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悪夢は私の記憶の果て
登場人物一覧
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私(アウローラちゃん)は、一体……何者なのだろうか。
疑問はぐるぐると回る。それはまるで底なしの泥沼のようだ。
一歩踏み入れれば足が飲み込まれ、抜こうと足掻けば更に足に土が飲み込まれていく。
手を伸ばせど誰もその手を取ってくれない。そう、取ってくれない限りは絶対に此処から抜け出せないのだ。
だからどんどん飲み込まれていく。
まるで自らその罠にハマっていくように――――そう、それは悪い夢なのだ。
だってあの日、泉のほとりでもう一人の私は言ったのだもの――練達に居たらいけないって。
私はそれを破った。だって、興味が――いえ、深淵を覗いたからこそ、そのまま飲み込まれてしまっただけなのだが。
ふと、紅蓮の瞳がうっすらと開いた。
『電子の海の精霊』アウローラ=エレットローネ(p3p007207)――とその人物を特定したい所だが、これは彼女の反転した姿だ。
元より花を咲かせたような明るさはどこかへ落としてきたかのように、冷たい雰囲気(オーラ)を纏い、夕焼けのように真っ赤な髪と瞳はその明るさとは全く違う悲しい色をしている。まるで自分以外の何かに強い憎悪を持っているかのように、周囲を焼き尽くすような色だ。
その色を端的に表現するならば『嫉妬』である。
彼女は何かにとり憑かれたかのように冷静に狂ってしまったのだ。そうさせてしまったのは、今、眼前にあるものが原因なのかもしれない。
ーーー彼女の目の前には、練達の研究の摩天楼(ビル)があった。
己の運命を狂わし、正しい生き方が出来ないように道を閉ざした伏魔殿が。
一歩踏み出す。
風になびいた赤色の長い髪。腰までに伸びるそれはゆったりと摩天楼の中へと吸い込まれていくのであった。
言葉にしてみれば正々堂々ではあった。
アウローラにしてみれば伏魔殿の中に真正面から突入したのだから。
そのビルの中は研究所であり、勿論練達の研究所という文字だけで、何かしらを極めているパンドラボックスであるのは容易に想像が可能だろう。
正面玄関から入り、見れば白衣を着ている者たちが多かった。
明らかに異物である姿をしたアウローラであるから、白衣を着た者たちはそのほとんどがアウローラを見た――という事はなく、何故か皆忙しく往来を繰り返すばかりだ。
嗚呼そうだ、いつもこの場所は誰しもが忙しく動き、誰しもが己の中の目標や目的や企てを達成しようと日夜を逆転させながら働いているのだ。
故に、警備がアウローラに声をかけた。
どういった言葉でアウローラに声をかけてきたのかは、アウローラの耳に残らない程のくだらないものだったが、刹那、その警備員の首がぽおんと飛んだのだ。
床はよく掃除が行き届いていた。お掃除ロボットのようなものが不規則に動いているのだから。その掃除の成果を嘲笑うかのように、鮮血が床に点を作ってから水溜まりのように広がった。
そして、一瞬の静寂。大衆の視線は一点へ向かう。
秒を置いて、叫び声が木霊した。
その時アウローラの口は三日月のように横に裂けていった。
嗚呼、なんて素晴らしいBGM!
この曲が聞きたくて来たのだ。録音機くらい持ってきた方が良かっただろうか?
元のアウローラであれば忌避していた音が、今となっては心地いい。この音はこんなにも我が心を満たすようなものだったとは――知らなかった。
それはつまり。
「何も知らない私(アウローラ)は本当呑気でいいわね……」
そう、元のアウローラはこの断末魔の意味を知らない。知らないのは罪だ。故に憎い、以前の私がこんなにも憎い―――!!
だってだってだって。
私にこんなにも酷い事をした奴らが苦しんでいる姿ってこんなにも気持ちいのだから。
本当ならこんな”間違った生まれ方”をしなかったはずなのに。
私だって普通の女の子みたいに蝶よ花よ生きる事だって出来たはずなのに。
私だってもっとこんな鮮血まき散らす場所にいなかったはずなのに。
全て狂った。
全て間違えた。
それは私のせいじゃない。
「望んだ生でもないのに本当、自分勝手な奴らだわ……」
グリムアザーズとは不遇な生き物だ。
他の種族には、男と女が愛を育んで子供を作るのだという。ほとんどの子供はその愛に守られて生きていくのに。
グリムアザースに物体としての親というものは存在しない事が多い。例えば長年燃え続けている炎から生まれてきたとか、長年代々受け継がれてきた剣とか、そういった時間をかけて意識が芽生えるパターンが多いのだ。
炎とか剣とか、それが親だと言えばそうであるが彼等は言葉を発しない。
詰まる所、生まれた状況で生活の差が決まってしまうのだ。それは―――望んでいない事なのに。
特にこのアウローラの場合は酷かった。
生まれた瞬間から地獄が始まっていたのだ。日々を、今この摩天楼の中で過ごし続けていた。まるで飼われているペットのように、ガラスのような正方形の部屋に押し込まれて首輪のように繋がれていたのだ。
時には痛い注射があった。
時には言葉にするには憚れるような実験があった。
躰を洗うときなんかホースで水をかけられるだけだし、食事も喉を通らない事が多かった。
私とは。物か?
――いや、まだ普通の家におかれているインテリアのほうが良い扱いを受けているに違いない。
そういうことだ。そういうことだから。
憎くて。
憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて。
憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて。
憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて―――全て殺すことにしました。
「あはははははははは!!」
反転する前にも出していたような笑い声が出た。おっといけないこの笑い方はよくない。
でも笑わずにはいられなかった。生を少しでも伸ばそうと抗う女を今、この手で殺した。精密にいえば細い女の首をぽっきりと折ってやったのだ、すぐに死なないようにゆっくりゆっくり恐怖を味あわせながら。
涙と涎でべちょべちょになった顔がさぞ面白かった。あれは今日一番笑った出来事とも言えよう。
それに氷漬けにした男が静かに目を閉じていくのも面白かった。人が命を落とす瞬間をゆっくり見れたのだ。
そうやって抵抗するものも慈悲無く此の世から存在を抹消させていった。
いつしかアウローラの足元には人間であった物体が山積みになっていたのだ。その山頂で、自分が大声で背を仰け反らせて快感に浸っている。
どんなセックスよりも、どんなマッサージよりも、どんな麻薬よりも気持ちいものが全身を駆け抜けていた。
今ここに復讐と破壊によって食欲や睡眠欲や性欲を満たす感覚と同レベルのものが満たされていく。
嗚呼、これが幸せ――――?
既に真っ赤に染まった両手で己の頬を、まるで美味しいものでも食べた時のように、落ちそうなほっぺを抑えた。
「全部、全部ぶっ壊してあげる……」
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やめて、やめてって、本当のアウローラは叫んでいた。
でも、その叫び声は誰一人として聞いてはくれなかった。
反転した自分は表に出ている事だろう。
何故だか、多くの命が失われていくのを両手で感じ取ることができた。
誰かの首を絞めた感触や、誰かの首をへし折った音が耳に聞こえて残る。
失われる命の鼓動が、止まるその瞬間が、目の前でムービーを見ているかのように、一枚壁を隔てた所で見える気がする。
そのたびに、やめてって叫んだ。
でも本当のアウローラはもう、誰も認識ができない。
そして、本当のアウローラはもう、誰にも認識されない。
暗闇のなかで独り、重なる罪に打ちひしがれながら知らない記憶を持った己を止めようとしていた――。
今はもう、か弱い少女のように泣きわめくしか、できない。
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出入口という出入口は全て肉塊で塞いでおいた。
常人ならば開けるのに一度は抵抗するであろう石垣を気づいて、もし逃げるならばもう高いところにある窓から飛び降りるくらいしか方法は無いように、下からじわりじわりと蹂躙を始めていた。
エレベーターは動かせないようにしておいたし、エレベーターの中に取り残された命は後々ゆっくりと調理しておこうか。ならばもうビルの真ん中にオシャレなデザインで連なる階段が移動手段だ。
もし窓から逃げるならば見逃すのもいいだろう。逃げられると希望を抱き、そのまま落ちて柘榴のように弾ける音を聞くのもまた一興だ。
アウローラはビルの上へと目指す。
その階段を上がる音は、一音一音しっかりを鳴らすのだ。それが絶望の足音であるように、聞かせながら。
やがてアウローラは一層広いフロアへと出た。
対抗するように武器を持った者たちが襲い掛かってくる――がそれがどうした、ハエが止まる程度にもならない。
「灰燼となるまで灼き尽くせ」
ふーーと息を吐いた瞬間に、まるで火を噴いたかのように灼熱が勇敢な男たちを一瞬に骨まで焼いた。
遺ったのは存在があったことを示す影だけだ。
希望を抱き対抗戦として来た者たちが一斉に叫び声をあげて背を向けた。その背を、一瞬で距離を詰めて腕で背中から串刺す形で貫いた。鈍い音、掴んだ心臓が破裂する音。
それが心地よい。
「ふ、ふふ、ふふふふふふふふ」
肉塊を捨てて更に進んだ。
すると、アウローラの躰に変化があったのだ。
「――え?」
何故か胃からせり上がるような吐き気に襲われたのだ。
こんな体調初めてだ。反転し、完璧とも言えようこの私がそんな不良となるはずなんて――。
ふと周囲を見れば、ここは研究所の本丸であった。
硝子ケェスにいれられた実験体や、サンプル。嗚呼、嗚呼、嗚呼ここはよくない記憶の場所だ。
特に憎くて、特に嫌悪の対象で、特に居たくない思い出の場所だ。私には聞こえる、硝子ケェスの中の命が殺してくれって叫んでいる。
駄目。私の中の何かがぷつんと音をたてて切れた。それは反転した自分にとっても大切なもの。
そう、理性だ――。
獣の如く叫んでいた。
それからはアウローラ自身の記憶が綺麗にすっ飛ぶ程に暴れたのだ。
慈悲は無い。氷と雷撃と炎がアウローラを中心に迸った。大切な機械であろうものや、スーパーコンピューターのような巨大なサーバーが爆発して塵へと変わっていく。途中途中でその障害物に隠れていた者たちが、炎を纏って出てきては倒れていく。
叫び声をあげながら自暴自棄で襲い掛かってきた研究所の職員の頭部をわしづかみにしてから、ショートしている電線に押し付けた。躰が感電して愉快奇天烈な動きをしながら白目剥いた職員さえ、眼中に無いようにアウローラは頭を両手で抑えたのだ。
まるでそれは自殺行為のような所業であった。
修羅と化したこの紅蓮の魔を一体どこの誰が止められるというのだろうか。
既にもうローレットには襲撃の一報は届いているのだろうが、勇者たちが来るより先にこの摩天楼が滑落するのは見え透いた未来だ。
吐きそうだ。
「みんな、壊れてしまえーー!」
苦しい。
「すべて、消えてしまえ――!!」
誰か。
「全部壊れてしまえ!!」
忌々しい記憶を。
「全部滅んでしまえーー!!」
消して。
刹那、この階の天井が崩れ落ちてアウローラや生存者ごと全て圧縮(プレス)され、床がくだけて落ちていった。
山のように積まれた瓦礫。
暫くは埃や、煙に塗れて視界が何も見えないブラックが続いた。
やがて、山の中から這い出るように。アウローラが立ち上がる。
発狂しそうなほどに傷ついた躰であった――骨は飛び出て、足下に血が流れるのが止まらない。しかし、それも時間と共に逆転再生するようにして――元通りになっていくのだ。
アウローラは全く痛みを感じなくなった手を、何度かグーパーと開いてから、笑った。
「こんな国(練達)、さっさと滅ぼすに限るわ……」
今日は己の復讐を果たした。
なのにどうしてこんなに苦しいのだろうか、辛いのだろうか。
これもすべてこの国がいけないんだ。
この摩天楼を破壊すればすっきりすると思ったのに、己の憎悪はここまでも堕ちていたのか。
許さない。
こんな私にした世界を赦さない。
だから私は――――全てを破滅に追い遣ることにしました。
――やめて、お願い、やめて。
やめてよ!!