SS詳細
ハッピーエンドは此処に在る
登場人物一覧
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感じる痛みは、身体から? 心から?
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「痛っ……!」
――夜の病院の一室で、『ドキドキの躍動』エドワード・S・アリゼ(p3p009403)が目を覚ました。
全身には幾つかの箇所の包帯と、一つだけ当てられた点滴だけが施されている。特異運命座標がゆえの自己治癒能力の高さから、過剰な処置は意味を為さないと判断されてのことだろう。
「……『病院』」
そう、病院だ。救護院や治療院ではない。
無辜なる混沌の中で、そうした名称が普遍的となっているのは、練達、それも再現性東京であることを、エドワードは知っている。
「オレ……あいつの手に触れて。そんで……、」
記憶が、徐々に鮮明になる。
夜妖憑きの少女と、その眷属となった少女。最早救えぬはずのそれを救おうと手を伸ばし、そして……それを拒まれ、傷つけられた記憶。
「そうだ! こんなとこで、寝てる場合じゃねぇ……!」
言葉と共に、今まで自分が眠っていたベッドから立ち上がる。
激痛はその直後、当然のように走った。先にも言ったように自己治癒能力は確かに高いものの、今この時点の怪我が治癒されているわけではないのだ。
「痛、って……」
刹那。堪らず膝を着く。
包帯の巻かれた傷口を見遣って……其処に血が滲んでないことを確認したエドワードは、ならばと再び立ち上がった。
点滴を引き抜き、枕元に置かれていた自分の上着を軽く羽織って、少年は病室の外に出る。
(……ゴメンな)
自分を治療してくれた人たち、そして、自分の怪我を心配してくれている人たち。
その全員に心の中で謝りつつも、しかし、エドワードは自らに足を止めることを許せなかったのだ。
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その想いは、相手のため? 自分のため?
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単純な依頼であった。だからこそ、難しい依頼であった。
いじめられっ子だった少女が夜妖憑きとなり、それを護っていた少女はその子の眷属となることを選んだ。
――ただ一人を除いて、世界の全てを拒絶しながら、そのまま『正義の味方』に殺されることを良しとした二人。
その二人を、エドワードは救いたかった。
自らの運命を犠牲にしてでも。そう想いながら伸ばしたその手を、しかし少女たちは拒絶した。
『教えたいんだ。世界には悲しいこととか、辛いことばっかじゃねぇ。
それと同じか、それ以上に、楽しいことも嬉しいことも、この先にきっと待ってるってこと!!』
『……そんなこと。
私は、ずっとずっと前から、知ってたよ』
「そんなもの、もう望まない」のだと。そう言って。
「……ふざけろよ」
病院の外は、雨が降っていた。
ただでさえ重傷を負い、尚且つ失われていく体温。消耗していく己の身体を努めて無視しながら、エドワードは彼女らと出会った廃工場へと走り続ける。
「本当にその先を見る前から……、その暖かさに触れる前から、『知ってる』なんて言うなよ……」
エドワード自身、分かっていた。
たとえ彼女がそれを望んでも、彼女の周囲はそんな願いを笑いながら踏みにじった事だろう。
それを、仮にエドワードが守ろうとしても同じだ。『不特定多数の悪意』は、たかが一人や二人、彼女を守ろうとしたところで、それすら容易く呑み込んで新たな獲物にしてしまうだけ。
……それでも。
「お前を苦しめてた世界なんて、ちっぽけな世界なんだ。
世界には、もっと……もっと……もっと……! 綺麗なものも、あったかいものも、抱えきれないくらい溢れてるんだ」
――「だったら、其処から抜け出してしまえばいい」と。
特異運命座標であるエドワードはそれを語れた。それを可能とする力を持っていた。
或いは、それを理解していなかったからこそ、彼女たちはエドワードの手を振り払ったのかもしれない。
だから。赤髪の少年はそう叫ぶ。
「今度こそ、そこにオレが連れてってやんなきゃ。
『連れていけるんだ』って、伝えてやらなきゃ……!」
もう一度、もう一度。
それが、未だ叶うことを、願いながら。
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その後悔は、過去を顧みるもの? 未来を見据えるもの?
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──バッカじゃねぇの。お前なんかに出来るわけねーじゃん!
……雨で出来た水たまりに、過去を幻視する。
一人の少年が俯き加減に何かを喋っている。周囲に存在する多くの人間は、その少年を囲みながら笑い続けていた。
──でかい口叩きやがって。だからこういう目にあんだよっ! おらっ!
殴られる。蹴られる。その度、けれど少年は立ち上がった。
けれど、立ち上がるだけ。その彼を周囲の人間は、勝手に立ち上がる人形を弄ぶかのように、寄ってたかって何度も暴力を振るって打ち倒し続ける。
──クスクス。なにあれ。おっかしー……。
殴らない者は、少年を嘲笑い続けていた。
抵抗もせず、屈することもしない。「何がしたいのか分からない」その少年を、遠巻きに見る女たちは気味が悪いと嘲弄の対象にしている。
──諦めろ。お前には。何も出来ない。
……そうして、十数分後。
体力が尽きたか、或いはどこかの骨が折れたか。転がされた状態のまま、ピクリとも動かない少年に周囲の人間たちは興味を失くして去っていく。
最後まで残っていた一人が、唯それだけを呟いて、『エドワード』の元から去っていった。
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その決意は、――――――
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「…………そっか。
オレ。お前達のこと、助けてやれなかったんだな……」
戦場であった廃工場は、最初に訪れた時よりも大きく崩れ落ちていた。
エドワードはその中でも、特に損壊がひどい場所に足を向ける。雨粒に多くが流されていたものの、其処に残された血痕に、彼は座り込み、自らの掌を当てた。
(あいつに触れた時、すげー冷たくて。
あいつをこんなに冷たくしちまったのも、この世界なんだって思って)
だから、それを助けてあげたかった。
それを救うことで……彼女の笑顔を見られることで、エドワードは自らの過去から、少しは前に進めたのだと、自分に言い聞かせることが出来る様な気がしたから。
けれど、それすら叶わなかった。ならば――――――
「……諦めねぇ」
或いは。
ここで折れてしまうことは、幸福なのかもしれない。
ここで立ち上がり、救えなかった事実を受け止めながら生きることは、只の苦役なのかもしれない。
けれど。そう、エドワードは立ち上がりながら叫んで。
「オレは、馬鹿だ。割り切って殺すべきだってこと、何度も言われた。
けど、誰かを助けるのを諦めて…、そいつを冷たい場所に置き去りにすんのが、『頭が良い』ってことなら……」
――オレは一生、馬鹿でいい!
瞬間、ぴたりと雨が止んだ。
自らの身体を叩く雨滴の感触が消えたことに気づいた彼は、崩れた廃工場の屋根……その隙間から除く、雲間の月光を確かに目にする。
「……オレはお前たちを、救ってやれなかった。
だからお前たちを救えなかった分だけ、今度はお前たちと同じように苦しんでる奴らを、オレが救ってみせる!」
それを双眸に捉えたエドワードは、笑いながら叫んだ。
「──だからせめて、遠くで見ててくれ。
お前たちが教えてくれた『痛み』……絶対無駄になんかしねぇ。
「お前達との出会いも、時間も、
……オレはそれを絶対、無駄になんかしねーから!!」
――雲は再び月を多い、再度の雨を降り注がせる。
病院を出た時と同じ、少女たちの死の痕に触れた時と同じ、冷たい冷たい雨。
けれど、それを再び浴びるエドワードに、悔悟の面持ちは浮かばない。
『『やってみせてよ(みやがれ)、馬鹿野郎』』
垣間見えた月より、最後に聞こえたその幻聴を、彼は確かに耳にしていたから。
おまけSS
伸ばされた手を、拒んだ。
拒むことが、出来た。
「良いの。良いんだよ」
口にすることが出来ない。ささやかな思い。
「×××ちゃんが、私を守ってこうなってしまったように。
貴方が、同じ目に遭う必要なんてないの」
本当は、助けてほしかったのかもしれない。
けれど、そんなのは迷惑なだけだという思いも本当だ。私の為にも――目の前の彼の為にも。
「その優しさは、誰かの為に取っておいて」
嗚呼。
笑顔を浮かべてあげることが出来ないのが、心残りだった。
「私や、×××ちゃんのような人じゃなくて、きっと。
心の底から、助けてって叫んでいる、誰かの為に」
……伸ばされた手を、拒んだ。
拒むことが、出来たのだ。