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会長と、虎。
登場人物一覧
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やぁ、良い子の皆、こんにちわ! 会長だよ!
会長、今日はローレットの出張所にお仕事を探しに来たんだ! この出張所は酒場も兼ねているから、依頼書の一覧を借りてきて、テーブルについて紅茶を飲みながら眺めてる所! まぁ、優雅な午後のティータイムといえるね!
いえるね! いえる、いえ、い……。
……なんかさっきから、
そりゃあもう、落ち着かないよ! だってキミ、虎がじゃれたそうにこっちみてる時、どう思う? ナチュラルに死ぬ、って思うよね!
マリア・レイシスくんといえば『雷光殲姫』と呼ばれる、ローレットのエースの一人だよ! 特に鉄帝での活躍が目覚ましいね。いろんな意味で現地じゃ有名みたいだよ! そんな有名な虎に、「あ、目の前に猫じゃらしあるやん……」みたいな目で見られてごらんよ! じゃれつかれる猫じゃらしにとっては死活問題なんだよ!?
というか……個人的な意見なんだけど、会長はマリアくんとは相性が悪いんだ。性格的な問題じゃなくて、性質的な問題。
だって会長――能率100AP0だから!
羽衣教会の厳しい修行によって身に着けた、この特性! これがマリアくんとは相性が滅茶苦茶悪いんだ! マジで!
なぜなら――。
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やぁ、良い子の皆、こんにちわ! マリアだよ!
私は今日、ローレットの出張所にお仕事を探しに来たんだ! この出張所は酒場も兼ねているから、依頼書の一覧を借りてきて、テーブルについて紅茶を飲みながら眺めていた所……なんだけど……。
茄子子君がいる……。
ついついじっと見ちゃうね。ふふ、こう、
でも……こう……皆にもわかるかな? 私にとって、AP0は、無防備を晒している獲物の様なものなんだ。
ちょっと語弊があるかな。別に私は、いつも、AP0を探してMアタを仕掛けるらんぼうものってわけじゃないよ!
ただ……そうだね。何というか……目の前に、魅力的なアイテムが置かれている感覚というか……。
たとえるなら、目の前で猫じゃらしをふられている猫のような気持……。
ううん!? 私は猫じゃないよ!? 今の例えは不適切!
とにかくそんなわけで、私と茄子子君は、とっても相性がいいと思うんだよね! Mアタ……APを減少させていって、APが0なら大ダメージを与える、私の代名詞ともいえる業。APが0の茄子子君は、私にとっては恰好の……いやいや。とにかく、じっと見ちゃう、そんな存在なんだ! じーっ。
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め っ ち ゃ 見 ら れ て る 。
すごい視線を感じる……どうしよう、これどうしたらいいんだろう。
話しかけに行った方がいいのかな? いや、「こんにちわ!」って挨拶したら、「喰らえMアタック!」「うわー!」ってならないよね?
皆、あの虎の事をにゃんにゃんって呼んで遊んでるけど、会長にとってはほんとに虎で遊んでるようにしか思えないんだよね! みんな度胸あり過ぎだよ! だって虎だよ?
会長は、まな板の鯉みたいなものなんだよ! この間、ラド・バウで対戦した時なんか悲惨だったよ。「喰らえMアタック!」「うわー!」会長は十秒で死んだ! Mアタック! だったんだよ。具体的に言うと、一ターン目に10000ダメージ飛んできて死んだ。
だからとにかく……絶対に相性は最悪だよ! 味方にしたら確かに頼れるのは間違いない。けど、敵に回したらヤバイ。絶対にヤバい。もうあれだよ、会長、鉄帝を歩けなくなるよ。鉄帝を歩くだけで、いつ「喰らえMアタック!」「うわー!」10000ダメージ! されるか分かったものじゃないよ!
会長、今びくびくしながら紅茶に口をつけてるよ。正直怖い。いや、Mアタック怖いよ。アレ、すごいんだよ。たとえるなら……正座をずっと続けてると、良い子の皆は足がしびれるよね? あれが全身に広がって、延々とつんつんされるような気持になるんだよ! 辛い。正直辛い。痛みや苦しみは耐えらえるけど、Mアタックは防御無視してくるから耐えられないんだ!
「ねぇ、茄子子君?」
だから、こうやって声をかけられても、まず会長はびくびくしてしまう。何せMアタの使い手だから。会長にとっては天敵。そして恐るべき虎。そんなマリアくんが会長、
「茄子子君、ちょっといいかな?」
「はい?」
と、後ろを振り向いてみると、虎が立っていた。
「うわあああああっ!!」
会長は思わず叫んでしまったね!
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「ちょ、どうしたんだい!?」
マリア・レイシスがわたわたと慌てて見せる。びっくりしたのは楊枝 茄子子だ。マリアから、突然声をかけられたのにびっくりして、茄子子は椅子から滑り落ちている。古いコメディのようなリアクションだが、茄子子にとっては、本気で驚いているので仕方ない。
茄子子は、マリアが苦手である。本人も言っていたが、別に性格面でのあれやこれではない。戦法が、致命的に、相性が悪いのだ。茄子子にとっての大きな弱点を、マリアの長所が的確に攻め立てる。まさに、天敵。それゆえの苦手意識を、茄子子は持ち合わせている。
「ひっ、マリアく、さん!?」
茄子子が、がばっ、と飛び起きた。
「ここここここここ殺さないで!?」
「殺さないよ!?」
突然土下座する茄子子に、マリアがわたわたと慌てる。マリアは、基本的に良い子である。当然ながら、何の罪もない茄子子を襲うことなどありえないのだが……しかし本人の心のどこかに、「猫じゃらしにじゃれつきたくなる虎」が存在するのは事実である。茄子子も或いは、その眠れる虎を本能的に感じ取っているのかもしれない。
「え、えと、だ、大丈夫かい? 疲れてる?」
「い、い、いえ! なんでもないよ!? うん! あ、お茶飲みます!?」
がばっ、と差し出した飲みかけのカップ。紅茶は、先ほどの騒動でこぼれて残っていない。マリアは目を白黒させてから、こほん、と咳払い。
「えっと、すこし、お話させてもらってもいいかな?」
と、小首をかしげるので、茄子子も目を白黒させた。
ウェイトレスにコップを片付けてもらって、改めて紅茶を用意してもらい、テーブルをはさんで相対する。
虎と、会長。虎は悠然と。会長は少しおっかなびっくり。茄子子の目から見れば、マリアには強烈な赤いオーラが漂っているように見える。茄子子の、危機回避の本能的なものが、マリアの内に眠る虎を可視化させているのかもしれない。
そうじゃない、ただの被害妄想かもしれないが。
「えーと……お話とは……」
おずおずと茄子子が尋ねるのへ、マリアはにっこりと笑った。
「うん! ちゃんとお話ししたい、って思ってね!」
「え、サンドバッグにさせろ、みたいな?」
「何でさっきからそんなに物騒なんだい?」
マリアが小首をかしげた。
「いや、だって……マリアく、さん、たまに獲物を見るような目つきで、会長のこと見てるよね……?」
「いや!? 見てない、よ、見てな、みて……うん、ちょっとたまに……」
「やっぱり!!」
わーっ! と茄子子が頭を抱える。マリアが慌てた様子で両手をわたわたさせて、
「いや、いや、冗談だからね! 冗談!」
なだめるのへ、茄子子が怯えた様子で顔をあげる。
「それに、どうせサンドバッグにするなら、ちゃんとAP削りたいって思うからね! びりびりさせるのは結果であって過程ではないんだよ! 私はね、過程も大事だと思う! だから大丈夫だよ!」
「それ、フォローになってると思うの……?」
茄子子は苦笑しつつ、頷いた。少なくとも、あちらに敵意は無い。まぁ、それで本能からくる苦手意識が抑えられるわけはないが、さておいて。
「で、でも、そうだね。マリア、さん」
「マリア、でいいよ!」
「えーと、じゃあ、他の皆みたいに、マリアくん、で」
「うん。それでもいい。ふふ、ありがとう!」
マリアが満面の笑みを浮かべる。
「で、その。マリアくんは、会長に何の用だい? あ、羽衣教会はいる?」
「うーん、羽衣教会はまた考えさせて! 何か特別な用があるってわけじゃないんだ。
ただ……うん、ちょっと仲良くなりたいな、って」
なるほど、と茄子子は思う。多分、本心なのだろう……とはいえ、茄子子にとっては、マリアは虎である。虎が仲よくしよう、と手をふり上げてきて、「うん、いいよ」と笑えるほど、茄子子は子供の心のままではない……というか、体に染みついた、Mアタのびりびりが、脳裏に焼き付いているのである。
だが……まぁ、別に仲よくしよう、といわれて、仲良くしません、というほど、マリアの事が嫌いというわけではない。
(……逆にぃ? 仲良くしておけば、Mアタされる確率は減るし……私としても、別にデメリットは無いよね……)
些か腹黒い思考を、茄子子は浮かべる。
「そっか……えと、うん。会長も、仲良くなりたいと思っていたよ!」
にっこり、と虎への恐怖心を抑え茄子子が言う。マリアの顔が、ぱぁ、と輝いた。猫耳がついていたら、よろこびに、耳がぴん、と立っていただろう。そういう表情である。
「本当かい!? ふふ、実は前からじゃれつき……ううん、仲良くしたいって思ってたんだけど、中々話しかけられなくてね!
今日、タイミングが合ってよかったよ。茄子子君、是非、これからも仲良くしてほしいな!」
マリアがにっこりと笑って、手を差し出す。茄子子も些かおっかなびっくり、その手を取った。新たな友情があった。茄子子の、虎への好感度が+1された――。
同時、マリアの手に
「あ、ごめん、ついうっかりMアタックが出ちゃった」
「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!!」
会長が悲鳴をあげる!
10000ダメージ! 茄子子の、虎への恐怖度が+99999された――。
めでたしめでたし。