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紲一族誕生物語~高校編~

登場人物一覧

紲 雨軒(p3p010444)
紲一族のお父さん
紲 蝋梅(p3p010457)
紲一族のお母さん


 授業終わりのチャイムが鳴る頃。薬学研究室の窓辺の席で、止まない雨の音を聞きながら、雨軒はぽつりと呟く。
「蝋梅さんが、困ってるかもしれない」
 彼女の置き傘は自分の家だ。

『――自分は、父のように立派な薬師になりたいんだ』

 中学を卒業する前、雨軒は恋人の蝋梅に胸の内を打ち明けた。
 薬師を目指すとなれば、それを専門とする高校へ進路を進めなければいけない。
 フリアノン高校・薬学科。それが雨軒の進学先であり、蝋梅の志望校とは別の学校だった。
 それでも彼女は驚く事こそあれ、ふんわりと花のような笑みで頷いたのだ。
『とっても素敵ね、雨軒さん! 大丈夫、夢はきっと叶うわ』

 蝋梅は、雨軒が病弱な事を知っていた。だから違う高校に通っても、登下校は一緒にしようと決めたのだ。
 いつもなら蝋梅が雨軒をフリ高まで迎えに来て、一緒に帰る。家が隣近所という事もあり、合流さえしてしまえば帰宅ルートは全く同じだ。

『今日は午後から雨が降るみたいだね』
『まぁ! 天気予報ではくもりだったけど……雨軒さんの雨の予言って当たるのよね~』
『雨の日は空気の匂いが変わるからね。ほんの少しだけだけど』

 朝のやり取りを思い出すと、余計に気になったのだ。
 迎えに行こう。今日は幸い、身体の具合も悪くない。今から向かえばきっと、彼女が部活を済ませて下校の準備をする頃には間に合うだろう。
 身をひるがえした雨軒の耳元で、紺色の鱗がきらりと揺れた。


「あーあ、すっかり本降りね。わたし傘持ってきてないのに~!」
 蝋梅の隣で部長がガックリと肩を落とす。傘を持っていないのは自分も同じだ。けれど不思議と頬が緩んで仕方ない。
(雨軒さんの言った通りだわ。本当にすごい……魔法みたい♪)
「どうしたのよ蝋梅、ニヤニヤしちゃって」
「うふふ、どうしてでしょうね? 傘がないなら、ふわふわ泳ぐスミイカちゃんを傘がわりにするのはどうかしら」
「貴方のそのスミイカを出す能力って、私立デルフィニウム高校七不思議に数えられるくらい不思議だけど……めちゃくちゃ便利なのよねー」
 どこからともなく家庭科室に漂いはじめたスミイカを、部長がえいやっと掴んでまな板に押さえつける。蝋梅がどういう原理でそれを呼び出しているのか、なんでこんなにデフォルメ調な見た目のわりに、調理すれば至って普通のスミイカなのか――謎は尽きぬばかりだが、イカ料理であれば部費が浮くのだ。料理部は活動するほどに金がかかる。彼女のギフトは文字通り、部員たちへの"贈り物ギフト"となっていた。

「あら。もうこんな時間! 部長さん、体育館に行ってくるわね」
「蝋梅も律儀ねぇ。作った料理をわざわざバスケ部に差し入れるなんて」
「だって、一生懸命がんばって部活に励んでいるんですもの。お腹が空いたいい子には、沢山たべて元気になって貰いたいのよ」
(ママだ……)
(ママよねぇ)
(ママがいる!!)
 包容力フルバーストのほんわか笑顔に料理部一同の思いがほんの一瞬、ひとつになった。


「うっめぇ~! 俺、こんなに美味いイカスミパスタ、人生の中で一度も食った事ねぇよ!」
「蝋梅ちゃんの差し入れがあるから、厳しい部活も耐えられるんだよなぁ!」
 おかわり! と空になったお皿があちこちから向けられて、蝋梅は嬉しそうにクスクスと笑う。
「おかわりどうぞ、いい子たち。た~っくさんあるから、喧嘩しないで順番に並んでね♪」
 部員たちが満足する頃には、沢山つくった焼きそばもキャベツの欠片すら残らない。いつも通りに片付けて、体育館を後にしようと蝋梅は部員に背を向けた。灰色の鱗のイヤリングが髪の間できらりと光る。
「あの」
 呼び止められたのは、体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下の途中だった。振り向けばそこに立っていたのは、爽やかな黒髪の青年。雨は冷たく辺りを濡らし、二人の声と雨音だけが場に響く。
「いつもありがとう、蝋梅ちゃん」
「キャプテンさんこそ、許可してくれてありがとね。皆にご飯を食べて元気になって貰えると、私も元気を分けて貰えるから」
 呼びかけた彼は、バスケ部の主将だった。蝋梅はいつも通りの笑みを向け――キャプテンと呼んだ青年の真剣そうな表情に、何事かしらと目を見開く。
「元気だけじゃなくて、俺は他の感情も蝋梅ちゃんに分けてあげたいって思う。この、ドキドキして張り裂けそうなぐらい胸が高鳴る時の気持ちとか」
「それって……」
「俺、ずっとバスケ一筋で恋愛とか分かんなくて。けど蝋梅ちゃんの優しさに触れてようやく気付いたんだ。これがきっと――」

 ぱしゃん。

 近くで水が跳ねる音がした。主将にとっては見知らぬ青年。蝋梅にとっては誰よりも大切な――

「悪いけど、その思いは届かない。いや……私が届かせない」
「だっ、誰だよお前! うちの制服じゃないな!?」
 動揺するバスケ部主将に、雨軒はにこりと微笑んでみせる。しかしその笑顔は冬の雨のように冷たい敵意を孕んでいた。
「そうだよ。私はフリアノン高校の雨軒っていうんだ。あなたがこの学園で、どれほど長い時間を蝋梅さんと過ごしたかは知らないけれど」

――嗚呼、いやだ。こんなに嫉妬深いところを蝋梅さんに見られるなんて。独占欲の塊で、嫌われるのが怖いのに。

「蝋梅の恋人は、私だ!!」

――想いが、心が。加速して留まる事を知らない。


 二人の足音が雨音に混じる。互いの温もりを分かち合うように肩を寄せ合い、ひとつの傘を頼りにしながら。
「雨軒さん?」
 蝋梅が声をかけても、雨軒は顔を隠す様に雨降る路地へと顔を逸らしたままだ。
「……さっきは、恥ずかしいところを見せてしまったね。蝋梅さんと親しい人だったんだろう?
 別々の高校に通っているのに、あなたの学園生活に土足で踏み入ってしまった」
 罪悪感に声が沈み、背中が丸まる。そんな雨軒の肩に温もりが降った。いい子、いい子と頭を撫でられ、目を見開く。
「だめよ、雨軒さん。あんなに格好よく私を助けてくれたんだから、そんな辛そうな顔しないで」
「格好いいだなんて、そんな。自分はただ、蝋梅さんを誰にも渡したくなくて――」
「それがいいの。雨軒さんがいいの。どんな未来に向かっても、どんな生活をおくっても。
 私の隣には雨軒さんがいるの。他の幸せなんて、要らないんだから」

 独占欲が強いのは、雨軒さんだけじゃない。好きなの。好き。大好き。

「『蝋梅』って叫んで守ってくれて、嬉しかった」
「……っ。かなわないなぁ」

 肩を抱く腕にそっと掌を重ねる。彼女の温もりと雨音が、ささくれだった雨軒の心に染み入った。
「私も、蝋梅がいい。父のように立派な薬師になって、愛する君と、子ども達。一族の皆と笑って過ごせたら、どんなにいいかなって」

 傘を挟んで向かい合う。今度は避けずに、まっすぐ好きな人へ顔を向けて。

「ずっと、私だけのものでいてね、蝋梅」
「はい、謹んでお受けします」

 ぎゅむっ。むにゅにゅ!
「――! 蝋梅さ、……っ!」
「こうしたくなったのよ。少しだけこのままでいさせてね」
 抱き込められた雨軒の顔が蝋梅の胸に埋もれる。息苦しいけれど温かい。ふんわりと香る甘い匂いに、雨軒は力を抜いて抱きしめ返した。

 相手を求めて、求められて。そうやって支え合えるから二人は生きていけるのだ。
 いまもこの先も、血の通った幸せが道行を照らすと信じて――


 蝋梅を取り合ってから数日後の放課後。
 いつも通り下校の待ち合わせ場所へ向かおうと雨軒はフリアノン高校の校門へ向かい、そこで再びと出会った。
 いや――待ち伏せされていたのだ。デルフィニウム高校の生徒が、わざわざフリアノン高校の前を通る事なんてそうそう無い。
「あなたは確か、デル校のキャプテン君だったかな」
「覚えててくれたのか」
「見る目のある子、という事ぐらいはね。けれど蝋梅さんを渡すつもりはないよ」
 雨軒が警戒気味に言い放つ。すると彼は目を見開いて――きらきらと、それはもう太陽の光を浴びたビー玉のように瞳を好機に輝かせた。
「やっぱり雨軒さん、かっけぇ!」
「なんだって?」
 予想外の反応に、雨軒は思わず聞き返す。すると彼は興奮気味に、それはもう早口で話し始めた。
「雨軒さんにバシッと言われた時にビビッときたんだ。こんなに格好いい人はじめて見たって!」
「それはどうも、ありがとう」
「正直、惚れた。俺っ……蝋梅ちゃんも好きだけど雨軒さんも好きだ!!」
「うん。うん?」
「だからこれからは、パパと呼ばせてくれ!」
「待って」
 ギリギリのところまで理解はしようと譲歩した。しかし最後の一言は許容を越えたと言わざるを得ない。
 誰が? 誰のパパだって??
「あらあら。キャプテン君たら、さっそくお父さんを困らせたら駄目よ?」
「蝋梅さん、もしかして君が……」
 問う前から雨軒はなんとなく察していた。彼女にとっては誰隔てなく自分の可愛い子供なのだ。
 キャプテン君が「パパ」と呼び始めたのも、彼女の助言に違いない!

「私と雨軒さんに初めての子供だもの。お母さんがちゃんと支えてあげるからね」
「……そうだね。自分と蝋梅さんの子供なら、きっと元気に育っていくさ」

 ***

「……というのが紲一族の成り立ちでね?」
「雨軒さんとの登下校、毎日どきどきだったわ。うふふ♪」

 いやいやいや、と子供達はざわついた。
 フリアノン高校? というか蝋梅母さんが普通の人間サイズで語られていたような。おまけにキャプテン先輩って誰!?
 せっかくの4月1日だから与太話で盛り上がろうと一族でお茶の間を囲んでみたら、かなり濃いぃ話が生まれてしまった。
 胡散臭い部分が多分にあるのに、二人で上手く話を合わせているものだから、妙にリアリティがある。
 雨軒が話を広げ、蝋梅が自然なフォローを入れる。

「まぁ、どんな話をしても、愛だけは本物だからね」
「えぇ。愛する気持ちだけは、4月1日でも嘘はつけないものね」

――恐るべし、紲夫妻!

  • 紲一族誕生物語~高校編~完了
  • NM名芳董
  • 種別SS
  • 納品日2022年04月01日
  • ・紲 雨軒(p3p010444
    ・紲 蝋梅(p3p010457

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