PandoraPartyProject

SS詳細

君と出逢ってからの十二日間

登場人物一覧

エドワード・S・アリゼ(p3p009403)
太陽の少年
エドワード・S・アリゼの関係者
→ イラスト
エア(p3p010085)
白虹の少女


 過酷な環境ゆえに色彩が乏しいと思われがちな覇竜領域デザストルだが、山岳の乾燥した空気は空の蒼を鮮やかに際立たせる。
 亜竜集落フリアノンの迅家と言えば、採取したモンスターの卵を孵し育成、調教してきた家柄として有名だ。
 ――ギャアギャア、クルルル、シャーッ……。
 その敷地内には厩舎や調教用牧場、揺籃室といった施設が備えられ、家畜や騎乗用となるモンスターや亜竜たちを育てている。
 今日は外にワイバーンの雛たちが放牧されているようだ。
 草に海に桃の色。まだ鱗の柔らかいワイバーンたちがコロコロとじゃれあっている。お外の様子に興味津々な仔もいれば、おっかなびっくり厩舎から覗いている仔もいる。
「ぴゃっぴゃ、ぴゃっぴゃ~」
 なかでもご機嫌な一匹が、歌うように翼を上下させた。
 炎のような鮮やかな赤に黎明の空を映し取った宝石のような瞳。
 額と胸元に小さな紅玉を宿したワイバーンの雛は、ぽかぽか陽気の日にお外に出られたのが嬉しくて仕方がないようだ。
 大き目の尻尾をふりふり、土の上を駆け回っている。
「ぴゃ?」
 しかし突然ピタリと動きを止めて顔を上げると、キョロキョロ何かを探すように首を左右に振った。
「……コーートーー!」
 温かい髪におひさまの瞳。
 おつきさまの髪におそらの瞳。
 大好きな色がふたつ、ベンチで大きく手を振っている。
「ぴゃーー!!」 
 その存在を認識した瞬間、コトと呼ばれた雛ワイバーンは大きな目を輝かせ、てっちてっち、と不器用な二足歩行で駆け出した。
 ぽっこりとしたまん丸お腹を見せつけるよちよち歩きは、こう見えても該当ワイバーンの全力疾走(現時点)である。
「コト!」
「ぴゃい!」
 雛ワイバーンはベンチに座るエドワード・S・アリゼに向かってぴょいーんと大ジャンプをかました。
 なんと滞空距離約10cmの跳躍だ。
「あぶねっ」
 膝に顔面強打する直前で、エドワードは翼の付け根に手を差し込み雛をキャッチした。
 ふ~っと張りつめていた息を吐くと、ぎゅむっと腕の中の温かさを抱きしめる。
「コトォ~、元気にしてたかっ」
「ぴゃあーいっ」
 コト、と呼ばれたワイバーンも負けず劣らず、自分の匂いを擦り付けるようにすりすりと頬を寄せる。
「へへっ、ちゃんと返事してるから、名前わかってるみてーだ!」
 エドワードは雛ドラゴンを抱えて高い高いと持ち上げた。
「ふふっ、ちゃんと来れてコトちゃんは偉いね」
 エドワードの隣に座るのはエアだ。乳白色のたおやかな手で雛の頭を撫でてやれば、赤い雛は甘えるようにくるくると喉を鳴らして喜んだ。
「ぴゃい!」
「ふふ、おなかを撫でてほしいのかな?」
 どうぞなでてくださいと言わんばかりにキラキラした顔でお腹を見せてくるワイバーンの意図をくんで、エアは少し硬くなった腹部の鱗をさすってやった。楽し気に足をパタパタさせる雛ワイバーンの姿を見て、二人は同時に顔を上げて笑顔で見つめ合う。
 エドワードとエア。二人によって亜竜領域の岩場で発見され『コト』と名付けられたワイバーンの雛は現在迅家に預けられている。
 亜竜の育成や調教に対してイレギュラーズという存在がどの程度の影響を与えるか、まったくの未知数であった為だ。
「コトー、どこ行ったんスか。コトー……あ。エドワードの坊ちゃんにエアの嬢ちゃん」
「あ、五燈ウーデンのねーちゃん」
「こんにちは、五燈さん」
 ふらりと牧場に入ってきた薄紫色を見て、エアは頭を下げた。
 垂れ目が特徴的な亜竜種の女性はエドワードとエアがコトの卵を発見した時に同席していたフリアノンの住人だ。孵化を手伝った縁からか、二人の姿を見かけると声をかけてくるようになった。
「今日はコトの様子を見にいらっしゃったんで?」
 ああ、と元気よくエドワードは頷いた。
「なぁ、宿舎でのコトの様子はどうだ。ケンカしてねーか。風邪とか引いてねーか?」
「夜は寂しがっていませんか」
 心配そうなエドワードとエアを五燈は微笑まし気に見た。
 この人間種たちは、ただ孵化を見届けただけのワイバーンの雛を随分と大切に思っている。その瞳には物珍しさだけではなく、ただ純粋に小さな命を心配する心が宿っている。
 ただの貧乏な亜竜種でしかない五燈にとって、エドワードとエアは初めて会う外界との接点だった。こんなに優しく柔らかい生き物が外にはいる。五燈にはそれが眩しく、珍しく、尊く思えるのだ。
「ワイバーンですからねぇ。身体の頑強さは折り紙付きですよ。今んとこ風邪をひくような気配もないし、性格も優しい仔っす。ちいっとヤンチャというか、好奇心が強い個体ではあるようですがね。ご機嫌な時はさっきみたいに歌うように鳴きますし……」
 はた、と何かに気づいた様子の五燈は言葉を切って顔をあげ、誰に似たんですかねぇと聞こえない程度の声量で笑った。
「とにかく岩場で生まれた時はどうなるかと思いましたけど、今んとこ心配するようなことは何も無えっす」
「そっか。良かったなぁ、コト。色々と考えることはあるけど、とりあえずフリアノンで様子見だな」
 よじよじとエドワードの背中をクライミングしていたコトは器用に両足をエドワードの肩にかけると、翼と顎を頭頂部に乗せていた。
「ぴゃ?」
「あっ、またエドワード君の頭の上に……相当そこがお気に入りみたいですね」
「ぴゃ~い」
 苦笑交じりにエアが言う通り、隙あらばコトはエドワードの頭の上に登ろうとする。
「生まれたばかりの時によじ登ったのが癖になっちまったのかもしれやせん。それか、そこが落ち着くのか」
 今のところコトのお気に入りは尻尾で器用にバランスをとりながらの「肩車スタイル」と、頭に両脚でしがみつく「てっぺん登頂スタイル」の二種類だ。なお「てっぺん登頂スタイル」は登ったぞーという達成感から火を吹きがちであり、前回エドワードの前髪を焦がした。
「癖になるとまずいのでしょうか」
 心配そうな様子でエアが尋ねると、言いにくそうに五燈は口を開いた。
「幼ワイバーンくらいに成長したら止めさせねェと、餌として連れ去られそうな人に見られますぜ?」
「大きい……」
「コトちゃん……」
 エドワードとエアはほわりと虚空を見上げた。
 成長したコトの姿を思い浮かべたのだろう。ぱっと花咲くような明るい笑顔がふたつ、大きく輝いた。
「赤い鱗と、青い瞳。火も吐ける……、まさにワイバーンって感じだよな! 大きくなったらかっこよさそうだぜ!」
「はいっ、そうですね。コトちゃんならとってもかっこいいワイバーンに成長してくれますっ!」
 コトが落ちないよう、のぞきこんでくる大きな頭を支えながらエドワードは言った。
「それに、生まれたばっかにしてはちゃんと動けるし、やっぱ覇竜で生きてるってだけはあるよな」
「そうですね。自然の生き物として、とても強いと思います」
 誇らし気に同意するエアの隣で、あ、と思い出したように五燈が声を出した。
「そういや、お二人とも迅家主催のワイバーン調教訓練には参加されやしたか?」
「おうっ、とっても参考になったぜ!」
「でも、まだまだ聞きたいこと。沢山ありました」
 にぱっと笑うエドワードとムムムと考えこんだエア。
 どうやら二人とも得たモノがあったようだと五燈は目を細めた。
「シェリアさんに聞いた野菜、コトも好きだといいな」
 エドワードはそう言って、味見をさせてもらった中でも特に栄養価の高い野菜のことを思い出してた。
「苦いのはオレも苦手だけどさ。何とか克服してぇよなぁ……」
「どの野菜の事か分かりやしたぜ。アレはアタシも苦手っす……」
「びびゃい……」
 癖の強い苦味を思い出した二人と一匹が揃って似たような渋い顔になったので、料理好きなエアのやる気に、静かに火が灯った。
「任せてください。お二人とコトちゃんが美味しく食べられるように、わたし、頑張ってお野菜のレシピを考えますねっ」
「あ、アタシも食べさせてもらえるんスか」
 五燈が嬉しそうに尻尾を揺らす。彼女は洞窟で食べたエアの料理にすっかり魅せられているようだ。
「卵だった時は、コトもエアの料理食べたがってたけど」
「ぴゃー?」
 うりうりと顎をくすぐられているコトも、分からないなりに話を聞く体勢のようだ。しかし、ちょっと眠くなってきたらしい。大きく欠伸をしている。その欠伸を見て、エアは幸せそうにくすりと笑った。
「コトってオレたちと同じもの、たべられんのかな」
「ワイバーンは基本雑食っスからね、多少は大丈夫です。が」
 そこで五燈はかつてないほど、針のように細くなった瞳孔をエドワードとエアに向けた。
「ワイバーンの舌を肥えさせると、後々面倒です。こういう時だからこそ言っておきますが、坊ちゃんも、嬢ちゃんも、お二人ともご自分の料理の腕を甘く見積もってらっしゃる。正直、領域内の紛争が二、三解決してもおかしくない危険物レベルですんで、そこんとこ覚えといてください」
「そ、そうなんですか?」
「ほ、褒めてくれたんだよな? ありがとな?」
 滅多にない五燈の勢いに気圧されたようにエドワードとエアは頷いた。
「とは言え。ワイバーンの調教はモンスターの中でも特に難しいと言いやすからねぇ。コトの様子を見ながら、ゆっくり、知っていけば良いと思いやす」
「とはいえ、いくら勉強したとはいえまだまだ不安はありますし……」
 エアはゆっくりと上目で五燈を見た。静かな湖面を思わせる静謐な青が捉える。
「五燈さん、もうしばらく助けてもらっていいですか……? とびきり美味しい料理を振舞いますのでっ!」
「はい……あれ?」
 五燈は無表情で頷いた。
 考える前に身体の方が勝手に動いていた、そんな様子であった。
「あ、アタシでよけりゃあ幾らでも手伝いますけどね? 知ってることなんてワイバーンの好む草が生えてる環境くらいなもんで、詳しいとこはやっぱり迅家のお偉いさんに聞いた方が……」
「ふむふむ。ワイバーンが好む草が生えている環境があるんですね。詳しく教えてもらっても良いですか?」
「ひぇっ」
 メモ帳とペンを取り出して熱心に書きつけるエア。
「エアは勉強熱心で偉いよなぁ」
 ほうっとエドワードは感心したように呟いた。
「なー、コト」
 頭上にいるはずのコトに同意を求めようと見上げたが、そこには何もいない。
 そういえば先ほどから肩の重みも感じない。
「コト~、コト~……? あれっ、どこ行った!?」
 慌てて周囲で遊ぶワイバーンたちを見渡すが、目の覚めるようなルビー色がどこにも見当たらない。
「エア、コトがどこいったか知らねぇ?」
「え? コトちゃんですか? いえ、こっちには来ていませんが……」
 驚いたようにエアは瞳を大きく開いた。
 エドワードの頭、エアの膝にいない。そうとなると、いよいよ何処にいったのか見当もつかない。
 立ち上がったエドワードはアンバーの瞳を素早く巡らせた。
「……あっ、あんなとこに居た!!」
「どこですか!?」
 エドワードが指さした先、荷車や干し草の入った倉庫の屋根の上にぽつんと小さな赤が見える。
「って、わ! ホントだ、あんなところに!!」
「おぉーい! あんま高いとこ行ったら危ないぞ〜!」
 顔色を青く変えたエアの隣でエドワードがコトに向かって大きく手を振る。
 風見鶏のようなコトの眼はエドワードをすぐに見つけた。
「ぴゃっぴゃ……ぴゃ?」
 その真似をしようとしたのか、コトは二人に向かって両翼をぶんぶんと振り……つるりと足を滑らせた。
「落ちる!」
 エドワードが叫ぶのと、緋色の風が駆け出すのはほぼ同時だった。
「わ、わっ!」
 エアの声に合わせて柔らかな春風が集う。薄霧の光芒が虹色に煌めいて、落ちていくワイバーンの雛を優しく包み込んだ。
「うおわあぁぁぁぁーーっ!?!?」
 全力疾走からの飛び込みスライディング。伸ばした両手は上から降ってきたコトのお尻をがっちりと包み込み、その代わりにエドワードは干し草の山に頭から突き刺さった。
 小麦色の草が盛大に弾けて舞う。何だ何だと近くで遊んでいたワイバーンの雛たちが集ってきた。
「セーーーーフ……」
「ぴゃっぴゃ~ん」
 全身から干し草を生やしたエドワードは力尽きたように、全身をぐったりと藁山に預けた。その両腕にはしっかりとキャッチされたコトが、はしゃぐように翼をパタパタと動かしている。
「はぁ~……ナイスキャッチです、エドワード君……」
「エアも風でサポートしてくれたろ、ありがとな」
 駆け寄ってきたエアも、へなへなと全身から力を抜けていくのを感じていた。大きく吐いた息で語尾が空気に溶けていく。
「無事で良かったぁ……」
「こんのぉ、人の気も知らねーで〜〜っ」
「ぴゃ? ぴゃぴぃ?」
 周囲の心配をよそに一匹だけ楽しそうなコトにエドワードは苦笑し、エアは怪我がないことを喜ぶように優しくコトの頭を撫でた。
「えへへ。それにしてもコトちゃん、一人あんなところまで行けてすごいね。でも危ないからあんまり高いところまでいっちゃダメだよ?」
 小さなトラブルメイカーは知ってか知らずか、上機嫌にぴゃいと鳴いた。
 

「……な、エア。」
「はい」
「コトのこれからのことなんだけど」
 夕陽が赤く牧場を染めている。
 すでにモンスターやワイバーンの雛はいない。
 ここにいるのはベンチに座るエドワードとエア、そしてエドワードの膝で遊び疲れて眠るコトだけだ。
「初めは卵を無くした親、探そーと思ってたんだけど……オレたちの前で孵化しちまったし、たぶんオレたちを親みたいなもんだと思ってると思うんだ」
 優しくコトを見つめるエドワードの瞳と唇には慈愛が宿っている。そして、それはエアも同じだった。エアにはエドワードが続けようとしている言葉の行く先が分かるような気がした。
「そうですね。コトちゃんの様子を見ていると本当にそう思います」
「だからさ、オレのとこかエアのとこで、コトのこと引き取れねーかなって」
 風が吹き、エドワードの瞳に沈みゆく陽光が煌めいた。それは燃えるような太陽が、未来を見つけようとしている輝きだ。
「オレは居候させてもらってるから、許可してもらえるかはわかんねーけど、オレはこれからも、こいつと過ごしたいって思うし……あの時、卵のコトと出会えたってことは、たぶん『縁がある』って奴なんだろーしさ」
 それでもエドワードには迷いがある。ワイバーンを引き取るのは迷い犬や猫を引き取るのとは訳が違うのだ。
 命の責任。その二文字の、何と重いことか。
「な、コトもそれがいいよな~?」
 寝ているコトのほっぺたをつんつんと突く。コトは寝ぼけたまま、かぷ。とエドワードの指先を咥えた。
「はは、夢の中でなんか食べてんのかも」
 もちゅもちゅと指先を食まれながらエドワードは微笑んだ。
 エアは知っている。それは雛が親に甘える時の仕草だと。
「前途多難でしょうが、この子はもう家族みたいなものです。ちゃんと大きくなれるように、わたし達でしっかりお世話してあげないとですね」
 エドワードはいつだって、迷うエアの背中を押してくれた。何度も、何度も。そんな強い輝きを持つ存在だ。
 けれども時には、エアがエドワードの背中を押す。そんなことがあっても良いのではないか、と。白き少女は思うのだ。
「わたしもコトちゃんの事は幸せにしてあげたいですし、努力は惜しみません。保護する案に賛成です。それに……五燈さんっていう心強い助っ人もいますしね」
 力を貸してくれる人、力を与えてくれる人。エドワードとエアの周りには、そういう善き出逢いと縁が溢れている。
「ちなみに、わたしの所でコトちゃんを引き取るっていうのは大歓迎です。……でもエドワード君」
 エアは珍しくいたずらっ子のような微笑みを浮かべ、エドワードの額に白い人差し指を当てた。
「コトちゃんと過ごしたくって仕方ないって顔に書いてありますよ」
「え」
 シャボン玉が弾けるようにエドワードは瞬き、それを見たエアは微笑んだ。
 時として、エアはエドワード本人より正確に本心を見つけ出す。
「大事な事ですし、一度メーティスの皆さんに相談してみては?」
「……ん」
 叡智の神の名を冠した喫茶店には、人の良い賢者が多く集う。
「エアがそう言ってくれるなら、相談してみようかな」
 きっとエドワードに良き助言を授けてくれるだろう。
「わたしとしてもそちらで保護してもらえるなら、メーティスへ遊びに行く理由が出来て嬉しい限りですし」
 エドワードの指を甘噛みするコトを起こさないよう、エアは絹のように鱗を撫でた。
「ふふっ、コトちゃんもエドワード君の頭の上がいいよね」
 エドワードを瞳を一度閉じ、開いた。
 見える決意は固い。
「もし、オッケーが出た時は」
 気合をいれるようにエドワードは腹筋に力を入れた。
 落ち着きのある静かな喫茶店。そこにいる人々。
 果たして、静かな空間に賑やかな看板亜竜が加わる日は来るのだろうか。
「とりあえず建物の中では火を吹かないように教えねーと!」
 一匹の未来は手綱を握るエドワードに託された。
「火事になったらやばいぜ……」
「飲食業としては致命的ですよね……」
 夜が来る。
 未来へ向けて陽が沈み、亜竜の里に月が灯る。
 くぅくぅと知らずに寝息をたてる亜竜種の雛は幸せな夢をみているのだろう。
 その笑顔は幼く無邪気だった。

おまけSS『苦いお野菜との付き合い方』

「な、生で食うよりはいける、けど……にがい」
「びびゃい」
「うーん、これもダメでしたか」
 しゃばっと顔をしかめたエドワードとコトを見てエアは皿の中の野菜炒めを見下した。
 見つめる瞳の鋭さは本職の料理人に負けず劣らずの切れ味である。
「コーヒーの苦さは何とかイケるんだけどなぁ」
 何が違うんだろうと水を飲みながらエドワードはぼんやりと呟いた。
 コトは皿に入った果実水を薄めたものを必死にぺちゃぺちゃと舐めている。
「やはり問題はエグみでしょうか。アク抜きはしたのですが、繰り返すと栄養素も一緒に抜けてしまうと……んっ」
 フォークで刺して一口含み、エアもまたダメージを受けグラリと身体が傾く。
「わぁーっ!! エア、水飲め、エア!!」
「ぴゃおぴゃぴゃーっ!?」
 一人と一匹が慌てて水と床の皿をエアに差し出す。
 ごくりと水で流し込んでから、エアはひらめいたように目を開いた。
「なるほど。このお野菜は一度火を通してから冷めると苦みの種類が変わるのですね。なら、スープやクッキーにしてしまうという手も……そうなると栄養素はどうなるのでしょうか」
「ダメだ、コト!! エアが勉強モードに入っちまった!!」
「ぴゃぴゃっ!?」
「あれ、美味そうな匂いがすると思ったら、坊ちゃん、嬢ちゃん。厨房で何やってんですかぃ」
「五燈のねーちゃん! エアが」
「あ、ちょうど良かった。五燈さん。今野菜炒めを作ってみたんですけど、上手くいかなくて」
「どれどれ……」
 ひょいと色の濃い緑をつまんだ五燈は口の中に入れ。
「……」
「……」
「……ふ。エアの嬢ちゃんの腕でも、こいつは強敵なようですね……へへっ、少し安心しましたぜ」
「五燈さーん!!」
「ぴゃぴゃーん!!」
「五燈のねえちゃーん、オレ、クッキー焼いたから、とりあえずこれ食えー!!」
「クッキー? え、これ坊ちゃん作なんですかい? え、美味が過ぎる」

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