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ささやかなる日常
登場人物一覧
――ギルオス・ホリス (p3n000016)の眠りは浅い。
ローレットの作業部屋で座りながら眠るのも珍しくはない程だ。
あちらこちらから流れてくる数々の資料を纏め。依頼として公表する――
あぁどれ程時間はあっても足りない程なのだから。
……まぁ。それ以外にも理由があるにはあるのだが、ともあれ。
「ん……んんっ。しまった、また寝てたか」
朝日。その零れ日が窓のカーテンより、ギルオスの顔を微かに照らす。
瞼の果てに感じる熱により目覚めた彼が背筋を伸ばせば――しかしなんとも眠気が取れないものだ。仮眠に近い状態の態勢では碌に疲れが取れないのも当たり前と言えば当たり前か……
「……うーん。ちょっと体を動かすか」
故に。瞼を抑えながら立ち上がり。
少しばかり外でも歩いてくるかと――扉に手を掛け外へと赴かんとすれ、ば。
「わっ」
直後――出会い頭に誰ぞとぶつかってしまった。
注意散漫であったか。とはいえ、激しく衝突してしまった訳ではなく、故に。
「ああすまない。怪我はなかったかい――大丈夫だったかな?」
「――――」
「んっ、どうしたんだい?」
すぐに謝った、のだが。
なんだろうか。眼前の『彼女』が一瞬、こちらを見て硬直した様な……
傾げる首。それが――きっと始まりだったのだ。
郷田 京 (p3p009529)との出会いの。
●
それ以来。ギルオスは時折『視線』を感じる事が多くなっていた。
「……京? そんな所にいてどうしたの?」
「はっ! いやお気になさらず、なんというか、えーと、その……うん!」
「いや『うん!』じゃなくてね!?」
というよりも具体的には京の事なのだが。
ギルオスがローレットで仕事をしていると、時折彼女が視界の隅にいたりする。いや或いはローレットの外でも時折だ――最初こそ気付かなかったが、まるでこちらを観察するかのように窺っているのである……
「本当にどうしたんだい? 何か探し物でもあるのかな? そうしたら手伝うけれど」
「いやーお気になさらず! ……って言いたい所だけど、うーん、そうだね。
じゃあさ。何か本とかってあるかな――」
「本?」
「そうそうギルオスさんお勧めの本とかさ!」
本。本かぁ……何かあったかなぁ……
思考するギルオスだ、が。正直な所、京が本だと呟いたのは――咄嗟なだけ。
あの出会いの日以来、なんとなし気になってしまう彼との会話の種が欲しかったのだ。
ちょくちょく追いかけ観察している内に、しかしそれでは物足りなく。
されどギルオスが京に気付き始め、不審がって来た現状――何か『理由』が欲しい所でもあり。
「なんでもいいんだけどね、ほらギルオスさん面白いから。
そんな人が勧める本とかって何があるのかなって!」
「やめろぉ! 僕が面白いってどう言う意味で言ってるんだポストか!!?」
「はははそういう反応の所かな!」
故に。その手段の一つとして本が最適なのだ。
彼が貸してくれるものがあらば、また返しにこれるから。
そしてその時に――もう一度言を交わす事が出来るから。
●
「――やー! ギルオスさん、今日も頑張ってるね!!」
そして。ローレットの作業場へと京がやってくる――
にこやかな笑顔と共に。ああこうして扉が開かれるのも、何度目だろうか。
「やぁ。なんだ、今日も来たのかい。もしかしてもう読みきった?」
「あっはっは――! まぁね!
いやーこの前オススメしてくれたこの本がさー面白くて面白くて一気読みしちゃったよ!!」
「相変わらず早いね。もう何日かぐらいかかると思っていたのに」
へへっ。と自慢げに彼女が見せるのは、先日ギルオスが貸した本だ――
それは巷で人気とされる推理小説本。なんでもフォームズなる架空の人物が、犯人らしき人物達を千切っては投げ千切っては投げしていき、最終的に巨大闇市組織を叩き潰してハッピーエンドを迎えるのだとか……いやこれアクション系なのでは?
ともあれ――こうして京は何度となくギルオスの下へと訪れていた。
まるでギルオスに見せる様に。彼からの反応を得たいが様に。
「うーんしかしどうしたものかな。今手持ちに新しいのがなくてね……」
「あ、そうなの? まぁいいよいいよ本は!」
それよりさ、と彼女は言を続けるものだ。
――あの出会い以来。こうしたやり取りが多くなった。
京が訪れギルオスと語らい。本やらを借りてまた返しに来る……
「と、そうだ。折角来たんだ――コーヒーでもいるかい?」
「んっ! いるいる!!
…………はっ! そうだ、コーヒーと言えばさ、知ってる?
こ、ここからすぐ近くの路地裏に新しい喫茶店が出来たんだけれど――」
随分と。彼女との距離が近くなった気がする。
こうして一時の休息を彼女と過ごせる程には。
こうして彼女と同じ珈琲の香りを――楽しむ程には。
そして。だからこそ。
「そ、それでさ。だ、だから、ええと、こ、こここ、今度さ一緒にそのお店に……」
美味しいご飯に眼がない京は、ギルオスを誘わんとしていた。
何故か。呂律が回ってしまいながらも。
何故か。頬に微かな熱を感じながらも。
彼女はしかと――言を紡いで――
「ん? ああ、構わないよ! 今度の休みにでも一緒に行こうか――
ふふ、楽しみだね。その喫茶店には何があるのか……な……?」
――と、その時。
ギルオスは背筋に『何か』を感じた。
「……な、なんだ……!?」
「ん――? どしたの、ギルオスさん?」
「い、いやなんでもない……よ?」
「なんで疑問形?」
首を傾げる京。が、ギルオスの方は確かに感じていた。
誰かがこちらを見ている、と。
……京が気付いていない様子なのは、その視線があくまでもギルオスに向けられているからだろうか? しかし以前、まだ京とそう親しくなかった頃に彼女から感じた視線とは……何かが違う。
これは、そう。まるで。
『敵』を滅さんとする『圧』があるかの様な……
「と、とにかく。喫茶店の件はまた今度ね――すまない。今はまだ仕事があるから」
「うんうん! じ、じゃあ、ギルオスさん邪魔して悪かったね! また今度!」
とにかく、何かは分からないがまずいと思いてギルオスは京を帰さんとする――
さすれば程なく、感じていた『圧』も同様に消失するものであった。
……一体全体なんの睨みであったというのか。
「ふぅ……そういえば、最近。こういう事が時折あるんだよなぁ……」
何かよくない魔物にでも憑かれたかと。
分からぬ。故に今度じっくり原因を探してみようかと――思う所であった。
●
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……!」
京は息を切らしながら駆けていた。
早朝。多少の冷気が肌を撫ぜる――さすればどことなく感じる心地の良さがあるものだ。
この時間ならばもうすぐだろうか。この先の角を曲がればもうすぐだろうか。
――心中にて馳せる思考の狭間に浮かぶのは一人の男の後ろ姿。
偶々見かけたその姿がどうしても瞳に焼き付いて離れなかった。いや、そればかりか……彼と言の葉を交わせてみれば、これが中々面白く。その口端より零れる柔和な雰囲気が尚にその視線を追わせるものだと……
彼女が、彼女自らの姿に気付いているかは分からない、が。
「――おぉ、ギルオスさん! まーた会ったね!」
「――わっ、と! やぁ京か! ははは、ビックリしたじゃないか!」
しかし今は。この高揚感に――身を委ねるとしよう。
街中。ロードワークの途中で出会ったギルオスの背後から飛び込む様に京が往く。此処は元々京が度々体を動かすルートであったのだが……ギルオスにも絶好の場所であると、京が彼に語って以降――ギルオスも時折走る姿があった。
事務作業に飽いた体を動かすのにいい場所はないかと……
たしかそんな感じの会話をしたのが契機だっただろうか。
――じ、じゃあさ! 今度一緒に走ってみない!!?
そんな感じの言葉が、京より反射的に飛び出していたのだ。
「どうどう? ここはさ、この時間帯とか人も多くなくていい感じでしょ!」
「うん。本当にいい所だね――はは。京には借りが出来ちゃったかな」
「いいよ別にそんな深く考えなくて!
ま、借りだって言うならいつか返してもらおうかな――なんてね!」
そしてランニング程度であれば互いに話しながら駆け抜けるのも可能なものだ。
額より零れる汗が適度に彼らを満たしてゆく。
体の奥底に宿る熱が胸中を暖め、語らいの楽しさをも増すものだ。
――そうだ。楽しい。楽しいのだ。
誰かと共に走る事が。ギルオスと共に――語らう事が。
「はぁ、はぁ、はぁ……でも、やっぱり京には勝てないね。途中で限界が来ちゃうよ……」
「ふふん! アタシはアタシで色々と鍛えてるからね……! そこで休憩しとく?」
が、しかし普段情報屋として動くギルオスでは、京より先に途中から息が挙がるものだ。
故に京が指さした先には――一つのベンチ。
無理は禁物だと。歩みを留めて一度息を整えるとしよう、と。
「はい、水も! 大事だからねー水分補給は!」
わっ! と、その時ギルオスが驚いたのは――京が携帯していた水筒を、彼の頬へと触れさせたから。微かに纏っている水滴が冷たき様子を伺わせ。だからこそ体を動かしていた熱に満ちている身には――存分に染みわたるもの。
「いいのかい? これ、頂いちゃっても」
「いーよいーよ! 水ってのは飲むものだからね! うん!」
刹那。半分嘘をついた。
水筒を持ってきていたのは元より――ギルオスの為でもあったのだ。
以前にも一度共に走った際に、彼の疲れが気になっていたから。
……不思議なものである。ここまで他人の状態を、眼で追ってしまうとは。
何故だろうか。彼が面白いから? 彼と話をしていると心地よいから?
――自らの方が強くても気にしない。年の差も気にならない。
不思議だ。どうして己はここまで――気にかけてしまうのか。
「…………」
ギルオスを見据える。水筒の水を喉の奥へと流し込む、その一挙一動を。
汗の雫の一滴すら――彼女の優れし目は捉えるものだが。
それが。その原動が、男女における恋愛感情かと問われれば、きっと違う。
共に在れば楽しく。胸に灯る高揚感は確かにあるけれど。
きっと違うのだ――少なくとも、今この時。この瞬間は。
「ふぅ……ありがとう、助かったよ。はは。今度はちゃんと水筒を僕も持ってきておかないとね」
「なーに、いいよ! またアタシが別けてあげるって!
それよりさ。無理してない? きつければまだ休憩しておこ?
アタシはゆっくりでいいからさ!」
ともあれ『何』であれ構わないものだ。
この一時が、己の心を不思議と満たしてくれている……それで満足なのだから。
以前よりも。まるで懐くように距離が近くなり。
彼の姿を見据えれば遠くからでも駆け寄ってしまう事もあるけれど。
今はただ。その温かさに穏やかに身を委ねるだけで……
「わわ、近い。近いよ京! い、今汗臭いから離れて――――んっ!?」
――と。その時。
まただ。また感じた――あの『気配』だ。
以前にもローレットで京と話している時に感じた……視線の『圧』が再び注がれている。
なんだ? 馬鹿な、どこからだ――?
周囲へと視線を素早く巡らせるが、やはり発生源の姿は目撃出来ない……! くっ!
「み、京……とりあえず行こうか! ああ休息は十分とれたから!」
「え、本当に大丈夫? まぁギルオスさんがそう言うならいいけれど……」
「うんうん! 僕は大丈夫だから――早く行こう!」
「あっ! そんな手を引っ張らなくても――わっ!」
故に次善の策としてギルオスは京の手を引きながらその場を離れんとする。
気配が追いかけてくるなら正体も掴めるだろうと。しかし、その狙いを察してか否か分からないが、気配の主は追ってくる様子はない……くぅ。ギルオスが背筋に感じた気配は本当に一体なんだというのか。どうして京と一緒にいる時によく感じるのか……
彼は気付かない。己を眺める様に影に潜む、一人の存在の事を。
「…………」
鬼神が如き双眸。
ソレを向ける『ある存在』に気付くのは――はたしていつの事になるだろうか。具体的には身長250センチ級の拳で闘うマッチョメンに。はて? 一体どこの某貴道なんだ……
そして気付いてしまった時一体何が起こるのかは……
さて。別の物語としておこう。