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ビジネスアデプト

登場人物一覧

新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ

「少し予定が狂ってしまいましたね」


 新田寛治は現在、ある依頼で貴族の邸宅へと潜入していた。隠密性の高い任務であったため愛用の長傘は勿論のこと、邪魔になる装備は全て置いてきている。では何故、この後に及んでフォーマルスーツなのか? 音の鳴りやすい革靴なのか?
 決まっている、これこそが日本のサラリーマンの戦闘服に他ならないからだ。
 実際寛治は足音どころか衣擦れの音一つ立てずに任務を遂行してみせた。まあ最終的には逃げる段階になって見つかってしまったが。
 絶賛逃走中の寛治は貴族の私兵に追われながら無駄に長ったらしい廊下を駆け抜けていた。


「問題ありません。ビジネスにトラブルは付き物です」


 何にせよ結果にフルコミット(とにかく全力で頑張る)しなければ寛治の命は無い。任務は既に達成している以上、あとは逃げるだけだ。


「家に帰るまでが、ビジネスシーン!」


 軽やかな身のこなしで跳躍した寛治は廊下の突き当たりの窓をぶち破り、中庭へと脱出を図った。


「……やれやれ。今日は残業になるかもしれませんね」


 腕時計に目を向ければ、時刻は16時50分。もうじき定時だ。異世界に来てまで残業に悩まされるとは……と、寛治はかぶりを振る。
 中庭に出た寛治を待っていたのは、先程とは別の私兵達。雰囲気が違う。邸内に居たお行儀の良い連中とは明らかに異なる荒事に特化した者達。
 脚だけで逃げ出せる状況では無さそうだ。ここは強引にでも突破しなければならない。
 まず優先すべきは、現状を正しく把握すること。地面は芝生、踏み込みに影響は無し。敵は三人、うち二人がロングソード、一人は短槍だ。
 そして表情……ニヤついている。


(オポチュニティ(営業チャンス)!)


 素手と得物、その最大の隔たりはリーチの差だ。剣と素手なら三倍の技量が必要という説もある。必ず三倍必要とは言い切れないが、無手専門ではない寛治の場合は必要だろう。
 だからこそ今はチャンスだ。右から迫る短槍使いに寛治は標的を定めた。剣ですら三倍、槍を相手にするなど想像したくもない。
 もっともそれは、平時であればの話。
 接近した寛治は素早くジャケットを脱ぎ、短槍使いの視界を遮るように広げた。


「ちっ、往生際の悪い!」


 悪態を吐く短槍使い。乱暴に左腕を振り、ジャケットを取り払おうとする。“短槍から片手を離して”。
 短槍と言ってもそれは槍の中では短いというだけで長物の類だ。盾を併用することもあるため片手でも扱えるが、十全に操るには基本的に両手を要する。
 しかし油断故か、短槍使いは愚かな行動をした。
 


「シィッ——!」


 振り払われたジャケットを如何なる手品か既に元通り着込み終えていた寛治は、間髪入れずに鋭い前蹴りを放つ。狙いは槍を持つ右手首。指を狙いたかったが位置が悪い。しかし、目的は果たした。
 短槍使いは得物を落とし、顔を歪めた。優越感が一転、青い顔色だ。若干のカタルシスは感じるが、浸っている時間は無い。動揺した短槍使いの肩を掴んで強引に引き寄せ、金的に思い切り膝を入れる。


「〜〜ッ?!」


 声にならない悲鳴。悶絶しながら短槍使いは蹲った。防具越しではあったが衝撃までは殺せない。しばらく立ち上がれないはずだ。
 一人を戦闘不能にした寛治は再び走り出す。唖然としていた剣士二人もすぐさま彼の後を追い始めた。
 寛治は速度を落とさないまま邸宅の母屋と離れの間に入った。


「馬鹿が、そこは袋小路だ!」


 その通り。この先は母屋と離れ、そして高いレンガ造りの塀に囲まれた行き止まりだ。
 そしてそれを寛治は最初から“知っていた”。彼は突然ブレーキをかけてUターンし、先頭の剣士へ殴りかかった。
 傍目に見れば、苦し紛れの逆襲。剣士に動揺は無い。油断なく寛治の動きを捉えていた。彼の攻撃が届く前に斬り捨てるべく剣を構えて——ガキンッという音が響く。


「しまっ……!?」


 剣は外壁に阻まれ寛治を捉えることはなかった。彼は追い込まれたのではなく、ここへ誘い込んだのだ。こんな狭い道では剣による攻撃手段は限られてくる。加えて相手するのは一人ずつでいい。
 寛治は剣士の兜へ横殴りの掌底を叩き込む。殺傷には至らないが、脳震盪までは防げない。一瞬の混濁、それで十分だ。隙を見せた剣士の顔面を横蹴りで蹴り抜いた。今度こそ失神は免れないだろう。


「貴様ぁっ!!」


 残る一人の剣士が寛治へ襲いかかる。二度も愚は犯さない。斬るのではなく突いてくる。これも予測の範囲内だ。突きは攻撃面積が狭い。加えてロングソードでは多彩な突き技を使うのは難しいだろう。
 二度、三度と繰り出される突きを寛治は冷静に処理しつつリズムを測る。怒りで単調になった攻撃は実に読みやすい。
 四度目の突きに合わせて腕が伸び切ったタイミングで手首を掴むと、肘に向けてカチ上げるように掌打を放つ。


「っがぁぁああ!!?」


 関節技とは何も極めるだけが全てでは無い。掴み即打ち、折る。テコの原理で肘関節を破壊したのだ。関節破壊の痛みは想像を絶する。並みの精神では耐えられない。この剣士に寛治を追う気力は残っていなかった。


「……ありました。どうやら見つからなかったようですね」


 塀の根元辺りの地面を軽く掘ると、鉤爪付きのロープが出てくる。侵入の際に使ったもので、ここに埋めておいたのだ。
 寛治はそれを使って塀を登り、塀の外への脱出を成功させた。


「役立たずどもが。案の定抜かれてきたか」


 だが、すんなり帰宅出来そうには無い。
 邸宅の外の森に待ち構えていたのは全身鎧の長槍を持った大男。困ったことに、明らかにそうと分かるほどの手練れ。武器を持っていたならまだしも、素手で相手をするのは厄介だ。


「連れて来いと言われているが……面倒だ、ここで死ね」
「謹んで、お断りさせていただきます」


 答えは聞いていないとばかりに振り下ろされる長槍。ステップで躱して事無きを得るが、そう簡単には行かない。続け様に迫る薙ぎ払いが寛治を捉えた。


「ッハ……!」


 長槍の間合いは広く、回避は間に合わなかった。強制的に肺の空気が吐き出される。
 だが、足は止められない。全身鎧との距離を詰める。そうしなければ嬲り殺されるだけだ。闇雲に突っ込んだところで結果は出せないが、せめて身を低く、少しでも捉えづらいように。


「甘いっ!」


 しかし全身鎧は冷静だった。無理に穂先で狙う事はせず、石突きで寛治を強かに打ち付けた。
 膂力と遠心力の込もった一撃は寛治を軽々と弾き飛ばし、再び間合いは遠くなる。


「くっ……あの契約金は安すぎましたね……」


 こんなのが居るとは聞いていなかった。どうも割りの悪い仕事だったようだ。


(やはり正面からは厳しいですね。しかし、運は私にあるようだ)


 寛治は走り出す。今日はずっと走ってばかりだ。それでも死ぬよりマシと言うもの。


「貴様、逃げるかぁ!」
「ここまでオンスケです。貴方以外は」


 アジャイルに。とにかく素早く安全にここから逃走することこそ寛治の目的だった。
 森へ逃げ出した寛治を追って全身鎧も走り出す。重苦しい格好の割りに素早いが……。


「17時、退勤時間です。お疲れ様でした」
「貴様ぁぁぁぁあああ!!!」


 全身鎧は確かに強い。それは間違いない。しかし誰かを追いかけるのには向いていない。
 TPOに準じた(?)寛治の勝利だろう。新田寛治は森に潜ませていた軍馬に乗り、颯爽とその場を後にした。

  • ビジネスアデプト完了
  • NM名Wbook
  • 種別SS
  • 納品日2019年09月18日
  • ・新田 寛治(p3p005073

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