SS詳細
グローリー・フィーバー
登場人物一覧
●スリーセブン
ごくりと唾液を飲み込む。喉が鳴いた事にも自ら気づかずに、ニコラス・コルゥ・ハイドは流れるリールをじっと見詰めている。
カシャカシャカシャ。
カシャカシャカシャ。
実際はもっと早く回っている筈なのに、ニコラスからはいやにゆっくりに聴こえてくるのだ。
「(視える、視えてる。図柄が、タイミングが視えている)」
その筈なのに押せないのは何故なのか。今自分が座っている1ライン10000ゴールドレートのスロット、あと一つ『7』が揃えばこの店で初の大当たり者となる。
緊張か、背後で結果を見守る観衆からのプレッシャーがニコラスの腕を、手を、指を固めてしまっているのか。
「(俺はここまで数多の圧を押し退けて勝負をしてきた。なのにここで、こんな"楽しい"に決まってる場面で)」
それ以上におかしいのだ。この圧含めて大好物な状況だというに。なぜ。
「(なんで俺は……)」
余りの事に自分に怒りさえ湧いてくる。
己へと失意を無理やり燃料に変えてボタンを押せば、背後で見守っていた観客達からざわめき、直に歓声となって店内に響き渡る。
シルバーの受け口から大量に排出されるコインは直ぐに溢れ出て、黒服を着たスタッフがすぐさま大きなコインケースを持って駆けつけてきた。
「おめでとうございます! スリーセブンは当店で初でございます!」
一緒になってケースに移しているとスタッフに祝福された。それが切っ掛けとなったか、恰幅の良い初老の男性やドレスで着飾った女性、客やスタッフが次々とニコラスへ祝福の言葉を贈る。
「あ、あぁ、ありがとうな。まいったな、こんな大勝ち久しぶりだわ」
自分でも分かるほどの愛想笑いにおかしいと気づきながらも、場面は次に流れていく。
●ストレートアップ
「(どうするか……なんて決まってんのにな)」
回るホイールを前にニコラスはディーラーに向けて言い放つ。
「12、12に手持ち全てだ」
先程のスロットの時と同じくザワつく見物客達。
「手持ちってさっきスロットで稼いだの全額ベットしたのか……?」
「俺ならハイローやカラーでも嫌だね……」
そんな声がチラチラと聞こえてくるのを耳に入れながらディーラーと僅かな視線の交差、頷きチップを回収すると、ベッティングタイムの終わりとして回るホイールにボールを転がしていく。
暫くの間、その場は静寂が支配していた。ルーレットのホイールとボールがカラカラと鳴っている以外は何も聴こえない。
「(あぁ……これならいけると思ったんだが……)」
来ないのだ。ニコラス・コルゥ・ハイドというカオスシードが形成している根本。根の根、渇望する物。
それは。
「(何も、昂らねぇ)」
高揚心。
勝つか負けるか、勝ちが在る限り誰かが負ける。
次も自分が勝つかもしれないし、もしかしたら負けるかもしれない。
勝利の女神だけがその行方を知る勝負。そこに老若男女アマチュアプロ関係ない運だけが絡む王者の椅子。
ころん、とポケットに入るボール。やがてゆっくりと速度を落とし止まるホイールを見てここまで冷静に案内を務めてきたディーラーが若干の焦りを見せながら宣言をする。
「じゅ、12……」
わっと歓声が上がる。先程以上だ。大量ベットを一点賭け36倍となれば湧かない方がおかしいぐらいである。
なのに彼は笑えなかった。
ギャンブルのスリル、勝者の富を得ているのに。
「これは……」
そして場面は移り変わる。
●勝利とは悦ばしいものではないのか
その後、ポーカー、バカラ、クラップス。様々なゲームでチップを賭け、全勝をもぎ取るニコラス。大勝ちどころの騒ぎでは無いのに対してその顔は浮かない。
どうして。そんなものは決まっている。
「敗けが無ぇ賭けなんて、ギャンブルじゃねぇよな……」
求めるのは大金じゃない。それは勝った時の報酬というだけ。
彼が欲しいのは一瞬の強烈なスリルを経た勝ちなのだ。どちらかが得て、どちらかが失う。敗北という可能性を踏み倒した先の栄華にこそ掴みたい何かがあると確信しているのだ。
「不満か?」
「あぁ、不満も不満。こんなんはギャンブルでもなんでもない、ただのガキも遊ばねぇ遊戯だね」
「そうか、これじゃあ、こんなんじゃあ面白くねぇもんな」
いつの間にか傍らに居た老人は高らかに笑いながら横に立つ。
「熱情を全て賭けるにゃ、確かに温すぎるわな」
その一言で周囲の景色が塗り変わった。何時もの部屋、何時も寝起きで見ていた景色。
はて、自分は夢をみていたのか。どんなものか憶えてはいないけれど。
「
窓から外を見ればサクラの花弁が舞っている。今日は彼女でも誘って散歩にでも行ってみようか。