PandoraPartyProject

SS詳細

すみれ組のすみれ先生

登場人物一覧

耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う
すみれ(p3p009752)
薄紫の花香

●導入
 カムイグラ私立くろぉばぁ幼稚園、今日も園児達が楽しく遊び、学び、交流をしながら一日を過ごしています。
「はぁい、みんなぁ〜。そろそろおひるねの時間ですよ〜」
 すみれ組のすみれ先生はこの幼稚園でも園児達に大人気の先生。優しい声、柔らかな笑顔は幼児達の無意識な警戒をそっと解してくれるのです。
「ふぅ……みんな元気ねぇ。やっと寝てくれた」
「お疲れ様。書類はこっちでやっておくから休憩なさいな」
 職員室に戻り、一息つくすみれ先生の机に温かいお茶が入った湯呑みが置かれる。
「え、園長様!? お茶汲みなら私が……!」
「いいのいいの、手が空いてたからやっただけなんだから。第一お茶汲みを先生の仕事の中に入れた覚えは無いわよ?」
 笑みと呆れを含んだ声にすみれ先生がしゅんと恐縮そうに返事をする。
「放っておくと一人でずんずん仕事しちゃうんだから。身体も休める事もお仕事なんだからね」
 園児だけでは無く、親御達や先生方からの評判も良く、仕事もきっちりこなす彼女は園長先生も高く買っているのだが、少々自分の事を犠牲にするきらいがある所を知っていた。
 先程と変わり、優しい声音になった園長先生に頷き、湯呑みを手に取って口をつける。
「美味しい……書類もありがとうございます。助かりました。今日も特に変わりなく、です?」
 園児達のおひるねタイムもまだ暫く続く。今のうちに出来る処理を済ませておこうかと思ったのだが、どうやらほぼ終わらせてしまったらしい。
「今日は、ないわね」
「今日は?」
 含んだ園長先生の声に首を傾げながら聞き返すと、少し悩んだ風に。
「再来週の頭に他所から児童の転園が来る事になりました」
「転園……」
「この時期には珍しいのだけれどね。それで、入る組なのだけれど……すみれ組にお願いする事になると思うわ」
 くろぉばぁ幼稚園にあるたんぽぽ組、すみれ組、ばら組の三学級はそれぞれ年少、年中、年長という区切りで分けられている。転園の時期にも寄るが大体が年齢で振り分けられるのだ。
「新しい子ですね、転園してくる子の対応は初めてになりますが早く皆に馴染ませてあげなきゃいけませんね。わかりました、お任せください」
 端正な顔立ちに彼女にしては強気な笑顔で園長先生に頷いてみせる。
「頼んだわよ」
 頼もしそうにすみれ先生を見る園長先生は、気を取り直して……と呟き午後のスケジュールの相談を始める。
 先の事も大事だが、今はもうすぐ昼寝から起きてくる子達の為におやつを用意する方が優先なのだ。
 本書は頑張る先生とやんちゃ園児の一部を切り取った記録である。

●転園
 ある日のお昼寝タイムが終わったおやつ前。
「みんなぁ〜今日は大事なお知らせがあるのよ〜聞いてねぇ」
 すみれ先生の声にわらわらと集まってくる園児達。
「なぁにぃ?」「すみれせんせー!」「しずかにしなきゃなんだよー!」「やだ!」
 集まりながらも中々静かにならないのは元気がある証拠。幼稚園児らしい日常風景。
「しーっ! 今日はみんなに新しいお友達が増える日なんですよぉ」
 そう言いながらすみれ先生は扉を開け、別室で待機していたその子の手を握って皆の前まで連れてくる。
 一気に静かになる子供達、見知らぬ同い年ぐらいの子をどこか値踏みしている様にも感じるだろう。
「じゃあ名前、言えるかな?」
 水色の髪、未だ短い鬼人種の特徴である角。くっきりとして吸い込まれる様な紫眼に穢れを知らない白い肌。そして……。
「す、澄恋すみれともうします……」
「えっ!?」
「すみれってー」
「せんせぇとおなじじゃん!」
 そう、名前だ。すみれに澄恋。同じ鬼人種であり顔立ちも何処か似ている。名前の読みまで同じとなると最早何かの運命と感じても仕方の無い事だろう。
「そうなんだぁ。澄恋ちゃんと"すみれ"仲間なの! 先生の事は皆先生って呼んでるから、間違えちゃうことはないですよね」
 もじもじと床を見ながら居心地悪そうにしている澄恋を横目で眺めながら、他の子達も最初はこんな感じだったなぁと微笑ましくなる。
 初日は先ず互いにこれからここで過ごすんだよと認識させてあげるだけで充分。子供は大人が思っている以上にデリケートであり、急かして皆の輪に入れようとしても逆効果な場合もあるということ。
 敢えてお昼寝が終わった午後のタイミングで紹介したのは緊張で澄恋の疲労が多くなるだろうと思っての判断であった。
「じゃあ皆、これから一緒に仲良くなっていきましょう。おやつにしましょうか」
 園児達が一番好きな時間。静かになっていた場が再度喧騒に埋まる。

●つみき
「澄恋ちゃん、なにつくってるのですか?」
 澄恋が転園してきて早一ヶ月、少々引っ込み思案な所はあるが、他の園児達とは仲良くやれているようで、馴染めるか少し心配していたすみれ先生も安堵の息をついた……のだが、一つ困ったことがあった。
「……」
 すみれ先生の姿を確認して直ぐ、顔を背けてしまう澄恋。
 一人で積み木を乗せたり崩したりして遊んでいた澄恋に声を掛けたまでは良いが、中々此方に心を開いてくれないのだ。
 たまに様子を見に来る園長先生には笑顔を見せてくれるまで懐いていたのに何故かすみれ先生にだけやたらと態度が固い。
「気にすることないわ。理由が無く、なんとなくで冷たくしちゃうというのはよくある事よ。プンプン期も直に終わるから」
 園長先生はこう言っていたが、すみれ先生としてはもう少し仲良くしたい所なのだ。何故かと問われると答えに窮してしまうのだが。
「お城かな? おうちかな? よかったら先生も一緒に作りたいなぁ」
 暫く口をもごもごさせていたが、小さいか細い声で零してしまうのだ。
「い、いやです……」
「そっかぁ、じゃあまた今度一緒に遊びましょうね」
 拒否に理由が無いのであれば、余り押しすぎても意地になってしまうだけだろう。
「澄恋ちゃんお庭でかけっこしよー!」
「は、はい……!」
 早速仲良くなった女の子に連れられ外へ走っていく澄恋の背中を見送る。そう、何より他の園児達とは仲良くやれているのだ。悪いことでは無いと自分の中で言い聞かせ、仕事へ戻るのであった。

●かけっこ
「よーい、どん!」
「わぁー!」「きゃー!」「がんばえー!」
 すみれ先生の掛け声を合図に一斉に走り出す子供達。
 お庭に集まってかけっこの時間だ。足の速い子、走る姿勢が綺麗な子、手を大きく振って一生懸命走る子、かけっこでも様々な個性が見られる。
「がんばってくださーい!」
 すみれ先生も皆と混ざって応援していると、横に澄恋が立っていることに気づく。よくよく観察してみれば、淡雪のようなほっぺがほんのりピンク色を帯びている。くりくりした瞳も何時もより何処か期待しているかのような、羨望を込めた視線を走者に向けている。
「(走りたいのでしょうか……?)」
 誘われれば外にも行くが、基本的に部屋の中で玩具遊びをしている事が多い澄恋の意外な面を発見できた気がする。
「はぁいゴール! みんなよく頑張りましたねぇ」
 褒めて褒めてとすみれ先生に群がる子供達の頭を撫でながら、順番待ちをしているであろう子達をスタート線へ誘導する。
 その中には澄恋も居り、真剣な表情で先を見据えている。
「次行きますよぉ。いちについて……よーい、どん!」
 一斉に駆ける子供達。皆精一杯走っているが、その中でも抜きん出て速い影が先頭へ踊り出した。
「すみれちゃんはやーい!」
「いちばんはやい!」
 綺麗なフォームでしっかりと地を踏み込む。地面を蹴る力が強く、足腰がしっかりとしているのだ。
「みんなー! がんばってくださーい!」
 澄恋だけを応援する訳にもいかないのは理解していても、どうしてか、楽しそうな表情で駆ける澄恋から目が離せない。
 以前先頭を走る澄恋がもうすぐゴールラインを踏もうとする距離まで来たその時。
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
 突如響く謎の泣き声、否、すみれ先生も何故かは分かっている。転ぶ音が聞こえたのだから。
 兎に角傷口を見て洗い流さないといけない。その場に向かおうとした先生が見たのは、ゴールへ向かう筈の澄恋が前を走っている所だった。
 転んだ音に反応して、すぐ様其方へ踵を返したのだろう。
「だいじょうぶですか? 泣かないで、泣かないで、だいじょうぶですよ」
 高揚して泣くのを止められない子供に寄り添い、声をかけ続けている。泣いている姿に釣られたのだろう。澄恋自身の瞳も潤み、涙が零れている。
「大丈夫ですよ。直ぐ痛いのとばしちゃいましょうね」
 すみれ先生が転んだ少女を抱き上げ、澄恋に笑顔を向ける。
「ありがとうございます澄恋ちゃん。お友達の為にえらいですよ」
 瞳に浮かべていた涙が次々に零れている。泣くのを我慢していた所を、先生の言葉で緩んで涙腺が決壊してしまった。恥ずかしそうに袖で涙を拭いて走り去ってしまう。
「(優しい子、ですね)」
 嬉しい気持ちになりながら、先生も急いで傷を洗い流してあげるために水場へと向かう。

●おやつ
 今日のおやつは、ちょこのくっきーといちごのぜりーでした。
「澄恋ちゃん、おいしいですか?」
 おいしい、くっきーはさくさくでぜりーはつるつる冷たくてあまい。
 すみれせんせいのお顔を見るとなんだか胸の中がざわざわしてしまう。
「……ふつう」
 本当はこんなこと言いたくないのに。
「そうですか……」
 本当はこんな顔させたくないのに。
「……ちょっとおいしい」
 本当は笑顔で向き合いたいのに。
「よかった! 先生もこのゼリー好きなんですよ」
「そうですか……」
 本当はもっと近くに在りたいのに。
 どうしてこうも素直になれないのか。同じ顔、同じ声、同じ瞳だから。
 憧憬、羨望、嫉妬、理想。此方はこんなにも想っているのに。
 意識しているのに貴女はどうだろうか。
 有り得た可能性、わたしが欲しかった物。ここでなら、こんな近くで眺めていられるのにどうしてこんなにも避けてしまうのか。
「澄恋ちゃん?」
「せんせい」
 いやだ、いやだいやだいやだいやだ。わたしはもっと私を観たい。近くでこの瞳に映していたい。だから……せめてこの中だけでも。
「だっこ……」
「……! いいですよ。おいで」
 いつの間にか周囲には誰も居なかった。でもそんなの今は気にならない。わたしと私が居ればそれで良い。
 私の暖かい胸に顔を埋めれば、なんだか安心する。何時しか瞳から零れ落ちていた雫を先生の指で掬われる。心地よい空間の中、自然と瞼が落ちていく。
 だめだ、この瞼を閉じてしまえばもうこの空間が、終わって……しま……。


 目を開く。
 何時もの光景。
 何時もの時間。
 何時もの日が始まる。
 なんだか夢を見ていたようだ。
 とても良い、素晴らしい悪夢を。
「そうか、今日は四月一日でしたか」
 "IF"でも有り得ない、例えるならば……嘘で塗り固められた箱庭で何も知らないわたしが理想を眺めていた。
 中身は覚えていないけれど、とっても幸せな虚構だったのだろう。
 来年、いつの日か、この伽藍堂の世界をまた眺める事は出来るのだろうか。

 頬を撫でれば一筋の雫が指を濡らした。

  • すみれ組のすみれ先生完了
  • NM名胡狼蛙
  • 種別SS
  • 納品日2022年04月01日
  • ・耀 澄恋(p3p009412
    ・すみれ(p3p009752

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