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袖振り合うも

登場人物一覧

リュカ・ファブニル(p3x007268)
運命砕

 悩んでいた。
 どの様に歩むべきかと。どのように会うべきかと。
 リュカ・ファブニルは悩んでいた。
 この先に『いる』人物が、かつて己が現で出逢った『彼女』と異なるとは分かっているが――
 それでも、と。

「……誰? そこに誰かいるの?」

 刹那。何ぞやの気配を察したのか『彼女』の側から声が掛かるものだ。
 扉の奥。そこにいるのは……
「カノン」
 カノン・フル・フォーレ。
 翡翠――現実での深緑に相当するこの国における――巫女の妹。
 ……生きているカノンが其処にいたのだ。
 当然と言えば当然の光景ではある。R.O.Oは電子空間……現を見据えた虚構の世界。
 故に死した者がいてもおかしくもなんともない――だが、それでも。
 彼女の顔を見据えれば心の臓が跳ね上がるものだ。
 ……かつて彼女へと加えた一閃の感触が、その掌の中に蘇る様で。
「なんで私の事を――どこかで会った事が?」
「あ、ああ……いやすまねぇ。初対面だよ『此処』ではな」
「――? おかしい人」
 首を傾げる。彼女の、その動作の一つ一つが、彼に生を実感させる。
 世界を投影するR.O.Oの技術の高さが故に。真に其処に『生きて』いるかの様だ。
 ――部屋の中。カノンは本の頁を捲っていた。
 机の上には幾つもの本が。タイトルは幾つも小難し気な内容ばかりで……と。
「……突然悪いな。だが、少しばかり話したい事があってな――
 大樹の涙って、知ってるだろ?」
 いや、そうではなかった。リュカが此処に来た理由は彼女の命の在り様を見る為ではない。
 彼女に話があって来たのだ。
 ――先日。リュカは『あるボスエネミー』と遭遇した。
 それは大樹の涙と言われている存在……永き年月を生き、神秘性を伴った大樹になにがしかの危機が訪れた際に発する断末魔であり、大樹が召喚する存在だ――魔物の様な精霊の様な。大樹に害する者を排さんとする防衛機構。
 その存在を、カノンが知っているという。
 ……だからこそ話に来た。彼女が何か、知っていないかと。
「……どうしてその事を? 大樹の涙の事は、そう有名ではない筈だけど」
「まぁ一言でいうなら『風の噂』とでも言っておくかな――
 ちょっとばかし小耳に挟んだんだよ。で、俺自身も会ったしな」
「――会った? まさか」
「おいおいそんな目で見てくれるなよ。会っただけで原因は俺じゃねぇって」
 瞬間。カノンの眼がまるで敵を見るかのように鋭くなる――が、誤解だ誤解。
 やれやれ。此処の世界のカノンは『悲劇』に塗れていないのは幸いだが……外の人間を敵視する気配もまた強い様だ。まぁそれ自体はR.O.Oにおける幻想種全般に言える事。森に何かあったと見ればすぐに外の者を疑ってくる……
 ただリュカが別に大樹を害した訳ではないと――両の手を振って示すものだ。
「もしも俺が自然を傷つけた側なら、こうして姿を現したりしねぇって。そうだろ?」
「……」
「ま、とにかくだ。大樹の涙が発生してたからよ……
 何か原因っていうか、心当たりでも知ってるんじゃねぇかと思ってな」
「……大樹の涙は勝手に発生する様なモノじゃない。
 もしも貴方のいう事が本当なら――大樹を傷つけた何者かがいるって事だね。
 それも枝の一本や二本を折ったというレベルじゃない傷を……」
 訝しむ目。はは、どこまでも疑り深いようだ。
 ただそれでも言を続けてくれたという事は――少なくともリュカが『そう』ではないと思ってくれたという事で良いのだろうか。ならばとリュカの側も……己が遭遇したクエストにおける話を、彼女に紡ぐものである。
 仲間達と共に鎮めた事を。
 大樹の、まだ残る命が無いかと。枝を探した事。
 かの大樹が発した意志を、嘆きを――受け止めた事。
 ……全て全て。彼女へと。
「……嘘、ではないみたいだね。一応、後で確認は取ってみるけれど」
「ああそうしてくれ――こういうのは専門家に任せるのが一番だろうしな」
「専門家、というよりも……巫女の領域だしね、これは。
 大樹の涙……或いは大樹の嘆きと呼ばれる存在達はね。大樹ファルカウにもいるの」
「――ファルカウにもあんなデケぇのがいるのか?」
「いるよ。いや、サイズは分からないけれど……間違いなく、いる。
 もしもファルカウが本気で涙を零したら――数千以上が発生するかもね」
 ……マジか?
 思わず零したリュカの言の葉。大樹ファルカウが規格外の存在である事は分かっていたつもりだが……まさか、それほどの数が一斉に発生する可能性があるのか? 勿論今言った数はR.O.O基準の話であるのだろうが。
 しかしあれ程強かった大樹の涙――
 いや大樹の嘆きが本当にそんな数で押し寄せたら辺り一帯など――

(……いや、待て)

 今、カノンは『発生する』とは言わなかった。
 つまりカノンの憶測も混じっているという事だろう――実際にファルカウに危機が訪れてもそれほどの数が出現するとは限らない。まぁそもそもリュミエやカノンを中心として多くの幻想種が常に存在する深緑に危機など訪れるか知れないが。
「……ぞっとしねぇ話だな」
「まぁファルカウそのものに危機が訪れるなんてないよ――
 私や姉さんがずっと傍にいるんだし。それにファルカウ自体あれだけ巨大だし」
 と。まるでリュカの思考を読んだかのように、カノンも安全について言及するものだ。
 少なくとも巫女達がいる限り大樹ファルカウに危機はない、と。
 ……あぁ。そうか。
「姉が――いるんだもんな。仲良くしてるか?」
「……なに、突然? もしかして姉さんの事でも探りたいの――『あの男』みたいに」
「待て待て待て。違う違う。今のな、ただの世間話としてだな」
 姉。リュミエ・フル・フォーレ。
 彼女とは『この世界』では仲良くできているのかと――振ってみたら鬼が出てきた。殺気の様な闘志の様な、戦闘態勢に入らんとするカノン――待て待て違う違う。『翡翠最悪の事件』が巻き起こった原因である男じゃねぇから俺は……!
「――なんで笑ってるの?」
「んっ?」
「零れてるよ。馬鹿にする様な感じじゃない……そんな色が」
 口端に、と。
 カノンは紡ぐものだ。
 ……ああ。なんだ、俺は思わず――口端を緩ませていたのか。
 カノンとリュミエの仲が良さそうな事に。
 もう。現では紡がれる事のない……二度と見る事が出来ない、その雰囲気に。
「あぁ、いや、なんでもねぇよ。これは……つい、な」
「……おかしい人。本当におかしい人。私達――初めて会ったよね?」
「そうだな。そうさ。初めて会ったんだ」
 だから。あぁ。

「なぁ。俺達よ――ダチになれるか?」

 リュカは、自然とその言葉を零すものであった。
 初めて会ったからこそ――ダチになれないかと。
「……友達に? 私と?」
「そうさ。カノン、お前とダチになりてぇ――ダメか?」
「何、突然。どういう考えがあって言ってるの? また私を騙す気?」
「俺はお前を騙したりしねぇよ」
 カノンは。かつて巻き起こった『翡翠最悪の事件』の折の事を言っているのだろう……いや件の男がカノン達に甘言齎し騙したかはともかく、カノンは男が私を騙したと――そう思っている訳だ。
 だけれども騙すかよ。お前を。
「誓ってもいい」
 お前の心を傷つけたりなどしない。
 首輪を付けて縛ったりなどしない。
 言を用いて魂に消えぬ傷跡など――付けようか。
「なぁ」
 もう一度があるのなら。
 例え虚なる、電子の空間であったとしても。
 この世界が『もう一度』に――なるのなら。

「俺じゃダメか?」

 この世界では、お前に幸せに。元気に生きてほしいから。
 ただダチとして――傍にいさせてほしいのだと。
 さすれば。カノンは刹那、逡巡する様な表情を見せて……
「…………考えておく。いきなり友達になろう、だなんて人は。怪しいよ」
「断る、とは言わねぇんだな」
「断ってほしかったの?」
「いいやまさか」
 差し出された手を握る事は、しなかった。
 ……それでも十分だろうか。現のカノンは、誰の手も握らなかった。
 いや握れなかったが故に――堕ちた。
 誰の手も届かない場所で……それを思えばこそ拒絶されなかっただけ良しだ。
「よっし。じゃあ俺はそろそろ帰るぜ――大樹の涙の事を伝えたかっただけだしな。
 また何かあったらお前の所に来るからよ。その時は話でもまた聞いてくれ」
「森林の事は私達幻想種の方が詳しいよ――不届き者がいるなら、すぐに討伐して終わりだから。二度目があるかは分からないけどね」
「油断はするなよ? 一件で終わりとは限らねぇからな、こういう事態は……
 もしかするとその不届き連中が、さっき言ったファルカウに何かしねぇとも限らねぇ」
 さすれば、リュカは言うものだ。
 もしかすればこれは始まりにしか過ぎないのでは、と……少なくとも彼の心中には言いようの知れない『予感』があった。大きな事態に発展するのではという――予感が。
 だからこそカノンに伝えに来た次第でもあるのだ。
 R.O.Oは様々な観点が『バグ』っている。
 ……だからこそ何かが起これば、その被害規模も想像を絶する可能性も……
「言ったでしょ? 私や姉さんがいるんだからファルカウは大丈夫だよ――
 それに万が一そういう事態があっても……」
「……あっても?」
「……」
 淀む。カノンが何か言おうとして、しかし――閉ざした。
 なんだろうか。いや、まぁいい。
「言いたくなければ無理に言わなくても大丈夫だ。じゃあな――」
 彼女の口を抉じ開けようとまでは思わないのだから。
 手を振って。その部屋を退出せんとし……

「クェイス」

 瞬間。扉が閉じきる前に――カノンの言が紡がれた。
「ファルカウに何かあっても最悪の事態になる前に、クェイスが出てくる筈」
「――クェイス?」
「大樹の嘆きには上位の存在がいるの。人と会話をする事もできる……知性を持った存在。
 その中でも更に上澄みに位置するのが――クェイス。
 ……まぁ彼に会う事は無いと思うけれど、気を付けて。気難しい性格だから」
「知ってんのか?」
「知ってるよ。気に入らない奴を『愚図』って呼ぶの。
 口が悪いんだよね――でも、ファルカウの事を考える人……いや精霊だよ」
 ……大樹の嘆きに、上位の存在が?
 そんな存在がいるというのか――カノンによれば、上位種達は滅多な事では出てこないらしい。長年研究していたカノンが数少ない接触者の一人らしく、その存在を知覚する事に成功した。
 その上位種の存在の名は――オルド種。
 彼らは秩序を保たんとする者。広く自然に害成す者を滅す、守護者達。
 最悪、ファルカウになんらかの害があらば彼らが出てくる……らしい。
「らしい?」
「まぁ彼らは普段出てこないからね――それだけ翡翠が安全という事でもあるんだけど」
「へぇ……しかし、初めて聞いたな。そんな連中がいるなんてよ」
「まぁ。知ってる人は極端に少ないと思うし、あんまり他人に話す事でもないからね」
「――もしかして。外の人間で聞いたのは俺が初めてか?」
「……自惚れないで。さ、もう帰って」
 引き留めたのに。今度は一転してリュカを追い出さんとカノンが押してくる。
 どうして教えてくれたのか――教えても害が無いと判断されたのか――
 それとも。
「じゃあな。また会おうぜ――カノン」
 まぁ、いいさと。
 リュカは笑顔を零しながら――扉が閉じられるのを見据えるものだ。
 木製の扉が閉まる。音を立てて、しっかりと。

「……おかしい人。ああもう本当に」

 であれば。カノンは閉じられた扉を背に――思うものだ。
 どうして、初めて会った気がしないのだろうかと。
 ……思うものだ。

 彼らは初対面である。

 ここは虚。現ではなく、全てがまやかしとも言っていい――世界。
 カノン・フル・フォーレは死んでいる。最早その事実は絶対に覆る事はない。
 R.O.Oで出逢ったとしても……きっとそれは別人なのだ。

 だから。ルカ・ガンビーノの心の一端に在り続けるのだ。

 どう足掻いても取り戻せない。どう藻掻いても二度はない。
 あぁ。それでも。
「……元気そうで良かったぜ、カノン」
 どれだけ手を伸ばしても得られなかった光景が――此処にあるのなら。
 きっと。それは彼女にとって幸せな事だと――彼は思うのだ。
 胸の奥に感じる物寂しさを、握りつぶすようにしながら帰路に着く。
 また会えてよかったと。
 …………心の底から、思ったのだから。

  • 袖振り合うも完了
  • GM名茶零四
  • 種別SS
  • 納品日2022年03月26日
  • ・リュカ・ファブニル(p3x007268

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