SS詳細
羊少女と星明かりのランタン
登場人物一覧
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空に流れるうろこ雲が夜の色に染まる頃、そこには光の川ができていた。
街のいたる所で販売されているのは、色も形も様々な明かり達。ある店の軒先では黄色いぬくもりのランプが吊るされ、その向かいの露店では、夜光蝶の髪飾りがぼんやりと薄い光をたたえながら「私を買って」と誘っている。
「ま、眩しい……」
どこを見ても光、光、光。
目がチカチカする光景に、怯えと興味半々で『さまようこひつじ』メイメイ・ルー(p3p004460)はあたりを見回した。
秋の長夜に温かな光を欲する人達と、それに応じる商人達とで、大通りは賑わっている。
ひゅう。
活気に気おされるメイメイの小さな背中を、澄み切った風が軽く押した。臙脂色のスカーフを巻きなおし、彼女は再び歩きだす。
『シャイネン・ナハト』の前哨戦とばかりに煌めきあう商品達。その明かりの明滅は、星々の光のようにも見える。
ふと、読みかけの本が脳裏をよぎった。あれも確か、星のお話だったような。
物語はいつだって、素敵な世界へメイメイを導いてくれる。その旅路に相応しい明かりがあれば、夜も読書を楽しめるだろうか?
例えば、光る石を閉じ込めた鉱石ランプ。
「優しい、光……。でも、お値段が、優しくない……です」
例えば、炎ゆらめくたいまつ。
「明るい。で、でも火の粉で……本が燃えそう、な……」
例えば、野生の電気スタンド。
「野生……です、か?」
おろおろ。気まぐれに首を振る電気スタンドにどう接していいか分からず、彼女はふわふわの耳を垂れさせた。
(いざ、探して、みると……なかなか、見つかりません、ね……)
星空のように無数の光がある中で、自分にあった一等星を見つける事は難しい。明かり探しが難航し、いつしか大通りの人ごみに酔いはじめたメイメイは、人気の少ない路地を選んでフラフラさまようようになる。
街に来てから、どれほど歩いただろう。どこかで座って休みたい。そんな時、秋風がまたひゅうと吹いて――
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白磁のティーカップから、やわらかな湯気が立ちのぼる。
秋摘みの紅茶は茶葉が厚く、ベルベッドのように滑らかな舌ざわりとコクの深さがたまらない。そこにとろりとハチミツを注げば、絶品中の絶品である。
琥珀色の幸せが満たされたソレを唇に寄せ、ひとくち、ふたくち。
最後にほうと息を吐きだして、何気なくショーウィンドウの方へ視線を滑らせた店主は、注がれる熱視線にようやく気付いた。窓の外、寒空の下で震える小柄な少女がお茶請けのクッキーをじーっと見ている。
風がメイメイに運んできたのはティータイムのいい匂いだったようで、こちらへ手招きする店主に、彼女は最初、気づけなかった。クッキーの皿を持ち上げられて、ようやく見ている事がバレたと気づく。
カランコロン。招かれるがままに店へ踏み入ると、ドアベルの音が鳴り響いた。
「あの、ごめん、なさい……。美味しそうな、匂いがして、つい……」
「構やしないさ。見ての通り客が来なくて暇してたとこだよ」
そう笑う店主は、恐らく幻想種なのだろう。長い耳を持つ青年で。
「手伝って?一人で食べきれそうにないんだ」
「い、いいんですか……!」
話し相手が出来た事を、大いに喜んだのだった。
「大通りはすごく華やかだったろ。あっちに客を取られてね」
彼いわく、この店は照明屋なのだとか。確かに薄暗い店内には、ランプやカンテラが雑多に並べられている。
「こいつらも開店のたびに光らせてやってるけど……」
「あ、あの」
「誰にも見られないまま、輝き続けるのは寂しいよな」
「わたし、ここ、で……買いたい……です」
「本当に!?」
食いつき気味に聞き返す店主に、メイメイは食べかけのクッキーを危うく落としかけた。間一髪でキャッチして、残りのひと欠けまで丁寧にいただいて。
「店主さんの、おすすめ……聞いていい、ですか?」
甘いお茶菓子でほぐれた心に、コトンとはまったその一品は。
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昔むかし、ある所に怖がり屋の少女がおりました。
秋が深まるにつれ、冷たい夜が長く続くようになると、少女は毎晩すすり泣くようになりました。
「暗いよう、寒いよう」
それを見ていたお月様は、少女をたいへん不憫に思い、輝くお星様をひとつだけ、ぽーんと空から落としてやって、
「その光で温もりなさいな」
と優しく声をかけたそうな。
その噂はまたたく間に広まり、いつしか街中が光の恵みにあやかりたいと、輝くものを集めてお祝いするようになりましたとさ。
今宵のお話は、ここまで。
「ふぁ。もう、こんな時間……」
本の世界から意識を戻すと、時計の針が深夜を知らせた。枕元に明かりがあると、つい夜更かしをするものだ。
彼女が手を伸ばした先には、アンティークな金のランタン。星の模様が風よけのガラスに施されており、その明かりを見つめると、不思議と眠気が瞼に落ちる。火を消して、本を閉じて。今宵もぐっすり、おやすみなさい。