SS詳細
明け染めの街と願いの弓
登場人物一覧
優緋交じりの紫、露草の色。燈火に温もる白。
グラデーションを描きながら、朝日が昇る。
街を浸していた微睡みと静謐のヴェールは光の波紋とともに溶け落ちて、早起きな鳥たちの囀りがきこえる。
行き交う車馬の音。人々が他愛もない会話をするノイズ。明け初めていく世界の風に煽られる髪を流れるまま遊ばせて、ユーフォニーは未だ慣れない街を歩む。
海青の瞳はすれ違う顔に既知を見かけては嬉しさに微笑んだ。知らなかったひとが、何度か見かけて「知っているひと」になる。ユーフォニーも、こうして日々を過ごすうちに他の誰かに知られて覚えられていく。それは、嬉しくて楽しい感覚だった。ミモレ丈のプリーツスカートが優しい天色と空色を躍らせて、足取りは軽やか。
朝食を頂くのは、カフェのテラス席。
ストリートピアノの音をききながら。
針葉樹の明るい彩を燦々と射す陽に白むテーブルに並ぶ新鮮サラダとサンドイッチ、カカオ・アーモンドのクッキーを添えて。透明硝子のグラスには優しい珊瑚色が咲いている。弾ける気泡といっしょに幾重にも瑞々しい果実感の幸せを咲かせるジュースに心までも甘く潤されて――おいしい! ユーフォニーの白皙の頬が淡い桜色に染まった。
銀色スプーンが玲々とした音をかなでている。
涼しくて、清らかで、奇麗な音。
ユーフォニーは依頼書とねこさん柄の付箋メモをテーブルにならべる。 ギルド・ローレットはこの世界に召喚された旅人への支援が充実していて、ユーフォニーと同じ特異運命座標であるギルドの先輩方も優しかった。ユーフォニーは依頼に臨むにあたって、新人の中でも丁寧に慎重に準備を心がけていた。
――召喚された日、
空が広がっていた。
何もかも吸い込んでしまうような、眩暈を誘うような青い世界だった。
そこに、真っ白なユーフォニーがいた。
ユーフォニーには、過去の記憶がなかった。
瞬きをして、澄んだ空気を吸い込んで。
大気の流れを全身で感じて、それを風だと思った。
六色の彩の虹の光輪が蒼穹にかかって、背筋の伸びるような心地がした。
初めての依頼を決めたのは、それほど深くかんがえたわけじゃなかくて、こころが「行きたい」と囁いたから。
困っている人がいることを知ったら、自然とたすけたい気持ちが湧いて。
知らないなにかを識りたい、感じたいと心が告げた。
「武器を……」
用意しなきゃ。
準備するものを綴った付箋に頷いて、お店に行く。
願いが叶うとかいう噴水のルミネル広場を横切るとき、待ち合わせ中の男女が明るい顔をしていて、大道芸人や露店が賑やか。
ジルバプラッツ通りは綺麗だけど、ちょっぴり高いお店が並んでる。衛視さんたちがお仕事をしていて、目が合うと挨拶をしてくれた。
ラドクリフ通りは広くて、人と物が溢れてる! 可愛いアクセサリーの露店やきらきら陽光に艶めく新鮮な果物屋さん、オーダーメイドで瓶の中に世界を作る瓶詰め屋さん。まだ入ったことがない喫茶店も気になる! ――たまにふらふらとお店を覗いたり、足を止めたりしながら、辿り着いた目的のお店の看板は古めかしくて、銅の艶めきを放っていた。
「いらっしゃいませ!」
赤毛が印象的な店番のお姉さんが林檎みたいに頬を染めて、おひさまの笑みを咲かせて挨拶をした。真新しい制服エプロン。赤くなってつっかえつっかえのお姉さんはあんまりお仕事に慣れていないみたいで、親近感が湧いた。
「アクセサリーや香水はいかがですか?」
「武器をみたいんです」
そっと声を紡いだら、お姉さんが意外そうな顔をしてから武器が並ぶコーナーを教えてくれた。
「物騒な世の中ですものね。ナイフとかが護身用におすすめですよ」
たくさんの武器が並ぶ中を回遊魚みたいに巡るうち、優美な青紺の煌めきの弓がユーフォニーの目を惹いた。
まるで、秘密を匿う夜のように静謐な艶めき。
弭に咲く花は甘いというより神秘的で、不思議の薫りがした。
(綺麗……♪)
――優しく呼ばれているみたい。
そっと近付いて、早鐘のように打つ心臓で手に取った。はじめての感触。持っているだけでなんだか自分が綺麗でつよい別人になったみたいで、不思議。構えてみたら、お姉さんが「自然なフォームですね」と褒めてくれた。
(……自然、)
ふふ、とユーフォニーは微笑んで頷いた。頬がゆるゆるして、ちょっぴり熱い。
お姉さんの言葉は、営業用の誉め言葉なのかもしれない。けれど、嬉しかった。楽しい感じがした。真っ白なユーフォニーがすこぉし、色を纏ったみたい。
「私、この弓がいいです!」
ユーフォニーは砂糖菓子の煌めきめいた笑みを咲かせた。
屈託のない笑顔にお姉さんも嬉しそうで、もしかしたらイレギュラーズの方だったりするんですか、と聞いてくる。
――私の色が増えていくみたい。
ユーフォニーは弓を買い、店を出た。
この弓が自分のものだと思うと、嬉しくて仕方なかった。
おまけSS『残照世界と願いの弓』
時が経てば、きらきら輝く陽射しはいつだって穏やかに落ち着いて帰路の街が違う顔を見せる。
夕景の街には、芸術家が絵筆を感傷的に躍らせたみたいな彩が伸びていた。
残照は印象深い茜と金を家々の屋根の周りに広げていて、行き交うひとが同じように輪郭を憂愁の夜に移ろう色に染めている――知っているひとも、知らないひとも、嬉しいひとも、悲しいひとも、みんなが同じ世界に生きてるって再確認させてくれるよう。
夕陽に呑まれそうな世界を弓を携えて歩くユーフォニーは、朝とすこし違って視える世界と自分を想った。
明日は、また別の新しい何かに巡り合う――そんな予感に胸を躍らせた。
はじめての依頼は、もうすぐ。
自室に戻って弓を見て、楽しい気持ちを溢れさせる。
落ち着くためにココアをいれて、湯気をふうっと吹いてしろいページがいっぱいの日記帳をひらく。
――この世界のこと。
――出会うひとたちのこと。
――私のこと。
書きたいことがたくさん浮かんで、それが大切な宝物みたいでドキドキした。
書き出しの文字はそろそろと、紙の感触を確かめるみたいに。
「はじめて、武器を買ったお話――」
依頼が成功しますように。
素敵な出会いが、ありますように。