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ありふれた日の暖かさに

クラリーチェ・カヴァッツァの綾瀬 みゆきによる関係者1人+PCトップピンナップ

登場人物一覧

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者


「少しずつ暖かくなってきましたね……」
 一息を吐いたクラリーチェは、ハンカチで額をそっと拭った。
 歓喜の為に開けた窓から、穏やかな春風が吹いて部屋の中を満たしている。
「ひと通り終わりましたね……そういえば、机の中も整理した方が良いでしょうか」
 パタパタと手で仰いでから、ゆっくり歩いて机の引き出しを開け、備品の整理を始め――ふと、1枚の写真が見えた。
(おや? あれは……?)
 裏返しになったそれにはほぼ一年前の日付が記されている。
 くるりと翻せば、そこには猫耳の少女と共に移るクラリーチェの姿があった。
「あぁ、これは……ふふ、こんなところに仕舞ったままでしたか」
 その日の事は、直ぐに思い起こせた。

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――――――
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――

 その景色を、美しいものを見るように鮮明に思い出せるのは、きっと、それがたった一年前だからというわけではない。
 あの日は――あの日も、クラリーチェは何の変化もない日常を過ごしていた。
 少しばかり騒がしい世間は、やがて幻想と言う国での大乱となるその前触れであったけれど、その日はまだ、その気配すらなかったから。
 いつの間にかいた、小さな猫耳少女が同居するようになって、猫達は緩やかに遊んでいる。
 そんな、いつも通りの日々の一頁に過ぎなかった。
 日用品をひと通り買い終えて、夕食用のパンを買っておこうとベーカリーに足を運んだ時の事だ。
「クラリーチェ様、こんにちは」
「はい、こんにちは」
 振り返ればそこにいたのは、よく顔を知る女性だ。
 信者として教会に足を運んでくる彼女は、たしか服飾関係の店をしていたはずだ。
「お子さんも、大きくなりましたね。もう少しでご出産で下か?」
「ええ、予定では1、2ヶ月以内には……」
「そうなのですね……なら私も、無事に壮健な子が生まれるよう、祈りましょう」
 お腹の方へ少しだけ視線を下げた後、信者に微笑みかければ、彼女も笑みを返してくる。
「ありがとうございます。無事に産まれてくれればいいのですが……そうやって、すくすくと過ごしてほしい……」
 微笑む信者の表情は既に母のそれで。クラリーチェも思わず微笑むばかりだった。
「……そういえば、クラリーチェ様のお誕生日はいつ頃なのでしょうか?」
「私ですか? そう言われると、そういえばもうすぐですね」
「まぁ! それはお祝いしませんと!」
「い、いえいえ、そのような。ご迷惑をおかけするわけには……」
「迷惑なんてそんな! 私達はいつもあなたに感謝しているのですから。
 折角の誕生日というのなら、是非ともお祝いしませんと!」
「私は修道女なのです。信仰に生きると決めた身です。個人の誕生日など」
 張り切る信者に若干気圧されつつも、思いついた理由で流そうと試みる。
 信仰に行き、個人を捨てた自身にとって、個人的な誕生日など些末なことだ。
 些末な事――のはずなのだ。
「……むぅ、そうですか? そういえば、おいくつになられるんです?」
 渋々という調子でそう言った信者に言われて、クラリーチェは改めて自分を振り返る。
「……二十歳、ですね」
「まあ! 二十歳! 一生に一度、人生の節目の一つじゃないですか! 祝わないでなんとします!
 ねえ、店長! 店長もそう思わない!?」
 信者が声を張り上げれば、後ろからベーカリーの店長がそうだそうだと声を上げる。
 更にタイミングが良いのか悪いのか、新たに来店した信者とその友人らしき人物もまた、そう言って。
「せっかくの二十歳なんでしょう? そうです、クラリーチェ様。
 うちにいらっしゃいませ。うちの店、最近、新しく写真? 撮影も出来るようになったんです! ささ!」
「そうは言いましても……お夕飯前には戻りませんと……」
「大丈夫ですよ! そんなに時間もかかりませんし! ささ、行きましょう!」
「あ、あの……分かりました。分かりましたから……」
 ぐいぐいと背中を押されれば、赤子を抱える母の強さを感じつつ、無理に解いて怪我させるわけにもいかず、クラリーチェは連れられて行くしかないのだった。


 写真館を新たに併設したという彼女の店は盛況ぶりを見せていた。
 店内やショーウィンドウには人の姿が見え、各々、布地の確認や完成品を見比べているのが見える。
「おや、修道女様、いかがしました?」
「クラリーチェ様も服を買われに? それとも写真ですか?」
 店内にいたお客たちもまた、クラリーチェを見かけてそう声をかけてくる有様で。
 もはや断る流れはない。
「……分かりました。少しだけなら構わないでしょう。それで、私は何をすれば……?」
 一つ溜息を吐いてから苦笑気味に呟けば、奥方はクラリーチェを置いて店の奥へと消えていく。
「なんと、クラリーチェ様の二十歳のお誕生日だったのですか!」
「ええ、それでここで写真撮影を、と押し切られてしまったのですが……
 皆様はどのようなご予定でいらしたのでしょう?」
 私も『おすすめが!』と言って何人かが店の奥へ消えていったのを除き、集まっていた信者の方々と世間話をしていれば。

「お待たせしました、クラリーチェ様。ひとまずこの辺りでいかがでしょうか?」
 戻ってきた奥方はそう言って2着のドレスをクラリーチェの前に示す。

 片方は青色のアオザイのようなもの裾辺りには白色のチューリップがワンポイントに添えられている。
 一緒に持ってきた簪で髪を纏めるのだろうか。

 もう片方は淡い菫色のドレスだ。
 普段着るような色合いと異なるが、それよりも気になるのは肩と鎖骨のレースか。
 幸い、胸の傷が見えるほどではないが、少しだけ露出がある。
 気になるようならケープも……とついでに手渡された。

 奥方に続くように、出てきた信者が持ってきたのは、丈の長いロングのネイビーカラーワンピースを思わせる。
 少しばかり絞られたスカート部分はどちらかというとマーメイドドレスにも見えなくない。
 一緒に持ってこられたキャップには猫耳風のとんがりが2つ。

「これらを全部着るのですか……?」
 思わずその量に声が震えた。
 なんなら、戻ろうとしてるのでもっと来る――あぁ、どうやら少しばかり疲れそうな気がする。


 永遠に終わらないのでは?
 帰っておいた方が良かったのでは?
 そんな考えが脳裏に浮かぶほど、その場で多くのドレスを着せられたものだ。
「そうやって着て、最後にメイちゃんが来て……一緒に取った写真、でしたね」
 ほとんど無意識に微笑みが浮かぶ。
 振り返り思えば、あの日はどっと疲れたけれど、大切な一日になった。
 ――これから先の一年が、恐ろしいほど早く、恐ろしいほどの苦痛に、或いは平穏に満ちているのだとしても。
 その先がどうなるか、まだ分からないからこそ――大切な思い出なのだろうから。
「おねえさまぁ……起きてらっしゃいますか……?」
 控えめなノックの後に聞こえてきた少女の声にこたえて、そっと写真を仕舞って――修道女の仮面に沈み込もう。

  • ありふれた日の暖かさに完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別SS
  • 納品日2022年03月25日
  • ・クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236

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