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紅い簪と囲炉裏のそばで
登場人物一覧
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女はとある和雑貨の店の前で足をとめた。
風合いを感じる木材で作られたノスタルジックなその店構えはなるほど、古物商の店として文句はないだろう。
女――クラリーチェ・カヴァッツァ (p3p000236)は戸をノックしようと指先を伸ばす。
片手にはお茶菓子。失礼はないはずだ。
「よう、お嬢ちゃん。約束通りきてくれたのか?」
がらりと戸が開き、銀髪の目つきのわるい男――哀坂 信政(p3p007290)が顔をみせる。
「ひゃっ?」
心の準備が整いきっては居ない状況での相手の登場についクラリーチェは悲鳴をあげてしまう。
「びっくりさせてしまったか、すまねえ。まあとりあえず、店に来てくれたんだろう? いらっしゃい、だ
なあに、この通りいつもどおりの閑古鳥、ゆっくりしてくれていっていいからな」
「は、はい。では」
信政に促され、クラリーチェは店内に足を運ぶ。
「わあ……」
そこには多種多様な――地球の日本という国における和の文化を思わせる商品があちらこちらに陳列されている。
とは言え、ほぼほぼ骨董品に近いその商品の連なりはクラリーチェの目にはむしろ新鮮に見えて、じっくりと一つ一つ見てしまう。
その行動が微笑ましかったのか普段から仏頂面の信政の広角が少しだけ上がっていた。
くゆる煙管の煙が店内で渦をまく。
信政はクラリーチェが質問するたびにやる気はなさそうに、しかし丁寧に由来やどうやって使うものかを説明する。
説明していて気づいた。確かに彼女は興味をもって自分の店の品を見てくれている。
しかし、興味をもつそれは大体において、なんらかの日用品ばかりなのだ。
デザインが古いとはいえ、髪飾りや首飾りなどのアクセサリーも陳列しているのだ。彼女はそれに全く興味をしめさない。
簪などはともかく、首飾りなどに興味を示さない若い女性などいるのだろうか?
「なあ、嬢ちゃん」
「はい」
「その箸の先に宝石と紅い花がついてるやつはな、簪っつって、髪を結い上げて飾る髪飾りでな」
「はい?」
「興味とかないのか? アクセサリーに。それ古いけどきれいだろう、そうは思わないか?」
「ええ、とてもきれいです。女性の髪にかざってあればきっと目をひくでしょうね」
そんな彼女に信政は大きなため息を付いて、質問を続ける。
「なあ、嬢ちゃんよ。おめぇの性別を言ってみろ」
「え、えっと、見ての通り性別は女性です」
「あのなあ、普通の嬢ちゃんはきれいなもんみたら自分でつけようとか思うもんだろう?」
信政のその言葉にクラリーチェはすこし面食らい、そしてゆるく笑った。
「私は信仰の道を歩むもの。生まれついた性別は女ですし、それを捨てる事はできませんが……。
精神的には中性でありたいと。よって女性らしい装飾は基本不要としております」
その朴念仁な言葉に信政は煙管の灰を灰皿におとし、頭をかきむしる。処置なしとはこういう事を言うのだろう。
「あのなあ、嬢ちゃん」
「はい?」
それはクラリーチェにとってはよくある質問のひとつだ。故にいつもどおりに答えた。どうして呆れられるのかはわからない。
信政は座っていた囲炉裏から腰をあげ、クラリーチェのもとに近づくと、苦虫を噛んだような顔でいっぱつ広いおでこをぱちんと弾いた。いわゆるデコピンだ。
「あいたっ、何をなさるんです?」
クラリーチェは意味がわからなくて目を白黒とさせる。
けれど彼を怒らせてしまったことはよく分かる。
言って信政にとっても彼女は依頼で数回顔を合わせただけの存在だ。そこまで世話をやいてやる義理も必要などもない。
ないが、しかし――!
「いいか? 一つの道を歩んだからといって、ほかを捨てるなんて道理がどこにあるんだ?」
「えっ」
「オメェは、んなかわいい顔をしてんだぞ。女を捨てる? ふざけるなよ。勿体ねえどころの話じゃねぇぞ」
単なる顔見知り。しかし、かわいい女がたかだか神への祈りのためにすべてを棄てることを当然だと思っているなどバカバカしいと信政は思ったのだ。
「ちょっと待ってろ、あ~、茶菓子もってきたんだよな。それ出して、その囲炉裏つかって茶でも沸かしてくれ。茶碗と薬缶は、ああ、そこにあるやつ使え」
いって信政は商品を指差すと、倉庫に在庫を探しに向かう。
「ええ……これは商品なのでは?」
「構わん!」
数分後戻ってきた信政の手には着物に化粧品、髪飾――さっきの紅い花に宝石を散りばめた簪。
本人はそれをおめかしセットなどと言っているが。
とりあえずお茶は沸かしておいたけれど――ほんとうに良かったのだろうか?
「あの?」
「やる!」
おめかしセットを信政がクラリーチェに差し出す。
「えええええ?」
素人目にもわかる。その着物も化粧品も簪も高価なものであると。
「次はそれをきて俺の店にこい。これはやるから」
「あの、私だってわかりますよ。これってすごく高価なもので、頂いてしまうわけには……」
「ああ、しらんしらん、それは安物だ。きにすんな。っていうかそうだな、じゃあ代金は次にくるときそのおめかしセットで着飾ってくることだ。来なかったら、このこのすぺしゃるばにーを着せて街中を歩かせる」
ちょっとだけ信政はそれでもいいなと助平心をだしたのは内緒として、そんなふうにクラリーチェを脅迫する。もちろん安物なわけがない。とっておきの、この店でも上位に食い込むほどの金額であるのはたしかだ。
まあなんとかなる。なんとかする。
そう、この美しいのにそれに気が付かない女をなんとかしてやらなければならないのだ。
もっと美しくめかしつけてやるというのも男の甲斐性だろう。
「そんなのめちゃくちゃです! っていうか、すぺしゃるばにーってなんですか」
その空気に返却すらできないことを悟ったクラリーチェはため息をつく。
お化粧なんてしたことがない。異国の着物なんて着方がわからない。
目の前の唐変木はきっとそんな事なんて気づいてないのだろう。
すこしだけ、それを言うのが悔しくて、クラリーチェはぎゅっとおめかしセットを抱きしめた。
「茶と茶菓子、旨いな」
そんなことも気にせず茶菓子をつまみながら信政は呟いた。
「もう、本当に商品つかっちゃいましたからね」
「おう、そうしろっていっただろう?」
「変な人」
「オメェさんもな」
言い合って二人はくすりとわらった。
――帰路。
大きな袋に入ったおめかしセットをだきしめながらクラリーチェは教会に帰る。
ほんとうに着方なんてわからない。
お化粧だって教会の子どもたちが遊びで口紅を塗っていたくらいしかわからない。どうして彼がこれを渡したのかも――わからない。
わからないことばかり。なのに――。
胸元のおめかしセットは最高の宝物に思えて口が緩む。
「『俺に見せる』のは結構先になりそうですね……」
この着物の着方をしっている友人はいるだろうか?
お化粧の仕方がわかる友人はいるだろうか?
そんなことばかり考えてしまっている自分に気づいてクラリーチェはぱちんと自分の頬を叩いた。