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同人誌『愛されちぐさ君にひどいことをしちゃう本』
登場人物一覧
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海岸に雷鳴が響き渡る。焦げ付いたスライムを踏み越え、また次の標的へ。ライトニングを放ちながら、この日ちぐさは魔物の群れを相手に大立ち回りを演じていた。
「どこからでもかかって来いにゃ! 今日の僕はひと味違うにゃ。だって……」
きらり、左腕に銀のブレスレットが光る。それは慕ってやまない
『この指輪は魔法防御があがるんだ。こっちのペンダントは反応が――』
『すごいのにゃ! 僕もステータス上がりそうなアクセサリー、欲しくなってきたにゃ』
『ならこいつはどうだ? オレのお古でいいなら』
心臓がとび出そうなぐらい嬉しかった。身に着けてみたら、あの人に守ってもらっているような気がして、とっても勇気が湧いてくる。
――だから、ちぐさは気付かなかった。
「ちぐさ、後ろ!」
「――っにゃ!?」
遠く離れた所から声が聞こえた頃にはもう遅い。ちぐさはいつの間にか、単身で魔物の群れの奥まで食い込んでしまったのだ。仲間の特異運命座標が差し伸べた手を掴もうと伸ばした腕は、ぬるりとした黒い触腕に掴まれて、意識が――
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「……ンん」
薄目を開けると光が眩しくて、ちぐさはぎゅっと目を瞑りなおした。身体がだるい。頭が痛い。ぼんやりとした思考のままもう一度目を開けてみると、ようやく焦点が定まり、ここが浅瀬の洞窟であると気が付いた。差し込む光は遥か上。天井から差し込んできたもので、飛行がなければそこから出る事も出来はしないだろう。ぼんやり脱出経路を考え始めたところで――違和感がちぐさの全身を襲った。
ぬりゅっ。ぬるるる……。
「ひにゃっ! ゃ、なんか変な感じがするにゃ」
身体の上でいくつもの粘液に濡れた何かが這い回るような不気味な感触。薄暗い中でよくよく目を凝らしてみると、それは気を失う直前に見た触腕だった。大きなイソギンチャク型の魔物に絡めとられ、ちぐさは不快そうに身じろぎする。粘液でべしょべしょになった耳を勇気と共にピンと奮い立たせ、反撃しようと力を込めるが――
「ふにゅうぅ……。力が入らないにゃ……」
猫耳が再び力なくしなった。APがすっからかんだ。気絶している間にじわじわと吸い尽くされたのだろう。抵抗するちぐさを嘲笑うかのように、服の中まで侵入してきた触腕がずりずりと胸元を這う。
「~~っ!! ゃ、やめるにゃぁ」
もはや抵抗は言葉だけ。逃げ出す気力もないままに、ちぐさはぼんやり考える。このまま諦めたら、どうなってしまうのだろう。
後悔があった。
ブレスレットを貰いっぱなしだ。
『プレゼントを貰って何も渡さないのは少し、イヤなんだ』
去年の冬、シャイネンナハトに思い切ってプレゼントを渡した時、あの人はそう言って小さく笑った。
いつか情報屋になって、あの人の隣に並びたい。そう願うほどに、無力な自分が悔しくてたまらない。
(あの人に並ぶなら、僕もお返しをちゃんと渡さなきゃいけないのにゃ。このままお別れは……嫌なのにゃ!!)
諦めかけて虚ろげだったちぐさの瞳に光が灯る。口元に迫ってきた触腕へがぶりと噛みつき、残る力を振り絞って手元に神秘の力を込める。
「僕は……僕は、絶対に勝って帰るのにゃーー!!!」
その時だった。ちぐさの叫びに呼応するようにブレスレットが強く光り出す。放とうとしていた歪みの力に、温かな力が寄り添って――
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「……せっかく貰ったのに、壊しちゃったにゃ」
某日、ローレットにて。再会したあの人に、ちぐさは申し訳なさそうに壊れたブレスレットを差し出した。
パッキリと折れてボロボロになり、素人目で見ても修復は難しそうなそれを見下ろし、送り主はゆらりと尻尾を揺らした。
「いや、それでいい。そのブレスレットは守りの力が込められていると聞いてたからね。役目を果たしたんだろう」
「そうだったのにゃ?」
「ちゃんと説明した筈だが、聞いてなかったのかい?」
首を傾げて問いかけられ、ちぐさは受け取った時の事を思い出す。……貰った後はすっかり浮かれていて、何を話したかも覚えていない。
「情報をとりこぼすなんて、憧れにはまだ遠いにゃ……、っ!?」
くしゃくしゃと大きな掌が頭を撫でてくる。驚いてちぐさが見上げると、黒ずくめの彼はそのままぎゅうと華奢な身体を抱きしめた。
「オレとしては、アクセサリーが壊れた事よりちぐさに好き勝手された事が許せないな」
「好き勝手って、……た、大した事ないにゃ」
「そんな無防備な顔してたら、また何かに襲われるぞ?」
フードの奥から覗く青の双眸。それが嫉妬に揺れていると気づいた瞬間、ちぐさの頬が熱くなる。
夜深く、人の出払ったローレット。ここにいるのは二人だけ。せき止めていた感情が溢れるその瞬間を、阻む者は誰もいない。顔を逸らそうとしたちぐさの頬を黒猫が掴む。
「仕方ないから教えてあげようか」
「あ、新しい情報かにゃ?」
「そう――お前はもう、オレのものだっていう事を」
おまけSS『うそ? ほんと??』
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「ちぐさ。実は君に大事な相談があるんだ」
境界図書館、会議室。
ライブノベル『終末を討て!運命のラストターン』で顔を合わせた『境界案内人』
『少年猫又』杜里 ちぐさ(p3p010035)は緊張した面持ちで待ち合わせ場所に座っていた。
あんなシリアス顔で呼び出されたのだ。もしかしたら、前回の依頼で何かまずい事をしてしまったかもしれない。
あるいは、自分にしか出来ないような特別な依頼が舞い込んだか。ライブノベルの世界はとにかく広い。境界案内人から単独での依頼を任される事もあると聞く。
「お待たせ。随分と緊張してそうだね?」
「こんな呼び出し、初めてで……どうしたのにゃ?」
自分に出来る事なら、なんでも頑張ろう。真面目な顔で蒼矢を見上げるちぐさの前に、ひとつの本が取り出される。
それはライブノベルの本――ではなく、どう見ても
「……っていう感じで、上巻は魔ちぐ本、下巻はショちぐ本にしようと思うんだ!」
「……」
「今回読んでもらったのは上巻の仮組したコピー本なんだけど、どうかなぁ。
締切まで少し余裕があるし、もうちょっとイソギンチャクの魔物とちぐさの絡みのページを増やしていこうかなって」
「……ないのにゃ」
「あと黒猫くんは僕、会った事がないから。なんとなく皆から聞いたイメージで固めてみたんだけど……ちぐさ?」
「こんなのモデルにした本人に見せるなんて、人の心がないのにゃ!?」
バリバリバリーー!
「ぎゃーーー!?」
雷の爆ぜる音が会議室に響き渡り、ライトニングで見本誌と共に蒼矢の身体が焦がされる。
きっとこれは春の夢だ。4月1日の悪戯で、そんなディープな本が境界世界に出回るなんて――
「本当にされてたまるかにゃーー!!」