SS詳細
ちっちゃなパンケーキたちの奮闘
登場人物一覧
●One Year Later...
今年も多神教世界『ホラディタ』では代表守護四神が選ばれた。
しかし今回はこの世界に繁栄をもたらす神々を祝福する裏側、新たなる守護四神に引継ぎを終えた前年の神たちの活動にカメラは迫ってみたいと思う。
ようやく肩の荷が下りたとバカンスに行く神もいれば、来年こそは守護四神に返り咲いてやるぜと闘志を燃やす神もいる。
昨年はイレギュラー的に新神が多い年であったが、果たして……。
「ホラディタには一年ぶりかしらねぇ。皆さん、お元気かしら?」
「にゅにゅー」
ゴォと音を立てて飛行機が飛び去り、ガラスケースのような空港ロビーに一組の旅行者が降り立った。
「きっと驚くわよね。だって突然なんですもの」
「にゅっ」
大きな白い帽子に白いノースリーブのワンピース。
白い豊かな髪を一つに編み込んでラベンダー色の旅行鞄をころころと引きずる。
ヤシの木の通りをのんびり歩く、その肩には金色のふわふわ妖精さん。
丸くてちっちゃな毛玉はくふくふ口を覆って楽し気に頷いた。
「まぁ、クララったら。いたずらっ子さんねぇ。でもね、ワタシも嬉しい悪戯は大好き」
長身にハイヒール。顔半分を覆う大きなサングラスを外すと真珠灰の大きな瞳が現れた。
「パンケーキの小鹿ちゃん達はお元気かしら。ちっちゃな幸せをたっぷり重ねて、いまは大きなパンケーキになっていると嬉しいな」
ベルフラワーのように可憐に笑ったポシェティケトは旅行鞄から手を離す。
途端にすっくと立って、ぽてぽて自立して歩き始めた鞄を誰も気にしない。
ここは神さまと人間と獣が混じりあって暮らす闇鍋世界。不思議な奇跡がいっぱい溢れている。
「うわぁぁ、どうしよう。財布がない!! さっきまであったのに」
「あらまぁ、大変」
叫び声にポシェティケトは振り向いた。
頭を抱える男性は同じ旅行者だろうか。せっかく素敵な南国に降り立ったというのに不幸なことだとポシェティケトは頬に手を当てた。
「お金がなかったら美味しいものがお腹いっぱい食べられないわ。いざとなったら鹿は葉っぱを食べれば良いけれど、中にはそれじゃあダメな人たちもいっぱい居るものねぇ。ねぇ、クララ、かばんちゃん。一緒に探してあげましょう?」
いえす、まむ!!
ぴっと並んで敬礼する旅行鞄とクララシュシュルカポッケにポシェティケトが微笑みかけると、どこか遠くから蹄の音が聞こえてきた。
――どいて、どいてー-!!
ばびゅん、とパンケーキ色の風が吹いて前髪が揺れる。
――どっせぇー-いっっ!!
「ぎゃあぁぁぁぁ!?」
「あら、まぁ」
空中を駆けてきた勢いそのままに、こぶし大の小鹿が男性に頭突きをかました。
勢いよく吹っ飛んだ男性はそのまま緩やかな放物線を描いてベンチ後ろの排水溝につっこむ。
――ふぅ、またつまらぬものを蹴ってちまったわ……いや、頭突き?
ぴるぴるとクロワッサンのような尻尾が揺れる。
「あっ、オレの財布がびしょ濡れになってる!! と婚約指輪!? 嘘だろ、これまで落としてたのかよ!?」
危なかったと男性は鹿のように飛び跳ね、喜んでいる。
良かった良かったとポシェティケトは目を細め、クララも旅行鞄もぴょんぴょん跳ねて喜んだ。
――むふふ、ご声援ありがとうございます。あたちのタックル、すごいでしょ?
「ええ、とっても」
――でしょでしょ。何といってもあたちは『ここぞの神様』。ここぞというときや、ピンチなとき。ばびゅんと飛んできてお助けするのよ!!
「まぁまぁ、それはえらいわぁ」
えっへんと顎を逸らして得意げな小さなパンケーキ色の小鹿。顎をくすぐってやると、嬉しそうにくるくると鳴いた。
「アナタにはリボンが無いのね」
――あたちはまだ見習いのココちゃんなのよ。でもでも、主さまみたいに大きくなって、信徒の皆ちゃんにありがとうーってリボンをもらえるようになるのが夢なの。
「ココちゃん?」
――ここぞの神様のことをね、ココちゃんって皆ちゃん呼ぶの。
「そうなのねぇ」
一年の間に、ここぞの神様は随分とホラディタの民に好かれたようだ。
この子は分霊のような存在なのねと小さな仔鹿を掌にのせる。
「ねぇ、見習いのココちゃん。ワタシたちを大きなココちゃんたちの所まで連れて行ってくれないかしら」
――きれーなシカのおねーさまもお困りだったのね。ええ、あちしにドーンとおまかせよ!!
●
――この度はうちの仔がたいッッへんッッご迷惑をおかけしました、ポシェティケトさま!!
――?
森を抜けた先、海原を望む草原にその社は建っていた。
白い神殿の中枢にいるのは見上げるほど大きな鹿の群れ。首には赤いリボンがついている。
その巨体が揃いも揃ってすべり台のようにぺったりと頭を下げていた。
「いいえ、とっても楽しかったし助かったわ。ありがとうね、小さなココちゃん」
――どいたしまして、まっしろなぽちぇてぃけとさま。困ったときは、また、あちしがバビュンとお助けしますね!!
――この仔ったら!! もうっ、反省しなさい!!
「ふふふ、そんなこと言わないで。この仔、生まれたばかりのアナタたちにそっくりよ。小さな小さなワタシの神様たちはもうこんなに大きくなっちゃったのねぇ」
――はい、この一年。ホラディタでの信仰を集め、何とか南の国を守りきることができました。
「お疲れ様、みんな、よく頑張ったのねぇ」
ねぎらいと愛情をこめてポシェティケトが頭を撫でてやると、ここぞの神様はくるくると甘えるように声を出した後、ハッと我にかえったようにコホンと咳払いをした。
――ホラディタへおかえりなさい、ポシェティケト様!
おまけSS『一年前……』
――ポシェティケト様、あちしたち、がんばって人を助けるわね!!
「まあ、頼もしい。でもね、どうか頑張りすぎないで頂戴。ワタシが願ったのはね、パンケーキみたいに人を幸せにする神様なのだから」
――パンケーキ?
「パンケーキっていうのはね、小麦色でふわふわで、優しくって甘くって。幸せのお味がするものなの」
――そうなのねっ。ここぞの神様はそんなドバーンッと素敵で強い運命の神様になればいいのね?
「いいえ、ちいさな神様たち。パンケーキは美味しくっても、一度に全部食べてしまうとお腹が苦しくなってしまうわ。アナタたちには、小さなパンケーキを一枚ずつ重ねるような、そんな小さな幸せを与えていってほしいの。いつか自分でメープルシロップやホイップクリーム、ジャムをかけられるように。その人自身が頑張れる、小さな応援をするような運命でいてあげて」
――あちし、がんばる。がんばるから、ポシェティケト様。
――がんばったご褒美に、また、会いに来てくれますか?
「ええ、必ず来るわ。一年後に、また会いましょうね」