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夢の向こうに恋を見る
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- 彼者誰の関係者
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俺(p3p004449)が気付いたとき、何処とも知れない所にいた。というより何もない場所と言った方が良い。
照明がなく、目の前すら見通せないほど暗いのに歩く足元だけに明かりが灯って白い床を見せる。
その空間を躊躇いもなく歩み出す。この場所を、何とはなしに知っている。何度も歩いている感覚がある。もうどれくらい歩いたのか、道が白くツルツルした床から急に砂利に変わる。歩みを止める。
――――ここは夢の中だ。それも何度も見ている夢だ。
なぜここまで来ないと思い出さないのかはわからないが、次を知っている。歩きたくない。しかし勝手に身体が歩き出してしまう。
白く綺麗に整えられた砂利道の向こう、大きく立派な日本家屋が見える。この白い道を辿って行くと小さな庭に出て、この部屋の住人が出払っていることも既に知っている。
慌ただしい気配が色濃くなる。怒声に足音、誰の泣き声。そんな音たちが近くなり、知らず知らずに生唾を飲む。
「……ぃおーい! うおーい!! 誰か手を貸してくれぇ!!!」
「あの人たちは無事か!?」
「救急車はまだか!!」
――やはり、俺の姿は見えてないのか。
いつも歯がゆい場面。この世界に実体があれば、負傷者の応急措置も避難誘導も出来たのに。
どんなに思ってもここは夢の中で、俺は存在してはい。存在できない。でも確実に俺の夢。
離れの部屋から廊下を通って本邸へ出る。そこが一番、騒がしく血生臭い。
赤ん坊の泣き声、逃げ惑う人間の悲鳴、裸足で木製の床を走る独特の甲高い音、何か柔らかいものを打撃する音。
――嗚呼、そろそろだ。そろそろ俺が、死ぬ。
「、頼む! 私の子たちを連れて逃げて!!」
「そんな!!」
姿が見えないだけで、それほど遠くない地点から声がする。赤ん坊の泣き声に紛れた二人分の声。やがて敵対者の姿が見えて、それの行進を止める為に髪の長い女が長槍で踏ん張る。
「お願い、生きて。生きて守って、私の宝物を」
女が後ろを振り向かないまま優しく言う。瞬間、敵対者は女を捕まえてしまう。嫌な音がする。
「う…うわあああぁああ!」
彼女の後ろにいた人物が叫び、二人の赤ん坊を抱えたまま猛烈な勢いで走り出す。その顔は必死そのもので、あの優しい女と同じ顔立ちをしていた。違いは性別と髪の長さだけで、走り出した方は髪の短い眼鏡の男だった。
「早く外へ!」
鋭い声が聞こえて彼の前に銀髪をひとつに結わいた男が立ち、敵対者と対峙する。俺だ。正確には幾つか前の俺、いわゆる前世というものだ。
そう、俺が毎晩のように見ているこの夢は前世で実際にあった出来事だ。
なぜ前世と断定できると言えば、あまりにも同じだから。
髪色、身長、体格、そして顔立ち。どう見てもあの男は俺なのだ。
前世の俺は銀のテーブルナイフを構え、投げる。魔力を帯びたそれが敵対者に刺さるが大したダメージにはならない。それでも戦いを続ける。
「チクチクするのう……その程度かえ?」
敵対者がせせら笑う。大人と子供の喧嘩、勝ち目のない消耗戦。絶対に前世の俺たちを狩れるという余裕と自信が伺い知れる態度だ。
背後の男を見る。圧倒的な力量差に怯むこともなく、強く敵対者を睨んでいた。
今、この男には純粋な怒りと哀しみが渦巻いていることだろう。
ふと敵対者が上空を見上げ、やれやれと溜め息を吐く。撤退の合図があったのだろう。
「残念じゃが時間だ。さらば」
つまらなそうに告げて敵対者が何処へと帰っていく。公園で遊んでいた子供が親に言われてすごすごと帰るような様子だった。
「警護官長!」
それを見届けてから男が前世の俺に駆け寄る。それから何事かを謝っている様子だ。死にそうな前世の俺はそれに返事をする。気にしなくて良いと言う。
「……最期にお願い致します。俺が死んでも、使ってください」
男が驚いた顔をする。笑って前世の俺は続ける。愚かな初恋を打ち明ける。
「初めて逢った時から貴方を愛してた。だって…………可愛そうで綺麗な人……」
途切れ途切れで途中は聞き取れなかったが、大体は伝わったらしい。男の表情が憤怒に歪む。しかしそれでも眉根を寄せたまま、不機嫌に口を開く。
「……良かろう、名と魂を僕が預かる。今から手前の名は彼者誰、赤獅子の彼者誰。僕があの敵対者に復讐を果たすまで僕の武装であれ」
俺の死に顔に飾られていた鎧の面が被される。
赤い獅子のそれを今の俺が見つけた時の衝撃をなんと言おう。今も言葉に迷うことだった。
きっとこの瞬間、前世の俺は幸福だった。愛する人に見送られると同時に迎えられた瞬間だから。
たとえその恋が花開く前に落ちた蕾だとしても。
愛おしい、俺を作る俺の前世の記憶。辛く痛ましいけれど大切な夢。
「おかしいですね。いつもならここで目が覚めるのですが……」
いつの間にか何もない空間に戻っていた。こんなことは初めてで歩き出すかどうかも迷って困惑してしまう。
黙考して出した結論は徹底的に、かつ慎重に周囲を探ることだった。
革靴で床を叩き、片膝を付いて手掛かりでもないか探す。そこへ影と気配が生まれる。
「……どちら様でしょうか?」
ゆっくり顔をあげて見る。白色と黒色だけで構成された奇妙な幼女とカラフルなバクが4頭、俺を見下ろしていた。やがて幼女がにっこり、俺に笑いかける。
「アテクシは眠り夢の魔女、モノクローム。貴方にお願いがあるの」
彼女お願いと言って俺の頭を撫でる。随分と久しぶりの感覚だ。
「貴方がさっきまで見てた夢をアテクシに頂戴?」
それはお願いの仕方ではなかった。貰える前提の確認。俺はそれに首を振る。
「申し訳ありません、リトルレディ。あの夢は大切な夢、おいそれと差し上げることはできません」
「あらあら、まあ。 リトルレディだなんて!アテクシもう、500歳は越えたおばあちゃんよ!」
小さい手を頬へやってニコニコと機嫌良さそうに笑う姿はマセてる子供にしか見えない。驚いたが「これは失礼しました」と執事らしく丁寧に非礼を詫びた。
「では、モノクロームさん。俺からも教えて下さい。なぜ夢が欲しいのですか?」
夢、それも眠っている時に見る前世の記憶なんかをどうするのだろう。純粋に興味深い。
「食べるのよ、眠り夢を」
彼女が笑みを深め、歌うように語る。
曰く、ストロングトーンのコには元気いっぱい楽しい夢を。
曰く、ダルトーンのコには雨の午後みたいなメランコリックの夢を。
曰く、ソフトトーンのコには森林の中みたいな爽やかな夢を。
曰く、ペールトーンのコにはマシュマロみたいな優しい夢を。
そして自身は、怖くて哀しい、悪い夢を食べている。
「それがアテクシたち。『夜(ナハト)』に所属する眠り夢の魔女のモノクロームなの」
なるほど。眠りの中で見る夢が食料とは変わった人たちもいるものだ。そう思って笑い返す。
「ふむ、なるほど。お話ありがとうございました。では提案なんですが聞いてくれますか?」
「何かしら?」
今度は俺が笑みを深める番。手袋を外してから手を彼女へ差し出す。
「夢は差し上げられませんが、友達にはなれますよ」
「……! それは素敵ね、是非なりましょう!」
きゅっと俺の手を握る白い手は、幼い子供のようで、シワだらけの老人のようだった。
不思議で小さな白黒の魔女、初めまして。改めて友達から始めましょう。
「俺は彼者誰と申します、よろしくお願いしますね。友よ」