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儘に嗤え
登場人物一覧
何で在れ、愚生は――女だったのだ。単純に。単的に。淡々と、忌々しいほどに『それ』はやってくる。世界から。物語から。暗黒から。怪物から。悉くの理性を奪われ、ただ、狂える山脈の如く咆哮するのだ。古代文明の残した品物など、それこそが愚生なのだろう。在るべき輪郭は歪んで融解し、融解すべき得物を求めて、巣窟を這い出でる混沌(カオス)――何も啼く事は無い。誰も泣く事は無い。誰も信じる事は無い。愚かにも生命は、こんなにも美味しそうなのだ。咀嚼も丸呑みも同じ食ならば、衝撃的に啜らねば成らない。カオス・カオス・カオス・カオス……何時か。総ては欠如し『増殖』した。さようならの一言も忘れて、粘液はずりゅりゅと哄笑する。これは反逆だ。反旗の成り果てだ。アルビノのペンギン肉を食んで、じんわりと過去を思い出そう。じんわりと現実を殺してしまおう。終いだ――愚生は、ただ、ただ、ただ――お腹が空いた、お腹が空いたよう。
畜生が――なんてこった。現実が夢ならば覚醒(めざめ)が欲しい。いっそ死神か何かに攫われた方がマシだ。拳銃か剣が有れば忌々しい脳味噌(おのれ)を解放出来たものを。兎角。逃げ延びねば。逃げ続けねば。俺は此処で地獄よりも恐ろしい『魔』へと堕ちたくはない。底知れぬ魔王(アザトース)に慈悲を望んでも、魔導書に記すのも憚られた『それ』から逃れられない。誰がこんなところに置き去りにした。奴等か。貴様等か。お前等か。ああ。そうさ。これは自業自得だ。因果応報と刻まれるのがお似合いだ。車両じみた化け物に追跡されるなど、御免に最悪を倍加しても物足りぬ。少し落ち着いて茶でも啜るべきか。最後にハンバーグでも食べりゃあ好かったな。良かった味は……クソッタレ。背後から聞こえる肉の塊の七色が、欲望すらも掻き消してしまう。今が世界のロウだと吐くのか。俺は今にも吐きそうだがな。何せ。息も絶え絶え胃袋もぐんにゃり鼻腔は醜悪だ――ええい。仕方がない。最終手段に頼る他にない。神よ。這いうねる飢餓に美味なる『もの』を与え給え。光だ。光が見える。得るべきは生だ――アア!
どぷん……俺は光に呑まれた。眼を埋め尽くす七色は、目玉に溢れた怪物の胃袋に違いない。貌が貌を作り、面が面を造る。創られた空間は聖夜を走る赤衣のようで、俺はきっと贈物なのだろう。臓物と根菜に圧殺される感覚が、けらけらと胴体に擦り寄った。ぱらり。滑稽な音色と共に俺がほどけていく――爪が落ちた。指が離れた。手首が斬れた。肩が腐った。膝が笑う……心臓が浮かんだ。おっと。困ったな。あれは俺の脳味噌じゃあないか。は、は、は――どうやら目玉が吹っ飛んだらしい。どうやら俺は無限らしい。無限に融けて限度を知らずに『おれ』……おれは何だ。なあ。答えてくれよ。応えてくれよ。俺は何だ。何だ。無い。有るのは何だ。そうだ。何も。総てを恐れる必要は無い。確かに恐ろしい現実だが、それは最期に。最後に到達するまでの過程。仮の貌(カタチ)を脱ぎ捨てて、棄てられた魂が寄生される――おお。視るが好い。我々が俺を歓迎しているぞ。
理解は完了した。お※は静かに泳いでいく。※れは永久に漂っていく。※※は真の芸術を知り、※※の四肢へと行き渡った。病的に覚えたのは飢餓感だ。何処か懐かしい眩暈が、内から外まで迸る。奔る獣は数字とは別で、確実に外宇宙の創作物――おおっと。此処から先は通行止めか。仕方がない。※※は捕食者として座して鳴こう。てけり。てけり……まだ。※※は美味く鳴けないが、必ずやものにして魅せるぞ。てけり――何分か。何時間か。何年か。もしかしたら何億年か。※※は狂ったように鳴き真似(さけ)んだ。許されるまで。赦されようと。仲間だと※※に認識されようと。もはや自分か何者か、忘れて終った時――((Tekeli-li))。
※※――ごほん。何で在れ、愚生はShoggoth・Karen・Gluttony――だった筈だ。何も変わらない。何者も愚生だ。何物も愚生だ。愚生は赦したのだ。赦されたのである。存在する事を。混濁する事を。混沌(カオス)を覗いた事を。お腹が空いた。お腹が空いたよう……腹の虫(※※)が治まらない収まらない留まる事を知らない。ころり……胴体からこぼれた球体が、たすけて、と。
煩わしい。鬱陶しい。食物は食物らしく融かされて終えば好いものを。餌は餌らしく歓喜に震えれば良いものを。つまらない。詰まらない。故に。喜ばしい。悦ばしい。未だ『生を望む』愚者に喝采を送ろう――((Tekeli-li))――きゅぽ。飴玉を転がして、精神の奥底から何かが聞こえる。冒涜的で、絶望的な怪物への讃美や罵倒。我儘な化け物め。ひたすらに。貪り喰らう、古の奴隷風情が――色が変わる。それは実に美味しかった。それは実に面白かった。それは実に『優越的』だった。愚生は現在、怪物(ウォーカー)だ。