PandoraPartyProject

SS詳細

憎しみ止まぬ翼、耽溺に潰えた翼

登場人物一覧

カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽
カイト・シャルラハの関係者
→ イラスト


「兄ちゃん、兄ちゃん」
 ……やめろ。くるな、くるんじゃない。

 ――鳥交じりの獣人か。良いぞ。『人ならざる者』を鳴かせるのもまた一興。

「兄ちゃん、何をしてるんだよ。その男の人は誰なんだよ」
 こないでくれ、たのむから。

 ――なぞれば震え、弾けば喘ぎ、突けば気を遣る。そう言う身体にしてやろう。そう在る心にしてやろう。

「兄ちゃん、行かないでくれよ。怖いんだ、寂しいんだ」
 みないでくれ、きかないでくれ、どうか、どうか。

 ――嗚呼。お前の弟も、交えてやろうか。



 身を貫くものが痛苦であろうと、悦楽であろうと、耐えられると信じてきた。
 けれど、それが向けられる対象が『己が身』でなくなった時。
 彼は魔に堕ちて、釣られた弟も魔に堕ちた。
 これは、そんな単純なお話なのだ。


「小夜、お小夜や。お山の方を見るんでねえ」
 ――神威神楽の一角。小さな山を背にする集落で、畑仕事にいそしむ老人が手伝いの少女にそう言った。
 小夜と呼ばれた少女はその声に振り返る。未だ十を迎えたばかりのこの少女は、常日頃から自分に小言を言う祖父へと口を尖らせた。
「お爺、お山を見るくらい何さ。
 お山には手も足も無い。アタシたちに襲い掛かってきたりしないよ」
「そうでねえ。お山には人じゃねえもんが大勢住んでるんだ。
 それが良いものであれ、悪いものであれ、儂らのようなただの人間がそれに関わるべきじゃねえのさ」
 昔気質の祖父は、そうした古臭い迷信を当然のことのように持ち出し、勇み足な小夜を度々制してきた。
 それが子供に言い聞かせるための気遣いなのだと小夜は気づかず。当人にとっては「余計なお世話」である言葉に、少女はついと顔を背けて畑仕事の手伝いに戻る。
「全く、聞き分けのねえ……」
 困った様子で、しかし山からその目を離した孫娘を確認した老人は、彼女同様もとの農作業に戻っていく。
「………………」
 そんな老人が気付かぬように、小夜は手伝いの傍ら、祖父への反抗の意味も兼ねて、ちらちらとお山の方角に視線を送っていた。
(……お山には人じゃないものが居る?
 ふんだ、そんなの、今じゃどこにだっているじゃない)
 世界はすっかりおかしくなった。『いれぎゅらーず』と言う人たちが世界を救うために戦い続けているという話も聞くし、その裏で『ましゅ』と言うワルモノが暗躍しているという話も聞く。
 しかし、そんな現実離れした話とは裏腹に、小夜が送る日常は何一つ変化のない、退屈な物事ばかり。
(……どうせ、山に行ったって、何も変わりやしないさ)
 半ば諦観を込めながら。それでも小夜はこの時、静かに山へ行く決意を固めていた。

 ――その考えが、どれほどの過ちを生むのか、考えもしないまま。


 夜が明けて直ぐ、小夜は家族の目を盗んで祖父が禁じていた山へと登って行った。
 今日は畑仕事のお休みを貰っているから、多少起きるのが遅れても問題ない。干し藁を詰めた布団を見れば、起こしに来る両親も仕方ないと見逃してくれるだろう。
 ……尤も。一番良いのは、それが見つかる前に家に帰ることであるのだが。
「……夜が明けて直ぐの山なんて、大して面白くも無いと思ったけど」
 清廉な空気と、未だ乏しい木漏れ日。朝露に濡れた草木たち。
 日常では見慣れないそうした光景は、退屈していた小夜にとってはそれでも確かな新鮮さを伴っていた。たとえそれらが一時間と経たずに飽きる程度のものであろうと。
(……何度も来る気にはなれないけど、気晴らしにはなったかな)
 口の中でそう呟いて、幾らかの間ブラついていた小夜が踵を返そうとした、その刹那。

「……誰?」

「――――――っ?」
 驚愕と同時に、声の方向へと顔を向ける。
 そんな小夜の視界に映ったのは……天狗面を被った一人の飛行種と、その袖を引く何者かの影。
「……あっ、アタシは、ふもとの村の小夜だよ」
「――麓の村。あそこか。
 あくせく泥に塗れて少ない収穫に躍起になっている連中が住んでいる掃きだめ」
「なっ……!」
 余りにも酷い言いざまに、顔を真っ赤にした少女は天狗面の男に掴みかかろうとして、
「……君」
 近づいた小夜の手を、影に隠れていた何者かが逆に掴んだ。
「な、なにすんのさ!」
「兄ちゃん。この子、懐かしい匂いがするよ。なんでだろう」
「懐かしい? ……ふん」
 ずい、と被った面越しにその顔を近づける男は、まじまじと小夜の顔を見つめて、言う。
「お前、名前は」
「……、小夜」
「サヨか。アンタ、運が良いな」
 は? と言葉を返した小夜に、天狗面の男は淡々と言葉を続ける。
「弟がお前を気に入った。アンタは弟の相手をしろ」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! アタシ、今日は村をこっそり抜け出してきてるから、お父もお母もアタシが此処に居ることを知らないんだ」
 だから、一旦家に帰って、事情を説明させてほしい。
 そう説明する小夜は、しかしその視線を、天狗面の男が語った『弟』……未だに男の袖を引く、線の細そうな青年に向けられている。
 体つきこそ病的に痩せ細っているが、却ってそれが面立ちに薄幸さを与えてより造形を美しくしているようにも思える。未だ幼いながらも少しだけ胸がどきりと弾んだ小夜は、慌てて視線を天狗面の男に戻した。
「ならば、代わりに俺が村に行こう」
「いや、それは……」
「アンタの足より俺の羽根の方が早い」
 そう言った男は、小夜の髪を止めていた粗末な編み紐をするりと解き、それを手にしながら村の方角へと向かっていく。
「兄ちゃん!」
「……すぐに戻るさ」
 恐らくは自分からの言伝の証明に使うのだろうが、勝手に自分の編み紐を持って行った男に膨れ面を浮かべる小夜。
 だが、その姿も見えなくなった後……致し方なしとため息を吐いた彼女は、残された青年の側へ視線を向けて言った。
「まあ、良いけどさ。お兄ちゃん、名前は何て言うの?」
「……カイ」
 口にした後、青年は少しだけ逡巡したのち、適当な枝を拾っては己の名前を地面に書き記して、もう一度言った。
「翔威・迦楼羅(かい・かるら)。それが、俺の名前だよ」
「カイ、ね」
 齢十の少女は、自分の倍ほどの年齢が有りそうな青年を見上げながらも、何故だか少しだけ偉ぶった口調で言葉を返す。
「それじゃあ、カイ。一緒に遊んであげる! 先ずは何からしようか?」


 二人が遊び始めてから、時間が経つのはあっという間だった。
 菖蒲打ち、タガ回し、打球。山にある物を使った即席の道具で交わす遊戯に、翔威と名乗った青年は夢中になり、それにのめり込む様に小夜自身も満足しつつ、次々にいろんな種類の遊びを教えていった。
 気づけば、太陽は二人の真上から照っている。それに気づいた小夜は「あ」と小さな声を上げて、村の方へと目を向けた。
「いけない、お昼の時間だ。帰らないと」
「……帰る?」
「うん、アタシの親はご飯の時間にすごく厳しいんだ。急いで帰らないとドヤされちゃうよ」
「ああ、なんだ」
 そう言った翔威は、ふわりと緩んだ笑顔の侭、小夜に言葉を返す。

「帰る必要は無いよ。小夜はもう俺たちのものだから」

「? カイ、アンタ何言って……」
 言おうとした言葉が、途中で止まる。
 タッ、と言う音と共に、その翔威が兄と呼んでいた人物が舞い戻ってきたからだ――――――その全身を朱に染めて。
「……あ、アンタ、それ……っ」
「翔威、コイツに相手をしてもらったか?」
「うん、兄ちゃん。小夜は色んな遊びを知ってたんだ。まだまだ遊び足りないよ」
 漸く戻ってきた兄の服の袖を、小夜が出会った時と同じようにしっかりと掴む翔威。
 だが、当の小夜自身はそれを気にすることも無く。
「何を……何をしてきたのよ!?」
「言っただろう。村に行ってきた」
「村に行くって……あた、アタシの親に、帰りが遅れるって伝えに……」
「お前こそ、何を言っている?」

「弟がお前を気に入った。お前はもう弟のものだ。
 だから、お前の帰る場所はここ以外に必要ない。全てを殺し、燃やしてきただけだ」


「――――――は?」
 あまりに唐突な情報を浴び過ぎて、小夜の思考がぴたりと止まった。
「純種など吐き気がする。幸福そうにしている姿を見れば尚のことだ。
 だが、お前は弟が気に入ったモノだ。だから生かす。生きて弟の相手をし続けろ」
「小夜。小夜。どうしたの?
 大丈夫だよ。兄ちゃんも俺も、小夜の事『は』殺しはしないから」
 ……停滞した思考の端っこ。唯一引っかかった『じゅんしゅ』と言うワード。
 まるで、自らがそうではないかのように語る彼らは、要するに――
「魔、種……?」
「今更気付いたのか? 鈍いやつだな」
 震え、けれど動かずにいること数秒。終ぞ小夜が発したのは「ひっ」と言う言葉から。
「……やだ、やめて、こっちに来るな!
 父ちゃん、母ちゃん、お爺、みんな……!」
「小夜、大丈夫。大丈夫だから、落ち着いて」
 何が。そう言おうとした小夜の顔を両手で包み込み、翔威は彼女の瞳を覗き込む。
「俺の目を見て。視線を離さないで。
 大丈夫。俺と兄ちゃんがずっと一緒だよ。だから小夜も、他の人なんて要らないだろう?」
「あ、あ、あ……」
 ――線が細くとも、大人と大差ない体つきでありながら、まるで童子のように一つ一つの事柄に大げさな反応をしていた翔威。
 そのあまりに無邪気な振る舞いに、だから、小夜は気づいていなかった。
 子供らしい表情。その中で、唯一つ。その双眸が、暗く、ねばついた泥のような黒色を湛えていたことを。
「……ねえ、小夜。もう大丈夫でしょ?」
「………………うん。そうだね、かい」


 ――嘗て、海洋から海に溺れ、そのまま神威神楽に流された兄弟が居た。
 そのまま死を迎える筈だった二人は、何の因果か一人の和尚にその身を救われ、古寺で兄弟仲良く暮らし続けていた。
 ……そのままで居られたら、どれほど良かったことか。
「お前たち。ようやくお前たちが役に立つ時が来た。
 拾われてくれてありがとう。育てさせてくれてありがとう。さあ、お前たちの全てを売り渡す時が来たよ」
 和尚は人を売る商人だった。八百万と呼ばれる貴民を除き、須らくの存在を「人に在らず」としていた和尚は、だから当然のように拾った兄弟も売りに出した。
 手慰みの愛玩品だと。そう笑いながら二人を飼った初老の男は、理不尽な躾と過剰に過ぎる『愛』を与え続けた。兄の目の前で弟を。弟の目の前で兄をと、代わる代わる。
 畜生にすら劣る日々を送った果て、弟は遂に壊れた。その心が子供のまま、二度と育つことは無くなってしまった。
 それをすら酒の肴にする『飼い主』の男に、兄は激怒し、憤怒し――――――『そのまま、呼び声を聞いた』。
 自らを虐げてきた飼い主を殺した。自分たちを売った和尚を殺した。
 そうして後、未だこの世の全てを憎み続けるその男は……知らずの内に、共に連れてきた弟までもを自分と同じ存在に墜としていたことに、漸く気が付いたのだ。
「……翔威、大丈夫だ。
 お前が例え何者になろうと、俺はお前を守り続ける」
「うん、兄ちゃん、約束だよ」
 ――翔威と、瀬威(せい)。
 和尚に拾われた当時、自らの名前を舌足らずに答えた彼等の真の名前は……それぞれ、カイト・シャルラハ、セイル・シャルラハと言った。

「かい。かい。つぎはなんのあそびをしようか。
 どろめんこ、くみあげえ、たくさんあるよ。いっしょにあそぼう。かい。かい」
 ――夜半。首輪に繋がれた状態で座り込み、虚空を見上げながらぶつぶつと呟く少女を尻目に、兄である瀬威は替えの衣服を広げては血を洗い流した身体に通す。
「兄ちゃん。今日は楽しかったね」
「そうだな。俺も久方ぶりに、奴らを大勢殺すことが出来た」
 山奥に建てられた小屋の一室で、瀬威と翔威は互いに言葉を交わしつつ、二人は一つの大きな布団の中に身体を潜らせる。
「明日も小夜と遊ぶんだ。叶うなら、他の子とも遊びたいな」
「それなら、俺が遊び相手を連れてくるさ」
 未だ子供らしく話す弟の頭を、兄は優しく撫でてやり。
「……だから、翔威。山から決して下りるなよ」
「うん。分かってるよ、兄ちゃん」
 ……自らの身が、今首輪で繋がれている彼の少女と同じように、兄からの束縛でこの山に縛り付けられていることを、翔威は自覚しているのだろうか。
 否。仮にそうであったとしても、翔威はそれを喜んで受け入れるだろうし、瀬威はそんな『二度と変わらない弟』を、これからも永遠に愛し続けるだろう。

「……おやすみ、兄ちゃん。
 明日はたくさん、たくさん友達を連れて来てね」
「……ああ。約束だ、翔威」

 二人は、そうして瞳を閉じる。
 変わらない世界を変わらないまま。互いを互いの思いで縛り付けながら。

おまけSS

「……瀬威様、瀬威様。朝でございます」
 目を開ければ、面持ちを長い前髪で隠した女が立っている。
 有り得ない、しかし穏やかな夢(最早内容は覚えていないが)を邪魔された気分だった。苛立ち紛れに、それでもしっかりと体を起こした俺は、傍らの側女に声を掛ける。
「……何の用だ、小夜」
「普段より一刻も遅う寝たままであれば、心配もするというものでしょう」
 ――長い前髪の向こう側。片眼には眼窩が空いたまま、その面立ちすべてを醜い火傷で覆った女はそう言い返した。
 嘗て野盗に村を焼かれ、自らも死の憂き目を見て。この世の全てを延々と……それこそ今も呪い続けていたこの女を手慰みに拾って、最早幾年月が経ったことか。
「朝餉を温め直してまいります。瀬威様も、どうかお早く来られますよう」
 そう言ってその場を離れた女に、俺は小さく鼻を鳴らし……ゆっくりとその後をついていった。

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