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混沌剣豪七番勝負:五番目

登場人物一覧

鬼桜 雪之丞(p3p002312)
白秘夜叉
すずな(p3p005307)
信ず刄

 ひゅうう、と夜気が逆巻いた。
 月下、風は強く、くるぶし程までの疎らな草むらが、まるで波のようにざわめいている。
 距離を取って、二人の少女が向かい合う。
 朧な金の光の月光注ぐ中、片割れの少女の青い瞳が煌めいた。頭に戴くは狼の両耳。平素ならば忙しなく動いて周囲の情報を集めるはずのそれは、対手の一挙手一投足を聞き落とさぬよう、相手の方に真っ直ぐ向いたままぴくりとも動かない。身体を捲くように抜刀の予備姿勢を取る。構えるは小柄なその身に似合わぬ三尺五寸の長刀、『分水剣』。狼剣士、『辻斬り』すずな(p3p005307)である。
 咲き終わりの桜と緑樹が揺れて、注ぐ朧月の光を照り返す中、すずなの視線の先で対手が、地を躙る音さえ出さず身を捌く。しゃらんと鞘が払われて、舞うように優美に広げた両手の先に二刀。右手に 夜刀『虚』、そして左手に夜刀『鵺』。瞳の光はすずなとは対称の赤。夜叉足るしるしの角に分けられた髪が夜風に揺れる。そのしなやかなこと、絹糸のようだ。彼女の名は、『白秘夜叉』鬼桜 雪之丞(p3p002312)。過去、すずなと共に死牡丹梅泉、伊東時雨を相手とした二正面作戦へと挑んだ朱鬼である。

 両者、言葉もなく間合いを計る。相対距離、二〇メートル弱。すずなが右に脚を動かせば、対する雪之丞も右に一歩。二人の距離は変わらぬ。ただ空気が、少しずつ少しずつ張り詰めていく。
 他に人はなく、そこはただその二人のためだけの舞台かのようだった。
 観客はなく、見つめるのは天の月だけ。

 ――特異運命座標達は個々の思惑はあれど、基本的に同じ視点で物事を見て、数多の命題を達成するために動く、言わば同胞。それが何故刀を構えて向き合うのか?
 見たいからだ。自分の剣が、自分がこれと認めた対手に、どれだけ通用するのか。自分の剣を揮ったとき、相手の剣がどのように耀き、閃き、襲ってくるのか。――そしてその剣が迫ったとき、己に何が出来るのか。
 あの夜、凄まじいばかりの防りの技の冴えを見せた、無敵城塞の如き堅牢たる雪之丞の剣に、己の牙がどれだけ立つのか。剣狼すずなはそれを見るためだけに、此度も果たし状を送った。そして、雪之丞はそれに応えたのだ。彼らが戦うのは誰かに見せるためでも、何かを誇るためでも、その涯てに何かを得たいからでもない。ただ、己が中の修羅の渇きを満たすために他ならぬ。
 余計な言葉はもう不要。
「――いざ」
「尋常に」


 混 沌 剣 豪 七 番 勝 負

      勝負 五番目


    辻斬り すずな

       対

    白秘夜叉 鬼桜 雪之丞


「「勝負!!」」


 踏み込みの音は苛烈。先手はすずなだ。地を縮めるが如き迅駛の疾走。踏み込みに爆ぜ千切れて舞い上がった雑草が上昇の頂点に達する前に雪之丞を射程に収める。
 初手から既に全力。出し惜しみは一切ない。その手の内でやいば鞘走り、剣閃が月光弾いて玉と散らす!
 抜刀、一閃!!
 居合いの一撃が胴薙ぎに放たれ、それを雪之丞の双牙が迎え撃つ!
 がっ、ぎィン!!
 交差した二刀が分水剣を咬み、軋りながら弾き返すッ!
「はああっ!!」
 刃が離れた刹那の後には、すずなは身を捌いて次撃に移っている。
 連続斬撃、『舞風』。空気を裂く刃の音は文字の通りに舞う風の如し! 斬撃に乗った朧月の光が、風に乗り舞い散る花弁を思わせる。
 流れるような連続連閃、しかしそのことごとくを雪之丞の剣が黒燕めいて翻り、受け止めた。すずなの斬撃が闇を裂く光ならば、雪之丞の受け太刀は光を食う闇そのもの。堅牢にして堅固、難攻にして不落の守りの型。
 受け弾かれて間髪入れず、すずなは上段から一撃。打ち下ろしの一閃を雪之丞は翳した『鵺』で撫でるように受け流し、そこにすかさず『虚』にて突き返しを入れる。すずなは喉元穿ちに放たれた突き返しを、流された刃を引き寄せて受け太刀、払うと同時にお返しの突き。さりとて雪之丞の上体は既にその軌道に無し。這うように姿勢を低めて突きを潜っている。
「!!」
 驚愕を顔に出す暇さえない。脚を掬い断ちにきた二刀をすずなは軽く跳び避ける。あまり跳んではまずい、空中では動きが効かぬ――故に最小限の隙にとどめるため、短く跳んだ。――はずだった。
「そこです」
 ゆらりと隙に斬り込む朱鬼の声。雪之丞の刀が二閃した。夜の闇が、それよりもなお昏き奈落めいた斬光に裂けた。――それは奈落の呼び水、『奈落斬呪』。ひょうと唸るは不可視の斬撃。出がかりの剣閃こそ見えれど、飛翔する斬撃は『視』えぬ!
「っ――!」
 すずなは斬撃の速度と相対速度から本能的に着弾時期を逆算、着地がぎりぎり間に合わぬと知るなり空中で力一杯身体を捻り、機を計って分水剣を横真一文字に薙ぎ払った。金属の拉げるような音が宙に響き、発生した衝撃波が周囲の草を嬲る! 余波がすずなの頬に切り傷を作る。が、致命の傷には決して至らず! 不可視であるとて、決して不可避ではない。
「さすがですね……! ですが!」
 すずなは地面をブーツの底で抉りながら着地、すかさずの『飛刃六短』。すずなの得手は至近距離での白兵戦だが、遠距離に備えがないわけではない。翻る白刃が遠距離より雪之丞を斬り刻まんと襲いかかる。
 しかし雪之丞、着物の裾を翻しながら飛び退り、飛刃六短の剣閃を二刀にて払う、払う、払う! 白刃と黒刃の打ち合いが、闇夜に電光石火の火花を散らす。姿勢に乱れはなく、守りは決して綻ばない。だが、奈落斬呪を続けて出すのだけは封じられる。
 ――それで充分!
 その踏み込み、まさに縮地。爆ぜる草と地がすずなの脚力と速力を語る。今再びの『舞風』! 速度と三尺五寸の刃の質量が相乗し、繰り出される斬撃の凄烈たること。生半な剣士では視認さえかなわず千殺されようという斬撃の嵐だ。
 不意に雪之丞は気付く。――この連撃。最初に斬り結んだときよりも更に速くなっている。
 この剣狼は、いくさの中で成長しているのか。雪之丞は表情を些かも動かさぬままに驚嘆する。雪之丞はそれと分からぬほどに、ゆるり、と口端を上げて笑った。
 あくまですずな主導と見えるこの手合わせではあるが、彼女とてこれを楽しんでいないわけもない。すずなほどの手練れと技を磨き合うこの瞬間に幸せと愉悦を覚えている。――すずなの全開の連続攻撃。こちらも奥の手を出さねば、無作法というものだ。
 すずなは、雪之丞という希代の受け手を相手に、己が剣がどこまで通じるのかと高揚している。――ならばと雪之丞は、その剣を封ずるべく、己が守りの技を凝らす。かつて殺すために揮った剣を、今はただ修羅として競うために揮う。
 雪之丞の呼気がひゅ、と剣戟の合間を裂いた。斬撃の一つ一つを見る。一閃一閃を見定める。この五月の宵から一年と半ほど前に戦った、あの剣鬼――死牡丹梅泉の瀑布めいた剣の驟雨を思わせる速度。雪之丞はあの戦いの折、凄まじいばかりの連続斬撃をひとときとはいえ押し留め、特異運命座標達の戦線を維持した実績を持つ。
 その瞬間に匹敵する集中を見せる。加速するすずなの攻撃に無理矢理に目を慣らす。
 繰り出される斬撃に、意図的に僅かな角度をつけて弾く。すずなは逸らされた力に逆らわず最速で斬り返してくる。雪之丞は微かに脚を捌き、また僅かな角度をつけて弾く。一秒の間に十数合と打ち合う、圧縮された剣戟の中での微かな動き。――しかし、それは徐々に大きな『流れ』を生む。弾いた僅かな間隙に身体を捌き、足を運び、剣を弾き流すことで相手の態勢を不利な位置へ流し、自分の優位を創り出す。すずなが創り出した白兵戦の拍子リズムを、彼女のそれが、崩して塗り替える。
 すずなが驚きを顔に出し、目を瞠った。
 いつしか剣戟は楽章と成る。雪之丞は刀を振るいながら舞った。あの死牡丹梅泉にすらこの剣は見せていない。この剣舞は、ごく最近に開眼した彼女の奥の手である。
 雪之丞の剣は我流だ。我流と言っても、形無しの我流ではない。型破りの我流。
 彼女の生まれは現世と黄泉の狭間を流れる三途の川の奥の底。怨念といくつもの骸、渇望から生まれ、数多の黒き死者の魂を喰らいながら生きてきた。さながら餓者髑髏めいた起源を持つ雪之丞にとって、骸と魂の記憶より引き出した複数の流派を我が物として揮い、更には戦場いくさばを駆け抜け己の解釈によって磨きあげてきた。
 いくつもの流派のエッセンスを抽出し、組み合わせ、己の体躯に合わせて調整し、最適な動きを作り上げ――そこに、剣巫女から学びとった剣舞を重ねた。――そうして生まれたのがこの天衣無縫の剣舞。『崩月剣舞』である!
 創られた流れに乗せられ、まるで決まり切っていたかのようにすずなの刃が空を切った瞬間、ゆらりと雪之丞の姿が、蜃気楼めいて夜気に滲んだ。至近へ踏み込んだのだ。
 歯を軋りながら身を退くすずなを逃がさない。懐に潜り込んだ雪之丞が振るった夜刀二振りが、すずなの全身を裂いた。髪一房、右上腕、左下腕、左脇腹、右太腿。血が飛沫めいて夜気に散った。正中線への突きだけはしかし、すずなは分水剣の柄で防ぎ止める。紙一重での喰らいつくような防御。
「っぅ、っく……!」
 突きの威力を殺すように、地を踵で削りながら痛苦の呻きを漏らしながらも、しかしすずなは青の目を、燃え盛るような闘志に染めた。その目には喜色すらある。これだけ刃を叩き込まれても一切衰えぬ戦いへの渇望、あれこそ、剣に生き剣に死ぬと己の宿命を定めた修羅の瞳である。
 ――ああ、そんな彼女だからこそ、退くことも止まることもない。
 甲高い音を立てての納刀。彼女の得意技は居合いと連撃。連撃がリズムに乗せられ剣舞に踊らされると知って攻め方を変えるつもりか。
 しかし、居合一刀では強固なる雪之丞の守りを崩せるはずもない。――如何するつもりか、と雪之丞が訝ったときには、不敵に笑ってすずなは踏み込んでいた。
 運足、態勢、馴れた鍔を押す親指、鞘を引き払いながらの抜刀。抜いた刃は、まるで銃身から放たれた弾丸の如き速度。それを足捌きと腰と肩の円運動に換え、腕と手首で制御して振るう。 そこに一切の無駄はない。幾多数多の戦いが、すずなという刃を研ぎ続けた。決して折れず曲がらず戦い続けた涯てに開眼した、一刀にして無数の剣戟がそこにある。
 ……これは、ただの抜刀術ではない。幾多と打てば踊らされ、一刀だけでは足りぬとなれば、すずなが放つはただ一つ。
 一にして千を謳う、無窮の一刀也。

 ――御覧じろ。無窮・『旋風』。

 今度は、雪之丞が目を見開く番であった。一切の術理が見えぬ。すずなが繰り出したのは只一撃のはずが、全く同時に無数の斬撃が雪之丞の身体に襲いかかる。因果をねじ曲げたかのような斬撃だ。まさに窮すること無き、覇天無双の旋風つむじかぜ。雪之丞は剣舞の足運びを早め、まるで独楽のように廻りながら、瀑布の如く襲いかかる旋風を弾く、弾く弾く弾く弾くッ!!
 いかに堅牢無双を誇る雪之丞とて、その嵐を無傷で切り抜けられるわけもない。左手から『鵺』が天高く弾かれた。身体中に血の線が引かれる。中でも右肺を抉った一撃が殊更深い。喉を上った喀血を、しかし拭いもせぬままに体勢を立て直す。残った力の全てを籠めるように、雪之丞は右手に残った『虚』に左手を寄せた。
 分かっているのだ。ここで隙を見せてはならない。刀を拾う刻はないと。
 殺気の方向に視線を戻せば、ああ、ほら。
 ――一瞬にて描かれ消え行く千の銀光の奥から、剣狼が喰らいつくように迫り来る!!

「「はぁぁぁああっ!!!」」

 異口同音に裂帛の気合が重なる。
 すずなと雪之丞の刃が真正面からぶつかり合い、空気を爆ぜさせた。互いにできる全力でぶつけ合わせた刃を中心に、同心円状に衝撃波が散り、周囲の草むらを薙ぎ倒した。終わりしなの葉桜がこれでもかと揺すられて、僅かばかりの花散らし、刃の歌に報いるようにはらり舞う。
 重ねた刃が軋み、二人は間近で見つめ合う。


 雪之丞は、すずなの顔を見た。今この瞬間が最も楽しいとばかりに彼女は笑っている。
 そして、その瞳の中に映る自分もまた――口端を滑り落ちる血すら拭わず笑っている。
「すずな様」
「はい!」
「まだ踊って下さいますね。今宵は、終わらせるにはまだ惜しい」
 いつもなら、最後まで立ち続けるのは信条と矜恃のため。
 ――今日は、そこに少しだけ我欲を籠めて。
「……もちろん! まだまだこれからですよ!」
 飛び切りの笑顔で剣狼は吼える。
 だから雪之丞も笑った。軋る刃を圧し離し、月下再び斬り結ぶ。剣戟音高く、いつしか晴れて冴えた月に届かんばかり――

 ああ、修羅達の夜は終わらない。
 流した血潮に疲れ果て、いずれかが膝を折るまでは。

  • 混沌剣豪七番勝負:五番目完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2022年03月10日
  • ・鬼桜 雪之丞(p3p002312
    ・すずな(p3p005307

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