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ものがたり

登場人物一覧

鹿王院 ミコト(p3p009843)
合法BBA
鹿王院 ミコトの関係者
→ イラスト


 ひとつ、びゅうと吹いた風に、イチカは思わず肩をすくめて白い息を吐いた。
 寒い日が続くと思っていたものだが、今日のそれはひとしおで、風が強く、どれほど防寒着を身に着けても体の芯を狙ってくるようだった。
 手のひらをこすり合わせ、『は』の形に開いた口から暖かい息を吹きかける。
 貧乏くさく膝をふるわせたくなったが、兄の前だ。今更感はあるが、少しは体裁を整えようと我慢する。
「ああ、寒ぃ。ったく、火がなきゃやってらんねえな」
「まったくです。その点だけは、奴らに感謝をするべきかもしれませんね」
 そんな兄の言葉に、思わずイチカは眼を見開いた。
「どうしました?」
「……いや、兄貴が冗談に付き合うなんて珍しいから」
 そう言うと、ナナセは自分の顎に手を当てて、考え込むような素振りを見せる。
 真面目な兄のことだ。自身の感情の機微についても、理由をつけようとしているのだろう。
 それをただ待つのも難であったので、イチカは火元の方へ眼を向けた。
 赤々と、赤々と燃えている。木造の屋敷全体が轟々と燃え上がり、中からはくぐもった悲鳴が聞こえてくる。
 その悲鳴自体に、感情は浮かばない。それはただの過程だ。それがなんであれ、イチカとして、そしてナナセとしては、結果は同じであるのだから。
 ふたりして、屋敷にあるすべてを、皆殺しにした。
 その結果に辿り着くまでの、過程に過ぎないのだ。
「ああ、そうですね」
 自分の感情に何か合点がいったのか、俯いていた兄が顔をあげる。彼もまた、その過程自体にはなんら感慨もないようで。
「きっと私も、彼らには多少ムカついていたのでしょう」
 そんな言葉に、またイチカはきょとんとしたような顔をする。
 そんなことにも、思考を要したこと、ではなく。
「どうしました?」
「あー、いや、兄貴の口から、『ムカつく』なんて初めて聞いたから」
「そうですか? ふむ、まあ私も、貴方に影響を受けているということかもしれません」
「もしくは、親父に?」
「父上に? ああ、ええ、それはそうかも」
 何となく吹き出して、寒空の中笑い合う。
 悲鳴さえ聞こえなければ、それは寒い冬の、のどかな昼下がりに映ったかもしれない。


「結局、ばーちゃんの蒔いた種だったな」
 隣でイチカが話しかけてくる。状況を考えているのか、それは自分にだけ聞こえるような小声だった。
「そのような言い方はよしなさい。人を消すような邪教の集団を、放っておくのも害しか無いでしょう」
 そりゃあそうだけど、と、憎まれ口を叩いた弟は、両手を頭の後ろで組んで、天井を見上げた。
『サグナルフェストロ会』。最近になって、鹿王院を襲撃していた者たちの正体は、そのような名前の宗教団体だった。
 以前はそれなりの規模を持った団体であったとは、祖母の談である。現在は信者を減らし、活動を大幅に縮小させているが、その原因が祖母であった。
 彼らの大掛かりな儀式を襲撃、儀式具、術具、拵え、その尽くを破壊し、彼らの言う『神前酒』なるものを奪ったのだそうだ。
 つまるところ、彼らの襲撃の目的は、こちらへの恨みと、神前酒の奪取にあったというわけだ。
「だいたい全滅させたと思っておったのにのう。叩き方が足りんかったか」
 とかなんとか言っていたが、事の害は鹿王院の家全体に及んでいる。
 神前酒を返してしまっては、という意見もあったが。ふたつの理由で却下された。
 ひとつ、どのようなカラクリであれ、祖母は神前酒によって人が消失するところを見ている。そのような呪具を怪しげな集団 に渡すわけにはいかない。
 ふたつ、彼らは鹿王院に手を出したのである。それ相応の報いを受けさせてやる必要があった。
 よって、ナナセとイチカが彼らを下すということになったのだ。
 サグナルフェストロ会である、ということさえわかれば、彼らの本拠地はすぐに見つかった。
 何の変哲もない、平屋。しかしその実態は地下にあった。下へと続く階段を降りてみると、その下は広大であり、何十人と押し寄せても手狭さを感じない程度のそれが広がっていた。
(妙に、隣家屋と敷地が離れていると思ったら)
「あーらら、こりゃすげえ」
 思わず感心するイチカ。しかしその視線はするどく、地下階全体を探索していることをナナセは知っている。
「人数はまあ、やっぱそれなりだな。どうする? ひとりひとり、殺してまわんの?」
 そのような非効率手段はできれば取りたくはない。
 多数の信者が集っているというのは、前提であったために問題はない。彼らを一網打尽にするために、大掛かりな儀式の日を事前に調査し、こちらの日程を合わせたのである。
 故に、なんとしても今日この日に、始末をつける必要があった。
「……イチカ、地上階への階段以外に、出口はありますか?」
「ん? あー、いや、ねえな。搬入用のエレベーターも見当たらねえ」
 なんとも不用心な話だ。一般家屋のレベルであれば、それも問題はないのだろうが、この規模となれば話は別である。
 これではまるで、そうしてくれと言っているようなものだ。
「なるほど、それは、作業が少なくて助かります」
「……どうする気?」
 ナナセは思う。きっとその時、自分は本当に、いつもどおりの顔であったのだろうと。
「燃しましょう」
 だから否応なく、そういうことになった。


「熱中しすぎるってのも、考えもんだよなー」
 窓を封鎖しながら、イチカがぼやく。
 放火を決めたふたりが行ったのは、まず地下階へと続く階段の封鎖。
 次に、地上階の窓を塞ぐことだった。
 儀式に熱中しているのか、それなりの音を出しても気づかれない。どころか、地上階には誰ひとりとして残っていないのである。
 自分たちが邪教のそれだという自覚はないのだろうか。見張りの一人も、立てていないだなんて。
「しかし、そのおかげで作業ははかどっています。それほど、熱狂する何かが彼らの儀式にはあるのでしょうね」
 だがその儀式の中身に興味はない。彼らのルーツを掴む必要も、その教義を否定する必要も、こちらには無いのだから。
「それに」と、兄が続ける。
「地下もそうですが、この屋敷全体にも魔術的な防御は多重に織り込まれています。きっと、優秀な術者を何人か抱えているのでしょう」
 それは、その通りだ。
 イチカを罠にハメた結界術士しかり、サグナルフェストロ会は優秀な術者を信徒としているのだろう。しかし、術式に長けるほど、見えなくなるものがある。
 それは、物理手段だ。
 術式を万能と見るあまり、物質的な手段への懸念が薄れる。独覚の術士や、このような間口の狭い団体にはよくある話だった。
「さあ、こちらは終わりました。イチカはどうですか?」
 急ピッチで封鎖を進めたものだから、それなりに汗をかいた兄が、いつもの柔和な笑みを浮かべてこちらの様子を伺ってくる。
 それが、無感情や押し殺したそれによるものでないことはイチカもわかっている。単に、この団体への興味がないのだ。ただ敵であると知れた時点で、攻略情報としての内情は欲しても、団体そのものへの関心は薄れてしまっている。
(ま、それは俺も同じか……)
「ああ、こっちも問題ねえな。隣近所との間も長ぇし、庭が燃えないようにすりゃ、後はいいんじゃね?」
 それは、特殊な環境で育った故であろうかと、そんなことを考えそうになって、イチカは打ち消すように頭を振った。疑うことを避けたのではない。そのような自己問答は、とっくのとうに絞り尽くして、それでも自分は、ここにいるのだから。


 赤々と、燃えている。
 赤々と、燃えている。
 中からはくぐもった叫び声が漏れ聞こえ、内部の惨状を表している。
 正直なところ、感慨らしいものはない。せいぜいが、「ああ、燃えているな」と、当たり前のことを思うばかりだ。
 弟がそれを知ったら、冷たい人間だと思うだろうかと、そんなことがふと頭をよぎったが、すぐに打ち消した。そんな事を今更、語り合う必要など無い。思惑の何もかもを吐露しなければ互いを理解し合えない関係など、とっくのとうに通り過ぎている。ナナセにとって家族とは、そういうものだった。
 ひときわ、大きな音がして、隣で弟が身構えたのを感じた。
 当代において、対人の役割はイチカに当てられる。この場合、術士が対面に立ったならば、その相手をするのはイチカの役目となる。
 だから、それがわかっていてなお、ナナセは一歩前へと踏み出した。
「ちょ、おいおい……」
 イチカが呆れたような声を出すが、止める素振りはない。わかってくれるのだ、この出来た弟は。こういう時、共に役目に当たりたいのだと、こういう時、こういう時でもなければ、一緒に何かをすることはないのだから。
 だから弟も、呆れた顔でわざとらしいため息をついて、足並みを揃えてくれる。
 今の音は、入り口から誰かが抜け出したものだろう。地下への階段だけでなく、窓も裏口も厳重に塞いでおいた。焼かれながら逃げ惑い、それでも活路があるのは、この正面玄関しかない。
 悲鳴を上げながら、衣服と肌を焼かれながら、それを地に転がって懸命に消しているのは、ひとりの男だった。見たことのある顔だ。調査した資料に載っていた、この団体の、ナンバー2。名前は、なんと言ったっけ。
「きさっ、きさまらがっ」
 どうやら、やっとの思いで火を消すことには成功したようで、男は荒い息を吐きながら立ち上がり、こちらを睨めつけてくる。それがなんだか不快だったので、二の句を次ぐ前に近寄り、右手で首を締め、掴み、そのまま持ち上げた。
「―――ッ」
 男が目を見開き、もがく。大の男をひとり、持ち上げてみせたくらいで、信じられないと言った顔をしている。
「術士の家系の長がよ、体を鍛えてねえわけ無ぇだろ」
 もがく男のこめかみに、イチカが銃を当てる。消音器がついたそれから吹き矢のような細い音がして、脳を貫かれた男はあっさりと絶命していた。
 血がかかるまえに、投げ捨てる。
 同時に平屋が倒壊を初め、少しすれば、そこには燃え尽きた残骸しかなく、後からは誰も出てくることがなかった。
「帰りましょうか、イチカ。本日は母上が腕によりをかけると」
「うげ、なんでお袋は、メイドがいるのに料理したがるんだよ……」
「イチカ、女中さんをメイドと呼ぶのはちょっと」
「なんでぇ? 住み込みで家事する人はメイドさんだろ?」
 互いに今しがた、団体をひとつ皆殺しにしたことなどなかった風に、忘れてしまったかのように、家路につく。
 ただ、少し不安だった。元より敵の本拠地。皆殺しにする予定だった。だから効率的に、燃やすことにした。
 本当にそれは、家族に反感を買うことはないのだろうか。
 常識だとか、世間の目だとか、そんなことはどうでもいい。ただひとつ、家族に、一緒に歩むこの弟に、非難されるようなことを、自分は選んでいないだろうか。自分は正しく、鹿王院でいられているのだろうか。
 そんなことを―――「兄貴さあ、」
 いつの間にか俯いていたので、顔を上げる。そこには、呆れたような弟の顔があった。
「心配し過ぎなんだよ」
 ―――――ッ。
 それだけで、それだけで十二分。
 何を、とは聞かない。何に、など言うまでもない。
 それだけで、迷いも、葛藤も、交錯も、払拭される。心が真白に晴れ渡り、胸がいっぱいになる気持ちだった。
 本当に、出来た弟だ。
「お、見ろよ兄貴」
 弟が上を向く。
 自分もそれに合わせた。何かが流れて、零れ落ちそうだったので、ちょうどよかった。
「雪だ」
 明日もきっと、冷え込むだろう。

おまけSS

 ちょうどその日はまた寒い日で、平日だがやることもなかったものだから、それならもう酔っ払ってしまおうと、昼間から酒を探していてのことだった。
 だがそれが、欲しい時に欲しいものとはちょうど無いもので、家の中のどこを探してもワンカップひとつ見つからない。
 どこをどう引っ掻き回したのか、やっとの思いで見つけた一升瓶。これや幸運と飛びつき、栓を抜いて、もういっそ喇叭飲みぞと傾けたその時だ。
 そういやこれなんの酒だっけ。ラベルないじゃん。え、ラベルがない?
 傾けたその場から緊急回避。見えない中身を避けるよう全力でその場から飛び退いた。
「うお、おおお、し、死ぬかと思ったのじゃ……」

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