SS詳細
突発性加爾叟謨硬化病
登場人物一覧
●Medical record/--
患者名:Thyme
性別:女
年齢:不明。比較的若年層、10~20代のものと判断。肉体年齢、精神年齢も同様。ただし何らかの影響を受けると外見年齢不相応の冷静さや達観も見せる。
種族的特徴:長耳。幻想種と酷似。
その他特記事項:本人の申告によるものだが、Pandora Party Project――何らかの強力な奇跡――を発動して依頼、毛髪、瞳等の色素が抜け落ちている。
と、感じているらしい。受け取った写真からもそう判断できる(薄茶→金、紺→水色)が、実物的証拠が見受けられないことや、そもそもPandora Party Projectを複数回起こせたものが稀有であること、また
初期症状は突発的な頭痛。部位的には右目眼球裏。
数秒の局所的な痛み。即座に回復するため立ち眩みと同様のものと判断。
服薬等長期に渡って無し。特段の目立った外傷もなし。
最近の大きな怪我はパンドラを大きく消費したこと以外に本人に記憶なし。
頭痛の頻度や時間の増加、また咳などが見受けられたことから不調を覚え当院を受診とのこと。
病名:突発性加爾叟謨硬化病(idiopathic calcium mineralization failure)
通称――宝石病と診断。
●
「ええと……それって、何ですか?」
不安げな表情で顔を曇らせたタイムに医者はカルテをめくりながら淡々と答えた。
「簡単に言えばタイムさんの細胞が段々と結晶化して宝石になります。カルシウムが宝石や鉱石と化していき、最終的には全ての細胞が『そう』なります」
「は、は……?」
乾いた笑みか。混乱か。
どうしようもない程に溢れ出る動揺。医者にとっては関係ないことなのだろう、平然とした様子でつらつらと言葉を並べていく。
「現在この病気の治療法は、混沌には存在しません」
「そんな、」
「ですからとりあえず鎮痛剤と……抗生物質お出ししておきますね。薬にアレルギーありますか?」
「いや、ありませんけど……鎮痛剤、多くないですか?」
「……この病気は、痛みを伴う患者さんが殆どですので。タイムさんの場合は頭痛と、それから咳ですね。しばらく咳は注意してください。特に人前」
「わ、わかりました……でも、どうして人前?」
漠然とした不信感だけが募る。
己の体が突然宝石に変化すると言われ、淡々に事務処理を済ませられればそうもなるだろうか。
こんなお伽噺があり得るから、混沌は未だに不思議と新発見で満ちていると考えざるを得ない。
医者はタイムの問いにしばし目を伏せた後。ゆっくりと立ち上がり、マスクをして見せた。
「その病気は他者に
それからのことは覚えていない。
ステージを告げられた。たしか末期らしい。どうしてこんなになるまでほっておいたのかと問われれば、こんな病気になるなんて考えていなかったからと告げる他なかった。
医者は何かを言っていたらしいが、それを覚えていられる程にタイムの精神は熟しては居なかった。はいと精一杯取り繕ってへらりと笑い頷いて。精一杯ありがとうございましたと頭を下げれば、医者は返す言葉も無いのだろう、俯いて頷いた。
咳をする。
咳込む度に目の奥が槍で突かれたような痛みに襲われる。
私は何か悪いことをしたのだろうか。悪意を持って
状態が急激に悪化することもあるらしい。そうだとしたら、残された時間なんて最早無いに等しいのではないか?
(ああ、)
死ぬって、嫌だな。
もうどうしたって、逃れられないのに。
瞼の奥に映る友の姿が、やけに眩しくて、眦が熱くなった。
●--/10/30
これを読んでいるあなたへ。
私はタイム。ローレットの
随分と。思っていたより。長生きできてしまったみたいだな。この次のページがあることを祈ります。
最近は寝てばかりだったけれど、今日は起きることが出来たんだ。
寝ている間にも病気は進んでしまったようだ。
突発性加爾叟謨硬化病と診断された私の下半身はもう動かない。薄い青に、時折金色の混じる皮肉な程に綺麗な宝石になってしまった。
これを書いているとき、手元を写す右目も、もう宝石になっているの。触っても痛くないの。不思議でしょう?
明日は、私の誕生日なの。
友達が来てくれるんだって。
だから、明日も起きられるように祈って、これを書いています。
……ただ、私は起きれる気がしないの。耳の奥で、身体が宝石に変わっていく音が聞こえてるから。
ええと……そうだな。一応、遺言を。
私の病気は
他人任せになってしまうことを、どうか許してね。
Thyme
おまけSS『Precious Thyme Opal』
●
プレシャスタイムオパール(英語: Precious Thyme Opal)は、鉱物(酸化鉱物)の一種。
潜晶質であるため厳密には準鉱物であるが、原産不明な、混沌という外部世界より齎された技術や製品なども多いこの世界では、これを正式な鉱物としている。和名は陽光蛋白石(ようこうたんぱくせき)。
これは突発性加爾叟謨硬化病に罹患したある女性の亡骸が変質したものであり、彼女の死以降豊穣を原産とされる鉱石になっている。
その特徴は、薄い青色に金色を主軸とした遊食が目立つ独特の色合いだ。
硬度は低く靭性も脆いため、一度欠けると綺麗な修復は不可能だと考えたほうが良い。
宝石言葉は「幸いあれかし」。
女性の性格が溌剌としたものであったこと、また癒やし手であったこと。今の天香家にも大きく貢献したとされていることから、他者の為を思う宝石として有名である。
使用用途は主にロザリオなどの祈りの用具や、他者への贈答用の宝飾具としてあしらわれることが多い。
前述した通り硬度が低いため加工が難しいことから、その値段は高く、また加工されたものはさらに希少である。