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まだ見ぬ姿に思いを馳せて
登場人物一覧
新たな大地には謎が多い。
謎が多ければ、真実を突き止めるまではまずは推測と想像で探究していくことになる。
それは最近発見された竜種の領域である覇竜も例外ではない。
その覇竜の調査に向けて、ローレットでも着々と準備が進んでいく。
「さて……準備の粗方は終わったと思うし、休憩しましょう」
少し背伸びをしながらエルスは談話室のソファに腰掛ける。
暖炉の炎が時折ぱちぱちと音を立てながら揺らめいているのを横目に紅茶を一口。
ほっと溜息を吐くと背後から彼女を呼びかける声が聞こえた。
「……スさん、エルスさーん!!」
エルスが振り返った視線の少しだけ先で、リリーがこっちこっちと声を掛けてきている。
気づいてもらうべくぴょんぴょんと飛び跳ねていることもあり、流石にエルスもそれに気づいた。
「あらリリーさん、あなたも明日の調査に?」
「うん!! エルスさんも明日覇竜に行くって聞いたんだ」
「そう」
淡々と返すエルスに、そういえばとリリーはエルスの肩によじ登りながら続ける。
「竜って、やっぱりどんな感じなのか気になるんだよね」
「……どんな感じ、って?」
「ほら、この前さ、砂竜の寝床での調査のこと、覚えてる?」
「ええ、勿論」
「よいっしょっと……ならよかった! ほら、あれからやっぱり気になってるかなって」
もっとも、その時の調査で竜種について大きな手掛かりは見つからなかったのだが。
「そういえば、竜と聞くと特異運命座標の中で有名なのはやっぱり海洋の話よね」
クールという言葉が最適なエルスの表情が、ほんの少しだけ和らぐ。
「そうそう! でも、やっぱリリーが見たいのは空を飛ぶ竜だよね!」
いつか背中に乗せてもらってー、火なんか口から吐き出してもらってー、と指折り竜にやってもらいたいことを数えながら、リリーは自分の思う竜のイメージ像を口に出しながら練っていく。
「ウロコってあるのかな? あったとしたらお魚の大きい版? それとも、そんなものは無くてサンドワームみたいな皮かなぁ」
あーでもー、とリリーは一瞬思いついたかと思うと顎に手を添えて考え始めた。
「竜ってこう、大きくて強くて、カッコいいイメージが凄いけど……こう、可愛いのもいるのかな?」
――それこそ、こう、めちゃくちゃ凶暴で怒らせたら町1つ軽く壊せちゃったり人を怖がらせちゃったり?
――あとは、リリーくらいの大きさで、お目目はクリクリしてて、鳴き声は……「ピャー」、とか?
考えれば考えるほど楽しくなってきたのか、いつか、いや今回の調査で絶対に会ってお話しするんだと意気込むリリー。
心なしかエルスも楽し気にそして若干高揚しながらリリーに微笑み、エルスはさらに一口紅茶で口を湿らせた。
「空を飛ぶ竜と言えば……色宝の時の宝石竜もいたわね」
偽物だったけど、と付け加えて彼女も話を続ける。
「私もソルゲー・ビヤーバーン……領地の御伽噺の元になった砂鱗の竜について調べたことはあるわ」
「御伽噺?」
「そう。姿を偽って人間の歌を聴きに来るという御伽噺」
「へぇー! それはまた意外ですね」
「もっと意外なことがあるの。それは、実は竜たちは『臆病』ということね」
先のリリーの考えていた強くてカッコいいとはかけ離れたイメージの「臆病」という言葉にリリーは首を傾げる。
「え? とっても強そうなのに」
「そうね」
リリーの疑問に、エルスは優しく答える。
「人間よりも、ずっとずっと強いからよ。強いから、傷つけることを嫌うの」
――圧倒的な強さは、時に関わった者をいとも簡単に蹂躙することが出来る。
竜はその圧倒的な力で、人間を傷つけてしまった。
己が出すにはか細く美しい穏やかな声、鮮やかな月夜に照らされながらともに踊る人の子の、なんと手の柔らかいことか。
真偽はさておき、語り継がれた御伽噺はラサの子供たちに語り継がれる。
「出会った人を大切にし、決して人を傷つけるようなことをしてはいけない。そういう寓話ね」
「ほあぁ……強さって、そういう意味では優しさの裏返しなんだねぇ」
気が付けば、リリーが話を聞いて感心している。
子供たちに語り継がれる寓話、ということもあり半ば教訓というところも多々あるわけなのだが。
「強くて、カッコよくて、歌が好きで優しくて……もしかしたら、怒らせちゃったりしたらとっても怖いそうだなっていうのもなんとなく思ってたから、ホントに意外だね」
「それでも、御伽噺に過ぎないわ。でも……」
「でも?」
「あの方の話では竜種ってこの世界では特別な存在みたい。そんな相手と相まったと思うと凄い事だったんだって今でも震えるわ!
エルスは嬉しそうに、さらに高揚してを語る。
思い人からの話であることは勿論あるのだが、自らが好きな竜の話は、やはり楽しい。
リリーの思うまだ見ぬ竜、そして、エルスの知る御伽噺の竜。そのどちらも、彼女たちの興味を掻き立てるには十分だった。
気が付けば小一時間、話し込んでいた。
「エルスさん、今日はありがとう! 御伽噺の優しい竜の話、とっても楽しかったよ」
「リリーさん……。こちらこそ。もうこんな時間ね」
「やっぱり、色んな人と色んな話ができるのは楽しいね!」
ぴょいっとエルスの肩から飛び降りると、リリーは大きくエルスに手を振る。
「会えるといいね! 竜!」
「……ええ。姿がかわいい竜にも、ね?」
「そうだね! 強くてカッコよくて、優しい竜にも!」
――それじゃあ、また明日。
2人は互いに手を振り、再び調査の準備へと戻っていった。
新たな大地にいるかもしれない、まだ見ぬ姿の竜。
いずれ訪れるかもしれない出会いに、胸を高鳴らせながら。