスラズリの主成分のひとつは方ソーダ石。だから」
なるほど確かにラズライトでは分かり易くて本名を見抜かれやすいが、そちらなら辿り着きにくい。
きっと私のビートも打鍵音とかそんなんしょ、と美咲が何の気もなく返す。
「『スルーズル』は戦女神だよね! 秋奈ちゃんにピッタリ~!!」
秋奈は自画自賛するように言って、足音が近くなったよと武器を構える。
この長期依頼の目的は『幻の食材 ドンカウ』である。野生ゆえにこれでもかと大きく育った牛である。
気性は激しく狂暴だが、それに見合った筋肉が甘く美味しいと評判なのだ。
商人が囮として立ち、彼らを罠の方へ追い込む作戦だ。その時、不意に流れた風が商人の言葉を拐う。
「さすがに月の神は他のコたちに怒られそうだけどねぇ。だがまあ、