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瑠々とエアの話~典雅なる朝食~

登場人物一覧

エア(p3p010085)
白虹の少女
百合草 瑠々(p3p010340)
偲雪の守人

 いらいらしていた。
「これ食べてくださいね」
 毎日渡される弁当に。
 いらいらしていた。
「瑠々さんが心配です」
 そう語る唇に。
 いらいらしていた。
 それをイヤじゃないと思っている自分に。

「ふあ……」
 小さくあくびをして瑠々は目を覚ました。とっくに日が昇っていて昼が近い頃合いだ。だがそれがどうした。太陽なんかクソ食らえだ。今日も憂鬱な一日が始まる。同じ起きるなら夜が良かった。夜はいい、誰もいないから。通りを歩くときに人目を気にしなくて済むから。瑠々とすれ違った人間はみな、彼女のまとう雰囲気を敏感に察し、目をそらしてそそくさと離れていこうとする。逆に言えばそれだけ意識されているということだ。そういう時は決まって、遠間から針先でチクチク刺されるような視線を感じる。それは不快ないらだちとなって瑠々の身にこもる。だから太陽は嫌いだ。真っ昼間は嫌いだ。
 もう一眠りと行きたいところだったが、あいにくと寝過ぎで頭が痛い。こんな半端な時間に起きたのは、昨日のんだ睡眠薬が足りなかったのか、耐性がついてきたのか。考えるのもアホくさくなって瑠々は体を起こした。カーテンを開けると陽の光が目に差し込んできて、瑠々は思わず顔をしかめる。昨晩はシャワーを浴びたきり下着だけで寝てしまったから、窓を開けるのは戸惑われた。だって冷え切った部屋の外がどうなっているかなんて考えたくもないから。
「うぅ、寒ぃ……」
 とりあえずなにか着るものをとベッドから這いずり出る。ほんとはそれすらしたくない。できることならこのまま安っぽい羽毛布団の下に引きこもっていたい、が、そろそろやつが来る頃合いだ。さすがに下着姿はまずかろう。とりあえずで顔を洗っていた時、運命はかく扉を叩いた。
 こんこん、こんこん。
「瑠々さーん、いらっしゃいますか?」
「げっ、もう来やがった」
 ノックの音は次第に大きくなっていく。同時に自分を呼ぶ声も。
「瑠々さん? 瑠々さーん! ご無事ですか!?」
 しかたなくいつもの服へむりやり袖を通し、ひとまずの身支度を終えると、瑠々は扉を開いた。そこに立っていたのはクラシカルなロリータ服を愛らしく着こなした華奢な娘だった。
「ああ瑠々さん、よかったです。このあいだのように何かあったらどうしようと思っていました」
「真っ昼間から大声出すなよな。いいから入れ」
 バタンと扉を閉める。
 娘、エアはほがらかに微笑み、瑠々の胸元へ顔を寄せた。
「瑠々さん、ボタンをかけ違えてますよ。なおしてあげます」
「はあ? 自分でやる!」
「よく見たら髪もボサボサですし、とかしてあげましょうか?」
「自分でやるって言ってんだろ!」
「それはそうとこれ……」
「いいってば!」
「キャ!」
 思わず振り回した腕が、エアのさしだしたそれにあたった。かわいいイエローの弁当包み。それは壁にぶつかって床に転がって盛大に中身をぶちまけた。
「……あ、悪ぃ」
 不可抗力とはいえ、さすがにいまのはひどいことをしたと瑠々はちょっとだけ反省した。いつもエアが作ってくれるお弁当。自分はなぜかそれを拒むことができず、ずるずると受け取り続けてきた。そうして温めてきた関係ごと、砂をかけてしまった気がした。だがしかし、とうの本人はあらまあとつぶやいたあと、ささっと弁当を片付けてにっこりとこう言った。
「こうなったらいっしょにブランチを作りましょうね、瑠々さん」
「あ? なんでそうなるんだ」
「またサプリでごまかそうとしているでしょう? だめですよ。さあ、きちんと服を着て市場に行きましょう。まだこの時間なら新鮮な食材が並んでいます」
 さあさあとゴリ押しされて、瑠々はわかったよとうなずくしかなかった。

「んん~いいお天気ですね」
 エアがのびをする。たしかにいい天気だ。空は快晴。ただし吹き付ける風は北風。そよそよと揺れるワンピースの裾が恨めしい。もともと体温の低い瑠々に、冬の風は身にしみる。
「なんかあったかいもの飲みてえ」
「いいですね! まずはココアを用意しましょうか」
「いや帰ったらじゃなくて今すぐ」
「でも瑠々さん、いまココアを飲んだら血糖値があがっておなかが膨れたっていいそうですよね」
 だからだめです。笑顔でそう言われると、へぇさようですかと引き下がるしかない。
「なにがいいかな、なにがいいかな。ふふっ、瑠々さんとお買い物なんてうれしくてたまりません」
「そうかい」
 好きにしとくれと、瑠々はそっぽをむいた。それでもエアの笑みは揺らがない。むしろそんな瑠々を微笑ましく思っているかのようだ。そして、そんなやわらかな包容力が、嫌いではない自分がいる。エアのやることなすことに振り回されて、少しずつ健康になっていく己に気づく。死にたいと願っているのに、気がつくと生かされている。自身が自暴自棄にならずにいるのは、エアの献身に支えられているところも大きい。
(ウチなんてただの弾除けでいいのに……)
 ついたため息を知ってか知らずか、エアは立ち止まり商店の品物を物色し始めた。
「飲み物がココアだからメインはパンケーキがいいかしら。それに小さめのオムライスを付けて、あ、サラダは外せませんね……瑠々さん、どう思います?」
「なんでもいい」
「それじゃ決まりですね」
 今の文脈でどうしてそうなるんだよと、聞くだけ無駄なので瑠々は黙っておいた。
 商品を手にとって眺めるエアのきらきらした瞳がまぶしすぎたから。美しいアクアの瞳に、色鮮やかな野菜が映って光り輝いている。きっと彼女の見る世界は自分と色が違っているのだ。死にたい死にたいとくりかえす暗闇の中の蝙蝠のような自分とはまったく違う、のびやかで明るい世界が。そんな彼女がどうして自分を活かそうとするのか、不思議でたまらない。
(『瑠々さんが心配』、ね)
 心配されるような価値なんかないのに。世界が死ぬことを許さないから、仕方なく日々をやり過ごしているだけなのに。特異運命座標などという大げさな勇者のきらめきは、瑠々にとって重い枷でしかないのに。隣りにいるエアは、それを受け入れて細い見た目に反して力強く大地に両足を付けて立っているように見える。その姿がなによりもまぶしい、正視できない。
「瑠々さん、お買い物おわりましたよ。瑠々さん? どうしましたぼうっとして」
「たいしたことじゃねえよ。帰ろう」
 瑠々はきびすをかえした。まってくださいとあわてた声が背に追いすがってくる。振り切りたいのに振り切れない。その気になればがちゃんと家の扉へ鍵をかけて彼女を追い出すこともできる。だけれど自分はできない。どうしてもできないのだ。そっちのほうが楽だと、頭ではわかっているのに。

 一人暮らしの部屋のキッチンは、サプリの空瓶が転がったままほったらかしだ。エアは手早く掃除をすると、パンケーキのもとを作りはじめた。同時並行でオムライスを作りだす。その手際のよさにみとれていると、こっちこっちと手招きされた。
「瑠々さんはサラダをつくってココアをいれてくださいね」
「え、ウチ料理なんてできな……」
「だいじょうぶ、手順は教えますから。まずきれいに洗って汚れた葉っぱをとるところまでやってください」
「わーったよ、やりゃいいんだろ、やりゃ」
 買ってきた野菜をバッグからだし、瑠々は水道の蛇口をひねった。
「つめたっ!」
 指先が凍りつくようだ。それでもせっせと言われたとおりに野菜を洗い、いらない部分を三角コーナーへ放り込む。
「いい調子ですね瑠々さん、それは次は水気をよく拭き取って、一口大に切ってください」
「へいへい」
 包丁なんか持つのは久しぶりだ。久しぶりすぎるがさすがに使い方くらいはわかる。布巾で野菜の水気を取り、ひとつひとつていねいに切っていく。
「ねっこはこれ、食うのか?」
「いえ、捨てます。葉先は柔らかいので大きめに、根本は固いので細かく切ってくださいね」
「ん」
 言われたとおりに刃物を動かしていると、なんとか形になった。つづいてボウルへ野菜を入れ、エアの手作りドレッシングをかけてぐりんぐりんと混ぜ合わせる。力加減が意外と難しい。ともするとボウルから飛び出しそうなお転婆な緑たちに瑠々は苦戦した。
 そのあいだにパンケーキがつぎつぎと焼き上がり、ハムやチーズが添えられていく。お茶碗で形を整えたチキンライスがほこほこと湯気を立てている。まったく見事だ。エアは手慣れた様子で火を使っている。
「はいできあがりです! 瑠々さんおつかれさま!」
 すべてがそろうと、エアはほっこり笑った。
 ごちゃごちゃと物の乗せられた丸テーブルを日当たりの良い場所へ移動させ、天板を拭くとその上に料理を並べる。
「冷めないうちにいただきましょう?」
「いただきゃーす……」
 瑠々はまずココアを一口。砂糖を使っていないそれは意外に甘くなく、冷えた身体へ熱が灯る。ほうっと人心地ついたら、サラダをひとつまみ。ほどよい酸味がシャキシャキした食感と合わさって快い。覚悟して食べたパンケーキも、甘さ控えめでハムの塩気とチーズの風味があわさって食べやすい。ここまでくるともはや認めるしかない。食事は楽しい行為だと。
 でもきっとこれは、エアといっしょだからなのだと瑠々は感じた。テーブルを挟んだ向こう側で、エアも旺盛な食欲を見せている。おいしそうに頬張る姿が愛らしい。続けてオムライスへ手を付けようとしたところで瑠々はまばたきをした。
「これは?」
「ドレスドオムライスです。ちょっと凝ってみました」
 エアは得意げにしている。お姫様のスカートのようなオムライスはほろりとくずれ、スプーンの上に乗った。
「アンタこんど黄色いワンピース着てみろよ」
 なにげなくそういうと、エアはそれもいいですねと鈴を転がすような声で笑った。ふたりだけのぜいたくなブランチ。時間がゆっくりと流れていく。たまにはこういうのもいい、瑠々は頬杖をついた。

  • 瑠々とエアの話~典雅なる朝食~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2022年03月20日
  • ・エア(p3p010085
    ・百合草 瑠々(p3p010340

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