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賑やかなる農園の日々
登場人物一覧
●約束のペンダントAfter
約束を願ったペンダント。
身につけた二人の少年少女は、運命的な再開を果たすも、不義なるものとして断罪されかける。
天義という国。独善的な司祭によって引き起こされた悲恋の物語は、しかしイレギュラーズの機転によって幸福の物語となった。
今、その物語の二人は、二人を守る仲間と共に幻想にある農園に姿を見ることができた。
あの日の出来事から、一年の歳月が流れていた。
「今日も良い天気だな」
高く昇った陽射しに目を細める青年。今はセリオと名乗る件の物語の一人だ。
「今日は収穫があるからな。忙しくなるぞ」
「やあウルバさん。それにみんなも。
そうか収穫か……はは、これは気合いをいれないといけませんね」
セリオと並ぶウルバ、ルカ、ジン、ロート、オクトの五人は二人を守る為に共に亡命した元兵士だ。今は兜と鎧を脱ぎ捨てて、農作業に従事する作業者である。
「セリオ! よかったまだ作業を始めてなかった」
後ろから声が掛かりセリオが振り返る。パタパタと走ってくる人影は見慣れたものだ。
「ユイ。走ると危ないよ」
抱き留めるようにセリオがユイを止める。ユイは嬉しそうに手に持つ荷物を顔の前に持ち上げた。
「お弁当。忘れていったでしょ?」
「おっと、そういえばそうだった。ありがとう、ユイ」
微笑みあう二人はどこからどう見ても幸せを噛み締め合うカップルで、つまり見ているこっちが恥ずかしくなるものだ。
「朝からごちそうさま。二人ともあまり見せ付けるなよ。俺はともかくジンとオクトが羨ましがる」
ウルバが笑うとジンが慌てるように早口で捲し立てた。
「ばっ、別に羨ましくねーよ! 本当だからな! 本当なんだからな!」
「図星か。一年間見続けた光景であろう。そろそろ慣れろ」
大仰にオクトが言うとルカも釣られて笑う。
「まあ二人が変わらないって事は私達にはもっとも良いことだからね。いつまでもそうしてもらいたいもんだよ」
「そういうこった。だが、もうしばらくすれば落ち着くだろう? 何て言ったって――」
ロートの言葉の続き。それにセリオとユイはハニカんだ。
一年、色々なことがあった。
幻想へと亡命し、ここキルロード農園の従事者となった七人。慣れない作業に四苦八苦しながらも、そこには自由な愛を育める環境にあった。
たった一年ではあったが、少年少女は大人へと成長し、そしてその身には新たな命を宿すこととなったのだ。
セリオとユイ。二人の結婚式は間近に迫っていた。それを執り仕切るのは、七人の恩人にしてこのキルロード農園を管理するイレギュラーズ――
「皆様ー! そろそろ始めますわよー!」
そうキルロード男爵家長女、『noblesse oblige』ガーベラ・キルロード(p3p006172)に他ならなかった。
今年の夏は多くの野菜が取れて大豊作となった。
スイカの収穫を行いながら、ガーベラは七人に尋ねる。
「ユイにセリオ。ウルバ、ルカ、ジン、ロート、オクト……貴方達七人、この一年はどうだったかしら? 何か不満とかあったりするかしら?」
七人は顔を見合わせる。答えは皆同じようなものだった。
「不満なんてありはしませんよ。ユイにセリオ、それに俺達五人は行き場を無くした連中だったんだ。お嬢様に、イレギュラーズの皆に助けられて、追っ手の不安も無く暮らせることだけでも十分な幸せなんだ。それに衣食住、すべてを用意してもらえて、これ以上を望んだら罰があたっちまうよ」
「僕もウルバさんと同意見です。僕たちは逃げるしか無かった。そこに待ってるのが暗い未来だとしても、行くしか無かった。けどガーベラお嬢様に救われて今こんなにも幸福に満たされている。これだけの恩をどう返して良いのか悩むほどですよ」
セリオに、ガーベラは頷く。
「それならばよかったです。
私は貴方達七人を亡命させたローレットの一人として……何より貴族として貴方達『民』を幸せにする義務がありますの。
だから遠慮なく何かあれば言いなさい……それが邪なものでなければ……私は貴方達の力になりましょう」
一片の曇り無く、真っ直ぐな瞳で七人を見やりガーベラは言う。
「それなら、今度やる私とセリオの結婚式、お嬢様にも参加して欲しいです、それで……」
「それはもちろん、言われなくても私が盛り上げて魅せますわよ。それで……?」
ユイはセリオと顔を見合わせて、意を決したように言った。
「生まれてくる子供の名前を……お嬢様に名付けて欲しいのです」
「まあ……名付け親を私に?」
思いもがけない提案に驚いたガーベラは悩むように小首を傾げた。
「私とセリオに新しい名前を付けてくれたように、新しく生まれてくる子にもつけて欲しいのです。お嬢様ならきっと明るい未来に向かえる素敵な名前をつけてくれるに違いないですから」
「貴方達のはちょっともじっただけですから……ううん、そんな大事な名前つけたことなどありませんから難しいですけれど……、いいえ、私はガーベラ・キルロード。貴方達『民』の願いを叶えるのが私の勤めですもの。その大任望み通り受け手差し上げますわ!」
ガーベラが胸を叩くとユイとセリオはパッと顔を綻ばせた。
大変な役目を受けてしまったと内心思うガーベラではあったが、二人の喜ばしい顔を見て、失望させないようにしなければと、奮起する。まずは人名辞典でも調べようか。これからしばらくは机に向かうことが多くなりそうだと思った。
「お嬢様はなんでも叶えてくれそうではあるな。どうだジン? お前も良い相手をお嬢様に見つけてもらうのは?」
ウルバがからかうと、スイカの茎を切り損ねたジンが大声で恥ずかしがる。
「ばっ、だから羨ましくねーって! 別に婚活とか興味ねーって!!」
「あら、婚活。確かにユイとセリオばかりで、貴方達は一人身ですものね……ふむ」
ガーベラはなにか考えるとポンと手を打つ。
「いいですわね。婚活。婚活パーティを開催しましょう。
大々的に宣伝すれば領内の若い男女が集まると思いますわ。農園の従業員は勿論参加で、きっと盛り上がりますわ!」
「ま、まじか……そんなにあっさり決めちゃいますか」
「ふむ。出会いは一期一会という。そのような催しがあれば機会も増えるというものか」
「わあ良いじゃない。私も良い男見つけなくちゃね」
ジンとオクトがガーベラの即決に驚きを持ち、ルカは賛成と手を上げた。
「ふふ、幸せが広がって行きますわね。そうと決まれば早く仕事を終わらせて企画の準備をしますわよー!」
スイカを掲げて、ガーベラが高らかに笑う。
それは賑やかなキルロード農園の日常でもあった。
――ノブレス・オブリージュ。
ガーベラ・キルロードの掲げるこの人生観は、貴族としての矜持であり、ガーベラの足場を固める立脚点でもある。
民の幸せを願い、民に尽くし、民に愛される貴族の義務。その教えこそがキルロード家、ひいてはガーベラの存在意義であった。
(私は上手く出来ているでしょうか――)
キルロード家は没落した貴族である。
叔父による反乱と、それによって引き起こされた前当主である父と正妻である母の死。キルロード家を支えた名声は地に堕ちていた。
ガーベラは現当主である兄を支え、腹違いの妹達の為にキルロード家の誇りと名声を守っている。
その為ならば、華美なドレスを脱ぎ捨てて、剣を鍬へと持ち替えて、民と共に農作業にだって従事する。
寄り添うこと、共に並び立つこと、そして導いて行くこと。
それは生半可なことではない。失敗だっていくつもした。指を指して笑われることもあっただろう。
けれど、どんなに笑われても、ガーベラは屈せず、鬱屈せず、不屈に前を歩いて行く。
それこそがガーベラの根底にある『ノブレス・オブリージュ』の体現なのだから。
「二人ともおめでとー!」
農園側の小さな教会で、ユイとセリオの結婚式が行われていた。
農園の従業員や、世話になった人達だけの――地味ではないがそこまで派手ではない身内だけの結婚式。
祝福を受ける二人の顔は確かに幸福に満ちていて――ガーベラは自分の行いが間違っていなかったのだと安堵した。
簡素なウェディングドレスを着たユイがガーベラに話しかける。その瞳にはうっすらと涙が煌めいていた。
「小さな頃、夢見た光景を私は見ることができないと、そう思っていました。
セリオと一緒に逃げ出したときも、無事に逃げれたとしても隠遁とした生活になっていたでしょう。
だから、今、こうしてみんなに祝福されていることが本当に夢みたいで……全部私達に生きる道を作ってくれたガーベラお嬢様のおかげです」
心からの感謝に、ガーベラの胸も熱くなる。自分の行いが正しかったのだと今一度実感する。
「幸運だったのはあの場に居合わせることができたこと。可能性や運命というのは斯くも奇縁な巡り合わせで作られるものですわね。
けれど、二人はこの幸せを手に入れる為に、十分な代償を支払いましたわ」
そう言ってユイの髪を撫でる。亡命時に切り落とした髪は、切り落とす前以上に伸びていた。
「髪は戻りましたけれど――大切な思い出のペンダント。あれだけは証拠として手放すしかありませんでした。なによりも大切な物を手放したのです。これだけの見返りがあってもよいでしょう。
それに――」
ガーベラは二人に用意していた物を手放す。それは揃いのペンダント。
「結婚祝いです。過去の思い出は手放してしまいましたが、ここから新たな思い出を増やしていって欲しいと願って。大切にしなさいな」
「はい!」
涙ながらに笑顔を向けた二人に、ガーベラは満足そうに頷くのだった。
二人を羨ましく思いつつも、きっと自分には無縁だろうと苦笑する。
この人のよい悪役令嬢は、きっとこれからも自らの矜持を持って進み続けるのだろう。
慣れ親しんだ高笑いが高らかに響き渡った。