PandoraPartyProject

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2021年11月11日

登場人物一覧

綾敷・なじみ(p3n000168)
猫鬼憑き
越智内 定(p3p009033)
約束

 2021年11月11日。木曜日。
 天気は快晴。体感温度も悪くは無い。平日である以上、学生の本分を忘れてはならない――普段からイレギュラーズとして授業を飛ばすことがある越智内 定としても大学進学を考えるならば授業は出ておきたい――と言うことで約束は放課後である。
 勿論、『約束の相手』には「学校が終わったら、待ち合わせをしようぜ」と伝えている。あれだけ明るい彼女だ。今日、わざわざ放課後に約束をする理由くらい感付いているだろう。
 授業中にマナーモードにしていた携帯電話に入った通知には「クラスの皆がプレゼント用意してくれたぜ!」のメッセージとにんまり笑顔で楽しげに笑う彼女の姿が見える。
 手にしているのは小さなクッションや文房具だろうか。昼休みの教室でコンビニケーキでお祝いなんて『リア充』な彼女らしいと定は小さく笑った。
『よかったね』
『定くんも同じ学校だったらよかったのにね。
 あ、でも学年が違うからそれだと定先輩って呼ばないと行けないのかな?』
『そう呼ばれるとむず痒い気がする』
『確かに! 放課後は駅前で待ち合わせでいいかい? 楽しみにしているんだ!』
 そのメッセージだけで定はやる気を漲らせた。そう、今日は彼女――綾敷・なじみの誕生日なのだ。

 学校が終わって、同じイレギュラーズである教師や友人達に外見のチェックをして貰う。髪型は乱れてないか、変なところはないか、等だ。
 あまり洒落っ気を出し過ぎても彼女が困るだろう。そもそも、行き先はカラオケボックスの予定だ。最近のカラオケは凄い。デザートメニューは豊富でケーキも取り揃えられる。アミューズメントとしては立派なコンテンツだ。
 定の背を押してくれる友人達に礼を言って、自転車を漕いでやってきた希望ヶ浜中央駅に制服姿のなじみが立っていた。通学用のバッグには真新しいキーホルダーが着けられている。少し大きめの紙袋がクラスメイトからのプレゼントだろうか。髪の毛を弄りながら待っていた彼女は「定くん!」と定の姿に気付いてから手を振った。
「やあ、なじみさん。待たせた?」
「ううん。学校から直接来て丁度良かったぜ。荷物を置いて着替えに戻ろうかなって思ったけど、それだと定くんを待ちぼうけさせる所だったし」
「別に構わなかったぜ? 服を着替えに戻る?」
「んー……時間あるかい? カフェローレットに寄ればなじみさんの服があるかも」
 何らかの事件に巻込まれる度に、着替えを有することがあるなじみに気遣ってひよのが一式を準備してくれているかもしれないのだという。定は直ぐにひよのに連絡を入れれば聡い彼女は何のために着替えを求めているのかを理解したのか「一番可愛いもの用意しときますね」と楽しげにメッセージを返してくれた。
「近くのカラオケに行こうかと思ったけど、一先ず着替えと荷物を預けようか。後でここまで戻って来たら良いしね」
「カラオケかあ」
「……なじみさん?」
 もしかして、カラオケはイヤだっただろうか。――いや、違うかも知れない。年頃の男女が二人きりで密室というのが引っ掛かったのだろうか。NGポイントはそこだっただろうか。それなら「気持ち悪い」なんて思われてしまったかも知れない。どうするべきだ、漢・越智内 定!!
 そんなことを考えながら、定は自転車を押してカフェローレットへと辿り着いて頭を抱えていた。
 到着後、なじみがバックヤードに着替えに行っている間にひよのにそれとなく問いかければ「違うみたいですよ」と彼女は揶揄うように笑うだけだった。
「お待たせ!」
「ううん。ひよのさんにコーヒー奢って貰ったよ。なじみさんもテイクアウトで何か持って行く?」
「アイスティー!」
 先程までの学生服姿もなじみらしいと感じていたが、ひよのの用意したニットも良く似合っていた。定は自身の荷物となじみの通学鞄(どうやら、教科書類を抜いて来たらしい)を前カゴに入れてから「どうする?」と問いかけた。
「カラオケも良いけど、離れちゃったからさ……定くんは他に行きたいところないんだよね?」
「なじみさんが行きたいところで良いぜ。お誕生日様なんだし」
「そっか。私はお誕生日様だ! じゃあ、海!」
「……は?」
 驚愕し、なじみをまじまじと見遣る。にんまり笑顔の彼女は「海!」と再度繰り返してから定が跨がった自転車を勢いよく押し始める。
「ちょ」と「わ」、それから「危ない」と声を漏す定を見上げてからなじみは「後ろ乗って良い?」と笑った。

 海に行きたい――そんないきなり過ぎる程の『おねだり』に困惑しながらも定は自転車を漕いだ。
 希望ヶ浜は其れなりに広い。なじみが向かおうと言った場所まではのんびりと進んでもかなりの距離がありそうだった。
 aPhoneに搭載された地図アプリを開けばなじみの自宅がある東浦区の中央駅が海沿いに面した場所であるらしい。なじみにとっても知った場所なのだろう。深くは考えないまま、定はなじみと地図アプリのナビゲーションを頼りに自転車を走らせた。
 横乗りの状態で落ちないようにと片腕だけを腰に手を回すなじみは、もう片方の手でアイスティーをぎゅっと握りしめている。ストローの先から滴が落ちても気にはならないのか、彼女はぼんやりと普段は見ない早さで移り変わる街を眺めていた。
「寒くないかい?」
「大丈夫。重くない?」
「大丈夫、大丈夫」
 軽口を交わしながら、適当な話を繰り返す。坂が多い東浦区までは1時間ほどの距離があるだろうか。まだまだ冬の入り口、日は其れなりに長いが到着時には夜の気配が混じり込みそうだ。

 街灯は早々に周囲を照らし始める。人工の物だと知りながらも作り上げられた夕日や海の光景は海洋王国で見たものと変わりないように感じていた。
 作り物でありながら、それが彼女達の日常。本物の海を見に行こうと彼女の手を引いて連れ出す勇気は定にはまだないが、何時の日かそうする事ができるだろうか。
 そんなことを考えるのも彼女に出会ってから自身が大きく変わった事を感じられる。山無しオチ無しな平穏な人生を暮らしていて、凡庸だった自分が大切な誰かを護らなくてはならないと考えることになるとも思っていなかったのだ。
「到着!」
 自転車を止めて、後ろから跳ねるように飛び降りたなじみを見送ってから定はふうと息を吐く。休憩を幾つか挟んだが、道中はそれなりに苦労をした。
 坂道には自転車に登れと応援をする彼女に背を押され、下り坂は勢いが付きすぎてあわや転倒の恐れもあった。途中でコンビニに寄って適当に買ったお菓子をなじみの鞄に詰め込んで、一応は防寒代わりにと購入した冷め切ったホットレモネードに悪態を吐く。笑い合いながら、様々な話をして、漸く辿り着いたのが東浦の浜であった。
「ふふ、遠かったー!」
 海に向かって叫ぶなじみに「本当にね」と草臥れたように定が息を吐く。夕日はもうすぐ顔を隠してしまう、そんな時刻だ。
 肌寒さを感じてなじみに上着を掛ければ彼女は「定くんが風邪を引くよ」と唇を尖らせた。自販機の灯りが遠くに漏れる。今は歩いて行く元気もないと笑い合ってから、定は「でも、面白かった」と呟いた。
「足はパンパンだし、鼻は寒くて痛かったけど、面白かったよ。カラオケじゃこんな体験は出来ないぜ」
「うん。私もおしり痛かったけど、とっても楽しかった。この海に友達と来るのは初めてなんだ。定くんが第一号」
 にんまりと笑ったなじみが定の隣に腰掛けてから近寄ってくる。定が貸した上着を必死に引っ張って、二人で包まろうと苦心するなじみのぬくもりを直に感じてから定は息を呑んだ。
「……なじみさん」
「何だい? やっぱり寒い?」
 定を伺うように見下ろした彼女はぱちりと瞬く。大きな瞳だ。曇らない、若葉の色をしたそれが定を真っ直ぐに映している。
 言いたかったのは誕生日の祝いだった。
 誕生日おめでとう、と紡いだだけならば簡単だった。それ以上に渡したかったプレゼントがある。
「来年はさ、」
 ――来年なんて、近いようで遠い。戦いの中に身を置いた『僕ら』には有り得るかも分からない『場所』
「来年は、二輪車の免許を取るよ。そしたら、また来ようよ」
「それって、大きいバイク?」
「……頑張る」
 頑張って、と揶揄うように笑ったなじみに定は息を呑んだ。
 当たり前のように、来年の話を受け入れてくれたことに安堵した。目を離せば彼女は何処かに行ってしまいそうな存在だと感じていたから――『余り知らない綾敷なじみ』という少女をどうすれば喪わずに済むのかと定は考えずには居られなかった。
「それで、これ――」
 梅結びで作ったピアスを差し出した定になじみはぱちりと瞬いてから、本来ならば人間の耳がある場所を手で撫でた。
 その仕草で定ははっと息を呑む。元は普通の人間であった彼女は旅人と呼ばれた種族だ。そして、『夜妖憑き』として猫の怪異をその身に飼うからこそ失念してはならなかっただろうか。人の耳が、ない。ピアスを猫の耳へと着けて良いものか、定はぐ、っと息を呑んだ。
「ピアス?」
「そ、そう。……ごめん。なじみさんの耳のこと考えてなかった。
 君と来年の約束をしたくて、そればっかり。梅結びのこのピアスは固く結ばれているから、僕らの約束も解けないんじゃないかって。別に着けなくてもいいから、受け取ってくれるだけで嬉しい」
 緊張しながら紡ぐ定をまじまじと見詰めてからなじみは分って居ないと言わんばかりに嘆息してから首を振った。
「私、ピアス、空いて無くて……。どうしようかなって思ったけど……定くんは人の耳じゃない場所に付けても、許してくれるかい?
 これは私の体だけれど、『猫鬼』のものかもしれない。それでも……その約束を飾る場所として、君は認めてくれるかい?」
 定はいつも以上に真剣な声でそう問いかけたなじみに息を呑んだ。弾む声音で、可愛らしく話す彼女らしからぬ緊張の滲んだ言葉たち。
 定は「なじみさんが、なじみさんの体だって言うならいいさ。それが僕と君の約束になるなら」と辿々しく言葉を選ぶように呟いた。
「……じゃあ、お願いしたいことがあるんだ。
 なじみさんのね、片方の耳にだけピアスホールを開けて欲しい。猫の耳だよ。片方だけ。それから、その……これ、ピアスの片割れを君に返したい」
「え、……え?」
 女の子の体を傷つけていいのか。そして、それ以上に二つで一つのピアスの片側だけを返したいというのはどういう――
 定はなじみをまじまじと見遣った。定の上着を肩に掛けて、寒々しくなる秋風に身を委ねたなじみは悪戯めいて笑う。
「もう片方は、来年だよ。来年、君が二輪車の免許を取って私と一緒に海に来るんだ。その時に渡して欲しいんだ。だから、片方だけ。
 ……私に傷を付けて欲しい、っていうのは過ぎたお願いだったかい? 私と『あの子』は仲が良いけれど、でも、私と君の約束だって刻みつけたいから、君にして欲しいんだ。
 だってこれは定くんから私へのプレゼントでしょ? 君は私に約束をくれたんだ」
 後でピアッサーを買いに行こうよと笑ったなじみはゆっくりと立ち上がる。海へと近付くように歩いて行く彼女の後ろ姿を定はまじまじと眺めた。
 自転車でこの場所に訪れる最中に彼女は言って居た。東浦の海は『お父さんと最後に行った場所』だった、と。
 彼女にとっては何らかの曰くがある、訪れるにも勇気のいる場所だったのかも知れない。
「なじみさん」
 定は呼びかけた。何時も通り、彼女が振り向いて笑ってくれる。「なんだい?」と跳ねるような声音で、嬉しそうに微笑んでくれる。
「……約束だぜ?」
 確かめるように、告げた。ぱちりと音も立ちそうな程に大袈裟に瞬いたなじみは「勿論だぜ」と笑う。
 来年がやってきて、一年が過ぎ去った後に『何があるか』は未だ分からない。
 約束を積み重ねれば、彼女がずっと一緒に居てくれる、なんて。子供染みたエゴかも知れない。
 それを心地よいと受け入れて、自身にも刻みつけたいのだと笑った彼女に安堵した定は己が友人に抱いた『それ以上』の感情を未だ知らない。
「定くん、こっちにおいで! 寒いけど、何だか気持ちいいよ!」
 ――けれど、彼女の耳に飾った『ピアス』が何時までもその約束を繋いでいてくれる気がして、定はゆっくりと立ち上がった。
 駆け寄って繋いだ掌は、いつもの通り温かかった。

  • 2021年11月11日完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2022年03月10日
  • ・越智内 定(p3p009033
    ・綾敷・なじみ(p3n000168

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