SS詳細
ありうべかざるエイプリル・デイ
登場人物一覧
□■ありえなかった未来
「あぅ、ぐっ……!」
真夜中、今尚戦禍の響き鳴り止まぬ戦場より幾分離れた場所に、一人の少年が居た。
カイン・レジスト、ローレット・イレギュラーズに所属する冒険者である。
息も絶え絶えで人目を憚る様に戦場から離れた彼は果たして逃亡者か、或いは敗北者か。
答えは、その両方だ。
「失敗しちゃった、なぁ……」
一瞬の空白、その間隙への一撃。
絶対に喰らってはいけない攻撃を受け、致命傷を負った彼の総身は鮮血の赤と――そして、深淵の黒に彩られていた。
パンドラによる賦活も出来る気配がない。この漆黒による、何らかの未知の状態異常による物だろうか。
――これは、もう駄目かもしれない。
「あはは……もっと、色々とやりたい事もあったんだけどなぁ」
自身の状況を俯瞰して見て、自然とそんな言葉が口から出た。
敵の追撃からは逃れた物の、付近に頼れる仲間はおらず、自身は致命傷を含む幾つもの
更には未知の状態異常によって回復もままならず、黒は自身への侵食を続けている。
自分が死に――終わりに向かって行く実感が沸々と湧いてくる。
当然ながら自分自身にも現状を打破する力は持ち得ていない……正しく絶体絶命、という奴だ。
走馬灯だろうか。そんな状況だからこそか……やりたい事が、やり残した事が、後悔が、どんどんどんどん内から溢れてくる。
この混沌なる世界で、数多の世界で、思い浮かぶ事は数え切れない程にあって――
「――あれ?」
傷が痛む。身体が動かなくなっていく――
やりたい事、楽しみたい事が際限無く溢れ、膨らみ、身体から零れ出ていく――この深淵の黒と呼応する様に。
……そういえば、あの敵の攻撃では……こんな事になってなかったんじゃ……?
記憶が、心が混乱している。
それは死の直前の錯乱だろうか――いや、そうではない。
先程の錯乱の通りにあの敵の攻撃にその様な異常を齎す力があったのか。
死に至る自身が自然とそういう物に手を出してしまったのか。
それとも何の意味も訳もなく――ただ偶然に、或いは不運に、そうなってしまったのか。
その原因を追究する事に意味は無いだろう。
あり得る筈のない事だった。
あってはならない筈の事だった。
「……だめだ」
否定の言葉が力無く、虚しく響く。
何の意味もなかったその言葉が、最後の抵抗だった。
黒が溢れ、全身を埋め尽くした。
急速に自身の全てが変わっていく感覚があり、それに対して何もできずに流される事しか出来なかった。
圧倒的な力の奔流に翻弄されて、彼は生まれ変わる。
永遠にも思えるその瞬間の中で、その黒にはずっと一緒に合った親しみすら浮かぶ程となり――
(……そういえば)
“強欲”な彼だからこそ、最後に仲間達の事を思い出した。
彼は、自分がこれからどうなるのか、朧気に理解できていた。
だからこそ……数多の欲望を叶える為に動くであろう自分は最早あの仲間達とは相容れないという事も、当然の様に理解していた。
大いなる力によって叶える数多の欲望もあり、仲間達と楽しむ特別な欲望もある。
片方しか叶えられない矛盾した欲望。それを天秤に掛け残念に思う彼は、既に
(――ごめんね)
そして、その欲望すら黒き欲望の奔流に流されて。
――イレギュラーズ、カイン・レジストは死んだのだ。
◆
◆
◆
■あり得てはならなかった未来
「……あはは。ふふふ、あっはっはっは!」
そして、生まれ変わった。
内に秘めしものは外に出で、外に在りしものは内へ潜み――そして、その双方が大いなる狂気に埋め尽くされた。
嗚呼!
なるほど、これが魔種か。これが狂気か。これが――力か!!
全身に漲る力と仮初の全能感が際限ない悦楽と歓喜を生み、自然と笑いが止まらなくなっていく。
生命力も、膂力も、魔力も、感覚も、技量も――それまでとは比べ物にならない程に強く、鋭くなっているのが自覚できる。
「くふふ、これこそ正しく転生……いやぁ、ある意味異世界転生って奴なのかな。なんてねっ!」
しかし、その様に魔種へと変生した
――最も、変容がないのはシルエットだけなのかもしれないが。
闇。
光通さぬ漆黒の闇がその様相を覆い尽くしており、更にこんこんと、こんこんと湧き出続けて彼の姿を隠し続けている。
最早霞とすら言えない余りにも濃いその闇は質量でもあるのかと思う程に彼と同化しており、彼の姿を黒一色に染め上げている。
その黒の闇こそが、魔種たる彼の最たる力だと顕さんが程に。
だが、今はまだ。……そう。まだ、その力を振るう時ではない。
何故なら、彼は未だ、生まれ直したばかりなのだから。
魔種となった彼に今までの
もしかしたら、今も彼方の戦場でイレギュラーズ達と死闘を繰り広げているのかもしれない。
が。
「それはそれ、これはこれってね。ほら僕ってば魔種だし、そんな刷り込まれた親鳥の為に戦うなんて
当然そんな事は無い。魔種は魔種なりに上下関係や従属関係が厳しい物だ。
彼とて、一応一端のイレギュラーズではあったのだからそれを知らない筈がない。
――勿論、それこそ
……身体を起こし、立ち上がり、改めて総身の充足具合に満足する。
――そして、歩き始める。
親鳥の為に援軍に行く訳では無い――今の所は。
では目的もなく当てもなく彷徨うのか――否。
何の為に歩くのか、何を求めて歩くのか。
それは、きっと……よりハッキリとする様になっただけで、
――そう、よりタノシイ冒険を!
心に響く未知なる冒険を、心震わす大きな戦いを、心動かす悲劇と喜劇を!
「郷に入りては郷に従えって言うし。僕には魔種の、新たなる楽しみが待ってるのさ!」
己の内に秘める無限の欲望を満たす為に。
この世に広がる無限の冒険を楽しませて欲しい。
その様に、以前と変わらず願うのだ。
その為であれば、
だって、僕は魔種なのだから。
「さぁ、もっと……もっと、もっと、もっと――」
こんなあり得ない事が起きたのだ。きっとそれは世界からの福音の筈。
太陽よ姿を隠して。僕がもっともっと楽しむ為に。
祈り、願い、望み、求めるのだ。
「――もっと、
――僕の冒険はここからだ、ってね。
……End
おまけSS『ありえざるフール・デイ……?』
さぁ、楽しもう。
もう僕の冒険を縛る
もう僕の楽しみを邪魔する
「ああ、楽しみだ。くす、やっぱりこうやって如何するか悩んでいる時が一番楽しいのかもしれないね!」
何をしよう、何処へ行こう!
想像だけでも、妄想だけでもこんなに楽しいのだから――実際にやって見ればきっと何倍も楽しい筈!
「仮想世界のあの子と遊ぶのも楽しそうだし、覇竜領域に手を出すのも刺激的かも!」
シンプルに
或いは……数多にある異世界で
――ああ、悩ましい悩ましい! この広い世界の万象万物総てを楽しみたいと言うのに、魔種となった僕ですらも足りないんじゃないかと思ってしまうよ!
「ふふ、あっはっは。あっはっはっは――!」
――ねぇ、君もそう思わない?
……End?