SS詳細
AKINA OF LEGEND
登場人物一覧
割れた窓から入る空気は冷たく、入る陽光はどこか温かい。
フロアタイルに散ったガラス辺の上に腰を下ろし、震える手でリボルバーピストルを開いた。ポーチに入っている銃弾は残りすくない。それを指で確かめながら一つずつ弾倉を滑り込ませ、そして収める。
遠くから声がする。ひとつやふたつではない。集団の声だ。
秋奈は顔をあげて、銃を握りしめた。
立ち上がり、窓から身をさらす。
こちらを見つめる何十ものKANADE-changがにやりと笑ったように見えた。
引き金を、ありったけに引き続ける。
令和の春。世界はKANADEに包まれた。
誰かが始めた『KANADE-changを複製できたら強くね?』という思いつきから始まった戦神複製計画はへんなトコで勘違いし戦神っていうかKANADE-changを大量生産するという暴挙に変わっていった。
他者に噛みつくことでKANADE-changを感染させ自己複製する全く新しい戦神は瞬く間に世界を埋め尽くし、一億人単位で『剣振り回して突っ込んだらオーケー!』とか言いながら一斉にぽこちゃかパーティーして敵味方もろとも全滅するという異常事態が頻発したのである。
津波のように押し寄せるKANADE-changに対向する手段はない。まずKANADE-changは話を聞かないし撤退とか交渉みたいなことをしない。鼻歌交じりに死ぬまで戦うKANADE-changは一週間足らずで世界人口を9割削減してくれた。
「それでも、私たちは生きなきゃあいけないのよ」
ジープをとめる。ジーパンにシャツ、黒いグローブをつけた秋奈はキーをさしたまま車から降りた。この世界で車を盗むやつはいない。そのへんに置いてあるものを自由に乗り回せる世界だ。他人の持ってる小石をわざわざ盗んでいこうという愚か者はいないだろう。
車両後部には大きな登山バッグといくつかの鞄。キャンプグッズとして用いられる鞄だが、中身は殆ど缶詰やスクラップ類だ。
秋奈はそれを担ぎ、振り返った。
草原の広がる農場。その中心にぽつんとたつ家屋が秋奈のアジトだ。仮にKANADE-changが襲撃を仕掛けてきたなら、入り組んだ道や狭い場所は危険だ。可能な限り広く、接近が分かりやすい場所でなければならない。大体KANADE-changはステルスとか奇襲とかいうめんどくさいマネをしないので、襲撃してくるときは大体一斉にダーッてくるので見通しのよい場所ほど危険を察知しやすいのだ。
扉をあけ、鞄を下ろす。
生活を共にする相手は、残念ながらいない。
こういう世界で他人をそばに置くことは危険がつきまとう。子孫を残し反映しようなんて考えが秋奈にこれっぽっちもない以上、『死ぬまで生きる』ために人をそばに置かないという選択肢は正しかった。
日が暮れる。
遠ざかる夕暮れを前に、秋奈は二階の窓からベランダへと出た。
手すりによりかかり、缶詰を開く。
流れてくる風が、ノースリーブのシャツに涼しい。
この人生が終わるまで、一体どれほどの時間がかかるだろう。それまでに、自分はどう生きていくだろうか。
滅亡しようとしている人類の先を考えたこともあった。この世界がKANADE-changだらけになり、KANADE-changすらも滅亡し、世界には草と土と動物だけが生きていくのだろうか。
それはもしかしたら……案外素敵な世界なのかもしれない。
この牧場へと逃げ延びる前、都市部で出会った新聞記者の言葉を思い出す。
『人類は増えすぎた。だがそれ以上に、KANADE-changは多すぎたんだ。KANADE-changは……一人いれば充分だったんだ』
思い出して、秋奈はつい笑みをこぼしてしまった。
「そう、かもしれないわね。あんな子が何人もいたら、世界がどうにかなっちゃうのよ」
缶詰をスプーンでつつき、さいごの一口をぺろりとやってからテーブルに置いた。
太陽が遠い山の向こうへと沈む頃。
はるか遠くから声がした。
鼻歌だ。何十人何百人が合唱する、それは鼻歌だった。
「……」
そういえば、ひとつ訂正しなければならない。
牧場は危険を察知しやすいと言ったが、『危険から逃れたい』わけではない。
むしろ……。
秋奈はベランダの端に立てかけてあったショットガンを手に取り、より一層深い笑みをうかべた。
どうにかなったのは、世界だけじゃない。
「きっと私も、どうにかなっちゃったのね」
地震のごとく、津波のごとく押し寄せるKANADE-changの群れ。
秋奈はショットガンを手に、笑いながらベランダの柵を跳び越え、そして草のはえた大地へと着地した。
「こんな楽しい『死に様』、見逃せるわけないじゃないの」
ショットガンをぶっ放しながら、秋奈は走り出した。
無限のKANADE-changへ向けて。