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武器商人と冥夜の話~遠吠え~

登場人物一覧

武器商人(p3p001107)
闇之雲
鵜来巣 冥夜(p3p008218)
無限ライダー2号

 退屈だ。
 療養ってどうしてこんなに退屈なのだろう。冥夜はそう思った。朝から晩までじっとしているだけ。いわゆる絶対安静。暇つぶしのたぐいはなく、外出許可はもちろん下りない。
 体は悲鳴をあげている。痛みが全身を突き抜けている。先日の戦いで魔種となった兄弟機、朝時と対峙した冥夜は、単身朝時へ突っ込み重症をおったのだった。

 ――目を……目を覚ませ、クソ兄貴……!
 ――目を? 目を覚ますのはオマエの方だよ、冥夜。己に正気という枷を付けたままのオマエが、どうして俺に勝てる?
 ――違う……違う! アンタのやり方は間違ってる! そっちに落ちてしまったら、もう世界平和だなんて……。

「せかいへいわ」
 声に出していってみる。それだけでズキズキと痛みが走る。
「せかいへいわ」
 もういちど。舌の上で転がしてみる。その言葉のむなしさよ。うつろなことよ。そんな御大層なお題目は最初から眼中になかった。視野が狭いと言われようと、己のエゴだとわかっていようと、冥夜はただ、苦しむ兄を救いたかっただけだ。だが兄を止めることはできなかった。知らないうちに兄はシュプレヒコールの仲間となって、ただ力だけを欲するようになった。せかいへいわなる、美しすぎる目標を掲げたままで。泥に首までつかっている……。
 なんとかして兄上を沼から救い出したい。反転した者が正常に戻ったことはない。知っている。それでも兄上の魂だけでも、運命座標の特異点として、すくいあげることはできないのか。じっとしていると、それだけで頭が兄のことでいっぱいになっていく。気持ちは沈む一方で、ちっとも晴れやしない。暗澹たる思いを抱えたままじりじりと時間がすぎるのを待つだけだ。ああ、今頃再現性歌舞伎町のシャーマナイトはどうなっているだろうか。R.O.Oもログインしていない。何かをしていないと自分の存在が崩れ去る気がする。幽霊のようにゆらゆらと頼りないものになって消え去ってしまいそうな気がする。焦燥が胸をカリカリと胸をひっかき、冥夜はいつしか奥歯を噛み締めていた。
 こんな傷、吹き飛んでしまえばいい。いや、吹き飛ばしてしまおう。なにもしないのは性に合わない。
 冥夜は掛け布団を跳ね、起き上がった。包帯だらけの体でベッドへうつぶせになり、腕立て伏せをはじめる。
「1・2、1・2、1・2!」
 1でぺたりと体をベッドへ伏せ、2で勢いよく全身を起こす。頭からくるぶしまで直線を意識し、痛みへ負けないように大きく掛け声。よしよし、いい感じに体が温まってきた。骨までしみる苦痛にもめげず、冥夜は腕立て伏せを続ける。
「1・2、1・2、1・2!」
「なァーにをやってるんだね、セパード」
 呆れた声と一緒に頭へなにか投げつけられた。大きくバウンドしたそれを、冥夜は手に取る。皮の分厚い柑橘類だ。ミカンにしては紅が強くて大玉、へたのあたりがくしゅくしゅしている。
「おとなしくしろとあれほど言いつけたはずだよ。我(アタシ)の命令が聞けないならお仕置きだ」
「こ、これはご勘弁を」
「やれやれまったく。せっかくジュエリーフルーツの中でも最上級品を仕入れてきてやったと言うのに、馬鹿なことをしてるんじゃない」
 冥夜は急いで布団の中へ入った。武器商人は冥夜にとって師匠にあたる。その師匠の言いつけを破ったとあらば何をされてもおかしくない。最悪拘束魔法でぎちぎちに締め上げられて放置なんてこともありうるだろう。何が起きてもおかしくない。ここはサヨナキドリの一室。顔役であり師匠でもある武器商人の胎内にいるようなもの。武器商人がここへやってきたのも偶然ではないだろう。
 自分のしていることが筒抜けになっている、そう考えると冥夜はあらためてぞっとした。なんとか言い訳を試みる。
「いやしかし、その、もちろん療養は大事ですが、それ以前に体がなまるのが怖くてですね。ほら、イレギュラーズとして!」
「キミはあの激闘でコアにヒビが入りかけたんだよ? わかってるのかね? パンドラまで使い切ろうとしたと聞くよ?」
 武器商人が首を傾げた。重い前髪がさらりと横へ流れて、片目があらわになる。その冷たさ、容赦の無さに冥夜は布団の中へ縮こまった。
「し、失礼いたしました!」
「今は誰の言うことを優先すべきか、わかるね?」
「もちろんです!」
 ふっと武器商人から圧が消えた。別人のように和やかになった気配に冥夜はほっとする。
「わかればよろしい」
 武器商人は椅子をひっぱり、冥夜の枕元へ座った。そして袖から果物ナイフをとりだし、ジュエリーフルーツの皮をむきはじめた。武器商人がナイフをすべらすつど、分厚い皮がこそげてゴミ箱へ落ちていく。それを見るともなく見ながら冥夜はため息をついた。
「ダメなんですよ、自分は機械体ですし、ワーカホリックな性分ですから、ただぼーっとするだけというのが非常に苦痛でして」
「そうだろうねぇ」
 意外にもあっさりと武器商人は肯定した。
「だからこそサヨナキドリへ隔離したんじゃァないか。キミ、放っておいたらまた犬みたいに兄を探し回るだろう?」
「う……」
 図星だった。ちょうど武器商人の手を離れたらそうしようと思っていたところだ。冥夜はコロコロと布団の中で寝返りを打ち、口を開いた。
「俺は、いまある意味幸せなのかも知れませんね。兄上のことだけを考えることができるから」
「そうだね。だけどセパード、キミは猟犬にはなれないよ」
 冥夜はだまりこんだ。武器商人がゆっくりと続ける。
「なに、牧羊犬には牧羊犬のよさがあるさ。身の程をわきまえた上で動き給えよ。特攻なんかせずにね」
「ですが、兄上が次はどこに出没するかわからないのに……」
「時を待てと言っているんだ」
 武器商人がナイフを操る手を止めた。
「いけないよセパード。人には向き不向きがある。焦る気持は良くわかるけれども、背伸びはよろしくない。それに……」
 武器商人は前髪の下からうっすらと片目を透かしている。それは笑みの形をしていた。
「キミはシュプレヒコールを追い詰めるための重要な戦力なのだから。欠けてほしくないのだよ。わかってくれるとうれしいね?」
「……」
「我(アタシ)だって弟子が遠くへ行くのは、いやだよ?」
 冥夜は驚き、目を丸くした。武器商人の声はやわらかく、きしむ胸へ吸いこまれていく。急いてしまうあまり、あやうく忘れるところだった。そうだ、自分にはこんなふうに、必要とされているのだ。自分には居場所があり、そこを守る責務がある。胸がじんわりと熱くなってきた。体に新しい息吹が満ちるのを感じる。そもそもこの戦いは、武器商人の番を巡って始まったのだった。そこのところを忘れかけていた己が軽薄にすぎるように思えて、冥夜は自分で自分の頭を殴りたくなった。そのいっぽうで、やはり兄のことが頭を離れない。
「殺し文句はやめてください」
 自嘲を込めたつぶやきを冥夜は落とした。それは絹の布団の上を転がっていき、床に落ちて溶けるように消えた。まるで雪のように。
 あの黒い雪を思い出す。兄は寒そうだった。凍えて、震えているように見えた。
 兄を救えるのは自分だけだ。その考えは今も冥夜の体の芯へ巣食っている。たとえ向いていないと言われようと、自分は兄を追いかけるだろう、猟犬のように。己の性に苦笑した時、ふわりと頭に手を置かれた。
 武器商人の、男とも女ともつかない白い手が冥夜の頭を撫でている。何かを思い出しかけて、冥夜は目をパチパチさせた。思い出の引き出しを手当り次第開いていると、声が降ってきた。
「ほら、上を向きな。皮がむけたから食べさせてあげよう」
「いえ、いいです。自分で食べられます!」
「絶対安静」
「……はい、わかりました」
 師匠の命令には逆らえない。冥夜は仰向けになると、小さな子どもみたいにおとなしく口を開けた。一口サイズに切り分けられた果物が、口の中へ押し込まれる。ひんやりと冷たく、甘く、毒のような熱に侵された体を洗い清めるかのような美味だった。思わず感嘆をもらすと、武器商人は優しい目で冥夜の頭をもう一度撫で、さらに一口果物を食べさせた。
(なんだろう、なにか、むかし……)

 同じようなことが、あったような。

 ざっと目の前にノイズが走る感覚。武器商人の姿に誰かが重なる。
(……夜、冥夜)
 それは幻でしかないとわかっていた、それでもなお冥夜は目を凝らした。
(冥夜)
 まだ試験用ボディだった頃の、兄の笑顔。思い出が脳裏ではじけ、冥夜は飛び起きた。
「兄上!」
 肩で息をして詰め寄った先は、似ても似つかぬ武器商人でしかなく……。
「どうしたんだい?」
 のんびりと聞いてくる武器商人がいっそ小憎らしい。
「俺が子どもだった頃、体調を崩したら、兄上が、兄上が、いつも傍らに……」
 かっと顔が熱くなり、喉の奥がごつごつしてきた。こらえればこらえるほど涙の膜は分厚くなり、視界を歪めていく。ぼんやりとした視界の中で、またも武器商人へ兄の面影が重なった。
「すみません」
 冥夜は横になると、布団をかぶった。枕元にあったタオルで目元を必死に抑える。
(兄上、兄上、兄上、どうしてですか。どうしてこんなに、俺たちは分かたれてしまったのですか)
 ときに思い出ほど残酷なものはない。それがあたたかければあたたかいほど、鋭利な刃が心を切り刻む。冥夜は気づいた。ほんとうに血を流しているのは、このコアの中身なのだと。せかいへいわ。クソくらえだ、そんなもの。俺はただ兄上と一緒にいたかったんだ。それだけだったんだ。静かな雨に降りこまれて、ふたりだけの遊びをしていたあの頃のように。
「すみません、もう少し、そばにいてください」
 布団から手を出して武器商人の袖をつまむと、冥夜はなんとかそれだけ言った。

 腹の奥から叫びたかった。言葉にならない思いがこの世にあるのだと、冥夜はその時初めて気づいた。

  • 武器商人と冥夜の話~遠吠え~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2022年02月09日
  • ・武器商人(p3p001107
    ・鵜来巣 冥夜(p3p008218

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