SS詳細
スプリング・キャンパス
登場人物一覧
●Profile
慶織寿大学インタビュー企画協力者。
学年:2年
所属:文学部 食文化研究科
名前:早乙女 澄恋
早乙女澄恋は慶織寿大学に所属する学生である。
入学動悸は将来的なことを考え美味しい料理を作れるようになりたいから、とのこと。
受験時にあった面接にて作りたい料理を聞かれた際に卵焼きと回答したのは他の生徒とも違う異彩を放った点であろう。
入学以降の彼女の口から飛び出たのは「旦那様の為♡」だったので少々斜め上ではあったものの、講義にもしっかり出るし実習も丁寧かつ真剣に取り組んでいることから、生半可な気持ちでもないようである。彼女は至って真剣に学生生活を送っているようだ。
実際のところは幼少期にあった両親の離婚をきっかけに生活が一変したことが大きな理由だろう。片親となり食生活が疎かになり発育不十分となったこともあり、幼少期の食生活の大切さを身を以て実感したことから将来的には子供の食事に関わる仕事がしたいと考えているらしい。就職活動に関しては考えるのは来年でも良いのだろうが、今現在も情報収集をしていることから熱心な生徒の一人だと言えるだろう。
マメかつ真面目な性格である為にレポート提出はいつもぎりぎり、稀に遅れるもののその分ぎっしりと書き込み、研究のされたレポートが提出されることから教授達には「労力の割き方だけが問題だ」といい意味で心配されているようだ。
教授達からも猫のように可愛がられている学生の一人、それが澄恋である。
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「ふぁあ……」
うんと伸びをして、寝ぼけ眼を擦りながら時間を確認する。時刻は朝の9時。
食文化研究科という大層な科に所属してはいるものの朝から手の込んだものを作るのが面倒なので朝食は手を抜いても良い、それが彼女の朝の決まりである。
最近は太ってきたので代謝を良くするべく果実酢と水を割ったものを飲んでから動くことにしている。貴族平民奴隷ダイエットの最中であるので、手は抜くがしっかりと食べる。これが朝の寝ぼけた頭には辛いのだが、女の子とは難しいものなのでそれでもやりとげてしまうのだ。
「今日は何にしようかな~」
ぐいと飲み干した空のコップを流しに入れ、冷蔵庫を開く。買いだめと作り置きの成果か中には割と潤沢に素材がある。朝は貴族、つまりしっかり食べなければいけない。いけないという程でもないのだが、やはり身体作りこそ旦那様を見つけるための基礎(?)なので朝から料理を行うことにした。
とは言えやっぱり朝から手の込んだことをするのはどうしても面倒なので魚を焼きながら学校へと向かう準備をすることに。
今日のコーディネートはフリルブラウスに脛までの淡桃のオーガンジースカート。リボン付きのパンプスを履いて、ハーフアップには大きめリボンの髪飾りをつける。今日は可愛らしい服装で決まりだ。
「お、いい匂いがしてきた気がする」
魚に関しては完全に鼻頼りだ。魚の油がぱちぱちと弾ける音がしたら丁度いい頃だ。魚焼きグリルからとりだして、良さげな皿に盛り付ければ朝食の完成である。
昨晩作っておいた味噌汁と、毎日食べることにしている米を多めによそって、冷蔵庫から作りおきの惣菜と漬物を食べる。朝に時間があるからこそ出来る贅沢である。
買ったのにあまり見なくなったテレビを横目に、スマホをいじりながら朝ごはんを食べすすめる。が、スマホを見ている内に時間を無駄にしてしまうので適当に区切りをつけてスマホをソファに置いてご飯をかきこんだ。
「えーっと……」
時刻は朝の10時半。出発は11時。まずい。
急いで皿洗いをして、リュックサックにノートパソコンとルーズリーフと資料を投げ込んで家を飛び出した。
澄恋の住まいは大学から少し離れたところにあるため、講義開始時よりも早めに出る必要がある。電車をひとつ乗り継いで向かう。10時ともなれば流石に満員電車ではなく、席もそこそこあいている。
リュックサックを膝の上に乗せまたもやスマホを弄っていたら、大学の最寄り駅に到着。近くのコンビニで苺ミルクと手頃なお菓子を購入し大学へと向かうバスに乗る。学校専用のバスともなれば友人もちらほら見え、遠くから手を降ってみたりなんかする。ぶらぶらと手すりを掴み揺れ、そろそろかななんて視線を上げる頃には大学のキャンパスが見えてくるのである。
「おはよ~」
「おはよう。講義行こ~」
「うん。レポート持ってきた?」
「勿論。ほぼ徹夜だけど何とかできた~」
「澄恋らしいね。そんじゃ行こうか」
「うん!」
苺ミルクを口に含みながら講義を受ける。
教授の長話に寝落ちてしまった数人とは違い、澄恋はわざわざスマホで録音しもってルーズリーフでメモを取っている。あと美人。こんな生徒が居たら教授も号泣モノだ。
さておきそんな講義を何コマか繰り返していく内に今日の澄恋の大学での必修科目は終了である。
「澄恋、この後はどうするの?」
「私はバイト~」
「そっか。じゃあまたね」
「またね~」
多忙な学生生活を過ごしている澄恋、なんとアルバイトまで行っているのである。大学と自宅の間にあるバイト先は、電車を乗り継ぐ中間駅が最寄りだ。
彼女が人生においてその美貌を活かさない手はない。尤も、本人は意識していないのだが。
問題はそのバイト先である。彼女は何とメイド喫茶でバイトをしているのである。ので。
「おかえりなさいませ旦那様!」
合法的に旦那様が生成されるという訳である。恐ろしや。
ふりふりなメイド服を着てみたりなんかしてオムライスにケチャップでハートを書く頃には「旦那様」もメロメロなのである。ずっきゅん。
お人好しかつ心優しい澄恋はお客様の無茶振りにも答えちゃったりなんかするのである。
「すみません、あの、チェキ良いですか……!」
「はい、勿論!」
「こ、このココアに魔法をかけてください……!!」
「うふふ、いいですよ~」
「プレゼント持ってきました、よければ……その……」
「わ、いいんですか? 嬉しいです~!」
メイド服×美少女is無限大の可能性を秘めている。多分。
「オーダー頂きました~♡」
そんなこんなでメイド喫茶でのアルバイトを終える頃には時刻は午後7時。
春空は薄ら菫青が滲み、星屑がきらめき出す頃なのである。
「遅くなっちゃった……!」
余裕そうに過ごしている澄恋にもマイブームがある。ので、急いで電車に飛び乗り自宅へと走る。
彼女の目的は。
「間に合った……!」
毎週月曜日午後7:30より放映開始のハイペリオンの部屋をリアタイ視聴することだ。
ハイペリオン様と呼ばれる彼あるいは彼女が出演したタレントたちとトークをしているだけのなんともシンプルな番組であるが、ハイペリオンの人柄や口調、加えて会話の内容が割としょうもないので人気である。
友人に勧められて見た結果沼落ちしている。録画もグッズ購入も躊躇いがない。彼女のモチベーションの一部である。
テレビを見終えたら遅めの夕食だ。ちんたらとしている余裕はなく明日にも響くので作り置きを取り出して味噌汁を温めて夕食とする。
夕食を食べている間にお風呂の準備をし、ちゃちゃっと食べて洗ってしまう。
お風呂には時間がかかるので、その間に近所のスーパーへとダッシュだ。時刻は午後8時、スーパーもタイムセールを行う頃。買う商品をある程度決めてお風呂が溢れる前に急いで帰る。
今日はトマトとキャベツが安いので籠に入れ、なくなりかけていたみりんと醤油を籠に、そしてお気に入りのアイスも籠に入れてレジでお会計を済ませる。両親からそれぞれ仕送りを貰っているし、バイトもしているのでだいぶ余裕はあるものの、人生何があるかわからないので節制を続けている澄恋。家賃を支払う方法も最近は覚えてきたので、帰りにコンビニで水道代の振り込みをしてようやく家に帰宅する。
「あっ、お風呂……!」
最近の家電はハイテクなので勝手に止めておいてくれたのである。優しい。
お気に入りの入浴剤を入れてお風呂。最近噂のシャンプーに変えてみたりもしたのだがイマイチ効果がわからないお年頃である。
「はぁ……社会人になって生きていける気がしないよ……」
疲労と不安を湯水に溶かし風呂を上がる。角と衝突しながらドライヤーをし、身体の保湿も忘れずに。いつだって女の子は大変なのである。
洗濯物をとりこみ畳みながら、P-tubeで好きな実況者の動画を見つつ、明日の準備まで終わらせてしまうことに。明日は朝から講義が詰まっているので少々忙しいのが辛いところだ。
寝る前には研究課題として制作中の米ぬかを確認してから床につく。
初めて作っているものなのだし成功か失敗かもわからないものを研究しろとはなんとも言い難いが、それはそれとして課題なのでしっかりやりとげるのが澄恋である。
食文化研究科は他の科に比べて自宅で行う実習もあるのが特徴で、こうやって夏休みの観察日記のようにメモを取る必要があるものもあるので、地道な作業を繰り返す科でもある。それでも自分が作った料理が美味しく出来ていると嬉しいし、何より自分のスキルになるのは得難い達成感がある。やはりこの大学を選んでよかったと思うのだ。
「よし、大丈夫そう!」
時刻は日付変更線を越えて午前0時。
澄恋が床につく時間だ。
「おやすみなさぁい……」
おやすみなさい。いい夢を。
まぁ全部幻覚なんですけどね。
おまけSS『あとがき』
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花嫁をモチーフにされているようでしたのでやはり胃袋を掴む練習をされていると思い食文化研究科に致しました。
また名字につきましては、か弱い乙女というキーフレーズから連想したものになりました。響きもいい感じなのでわりとありだったと思っています。