SS詳細
『強欲の魔種』マルク・シリング
登場人物一覧
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「魔種だから、と命を選別して殺すことは……正しい事だと思うかい?」
「正誤ではないんだと思います、きっと」
いつか。
そんな答えが返ってくることを、幻視した。
「大事なのは、きっと。
あなたがそれを自然と受け入れられるのか、そうでないのかという、ただそれだけで」
きっとそれは、『彼』にとって一つの転機であったのだ。
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「マルク兄!」
――月に一度の巡行から、現在自身が住まう村へと帰ってきたマルク・シリング(p3p001309)を、幾人かの子供たちが迎え入れる。
帰ってきた挨拶を交わすその青年に対し、子供たちはきゃらきゃらと笑い。それに気づいた他の大人たちが、同じように彼へと言葉をかけていく。
「マルク、帰ってきたんだな」
「つい先刻ね。直ぐに子供たちが気づいてビックリしたよ」
「……『新しい奴』は連れてきたのか?」
「いや。寧ろここを離れる時かもしれない。
風の噂程度に聞いたけど、この村に『僕』が居ると感づいた人もいるらしいからね」
「そうかい」
本人たちのみわかる会話の合間、頭をがしがしと掻いた大人は苦み走った表情で呟く。
「世間ってのは、誰かを爪弾きにするときほど素早く動きやがる。困ったもんだ」
「……以前にも言ったけど。僕がこの村を離れても良い。寧ろ、それだけで済む話だ――」
よ、と言い切ろうとした彼の額を、対面する男が軽く指ではじいた。
「馬鹿言え。今更その世間サマに迎合しろってか? 真っ平御免だよ。俺も、村の奴らも」
「でも」
「何度も言わせるな」
「『魔種』マルク・シリング。
お前さんのおかげで今の俺たちが居る。それをどうして裏切れるかよ」
それは、一つの転機であった。
世界のために。大切な人たちのために。世界に仇なす者たちを時に傷つけ、時に害し。
何時しか、今まで奪ってきた命のためにすら戦い、退路を自分の手で奪い続けてきた男の――辿り着いた結末。
「初めて会ったときは驚いたがな。
純種の人助けをする魔種なんて聞いたこともねえ」
「……別に、僕は誰にでも優しいわけじゃないよ」
苦笑するマルクの行動原理は、男の言う通りひどく単純なもの。
『奪われることが当然であるもの』たちを救い、そうでないものに敵対する。庇護する対象をひどく限定的にしたことで魔種本来のあり方を自ら歪めることに成功した彼は、今現在もその理念を持って己れの村を定期的に発ち、奴隷や落伍者、無実の罪を受けたものなどを保護する日々を続けている。
そうして構築したコミュニティの中で、自然と彼に『呼ばれて』魔種に成る者も居た。傍から見れば今はまだ小さな村である其処は、このまま時が経てば軈て数多くの魔種が住まう一個の組織として完成されるであろう。
――それでも、村人たちは笑う。自らを救ってくれたものが世界の敵であろうと、感謝を込めて。
「……子供がな。もうすぐ生まれる。
今のうちにお前さんに名前を考えてもらおうと思ってたんだ。付き合えよ、『リーダー』」
「……それは、責任重大だね」
驚きと、隣人の幸福を祝う喜びの笑みを浮かべながら、マルクは男の誘いについて、彼の家へと向かっていく。
(……生まれる、命)
道中、マルクが思いを馳せるのは、それまで自らが奪ってきた命に対して。
それがこの無辜なる混沌のためであろうと、自分の選択によって奪われてきた命たち。
そうして自ら背負った罪は、今こうして、彼の存在によって生まれ出でる命を贖罪とすることなどできはしないと、当の本人が一番わかっている。
ならば、彼のすべきことは。
(……どうか、待っててほしい)
この世界のすべてを。自らが犯した罪を『巻き戻す』こと。
未来に避けえぬ破滅が待ち、もはや今の自分はそれを回避させうる存在ではないというのなら、この世界そのものを過去に戻そうという無謀な試み。
或いは冠位にすら届くまいその暴挙を、しかしマルクは。『強欲の魔種』はもう躊躇わない。
――その奇跡じみた決意が実を結ぶのかは、きっと、遠からぬ先に明らかになる。
おまけSS
これは正史ではない。
確かにマルク・シリングは心優しい人間である。特異運命座標として長らく活動してきた現在においても、未だ魔種を「世界に仇なす敵であるため」という理由だけで殺すことに疑問を抱き、心を痛める『普通の人間性』を未だ保持する程度には。
ともすれば、その迷いは彼を魔種たらしめる可能性もあったが――これもまた、先に述べられた通り、『それ』を選ぶことは、これまで奪ってきた命を否定する行いと同義でもある。
進む苦しみから逃れることを、進まない苦しみが許さない。
マルク・シリングが今直面しているのは、ある意味においてヒトとして当然の苦しみであるのだ。
だが、しかし、それでも。
彼の苦しみを否定するものが居たならば。
若しくは、彼に苦しみから逃れる、解き放たれる術を提示するものが居るならば。
彼は、その瞬間、『堕ちる』ことを躊躇わなくなるであろう。