ＳＳ詳細
病葉 樒という女。或いは、毒をもって…。
登場人物一覧
- トキノエ(p3p009181)
恨み辛みも肴にかえて
- トキノエの関係者
→ イラスト
名前：病葉 樒（わくらば しきみ）
種族：海種
性別：女性
年齢：22歳
一人称：私
二人称：貴方
口調：～じゃ、～よな、～かな
特徴：どこか浮世離れした雰囲気を纏う。骨がスカスカなため、外見に比して体重は軽い。
設定：
豊穣のとある山奥の社にて、半ば監禁状態となっている海種の女性。
なお、彼女は海種ではあるが海を見たことが無い。
物心がつく前に拾われ、以来は半ばほど社に閉じ込められて育ったからだ。
彼女は生まれてこの方、多くの毒を喰わされてきた。
ゆえに彼女の身体は数多の病毒に侵され、いつ死んでもおかしくない状態である。それでも生を繋いでいるのは、毒同士が干渉し合うことで症状が抑制されているためか、或いは毒に強い魚類の性質を備えた海種であるからだろう。
結果として彼女の体は、多くの毒に対しての抗体を持つに至った。
彼女の住む山奥の社には、豊穣の各地から解毒を望む者が多く訪れる。そういった者たちに己の肉を切り取り、喰わせることで抗体を持たせ治療する……というのが彼女の務めだ。
病毒を多く取り込んだことで、彼女の身体は見かけほどに健康ではない。例えば彼女の吐息は、小さな虫程度なら即死させるほどに強い毒素を含むし、少し歩けば簡単に臓器が悲鳴をあげて吐血する。
しかし彼女は、叶うのならばいずれは社を抜け出して、世界を旅して回りたいとも思っている。
病魔に侵された身体では、そう長くは旅も続けられないだろうが……せめて、生が終わる時には「精一杯やった」と胸を張っていたいからだ。
“病魔払いの巫女様”と彼女のことを人は呼び、崇め奉る。
けれど、それはあくまで表向きの言動に過ぎない。実際のところ、彼女の身体が多くの毒に侵されていることを知っている者たちは、彼女のことを“澱の姫”や“生き薬”などと侮蔑と怖れを込めてそのように呼称している。
そして、当然ながら彼女自身も、近隣に住む村人たちが己に対して抱く侮蔑の念と言葉に気が付いていた。しかし、彼女には社から出て生きるだけの体力や知識は備わっていない。
これから先も多くの人の病を癒し、肉を削がれてやがては病魔によって生を終えるのだろうことを彼女は理解しているし、仕方がないとも思っている。
ただ1つ、望みが叶うのならば……かつて生死の狭間に出会った、瘴気を纏う粗野な男に再開したい。
彼だけは、トキノエと名乗ったあの男だけは、病魔に侵された彼女に進んで触れてくれたのだから。
おまけSS『人間賛歌。或いは、精一杯に生きて死ぬのが人の務めだ…。』
喰わされたのは、母体の中で病に侵され死した胎児だ。
母子ともに体が腐敗し、死したという。
強い毒だ。それを喰らわされたのは治療のためだ。
次に同じ病の者が現れた際、抗体を持った樒の肉を食わせることで治療するのだ。何とも不確かな、医療というにはお粗末すぎる呪いにも似た風習だ。けれど、あらゆる治療を尽くし、頼れるものは何もないと言う段階になれば、人は藁にも縋るだろうし、呪いにも、禁忌にも容易く手を伸ばすのである。
これまでだってそうだった。
物心がついたころから……否、きっとそれ以前から、樒は己の内に毒を取り込み、多くの抗体を身につけていった。彼女の肉のひと切れは、箱一杯の金子と取引されるという。
もっとも、それらの金子を受け取るのは、名も顔も知らぬ社の管理人である。樒に与えられたのは、一組の布団と錠のかけられた社、それから毒入りの食事ばかりだ。
意識が朦朧とする。
夢か現かも分からぬほどに視界と思考が定まらぬ。
自分が横になっているのか、それとも立っているのかさえも判然としない。
呼吸が浅い。身体が熱い。だというのに、身体の芯は冷え切っている。
今回こそは死ぬかも知れない。
それでもいい、と樒は思う。
生きていても自由はない。生きていても、苦しいことばかりだ。
生きながらに、じわじわと心が死んでいく。そんな感覚がここ数年は脳の内から離れない。
だから、彼女は諦めた。
けれど、叶うのならば……。
「せめて1度だけでも……私は誰かに触れてほしかった。優しい手で、頭を撫でてほしかった」
熱に浮かされ、生まれて初めて心の内の想いを言の葉に乗せる。
果たして……。
「……よぉ、こんなんでいいのか」
ふわり、と。
額に手を触れて、そう問うたのは聞き慣れぬ低い声だった。
ほんの少しだけ、熱が下がったような気がする。
薄らぼやけた視界に映る黒い髪の男の姿。その背後に……否、彼の全身から空に滲む瘴気が見える。
不吉な男だ。
視線は鋭く、身に纏う気配には拭いきれぬ陰鬱なものが混じっている。例えば“死”や“病”を人の姿にしたのなら、きっとこんな風になるのだろうと思う。
「貴方は誰じゃ」
掠れた声でそう問い返す。
男は暫し思案した後、呟くように「トキノエ」と自身の名を告げた。
「トキノエ……死神の類かの？ もしや、私を迎えに来たか？」
「まぁ……迎えに来たわけじゃないが、似たようなもんだ。強い病魔の気配を感じてな、様子を見に来た」
額に触れ、頬を撫で、それからトキノエはこう告げた。
「首の皮一枚の瀬戸際だが、命までは落としやしない」
「……そうか」
「あぁ、寿命は幾らか減っただろうがな。なぁ、アンタ……何か望みはあるか？」
聞くだけになるかもしれないが。
そう問うたトキノエの瞳には、強い怒りと、拭いきれない哀しみが浮かんでいただろうか。
望みはあるか。
そんな風に問われたことなど初めてだ。
しかし、答えはすぐに出た。
「だったら……私が命を落とす時、もう1度だけ撫でてほしい。その後はもう、何もいらないから」
なんて。
それだけ言葉にするだけで、樒の体力は尽きてしまう。
そうして、眠りの縁に落ちる刹那に、樒はトキノエの返事を聞いた。
「だったら、生きて俺に逢いに来いよ。生きる覚悟を決めてよ……そうすればお前、少しは生き残る目も出て来るんじゃねぇか」
今にも泣きだしそうな声で。
祈りのような言葉を告げた。
そんな彼の最後の言葉が、今も樒の脳の奥に染みついている。
あぁ、きっと……その言葉は樒にとっての救いであり、そしてある種の呪いでさえもあったのだろう。