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瀉血
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- トキノエの関係者
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胎の中へ、胎の底へ、まるで甘露の如くおさまっていくのは何者かの魂だろうか。回転し、流動し、啼き叫ぶ塊は収縮に々々を重ねようやく、ただ一滴の生命に還る。混沌とは決して生かない、サイケデリックな大渦巻きが胎動と称される祝辞に触れ行く。嗚呼、何もかもは簡単な事だ。何もかもは鮮明なものだ。されど現実は鈍化し、純化し、泥濘の色を覚える――わたしの目にうつるすべてが、ああ、なんと汚らしい悪辣なのでしょう。手を伸ばす、足をはこぶ、眼球をゆらし、耳を傾ける。左右の感覚を確かめて覗き込めば、成程、あまねく罵声が身を抱く。泣かないで、鳴かないで、腐敗した鴉の肉を踏みつけ、ブツクサ・ブツクサ何処へ落ちるのか。墜落する時はさぞ恐かっただろう。嘴が歪んだ時はひどく醜かっただろう。同じだ。全部、ぜぇんぶ、おまえと同じだ。強烈なまでの吐き気をおくるみで拭う。わたしの血を分けた唯一、誰よりも愛している。背をたたく罪、臓腑をとかす罰、手招きしている梅毒。憎い、ただ只管に憎い。生きているだけで罪深い、神に見放された命――ずる、る。ずりり、り。脳天までアルコールに漬けられたのだ、最早取り出す方法はない。引き摺られた帳、しんなりと風に中った髪が、くるりと遊ぶ――。
滅裂なほどに暴力的だと感謝の言葉が告げていた、解離した皮と肉と骨が組み合わさって新たな人間を作り出すような、そんな妄想。おまえがあんな事をしなければ、わたしは幸せだったのに。がらがら、がらん、がらんどう。ふるえているのはわたし自身か、それとも足元の毒虫だろうか。毒蟲、這いまわる紙魚の騒がしさがこびりつく魔性を強くする。ぜんぶおまえのせいだ。どぶどぶと沈んで逝った膿の群れが脳裡にうまれて往く。取り返しがつかない。治しようがない。がさがさと鬱陶しい、真逆、これもおまえへの贈物だろうか――ちがう。うるさい――紙魚が巨大化し、分裂し、破裂し、紫色の体液を注いでしまう。死ねば死ぬほど死んでしまうのだ。爆発した彼等はわたしを苛んで、つつく、つつく、つつく。どうして普通がわからない。どうしてマトモになれなかった。かあか……! うるさい。わたしは何も悪くない。くだけた球根が嘲笑ってきた、オマエこそ苗床に相応しい。胎児・胎児・胎児がみえる、たくさんの胎児が目玉をはやして嘔吐している。この疫病神め、わたしはおれはぼくは絶対、産まれてなんかやらないぞ。それが良い、それが一番、それがわたしの病的な――どうしたらよかったの? なんだ、答えは出ているじゃないか。
投げ棄てた誰かの脳味噌はスポンジ色した甘美だった、抜き差しした簪も真っ白い天使じみてふくふく傘を喜ばせている。なんとも暈々、艶やかな景色だろうか。仰天し、悲っ繰りかえる貌の見えやしない現実。蛙の子は蛙……? きっとおまえだけは違うのだろう。ぷっかりと、或いはぽっかりと浮かんだ真ん丸い月が青白い糸を垂らしてくれた。がばり、ぐばぁ、裂けた、々けた、何がやぶれた。お薬を飲み忘れないようにと勝手に、包装が――おまえ、それじゃあこぼれてしまいますよ。空気に混ざった薬効が鼻腔を擽ってたまらなくいとしい。厭う、厭がる、噛まれた腕からのぼる罠――子供の近くに水飴を置いたのはおまえか、罪深い、とても、とても、菫が似合う放浪……憎くて、哀れで、愛しいわたしの子。遠い々い、ある種の地獄道が彼方側まで続いている、彼岸と悲願の違いを理解するのも一苦労で、ぐるりと黄泉が螺旋を描いていた。母をおいていかないで、忘れないで。時の流れは残酷なのだと莫迦なわたしでも知っている。針は遡る事を知らないと、のたうつわたしものっている。何が視えた。何が聞こえた。何が走り去っていく。しあわせ。枝分かれして失せる、無限に近しいしあわせの環形。ならないで、ならないで、おまえはしあわせにならないで。ぐちゅぐちゅと足止めしてみせた口紅があめの所為でこぼれてしまっている、異物が混入したのだと松果体だけを残し謳歌している――ばらまいている。ばら撒かれているのだ。満足・不満足とに関わらずぶらり暗澹と良識をしずめる。罪を重ね続けるおまえを、母は見捨てられない。罪を忘れたままのおまえに、母は耐えられない――ありがとう。ありがとう。ありがとう。あの日、何かに、誰かに殺された者の言葉を、知らない。
蛆がいた。異常なまでに発達し、おぞましく増えた、蛆・蛆・蛆。ころころと肥えた、されど、欲を満たしたくて仕方がない、蛆。腹をすかせた獣が蛆を食んだ。彼等は蛆の味わいを記憶し、偏食し、長年の夢を過ごした。獣の一匹が餓えた人間に捕まった。皮を剥がれ、血をぬかれ、肉をむしられ、うまい、うまい、こんなにもうまい肉がこの世にあったのか。ほえる――獣は乱獲された、蛆は一匹もいなくなった。そうして増えるのは病だけであろう。もっと欲しい、もっと寄越せ、それは俺のだ、いいや、これは私のだ、あれは――ど・く・ん。人々の死体がとけ、きたなくも臭い、力強いひとつの鼓動……おまえはそのような代物であり、どうしようもないほど劇毒。
こぼれ落とした飴玉はおまえ、わたしが自らえぐった涙の結晶に違いないのでしょう。あまりにおそろしい光景に目をつむって、それでも視えてしまった、厄災の所為なのでしょう。我慢する事も出来なくなったわたしは、今、自分がどこを歩んでいるのかもわからない。どんちゃん・どんちゃん・艶めかしい人の粒が、人だった爛れが愛でて々でてと謂うのです。殺してください、殺さないでください、おまえのかわいらしい声が届いている。誰がうそつきなのかもう一度考えてごらん。誰が手を差し伸べたのかもう一度口に出してごらん。楽しい愉しい童歌が反響している、優しい優しい子守歌が浸透している、はみでた骨に接吻しすする我が子の――黒い々い、真っ黒い顔、おまえ、なんで墨を塗っているの? 見せてよ、その顔をみせて、お願いだから見せて、見せなさい。見せるのよ……。
嫌、嫌よ、そんなおまえを見たくはないわ。ぐちゃどろに塗れた、ただの罪の不定だなんて、そんなおまえと離れたくないわ。バタバタと空へ飛んでいく鳥のような、いじいじと土の中へもぐっていく蚯蚓のような。あの身体を抱き寄せたい。あの腕に触れられたい。あの――! 胎の中へ、胎の底へ、まるで水銀の如く吸い込まれるのは何者かの破滅だろうか。ギチギチと箱舟に詰められていく。
もう一度、母の胎の中からやり直しましょう――思えば簡単な、至極悦ばしい事だった。顔が黒いなら貌をつくってやればいい。血が危ういと謂うならば、滂沱、最後の一滴まで入れ替えてしまえばいいのだ。大丈夫、何も心配は要らない。いるのはおまえ、おまえ自身の贖罪なのだから――今度はきっと罪のない子に産んであげるから。
還っておいで、■■■■――赤子をおとした。赤子を戻した。直して、直して、はじめましてのご挨拶だ。まぁるく模られた桃色が無邪気に微笑みかけてくる。胎児にかえした。胎児がくるった。臍の緒が頭部をしめつけて罪深い部分をしぼってくれる――俺も、母さんの子に生まれて幸せだよ――嬉しい。おまえを見ていると濯ぎたくて仕方がない。不自然なまでにやわからな掌で、おまえをつかまえたい。
歪に裂けていた月が遅延性の汁気みたいに際立った、ざぁと萎縮したスポンジの愛執性。
おまけSS『滂沱』
心臓が破れたかのように、刹那、オマエの身体が強張った。
どく・どく、と大切だったものが肺臓へと流れるような感覚と共に。
――異質な嘔気きにぶつかったのだ。
原因はいまだに不明だが、じっくりと廻らせてみればなんの事はない。
昨日の酒が残っていたのだ、不意に、全てが揺れたのはその所為だ。
嗚呼――酔いがさめちまったっての。
菫色の粉がひとりでに、背骨をいじめる。
しらない掌はやけにブヨブヨとしていた。