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巡る巡る麗しの海洋一頁

登場人物一覧

ソルベ・ジェラート・コンテュール(p3n000075)
貴族派筆頭
カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽
カイト・シャルラハの関係者
→ イラスト

「さて――」
 開口一番、ファクル・シャルラハはソルベ・ジェラート・コンテュールへと向き直った。
「ああ、貴方が此処にいらっしゃるなんて珍しいですね。
 私は少し思うところがあり雨季は別荘で過ごすことにして居ましたが……ファクル殿は何用で?」
 別荘用にと誂えた執務机の上の書類を数枚手に取って、ソルベは視線を滑らせる。明るく朗らかであるソルベは特異運命座標の中でも『遊び道具』ではあるのだが――ファクルから見ればその甘いマスクと明るい性格からは想像もつかぬキレ者だ――書類をちらりと見ただけで大まかな判断を下しているのだろうとファクルは溜息を交らせた。
「いんや、最近はうちのバカ息子が邪魔してるらしいな、ソルベ卿よぉ。
 迷惑になっちゃいねぇかと思ってな――ま、その場合は俺から注意するから言ってくれや」
「ああ。そう言えばファクル殿のご子息でしたね、カイトさん。いえいえ、毎日楽しくさせて頂いていますよ」
 柔らかに笑ったソルベに「毎日ィ?」とファクルの眉が動く。にんまりとしたソルベの事だ、その言葉にも何らかの『裏』があるのだろうが――今聞くのも野暮だろうか。
「アイツもまだ子供だ。ソルベ卿に迷惑をかけるだろうし、夢物語も口にするだろうよ。
『絶望の青』に行きたいだ、軍へ入りたいだとか言い出さねぇか心配してんだ。誰だって子供は可愛いもんだろうよ」
「おや、意外でしたね。貴方という人が子供の心配をするだなんて」
 足を組んでソファーに座ったソルベがくすくすと可笑しそうに笑った。モノクル越しの翠の瞳は何かを考えている。
 凡そ、ファクルがそうであったように『手ごろな駒』だと認識されたならば終わりだ。
 その実、海種と飛行種がけん制し合う国家であることから『絶望の青』――前人未到、誰もが目指したその場所――へ繰り出し成果を上げる存在をどちらの種も存在していた。社交界の場で偶然にもソルベと出会ったファクルはそうしている内にその海への熱意を買われ冒険航海団の船長という任に就いたのだ。
「……ま、若者に席を譲りたかねぇってのが本音だがな」
「そうだと思って居ましたよ」
「……ソルベ卿」
「はは、私も貴方とは長い付き合いです。大方の進言位理解はして居ましょう。そろそろ『冒険』がしたくなりましたか?」
 分かってるじゃねぇか、とファクルはそう呟いた。最近の海洋は平和と言えば平和だ。
 以前、海にぽかりと空いた大渦に魔種が巣食ったその一件以降は目立った事件は起こってはいない。
「そろそろ遠洋探索に着手してもいいんじゃないか? 大渦の一件が終わったんだからローレットだって――」
「そう仰るとは思って居ました。そんなに拗ねないでください。
 ……私とて、莫迦ではありませんよ。ああ、けれど、『今は時期ではない』でしょうね」
 テーブルの上に書類を置いてソルベは首を振った。なんで、と食って掛れる立場にない事をファクルは知っている。
 どうせそうだろうと彼は考えてたとでも言うように苦虫をかみつぶして――


 ――時刻は遡る。
「美味しいな、この菓子!」
「ええ、以前特異運命座標の皆さんが来た際に教えていただいたんですよ」
 ダメクッションでダメになりましたが、と笑うソルベ。その様子は普段通りの『ポンコツ好青年』だ。
 貴族派閥も王族派閥もカイトにとっては理解の範疇にないのだが、彼がそれなりに国政に影響を及ぼすほどに凄い人物であるのは確かだと知っている。
 父にあまり遊びに行くなよと苦言を呈されたが美味しい菓子に楽しい遊び相手となれば、気軽に遊びに来ていいと言われている以上行かぬ選択肢をカイトは持ち合わせてはいなかった。
 何時も通り遊びに来て菓子をご馳走になるカイトはソルベが「来客があるので少し庭を散歩してきてくれませんか?」と頼まれた。帰ろうかと問い掛けたカイトにソルベは首を振り「来客の様子を見て帰ってもいいですし、戻ってきてくださっても構いませんよ」と柔らかに笑いかけてくれた。
 さあ、そう言われたならば変化し鳥の状態で庭を空から眺めて居ようか――と、其処に見えたのが良く見知ったファクルであったのだから「親父だ」と呟くのも仕方がないだろう。
 何の話をしているのかは窓越しで分からない。話をしているからか、両者ともに気付いていないかとカイトが覗き込めば碧の瞳とぱちり、とぶつかった。
(あっ――ソルベ――!)
 バレたかと息を飲んだカイトに笑みを浮かべたソルベは何事もなかったようにファクルとの会話に戻る。
 いい加減、隠さなくてもいいのにと、カイトも聡くそう感じていた。何だかんだと言って気づけば特異運命座標として世界を冒険してきた息子だ。
 父の行動を見て「あーあ、まただ」と思えるほどに成長はしてきたつもりだが、親心も子心も両者は知らないままなのだ。
「ま、いっか」
 それほどまで気にしないのがこのカイトのいい所だ。
 ファクルの用事が終わったころにはソルベの許へ戻ってローレットの冒険譚でも話そうか。
 きっと彼の事だ、大方の『報告書』の事は把握していたり、情勢の理解に聡いのだろうがその地位に甘んじず、聞き上手に話し上手――饒舌な割にリアクションもしっかりとるために話し手も楽しめるタイプなのだ。
「それでさ、その時に『海洋近海掃海運動ご助力のお願い』ってのがあってさ」
 うんうん、と頷くソルベ。海洋の話となれば彼も理解してるだろうに「なんと!」なんて言うのだからついつい話しすぎてしまう。
「ミリ四駆ってのがあってさ……今度ソルベとも遊びたいな?」
「ええ、是非。練達の文化はあまり馴染みがないものばかりで私もとても楽しみです。
 それで、私からも海洋の御伽噺をしましょうか。何がいいでしょうか……ああ、そうだ。大蛸の話だとか――」
 ソルベに海洋の話を聞けば彼自身は楽し気に色々と話してくれるだろう。幾度か会話を交わしたが、残念ながら面白そうな話でもローレットとして正式に依頼を受けるような話を話さないのは流石は『貴族派筆頭』という所か。
 もしもその話が出て来たならばすぐに情報屋を通して仕事としてローレットに依頼してくるあたりがキレ者らしいのだが、その片鱗は普段は見せずにニコニコと微笑むだけだ。

 ――ソルベ、海の向こうってどうなってるんだ?
 ――さあ。それを解き明かすのが私達であり、ローレットであるのでしょうね。素晴らしい世界があるのかもしれません。

 海の向こう。カイトの父が焦がれた絶望の青。
 それは船乗りの誰しもが憧れた場所であり――その向こうに行きたいと願う人々は沢山いる。
 ソルベや女王イザベラさえもその『向こうに何があるか』を知らないのだから、いつか、いつか――

 ――いつか、行ってみたいな!
 ――ええ、いつか。教えてください。あの青の向こうを。

 ソルベは何時だって屋敷に招き入れてくれる。特にローレットとなれば『海洋の利になる存在』であることを彼が翌々理解しているから猶更なのだろう。
 さて、とソルベはカイトに帰宅を促した。そろそろ彼も仕事の時間なのだろう。
 暇だなんだと言いながら日常の執務は確りとこなしているのだから、その邪魔になってはいけない。彼がうかうかしていれば飛行種の立場が急降下――なんてことがあるかもしれない? のだから。

「親父!」
 空から飛び掛かるカイトにファクルは鬱陶しそうに軽くあしらった。
 その様子は息子への親愛が滲んでいるからこそ、カイトは父の事は嫌いではない。気づけば特異運命座標として召喚されていたこともあり、街を共に歩むなんて久しぶりだとカイトはファクルの隣に降り立った。
「まだまだ親父には勝てそうにないなあ」
「当たり前だろ。お前に負けるかよ」
 ぽん、と頭に乗せられた腕にカイトはへらりと笑う。
 帰路を辿った父親に「あっちへ行こう」と指さして、久しぶりの子供を味わいながらふと、カイトは振り返る。
「親父、どこ行ってたんだ?」
「さあ、どこだろな」
 親も子も、どちらもその心を知らんぷり。
 いつか親子が焦がれた青の向こうに。特異運命座標として冒険したその冒険譚を口にしながら。
 廻る巡る親子の気持ちと、麗しの海洋の日常の一頁を此処に記して。

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